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<title>† VANILLA PLIEST †</title>
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<description>「『世界の果て』とは、もしかしたら、僕自身の『背中』ではないだろうか」諏訪哲史『ロンバルディア遠景』</description>
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<title>クリスチャン・ベールを巡る、「仮面」の体制</title>
<description> マシニスト [DVD](2005/09/22)クリスチャン・ベール、ジェニファー・ジェイソン・リー 他商品詳細を見るクリスチャン・ベールは、実に素晴らしい俳優である。このページでは、彼をめぐる二つの作品について書こう。この映画は、視覚的な演出という点ではスペインの画家ロペス＝ガルシアの無機質かつクールな画風を感じさせるスタイリッシュな魅力を持っている。ロペスの名高い「洗面台」の絵が持つ、男の孤独な貧しい無機質な生活
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<![CDATA[ <table style="width:75%;border:0;" border="0"><tr><td style="border:none;" valign="top" align="center"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000A2I7L2/fc2blog06-22/ref=nosim/" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/21T4EBGC1ML._SL160_.jpg" alt="マシニスト [DVD]" border="0"></a></td><td style="padding:0 0.4em;border:0;" valign="top"><a href="http://blog.fc2.com/goods/B000A2I7L2/fc2blog06-22" target="_blank">マシニスト [DVD]</a><br />(2005/09/22)<br />クリスチャン・ベール、ジェニファー・ジェイソン・リー 他<br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000A2I7L2/fc2blog06-22/ref=nosim/" target="_blank">商品詳細を見る</a></td></tr></table><br /><br />クリスチャン・ベールは、実に素晴らしい俳優である。<br />このページでは、彼をめぐる二つの作品について書こう。<br />この映画は、視覚的な演出という点ではスペインの画家ロペス＝ガルシアの無機質かつクールな画風を感じさせるスタイリッシュな魅力を持っている。<br />ロペスの名高い「洗面台」の絵が持つ、男の孤独な貧しい無機質な生活が醸す独特なエロスを感じるのだ。<br />作中でベールはいう、「未来がわからないのは、不公平だと思わないか？」<br />圧倒的な現実の悲壮さ、実存的苦境を前にした主体の洩らす言葉である。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-42.fc2.com/b/o/r/borges/20110510081516b45.gif" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-42.fc2.com/b/o/r/borges/20110510081516b45.gif" alt="An   tonio_lopez_117_copy" border="0" width="582" height="490" /></a><br /><br />by  Antonio L&oacute;pez Garc&iacute;a<br /><br /><br />ストーリーは、昔自分が引き起こした自動車事故という原的体験の多様なレヴェルでの妄想的な「異化」として把握すると論理的な整合性を得る。<br />だが、そういうストーリー上のミステリー仕掛けの構成以上に、本作は「演出」面で際立って秀逸な作品なのだ。<br />特に、「トンネル」が持つ効果。<br />解放的であるが依然として無機質なエアポート。<br />何らかのカルト宗教のイニシエーションを彷彿とさせる遊園地の地獄的ホラーハウス「ROUTE666」。<br />全編を流れるクラシックで、レトロな音楽。<br />本作で、私はブラッド・アンダーソンという若い監督に注目したわけだが、それ以上に素晴らしいのは主演のベールの演技力である。<br />彼は真性の俳優である。<br />それは、後に記す資本主義社会の本質を示唆した『アメリカン・サイコ』での怪演でも証明されている。