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鈴村智久の研究室

表象文化論、美学の研究者鈴村智久です。哲学・思想ブログランキング総合2位。

『日常に侵入する自己啓発』メモ

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⑴「自己啓発書」市場の特徴

Ⅰ「自分自身の人生をモデルにして売り込む」

 自己啓発書の特徴として、「自分自身の人生をモデルにして売り込む」点がまず挙げられる。これはブルデューの定義する「倫理的前衛」の概念に当てはまる。つまり、「常にモデルとして、自分の作り出す生産物の価値の保証として自分自身を売って」おり、また誰よりも「自分の呈示し体現するものの価値を信じている」人々である。啓発書の著者たちは、自分の人生を差し出して、自身のアイデンティティを証明し、またそのアイデンティティの確立法を世界に向けて発信している。

Ⅱ「内容よりも著者の有名度が決め手」

 自己啓発書の市場では、実は「文化媒介者」(編集者)によってある程度「売れるフォーマット」が用意されている。著者は自ら、あるいは編集者と協力してこうしたフォーマットに原稿を落とし込んでいく。また、実質的に自己啓発書では「内容」よりも著者の「有名度」(芸能人や有名スポーツ選手など)、換言すれば著者の「人称性」(キャラクター性)が重視される傾向がある。そこには著者自身による「印象管理」(セルフブランディング)も関与している。この点について、牧野氏は以下のように分析している。

Ⅲ「誰しも意識、習慣を変えるだけで成功できるという話術」

 実質的に、自己啓発書の著者は自らの成功点を普遍化するために、読者には「意識の持ち方」次第で自分のように変身できる、という自己隠蔽化されたレトリックを用いる。経済的、社会的背景が決定要因となっている場合ですら、単純に毎日の「習慣」を少し変えるだけで、あたかも大変化が起きるかのような話法を駆使するという共通点がある。この点について、牧野氏は自己啓発書にはブルデューのいう「誤認」の概念が見出されると指摘しつつ、以下のように分析している。

啓発書はより多くの読者に訴えかけるための形式的な手続きとして、家庭環境が媒介する学業達成、それが媒介する社会的威信の高い企業への就職、またそれが媒介する社会関係資本の形成、そしてそれらすべてが高める「成功」の可能性といった(教育)社会学的諸想定を顧みず、成功、スキル形成、自己実現を「自己管理」の問題へと、「基本に徹する」という個々人の心掛けの問題へと切り詰めるのである。つまり啓発書が説く「成功」は一見して、獲得的文化資本へのコミットメントをさらに下支えする、社会空間のなかで偏って配分されている経済資本・文化資本の所有状況とある程度の関係を有するようにみえるのだが、「成功」を司る変数としてそうした社会的背景は捨象され、感情的ハビトゥスの意識的習慣というたった一つの変数が司る問題へと縮減されてしまうのである――まさに「たった一つの習慣」で人生が劇的に変わるのだ、と。(p22)

「自己啓発書の時代的変遷」

 牧野氏によれば、男性向けは60年代、女性向けは70年代において既に今日見られるような「フォーマット」が形成されていたという。90年代から00年代になると、ドラッカーやスポーツ選手などの「人生訓」も混ざり始め、いわばエッセイ本や自伝などのジャンルと「カップリング」し始める。また、最近ではAppleやスマートフォンなどのSNS、Web系の新書や実用書も「自己啓発化」されたメッセージを多分に含み、否応なく読者層を商戦略に乗らせようとする文脈も見受けられる。「女子力」や「整頓術」などの表現に見られる、あるステータスの価値を肥大化させ、キーワードを流布させる戦略も存在する。00年代以降は、啓発書そのものが漫画化されたり、図解や要約が増えたりして、いっそう文化的な「薄さ」(リクターマン)が加速化している。

⑵「象徴闘争の空間」(ブルデュー)としての「自己啓発界」


 エヴァ・イルーズは『近代的精神の救出』の中で、self-help books(自助本)をその一部に含む「セラピー言説」が扱う「感情」という対象を、ハビトゥスにおける最小単位として位置付ける。感情とは、「長期的に保持される精神と身体の性向」という文化資本の定義に合致しており、またその最も身体化された部分として考えられる。こうした「感情的ハビトゥス」は、Emotional Inteligence(EI/感情的知性)のことであり、日本ではEmotional Quotient(EQ)として流通している。イルーズはまた、望ましい感情のあり方が争われる空間について、ブルデューを緩用してemotional fields(感情界)と表現する。感情界とは、「さまざまな行為者が互いに、自己実現、健康、病理の定義について相争い、こうして感情的健康が社会・経済的領域における新たな商品として生み出され、流通し、循環していく」場として定義され、芸術界が「本当の」芸術を定めるように、感情界は「本当の」感情的健康を定めることに関与するとされる。
 アンソニー・エリオットは、自助本が以下の四つの特徴を持つ「新しい個人主義」(現代西欧に勃興している「新しい自己文化」)を押し進めているツールになっていると分析している。牧野氏はこうした特徴が自己啓発書においても見出される可能性があると指摘している。

