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鈴村智久の研究室

表象文化論、美学の研究者鈴村智久です。哲学・思想ブログランキング総合2位。

テクストという名のニューラルネットワークーーポール・ド・マン『美学イデオロギー』所収「パスカルの説得のアレゴリー」について

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Elisabeth Erm by Camilla Akrans | Dior
Elisabeth Erm by Camilla Akrans | Dior


【テクストという名のニューラルネットワーク】

 あるものが、常にそれとは別のものを意味してしまうこと――これがド・マンのいう「アレゴリー」の概念の基礎的な図式である。だが、そもそも何故このような事態が生起するのだろうか? ド・マンはこの問題を解明するために、『美学イデオロギー』所収の論稿「パスカルの説得のアレゴリー」の中でパスカルの『幾何学一般に関する省察――幾何学的精神と説得術について』(1657~58年頃)の分析を企図する。本書は第一部が認識論、第二部がレトリック(修辞学)論であり、特にド・マンが注目するのは第二部である。何故、パスカルは「幾何学」という本来、メタファーなどで装飾しなくてもそれ自体で自立し得る世界に、あえて「修辞学」を必要としたのだろうか? この奇妙なパラドックスにも似た「謎」に、いわばド・マンは立ち向かうのである。
 まず、ド・マンはパスカルが「人間」の概念を「数」によって定式化し得ると考えていた点に注目している。

つまり人間というこの一個のものは、とにもかくにも常に二個一組のもの、すなわち一対のものであるということだ。数の体系における1と同じように、人間というのは無限に分割することも、無限に倍加することも可能なのである。つまり人間とはあの二つの無限の体系と同じようなものなのだ。だからこそパスカルは、〈人間は人間を超えてゆく〉、〈人間は二重である〉と述べたすぐ後で、〈人間は無限に人間を超えてゆく〉と言い添えることができるのである。(p117)


 ここでパスカルが規定していることの本質は、「人間」の概念を、「それとは別のもの」である「数」によって表現、説明しているということ――すなわちド・マンの「アレゴリー」の概念を遂行しているという事実である。
 このような点を前提として紹介した上で、ド・マンはパスカルが実は『パンセ』において、「接続詞」に奇妙なほど説得的な効果を持たせる作法を実演していた点を分析する。例えば、彼の用いるdonc(それゆえ)、あるいはpuisque(なぜなら)という接続詞は、それが文法上必ずしも必要ではない場合ですら、「認識上の力」を読者に持たせるための「修辞的効果」を発揮している。パスカルは接続詞を、あたかも数学の証明形式のように巧みにエクリチュールに採用する名手であったというわけだ。それだけでなく、彼は「断言の同語反復」という話術も心得ていた。この二つの巧みな語りが、パスカルの「説得のメタファー」に力を持たせる二大要因であると、ド・マンは分析する。例えば、「人間は偉大である。なぜなら、自分が惨めであることを知っているから」、あるいは「人間は惨めである。なぜなら、事実そうなのだから」というパスカルの銘苦には確かに読者に対して一定の喚起力を持っている。それは何故人々の印象に残るのだろうか? 実は、ここで重要なのはパスカルが「偉大」と「惨め」、などのう二項対立関係にある観念を、交叉配列的な相互作用として論証に導入していたという点である。「なぜなら~なのであるから」、という接続詞の数学的な説得力と、「偉大」であることは己が「惨め」であることを知っているからという点に理由を結び付ける、巧みなカイアズマス(交叉配列)の展開。こうしたド・マンの分析で可視化されるのは、まさに数学者でもあったパスカルでさえ、いざエクリチュールになれば「メタファーの技法」を必然的に応用する形式を採用してしまっているという事実である。
 よく考えれば判るように、「自分が惨めであることを知っている」状態は「偉大である」と等号で結ばれるわけではない(もしかすると、その状態を「悲愴」と呼ぶ人もいるだろう)。それを等式で結んだのはパスカルの恣意性であり、この保証の担保こそが接続詞「なぜなら~なのであるから」という説得術であるというわけだ。パスカルが説得的なのは、実は彼が説得術、すなわち修辞学を駆使していたからであって、それは先の『幾何学一般に関する省察――幾何学的精神と説得術について』の第二部が「修辞学」である点に萌芽を見出せるのである。