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-42.fc2.com/b/o/r/borges/20110510081543e85.gif" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-42.fc2.com/b/o/r/borges/20110510081543e85.gif" alt="712_   Lopez-Garcia25457" border="0" width="384" height="600" /></a><br /><br /><br />by  Antonio L&oacute;pez Garc&iacute;a<br /><br /><br />この作品は、ストーリー的な次元ではミステリーであるが、映像面ではロペスと接続している。<br />ロペスの洗面台で洗顔する男を映画化すると、それは『マシニスト』を演じたクリスチャン・ベールになるに相違ない。<br />数多い致命的な駄作が存在する映画界において、数少ない秀作の一つである。<br /><br /><table style="width:75%;border:0;" border="0"><tr><td style="border:none;" valign="top" align="center"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0000D8RO0/fc2blog06-22/ref=nosim/" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/219KA66M4YL._SL160_.jpg" alt="アメリカン・サイコ [DVD]" border="0"></a></td><td style="padding:0 0.4em;border:0;" valign="top"><a href="http://blog.fc2.com/goods/B0000D8RO0/fc2blog06-22" target="_blank">アメリカン・サイコ [DVD]</a><br />(2006/06/23)<br />クリスチャン・ベール、クロエ・セヴィニー 他<br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0000D8RO0/fc2blog06-22/ref=nosim/" target="_blank">商品詳細を見る</a></td></tr></table><br /><br /><br />この映画を、資本主義社会を目の当たりにした聖アウグスティヌスが監督した遺作として読解することは可能であろうか？<br />ヴァレンティノのスーツを五十着以上クローゼットに並べる主人公は、あらゆる超高級クラヴ、マンション、レストラン、ファッション、ハーバード・ビジネス・スクールという卓越した学歴、ハンサムな容貌、において資本主義社会の頂点に君臨する男である。<br />消費社会が持つ欲望の無限増殖の回路に陥って、主人公が堕落していくという黙示録的で暗黒的な作品である。<br />彼は周りにある全てのものを高級ブランドで統一する。<br />彼にとってはユニクロなどはゴミであり、ディオールよりはヴァレンティノやトム・フォードなのだろう。<br />「完璧さ」を求め、全ての面で物質的な「最高級品」を維持する主人公だが、周囲に自分よりも高級な素材でできた名刺を持つビジネスマンが現れると、彼を破壊したいという衝動に駆られる。<br />彼はコンスタントに大金を稼ぐが、稼いだ金ですることは高級娼婦とのナルシスティックな３Ｐであり、ホームレスを暇潰しで蹴り殺すことである。<br />何一つ不自由なもののないはずの彼は、唯一、「幸せ」というものを所有できないという消費社会のパラドキシカルな暗黒面が象徴的に、かつテロリズムに近い過激な手法で緻密に描写されている。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-42.fc2.com/b/o/r/borges/201105100816050f3.gif" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-42.fc2.com/b/o/r/borges/201105100816050f3.gif" alt="American   _Psycho-1" border="0" width="600" height="400" /></a><br /><br /><br />ここには、アメリカという国の持つ病理的な消費社会のマイナス面が誇張的に描かれている。<br />彼にとっては全てが消費物に過ぎない。<br />彼が「肩書き」の象徴としての名刺に異常なほど神経を尖らせ、常に他者よりも素材の良い名刺を持つようにしているのは、彼が常に競争原理に脅迫的に苛まれているためだ。<br />それは、一つの資本主義における「動物」化の一様態といえるかもしれない。<br />彼は娼婦を殺し、その生首を冷蔵庫で保管しながらロックバンドについて新しい娼婦に熱心に、さながら説教じみて語る。