Ⅰ「絶え間なく続く自己再創造の要請」
Ⅱ「即時の変化への終わりなき渇望」
Ⅲ「再創造と変化の加速化への誘惑」
Ⅳ「アイデンティティをめぐる短期主義とエピソード性への志向」

 宮島喬が提示した「獲得的文化資本」は、「遺贈され、客観的な所与条件をなす文化条件のみならず、あらゆる資源、機会を有効に利用しながら文化的有利さを自ら獲得しようとする行動性向」であり、「文化資本」の範疇に含められる。
 啓発書のメッセージはまちまちで、それぞれが「象徴闘争の空間」を形成している。「社会の魔術は、ほとんどどんなものでも利害あるものとして構成し、闘争の賭け金に仕立て上げてしまう」(ブルデュー)。また、「どんな界においても」、「正統性の独占を目指す闘争」が行われている。自己啓発にどれだけ関心を寄せているかの程度差については、「イルーシオ」(界で繰り広げられるゲームへの信仰)の働き加減として考えることができる。「自己啓発界」においては、アイデンティティ・ゲームが絶えず行われている。 


⑶目的意識と購読理由

 牧野氏の統計調査によれば、男性購読者では全体的に正規雇用の大卒者が多いが、更に特徴的なのは「体育会系」の人々の購読が目立つ点である。彼らには「自己肯定感・自分らしさの低減傾向」が認められる。本書によれば、「今の自分が好き」、「自分には自分らしさというものがあると思う」への肯定回答率が全体的にそれぞれ減少している。経年的な変化としては、社会状況として「自己」の戦略的使い分けが求められ、本来的な自己意識の揺らぎが強まっていると見られる。こうした現代社会に対する「自己意識のメンテナンスツール」として、ないし「自己についての文化」のヒントとして購読されていると考えられる。
 しかし、ウェンディ・サイモンズは『女性と自助文化』の中で、「自助本を読むことは、ある問題についての苦悩を取り除き、よりストレスが弱められた未来を指し示す一時的手段だといえるが、やがてすっかり忘れられてしまうようなもの」であり、それはquick-fix(応急処置)に過ぎないのだと結論している。また、ポール・リクターマンは論文「薄い文化としての自助本読み」で、「読むということは、熱心な自助本購読者にとってさえ、緩やかに取り入れられる、部分的な自己定義の資源として機能しているに過ぎない」、つまりthin culture(薄い文化)だと述べている。
 本書の統計データによれば、自己啓発書においては内容を真に受けて読む人は少なく、むしろ「距離」を持ちつつ参考程度で読む場合が大半である。換言すれば、「自意識を志向付ける日常的な参照点」の一種、「自己確認的な読まれ方」が多数である。

⑷自己啓発書から可視化する現代社会の「閉塞感」

 自己啓発界は、常により高みへ目指そうとする資本主義的な進歩主義の一側面であり、そこにはシュンペーターが定義した以下の資本主義社会の二大原理が「個人」の意識の次元において見出される。つまり、絶え間ない自己の「イノベーション」と、心理的な成長を伴う「創造的破壊」である。自己啓発界が絶え間ないアイデンティティ・ゲームの場と化し、意識改革を絶対化していく論理の背景には、実は「社会は変えられないから、せめて自己意識だけでもチェンジさせよう」という悲観論が流れていると、牧野氏は指摘している。換言すれば、「自己」へ向かう比重が高い反面、社会科学的分析には恐ろしく盲目な本が多い。
 


 






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フランス革命前のアリストクラートの支配体制について――G.ルフェーヴル『1789―フランス革命序論』第一部

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1789年―フランス革命序論 (岩波文庫)1789年―フランス革命序論 (岩波文庫)
(1998/05/18)
ジョルジュ ルフェーヴル

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G.ルフェーヴルの『1789―フランス革命序論』第一部「アリストクラートの革命」の記録を残す。フランス革命が何故起きたのかについて、本書でルフェーヴルは「アリストクラート」、「ブルジョワ」、「民衆」、「農民」という四つの視座を設定して分析している。このページでは、革命が起きる前のアンシャン・レジーム体制の“元凶”ともいえるアリストクラートと、王政についてまとめておく。