同一の構造、つまり「正から反への絶えざる逆転」とまったく同じ逆転が、対立する二項を交叉配列によって交差させるという型を基本に、少しずつその形を変えながら果てしなく続き、何度も繰り返し現れることになるだろう。この過程において主題を捉える洞察の豊かさが明らかとなり、こうして根本的に弁証法的な論法パターンが普遍的な有効性を持っていることが示されるだろう。(p122)


 このようにパスカルのエクリチュールを、彼がテーマにしている概念や問題提起をそのまま解釈したり批判したりする従来までの批評ではなく、そもそも「なぜパスカルのテクストは説得的であろうとしているのか?」という、より根本的な問いにまで切り込むことでのみ見えてくる地平というものがある。以下に述べるド・マンの非常に鋭い考察は、まさに彼がパスカルと「テーマ」を共有する試みから、パスカルの用いるメタファーにこそ注目する試みへと視座を徹底化させたことによって初めて到達し得たものであろう。彼はこのように上記の引用箇所に論を接続している。

こうして我々には次の問いが残されたことになる。つまり、こうした弁証法的なパターンに嵌るのをはっきり拒むテクストが『パンセ』の中にあるかどうか、ということである。ただし、仮に弁証法的なパターンに嵌るのを拒むテクストがあったとしても、それはそうしたテクストが、これとは異なったトロポロジカル(比喩論的)なモデルに沿って構造化されているからではない(そうしたモデルは弁証法モデルを確かに多様化させはするが、必ずしも無効にするわけではないだろう)。弁証法と同じパターンで論証が進められてゆくような運動を、そうしたテクストが破綻させるからに他ならない。(p122)


 このページ(p122)は、何度も再読されるに値する極めて深い考察に達しているド・マンのメタファー論の白眉の一つである。ここで重要なのは、まずド・マンがパスカルの文体の特徴を(1)「正から反への絶えざる逆転」、(2)「対立する二項を交叉配列によって交差させる」という二つのモデルの数知れない変奏として把捉している点であり、パスカルが用いる「弁証法的な論法パターン」とはまさにこの二つの特徴を指しているという前提である。だが、パスカルの全てのテクストがこの二つの原理によってのみ作動しているわけではない。仮にこの原理がパスカルのエクリチュールの「システム」だとすれば、あらゆるエクリチュールには常に既に書き手によって自覚的/無自覚的にであれ採用されている「型」を「破綻」、「頓挫」させてしまうような箇所が生起するということである。これは弁証法からすれば実は「例外」ではなく、「システム」の維持のために必要な一つの変数として解釈可能である。だが、なぜそもそもシステムがシステムを意図的に失効させるような運動を犯すのであろうか? これが我々の問いである。
 その謎を解くのに必要な概念が、ド・マンの「美的なもの」についての解釈である。カント論で既に述べられていたように、「美的なもの」には自分自身の「美」を破壊し、それに逆説を投げかける批判的な潜勢力が本来的に備わっている。それは生命の進化プロセスにも見出すことができるだろう。つまり、同じ環境下にいるよりも、種は新しい種へと成長してゆくために意図的に環境を変化させていくという考えがそれである。これは人間のエクリチュールが詰まるところ、脳内のニューラルネットワークを駆使して作動していることとも相関している。換言すれば、人間には常に同じ空間、同じ原理、同じ書き方で在り続けることに「危機」のシグナルを送信する特徴を持っているのであり、パスカルのエクリチュールは、たとえ彼が己の弁証法を「美的なもの」として愛用していたとしても、そこに不可避的に倦怠を、あるいは倦怠から出来する「逸脱」を招来せずにはいない。このように、ド・マンは「テクスト」という存在を単なる物質ではなく、明らかに脳内のニューラルネットワークの「メタファー」として捉えているかのような深い地点にまで達しているのである。
 もしもテクスト=ニューロンの生成過程であるとすれば、なぜ小説を書く者がスランプに陥ったり、あるいはストーリーが停滞したり突如として急展開を見せたりするのかという点も、この考えから一定の解釈を与えておくことが可能であろう。すなわち、ストーリーが急激に展開するのは、実は作者によってあらかじめ構造化されていたストーリーラインの自律的な機能を「破綻」させようとする作者自身の無自覚的なパフォーマティブの顕現として解釈できる。スランプが、もしもテクストの構造的な行き詰まりであるとすれば、それはいわば小説空間の物語構造を一度、「破綻」させることで新しい展開へと繋げるシグナルでもあるというわけだ。ずっと同じ場所で椅子に座っていられる時間には限りがあるように、人は息抜きにサイクリングしたり散歩したりするだろう。これと同じような情動性が、いわばテクストの論理的な空間においても作動しているということである。この限りで、いわばテクストとはトマス・ド・クィンシーが暗示していたように、「脳髄」をrepresent(表象=代理)していると考えられる。
 