<br />それは、彼にとって女も一つの消耗品として認識されている証左である。<br />彼は結果的に、自分の思い通りにならない物は破壊するという行為に出て、裸体のままチェーンソーを抱えて女を追いかけ回すような狂人と成り果てる。<br /><br />――さて、以上のような極めて風刺性に富んだ作品を生むのは、資本主義社会に対する何らかのルサンチマンを持った人間であるということがいえるだろう。<br />ここには、聖書的な次元で、「富は地上に積むのではなく、天に積め」という教訓を読み取ることもできるかもしれない。<br />いずれにしても、クリスチャン・ベールは完璧に役柄にシンクロしている。<br />『マシニスト』では、一年間不眠症の激しく痩せた男を演じて映画界の話題を攫ったが、本作でも狂気の兆候を冷淡に、そして動物的に演じる彼の演技力には何かカルト的な力能があるといえるのかもしれない。<br />私はこの俳優が、好きだ。<br /> ]]>
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<dc:subject>†　映画　†</dc:subject>
<dc:date>2012-05-17T23:22:38+09:00</dc:date>
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<title>想像的私小説としての、エリア・スレイマンの『D.I.』について</title>
<description> D.I. [DVD](2003/10/25)エリア・スレイマン、マナル・ハーデル 他商品詳細を見る不思議な私小説がここにある。作品の中で、作者は一言も言葉を発しない。でも作者は登場人物の一人として、明らかに恋人のことを想っている。エリア・スレイマンの『D.I.』には、静かな想像的私小説の力が漂っている。スレイマン自身もナザレ出身のパレスチナ系イスラエルの監督だ。Divine Intervention（神の仲裁）の頭文字がタイトルにあって、舞台
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<![CDATA[ <table style="width:75%;border:0;" border="0"><tr><td style="border:none;" valign="top" align="center"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0000C02BB/fc2blog06-22/ref=nosim/" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/21Q8NC4QBSL._SL160_.jpg" alt="D.I. [DVD]" border="0"></a></td><td style="padding:0 0.4em;border:0;" valign="top"><a href="http://blog.fc2.com/goods/B0000C02BB/fc2blog06-22" target="_blank">D.I. [DVD]</a><br />(2003/10/25)<br />エリア・スレイマン、マナル・ハーデル 他<br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0000C02BB/fc2blog06-22/ref=nosim/" target="_blank">商品詳細を見る</a></td></tr></table><br /><br />不思議な私小説がここにある。<br />作品の中で、作者は一言も言葉を発しない。<br />でも作者は登場人物の一人として、明らかに恋人のことを想っている。<br />エリア・スレイマンの『D.I.』には、静かな想像的私小説の力が漂っている。<br />スレイマン自身もナザレ出身のパレスチナ系イスラエルの監督だ。<br />Divine Intervention（神の仲裁）の頭文字がタイトルにあって、舞台としていかにも重々しい雰囲気かもしれないが、コメディ映画である。<br />コメディといっても、それは静謐で知的な雰囲気のユーモラスな作品という意味だ。<br />カトリックの私としては、舞台でナザレの平凡な生活が描かれていることが何よりも興味深かった。<br />イエスが生まれた土地の二千年後の姿は、コンクリートの白い壁の下に、無造作に雑草が生えていたりしてどこか無味乾燥としている。<br />大阪という忙しい都市で暮らしている私にとって、本作で舞台の一つとなるナザレはもっとゆったりしている。<br />といっても、少し自動車で街を離れれば、道路沿いの草むらに戦車が置かれていたりする。<br />シュヴァンクマイエルの撮影方法には人物のアップが多いけれど、こちらは全体的に人物が風景画の中に吸収されているようでどこか叙情的だ。<br />主人公の一人であるスレイマンは検問所の駐車場で彼女と会っている。<br />静かに無言で手を握り合うだけで、互いにキスを交わしたりできないのは、周囲を兵士たちが監視しているためだ。