【アンシャン・レジーム】

Ancien régimeとは、フランス革命以前の16世紀から18世紀において制度化されていた政治体制である。ブルボン王朝の絶対王政はこれに当たる。
アンシャン・レジーム下のフランスでは、「聖職者」、「貴族」以外は全て「第三身分」として扱われ、この三つの身分しか存在しないと考えられていた。

【アリストクラート】

aristocrate(アリストクラート)とは、「貴族」+「高位聖職者」によって構成された社会的階層である。語の使い方としては、aristocratic(アリストクラティック)、制度としての意味で用いるならaristocratie(アリストクラシー)である。アントニムは「デモクラート」であり、この限りでアリストクラートはデモクラートに対立する政治的・社会的な概念である。
アリストクラートは自分たちの利権を守るための「支配原理」に貫かれており、かつこの原理を正当化しようとする点で共通する。

【アリストクラート層の分解】

(1) 聖職者身分

カトリックの国であるフランスでは、彼らは強大な権力を発揮していた。通常の直接税が免除される他、国土の1/10に相当する広大な土地を所有し、印刷物の検閲、教育の管理、第三身分の精神的支配など、その力は絶大であった。
聖職身分内部においても「高位聖職者」の大半は貴族出身であり、「低位聖職者」の多くは平民出身である。

(2) 貴族身分(帯剣貴族)

ルフェーヴルの言葉、「万人の眼に真の貴族として映るのは、貴族として生まれた者だけである」にあるように、貴族階級の証左となるのはハビトゥスの卓越性である。ブーランヴィリエ男爵などの一部の貴族が信じていた神話によれば、貴族とはヨーロッパの支配者たるゲルマン人の末裔であり、被支配者はガロ・ロマン人たちの末裔であるとされた。これは貴族が人種的に優等な存在であるとする理念であり、歴史をこのように作り上げて神話化することで、自らの支配体制の維持を正当化していたと考えられる。
貴族は何らかの職に就くと、貴族としての「資格」を喪失するとされた。例えばラ・ファイエットは父親の死後、14万リーヴルの「年収」を相続している。貴族たちは人頭税や1/20税を負担してはいるが、多くの封建的諸権利の徴収権を保持している。(因みに、フランスではブルジョワや農民の土地購入が禁止されていたわけではない)。ルフェーヴルがいうように、「アンシャン・レジームにおいては、富んでいればいるほど、租税を少ししか払わない機構になっていた」。
貴族階級にも無論、上層と下層があり、比較的裕福な貴族は都市部に集中している。地方貴族は実はその日になんとか暮らしに困らぬ程度で質素に生活していたり、一部に借金があったりした。こうした田舎貴族たちは「オブロー」という。

(3) 貴族身分(法服貴族)

18世紀以降の近代化を捉える上で、ノブレス・ドゥ・ローブ(法服貴族)の存在は重要である。彼らは基本的に「第三身分」出身のブルジョワたちである。何故平民に過ぎない彼らが「新興貴族」化できたのかというと、国王が「保有官職」を臣下に売却し、これを得た者には「爵位」を授与するというシステムが取られていたからである。基本的に当時の「官職」には二種類あった。一つは、「コミシオン(新任官職)」で、これは国王からの信頼を得て主として貴族階級が委任されるものである。もう一つは、「オフィス(保有官職)」であり、これはいわば王が所有している“商品”としての役職であり、売却されているわけであるからお金次第で「購入」可能なのである。オフィスはまた、家産としても相続可能であった。こうして法服貴族は、司法機関で働くことができたのである。
伝統的な帯剣貴族(生まれが真正な貴族階級)に対して、成り上がりに過ぎないブルジョワ出身の法服貴族は彼らから軽蔑されていた。しかし18世紀になると、資本主義化する貴族たちが出現し始め、二つのタイプの貴族は互いに姻戚関係を結んで混合していく。

【貴族と資本】

アンシャン・レジーム体制においては、軍隊内部ですら連隊長クラスになるためには2万5000~5万リーヴルが必要であったとされている。高位役職は「購入」するものである以上、この時代においても社会空間の基本原理は「貨幣」に他ならない。貴族階級も「貨幣」に対する態度によって二極化しており、一部の上層はブルジョワ階級の勢力拡大を予測して逸早く資本主義精神を導入し、イギリスの資本家貴族のように自由主義的な理念でビジネスを展開した。こうした富裕な貴族は法服貴族と結合して都市部に集中する一方で、いつまでも旧体制に固執する伝統的ではあるが保守的な田舎貴族は階級を離れなければならないほど、経済的に切迫するような事態にもなった。
このように、貴族階級は「株式会社」の経営に手を伸ばし、自らの覇権を強大化していく。(例えば採掘会社、製造会社、株式市場など)。それまでは第三身分のブルジョワ階級が主として行っていた商業活動に、貴族の基盤と権威が結合するのであるから、その社会空間における支配力は絶大である。
アリストクラートの実質的支配者は、実質的に「貴族」である。そして貴族も、ルフェーヴルの論述に基いて以下のように少なくとも四つにカテゴライズ可能である。