<br />作品には随所にコミカルなハリウッド的演出が引用されている。<br />それは明らかに舞台とは異質なコードで、強い「引用性」を感じさせる点でもある。<br />シリアスな恋愛劇を期待すれば間違いなく裏切られるが、私たちがイスラエルの映画に期待している型どおりのイメージを打ち破っているような躍動感も宿している。<br />展開が予想できない。<br />描かれているのは、謎の恋人を除いてイスラエルのごく普通の市民の日常生活である。<br />象徴的なのは、主人公が自動車の中で食べていたアプリコットの種を戦車に投げ捨てた時、それが大爆発するシーンだ。<br />この箇所は、どんなハリウッドの爆発シーンにも存在しない迫力で包まれている。<br />そして奇妙なことに、スレイマンはまるで空耳とでもいうかのようにそのまま振り返ることもなく走り去っていく。<br />仮に、この大爆発という大袈裟な演出を「ハリウッド的なもの」として位置付けると、それを「引用」しつつも冷静に「無視」していく監督の姿には、この作品全体の通奏低音に近いところがあるかもしれない。<br />というのは、作品では引用されたハリウッド的演出が、どれも「滑っていく」からだ。<br />それはストーリーとは何の脈絡も無く、明らかに浮いているし、不必要ですらある。<br />それをあえて縦横無尽に引用することで、もしかすると「映画」という領域が不可避的に辿るハリウッド式の誇張的な演出をパロディ化しているのかもしれない。<br />映画では、絶対にイスラエルの本当の実像には急迫できない――この不可能性を、あえてハリウッドというシステムを引用することで強烈に示唆しているとも受け取れるだろう。<br />いずれにしても、スレイマンは現在も国際的に極めて高い評価を受けている監督で、ゴダールやタルコフスキーと同じくこれからの映画史を牽引していく存在とみなされている。<br /><br /> ]]>
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<dc:subject>†　映画　†</dc:subject>
<dc:date>2012-05-17T23:10:16+09:00</dc:date>
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<title>クロロ＝ルシルフルの正体</title>
<description> HUNTER×HUNTER 11 (ジャンプ・コミックス)(2001/03/02)冨樫 義博商品詳細を見る一部の漫画愛好者たちの間で話題になっているこの件だが、逆に私などは冨樫義博が本気を出せば、イラストの原案をしっかりモード系雑誌から集めるのだということを知れて、妙に楽しかった。ハンター×ハンター嫌いなひとは、私のブログなど読まなくて良い。ＱＵＷＲＯＦ＝ＷＲＬＣＣＹＷＲＬＦＲ 幻影旅団団長。特質系能力者。26歳。身長177cm。体重68k
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<![CDATA[ <table style="width:75%;border:0;" border="0"><tr><td style="border:none;" valign="top" align="center"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4088730879/fc2blog06-22/ref=nosim/" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51YBXZYWRAL.jpg" alt="HUNTER×HUNTER 11 (ジャンプ・コミックス)" border="0"></a></td><td style="padding:0 0.4em;border:0;" valign="top"><a href="http://blog.fc2.com/goods/4088730879/fc2blog06-22" target="_blank">HUNTER×HUNTER 11 (ジャンプ・コミックス)</a><br />(2001/03/02)<br />冨樫 義博<br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4088730879/fc2blog06-22/ref=nosim/" target="_blank">商品詳細を見る</a></td></tr></table><br /><br />一部の漫画愛好者たちの間で話題になっているこの件だが、逆に私などは冨樫義博が本気を出せば、イラストの原案をしっかりモード系雑誌から集めるのだということを知れて、妙に楽しかった。<br />ハンター×ハンター嫌いなひとは、私のブログなど読まなくて良い。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-42.fc2.com/b/o/r/borges/20110319053337c79.gif" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-42.fc2.com/b/o/r/borges/20110319053337c79.gif" alt="2d1   bfc36" border="0" width="557" height="744" /></a><br /><br /><blockquote><p><strong><span style="font-size:large;">ＱＵＷＲＯＦ＝ＷＲＬＣＣＹＷＲＬＦＲ</span></strong> <br /><br />幻影旅団団長。<br />特質系能力者。26歳。身長177cm。体重68kg。血液型AB型。流星街出身。 <br />能力：「盗賊の極意（スキルハンター）」<br /> <br />幻影旅団を創設した人物で、旅団のリーダー。鋭い思考力・洞察力・そしてヒソカが興味を惹く高い戦闘能力を持つ。自他共に認める本好きで、普段から大抵何かしらの書物を読み耽っている。オールバックの髪型に額の十字架の刺青、耳たぶに付けたイヤリングが特徴的。出歩く際には髪を下ろすこともあり、その時は外見がかなり若返って見える。旅団としての活動を行う時以外は姿をくらましているらしく、普段はヒソカですらその居所をつかめない。冷徹な性格で邪魔者はためらいなく利用・排除しようとするが、団員に対しては強い仲間意識を持っている。旅団においては団長の命令に従うことが原則だが、旅団の存続のためには団長（つまり彼自身）を犠牲にしても構わないという方針を掲げている。かつてシルバと戦ったことがあり、イルミとも以前から付き合いがあるらしい。ヨークシンではゼノ、シルバと交戦するも決着は付かなかった（ゼノによれば本気で戦った場合結果はわからないらしい）。クラピカの念「律する小指の鎖（ジャッジメントチェーン）」により念能力の使用と旅団員との接触を禁じられており、現在では除念師による除念を待つ身（恐らく除念されたと思われる）。ちなみにモデルとなったのはL'Arc&#12316;en&#12316;Cielのhyde（特に「花葬」のミュージック・ビデオ）である。<br />又、冨樫はL'Arc&#12316;en&#12316;Cielのファンでもあり、過去にジャンプを通じて直接彼らに会った事もある。 <br /><br />※Wiki出典</p></blockquote><br /><br /><br /><br /><a href="http://blog-imgs-42.fc2.com/b/o/r/borges/201103190533571dd.gif" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-42.fc2.com/b/o/r/borges/201103190533571dd.gif" alt="2d1b  fc36" border="0" width="604" height="339" /></a><br /><br /><br /><a href="http://blog-imgs-42.fc2.com/b/o/r/borges/20110319053411059.gif" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-42.fc2.com/b/o/r/borges/20110319053411059.gif" alt="2  d1bfc36" border="0" width="615" height="349" /></a><br /> ]]>
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<dc:subject>†　漫画　†</dc:subject>
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<dc:creator>satoshi</dc:creator>
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<title>ラース・フォン・トリアー『アンチ・クライスト』における、神学の不在</title>
<description> アンチクライスト [DVD](2011/09/07)ウィレム・デフォー、シャルロット・ゲンズブール商品詳細を見るラース・フォン・トリアー（Lars von Trier, 1956年4月30日 - ）の『アンチ・クライスト』を観た。本作は、セラピストの壮年の男性が妻をカウンセリングするために引き起こしてしまった不幸を描いている。断片的に語られているが、妻はおそらく精神医学に関するある論文を執筆していた。そのテーマの内容は、本作で彼女自身が体現