(a) 都市部の「大貴族」(多くはブルジョワ的商業活動を展開)
(b) ブルジョワからの成り上がりで、(a)のような帯剣貴族と姻戚関係を結んで強大化した新興貴族
(c) 高位聖職者になって第三身分を精神的に支配する貴族
(d) オブロー(田舎の保守的貴族)


また、ルフェーヴルはモンテスキューの『法の精神』は、あくまでも「アリストクラート層」向けの「自由」について規定したものであると、条件付で記している。

【王政の危機】

ルフェーヴルの解釈によれば、国王も実は「王国の筆頭貴族」の一人に過ぎず、いうまでもなくアンシャン・レジーム体制のシステムに内包されている一構成因子である。フランス革命以前、特にルイ14世以後、貴族階級で構成された「最高法院」が力を持ち始め、王令発布に対しても逐一審議をし、制限力を行使するに至る。このように、「国王」と「アリストクラート層」は実は覇権を巡って対立関係にある。因みに、ルイ16世の採用した大臣たちは、ネッケルを除いて全員貴族階級で構成されている。
1788年の「国庫状態の報告書」によれば、王政は1億2600万リーヴルの赤字を抱えていたと記されている。その主要な理由は、実はこの内の26%にも上る「軍事費」(士官数の肥大化)などであり、民衆が信じていた「宮廷の浪費」として勘定されたものは実は6%であった。ルフェーヴルが強調しているのは、王たちの性格的な腐敗というよりも、制度的に積もり積もった前代から続く「負債の重圧」なのである。アンシャン・レジーム体制のこの負債は、いうまでもなく“逆累進課税”(富んでいればいるほど税を少ししか負担しない制度)によるものであり、そうである限り、ルフェーヴルが述べるように、「全員に税をかえれば事が足りた」のである。

(1) カロンヌの登場

いつの時代にも、腐敗した政治体制の「構造改革」を企てる革新者は存在するもので、フランス革命直前ではシャルル・アレクサンドル・ド・カロンヌ(1734-1802)がその役に相当する。カロンヌは1786年の「国王宛意見書」(構造改革案)の中で、腐敗した王政を刷新し、フランス国民の生活を立て直すために必要な政策として、以下の六つの骨子をリストにして提出していた。

・ 農民負担を軽減すること
・ 平民も議長クラスになれる「州議会」を設置して民主主義化すること
・ 聖職者の封建的諸権利を国王が摂取し、これを再度売却すること
・ 煙草、塩税を諸州へ拡大すること
・ 土地上納金を制定すること
・ 国内関税を廃止して商業活動を活発化させること


カロンヌは当時の貴族階級で構成された議員たちから、これらの案が簡単に黙殺されないために、できるだけ彼らにも譲歩しつつ慎重に改革案を構想していた。例えば「州議会」案は通過しない可能性が高いと推察した彼は、代わりとして「名士議会」なるものを構想するなど配慮している。
カロンヌのこうした案に対し、アリストクラートで構成された議員たちは、「全市民の課税を等しくする」ことに承認したとされる。しかし、実はこれには重大な条件があり、それは「上位二身分のための形式」をあくまでも構造的に保存するというものであった。こうした反応、そして政敵ネッケルとの論戦の末、カロンヌはルイ16世によって1787年に罷免されてしまう。
もしもカロンヌとその弟子らによる「近代的な王権」案が採用されていれば、その後の歴史は大きく変わっていただろう。

(2) 後任はブリエンヌ

カロンヌが罷免された後任となったのは、それまでは彼の政敵でもあった大司教ロメニ・ドゥ・ブリエンヌである。今度はブリエンヌが立場上改革者として「パリ高等法院」と戦うことになっていく。基本的な指針として、カロンヌもブリエンヌもアリストクラート中心の支配体制から、「州議会」(近代的な市民主権へ)へ移そうと画策していた点では一致している。
しかし、アリストクラートの力は強大であり、結果的にはルイ16世とパリ高等法院の「勝利」に終わったと、ルフェーヴルは記している。(1789年7月14日のバスティーユ陥落から二ヵ月後の9月23日に、パリ高等法院は元通り復活している)。