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<![CDATA[ <table style="width:75%;border:0;" border="0"><tr><td style="border:none;" valign="top" align="center"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0056FHDYU/fc2blog06-22/ref=nosim/" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51bIPowiJNL._SL160_.jpg" alt="アンチクライスト [DVD]" border="0"></a></td><td style="padding:0 0.4em;border:0;" valign="top"><a href="http://blog.fc2.com/goods/B0056FHDYU/fc2blog06-22" target="_blank">アンチクライスト [DVD]</a><br />(2011/09/07)<br />ウィレム・デフォー、シャルロット・ゲンズブール<br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0056FHDYU/fc2blog06-22/ref=nosim/" target="_blank">商品詳細を見る</a></td></tr></table><br /><br /><br /><br />ラース・フォン・トリアー（Lars von Trier, 1956年4月30日 - ）の『アンチ・クライスト』を観た。<br />本作は、セラピストの壮年の男性が妻をカウンセリングするために引き起こしてしまった不幸を描いている。<br />断片的に語られているが、妻はおそらく精神医学に関するある論文を執筆していた。<br />そのテーマの内容は、本作で彼女自身が体現するものを論題としたものだったのだろう。<br />本作はこの女性のイメージ世界を幻想的に描写している。<br />だが、本作には表題に相当するようなキリスト教神学に対する敵対的な野心を感じられなかった。<br />当然、「アンチ・クライスト」というタイトルが掲げられている以上、私はニーチェの『反キリスト』や、ヨアキム・デ・フィオーレの終末論におけるアンチ・キリスト到来のビジョンを想起したのだが、本作は主人公が神学とは無縁な「精神医学」の専門家であって、タイトル負けしている感はどうしても否めない。<br />妻は夫に、「森が怖い」と訴えている。<br />本作にはキリスト教以前にヨーロッパに根差していた「自然崇拝」的なビジョンが、「カオスを支配する狼」などの具体的イメージによって丁寧に描写されている。<br />だが、この時点ではアンチ・キリストの概念として弱い。<br />ある概念に敵対する場合、しかもそれが神である場合、私は最も効果的な冒涜の手段として主人公が「修道士」や「司祭」などの聖職者であることが前提であり、だからこそ監督が伝えたいのであろう「アンチ・クライスト」のメッセージ性も増すものと思われるのだが――本作ではそうした設定上の効果が微塵も存在しない。<br />いうなれば、キリスト教とは何の関係もない夫婦が、森へ行ってそこで一方の精神状態が悪化し、結果的に森の中で不思議な幻視を見ることになり、最終的に凄惨な事件に発展してしまうという経緯を描いている、というだけの作品であるに過ぎない。<br />「自然は悪魔の教会」であるという主張が登場するが、これはいうまでもなく中世キリスト教社会において正統派の異端審問官たちが、キリスト教以前のゲルマン神話に基いて古来の民間信仰を信じていた人々を糾弾する時に用いた常套句であり、あくまでも神学的な背景があってのみ成立する表現である。<br />繰り返すが、本作のヒロインには、何ら&#28678;神的な、アンチ・キリスト的な「動機」を見出せない。<br />また、話題になった過激な性描写であるが、これも作品の質を大幅に損ねる結果になってしまっている。<br />それは著しく醜く酷い有り様で、冒頭では様々な画像加工を施して美しく仕立て上げようとしているものの、正直いって俳優と女優がそうした描写に適当な人材であるとは思えなかった。<br />本作における「性」は私にとってエロティシズムとはかけ離れたもので、むしろ何故あれ程執拗に裸体の描写を入れようとしたのか、不思議なほどである。<br />悪魔的なテーマとしての失敗、性描写での素朴過ぎる演出――そして何より、妻が執筆していた「論文」の内容自体に関する言及の少なさによって、本作は大きなメッセージ性を訴える力を喪失してしまっている。<br />そもそも、「反キリスト」＝「邪淫」という作品の演出それ自体が、我々正統派ローマ・カトリック信徒からすれば幼稚な素人の一般的発想という他ないのだが。<br /><br /><br /> ]]>
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<dc:subject>†　映画　†</dc:subject>
<dc:date>2012-05-17T22:37:55+09:00</dc:date>
<dc:creator>satoshi</dc:creator>
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<title>ミヒャエル・ハネケの『白いリボン』における、死を与える純粋な「無垢」</title>
<description> 白いリボン [DVD](2011/06/25)クリスチャン・フリーデル、レオニー・ベネシュ 他商品詳細を見るミヒャエル・ハネケ（Michael Haneke, 1942年3月23日 - ）の数々の賞に輝いた『白いリボン』を観たので、感想を記録しておく。もしもまだ観ておらず、楽しみにしている方がいたら恐縮なので、あらかじめこのページでは既に視聴した方を前提にして感想を書くことにしたい。ストーリーの核心や、見所などを自分で確かめたい方は先に本編
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<![CDATA[ <table style="width:75%;border:0;" border="0"><tr><td style="border:none;" valign="top" align="center"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B004YEI67M/fc2blog06-22/ref=nosim/" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/515EN3Z2YEL._SL160_.jpg" alt="白いリボン [DVD]" border="0"></a></td><td style="padding:0 0.4em;border:0;" valign="top"><a href="http://blog.fc2.com/goods/B004YEI67M/fc2blog06-22" target="_blank">白いリボン [DVD]</a><br />(2011/06/25)<br />クリスチャン・フリーデル、レオニー・ベネシュ 他<br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B004YEI67M/fc2blog06-22/ref=nosim/" target="_blank">商品詳細を見る</a></td></tr></table><br /><br /><br />ミヒャエル・ハネケ（Michael Haneke, 1942年3月23日 - ）の数々の賞に輝いた『白いリボン』を観たので、感想を記録しておく。<br />もしもまだ観ておらず、楽しみにしている方がいたら恐縮なので、あらかじめこのページでは既に視聴した方を前提にして感想を書くことにしたい。<br />ストーリーの核心や、見所などを自分で確かめたい方は先に本編の方を視聴されることをお勧めする。<br /><br />　さて、私の感想だが、これはカトリックの私にとって大きな意義を持った映画だった。<br />作中で登場するのはプロテスタントの牧師であるが、彼は極めて厳格かつ保守的な性格をしているものの、カトリック教会ではこうした人物はむしろ平均的である。<br />本作を読解する手引きとして、私はイタリアの哲学者ウンベルト・ガリンバルディの『七つの大罪と新しい悪徳』の以下の見解を軸にして考察を深めたい。<br /><br /><blockquote><p><strong>旧・七つの大罪</strong><br /><br />１　憤怒<br />２　怠惰<br />３　嫉妬<br />４　高慢<br />５　吝嗇<br />６　貪食<br />７　邪淫<br /><br /><strong>新・七つの大罪</strong><br /><br />１　消費文化<br />２　体制順応<br />３　慎みの無さ<br />４　性の氾濫<br />５　非社会性<br />６　現実否認<br />７　虚無感</p></blockquote><br /><br />　ハネケの本作では、明らかに人間の持つ猜疑心や、嫉妬や怨嗟などが重要なテーマとなり、それが興味深いことに「子供」を媒介にして間接的に描出されている。<br />これを神学的見地から分析してみよう。<br />おそらく、本作はガリンバルディが「古い七つの大罪」と考えていた上記の七つのうち、少なくとも以下の罪をテーマにしていると思われる。<br />「憤怒」、「嫉妬」、「高慢」、「邪淫」。<br />これらをテーマにしたものとして、例えば絵画の次元ではヒエロニムス・ボッスの円盤状の作品が名高いが、映画作品としてはデヴィッド・フィンチャーの『se7en』も一般的に広く知られているだろう。<br />七つの大罪の中で、ダンテ・アリギエーリが『神曲』において最も忌まわしく、最も根源的な悪と規定した罪は、いうまでもなくサタンが犯した「高慢」である。<br />神学的にも、inordinata proesumptio alios superandi（自分が他者より優れているという過度の自信）は、古くから最大の罪として規定されて今日に至っている。<br />では、ハネケの本作で「高慢」の罪を犯していた人物とは誰なのだろうか？<br />「高慢」の対義語は、神学的にはサタンの悪心の真逆、すなわち幼子イエスの「無垢」である。<br />私には、「高慢」の罪を犯したのは、子供たちであったと思われる。<br />では、「無垢」の象徴とは誰であろうか？<br />それもやはり、子供たちなのだ。<br />本作は、明らかに牧師の数多い子供たちの中に宿っている、純粋な「高慢」と、純粋な「無垢」が生起させてしまった巨大な悪を描いていると考えられる。<br />最も冒涜的な演出として、牧師が大切に育てていた小鳥についての描写が存在する。<br />牧師は直前に実の娘を厳しく叱咤しており、これにこの少女は大きな悲哀と、「憤怒」を抱いたのだろう。<br />彼女は小鳥の頭部を切断し、刃物を使って小鳥を十字架に仕立て上げるという涜神的行為を犯している。<br />それは、次の聖体拝領の時に、しばらくの沈黙を経て牧師自身――すなわちミサにおける象徴的な「全能の父」――によって赦される。<br />子供はあくまでもイノセンスなのだ。<br />神は、どれ程子供たちが残忍な「憤怒」を抱き、「高慢」や「嫉妬」に駆られて悪事を引き起こしても、それを赦される。<br />何故なら、子供は牧師が激昂して教師を反駁した台詞にあったように、あくまでもイノセンスであるから……。<br />これは、実に逆説的で奥の深いテーマである。<br />子供たちには果たして罪はなかったのだろうか？<br />結果的には、閉鎖的な村で起きた数々の悪事は、その犯人が「邪淫」と「高慢」によって堕落した医師と、その助産婦によって行われた、というように位置付けられてしまう。<br />実質的に誰が悪事を犯していたのか、その決定的な証拠は一切見つからないまま、物語は不穏な戦争の気配を予兆しつつミサの厳かな描写で終幕する。<br />この物語にとって、犯人は具体的に誰であったのか、という問い自体には何の意味もない。<br />一つ謎めいている点は、本作には明らかに「無垢」を象徴した子供たちが登場していることだ。<br />一人目は、予知夢の力を持つ少女、二人目はハンディキャップを持っている少年、そして三人目は、牧師に新しい小鳥を運んできた少年である。<br />予知夢は聖母マリアも受胎において見ておられるし、何らかの障害を持つ者は「小さく弱き者」としてイエス御自身から神に近いものとして讃えられている。<br />また、死んでしまった小鳥に悲嘆する牧師のために新しい小鳥を健気に持ってきた少年には、父親を無垢に労わろうとする「慈愛」が感じられる。<br />彼らは、まさに「聖なる者」である。<br />しかし、小鳥を持ち運んだ少年を除いて、残り二人は別の子供が犯した悪事によって、酷い仕打ちを受けることになる。<br />少女は警察に乱暴に扱われ、少年は目を傷付けられてしまう。<br />「罪を犯した無垢」に対する「罰」が、「聖なる者」を通して現出しているのである。<br />換言すれば、本作で私が最も問題的であり、同時に最も高度に神学的であると直観した最大のテーマは、まさにこの「悪を行う者」に対する「罰」が、別の無関係な「善き者」たちに代理的に与えられるという構図なのである。<br />神は、悪を行う無垢を赦す。<br />しかし、神はその見返りとして、罰を聖なる無垢を担う子供たちに与える。<br />こうした二つの無垢が引き起こす渦に、無論村人たちも巻き込まれていく。<br />それは、戦争直前のドイツの全体主義へと疾走する「熱烈な狂気」とは異なり、「静謐な狂気」を描いているかのようである。<br />本作には、ハリウッドが好むような具体的な「悪魔」は一切登場しない。<br />だが、本作ほど徹底的に「悪魔」を描出している映画は他に存在するのだろうか？<br />それは最も無垢な少年少女にも「罰」を与える存在である。<br />そして、悪を働いた少年少女たちを、無垢であるが故に赦してしまう存在である。<br />それは、牧師が象徴している「慈悲という名の暴力」に他ならない。<br />結果的に、村は大いなる不安に支配され、それがおそらくサラエボ事件直前期のドイツの国家的な縮図となっている。<br />今でも、少年が目を潰された時の異常な悲鳴が忘れられない。<br />序盤で、小鳥を運んできた末の子供が姉と「死とは何であるか」について話す描写が存在する。<br />「死とは闘えないの？」と、彼は姉に質問していた。<br />姉は人間である以上、皆いつか死んでしまう、ただあなたにはそれがもっと遅く訪れると告げる。<br />これは、今想起すれば本作の核心であったと私は考える。<br />何故なら、イエスは「死」に打克ったから。<br />そして、イエスは「復活」を人々に説き、彼らも審判の日に「復活」することを説いたから。<br />神学的な「悪魔」の本質について、聖トマス・アクィナスの定義に補注を加えることを赦されるならば、それは「死を与える純粋な無垢」と呼び得るものかもしれない。<br /><br /><br /> ]]>
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<dc:subject>†　映画　†</dc:subject>
<dc:date>2012-05-17T22:12:09+09:00</dc:date>
<dc:creator>satoshi</dc:creator>
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