【「美的なもの」と「政治的なもの」の共犯関係――パスカルのパフォーマティブ】

 本論で展開されている、パスカルが説得のために技巧的に採用していたメタファーについての分析から得られた要諦は、実はド・マンに学んだイェール学派のショシャナ・フェルマンがオースティン論『語る身体のスキャンダル』(本書は同時にモリエールの『ドン・ジュアン』論でもある)で展開した言語の本質的な行為遂行性――すなわち「パフォーマティブ」についての概念へと発展するものである。ド・マンはまず、パフォーマティブなテクストは自らコンスタティブな事実であろうと振る舞うこと、言い換えれば認識的に正統的であろうと振る舞おうとする点を指摘する。既に述べたように、パスカルは接続詞を極めて修辞的に用いる術を心得ており、例えばainsi(こうして〜)という語を、本来はパフォーマティブな次元で扱われているテーマ(例えば「正義」や「権力」)を語る際に、あたかも事実確認された客観的叙述であるかのように付け加える。いわば、説得のために本来はfaire(する)の次元で真偽が宙吊りにされるようなテマティックを、savoir(知る)ものとして扱うのだ。論証において「こうして」、「すなわち」、「したがって」などという語は、パスカルにおいて「説得のアレゴリー」として修辞的に機能しているのであり、ド・マンはこのようにメタファーが審美化=政治化されてテクストを自ら「正当化」する瞬間、その現場を克明に活写しているのである。
 そもそも、パスカルは「人間」をどのように定義しているのだろうか? 実は、その定義の中に既に「誘惑の言語」という表現が含まれている点に注目しなければならない。「人間とは…快楽と誘惑の言語に影響され易い存在である」(p99)、あるいは「真理と快楽との間の均衡が疑わしいものとなり…」(p100)という表現からも窺えるように、パスカルは人間を「言語的存在」として、なおかつ「誘惑の言語」(パフォーマティブ)に感化され、説得されてしまい易い存在として規定しているのだ。このような厳格な定義付けを行いつつ、パスカルは自ら「誘惑の言語」によって、単なるdefinitio nominis(名目的定義)に過ぎないものを「始源語」へ掏り替えていく(例えば「権力」のように抽象的な概念を規定する際、パスカルは力のある者に「正しさ」を結び付ける)。つまり、自らの定義のコンスタティブな側面を、今度は実演/パフォーマンスするのである。ド・マンによれば、パスカルの定める「始源語」の意味論的な機能は、実は「比喩」として構造化されているというのだ。換言すれば、何かを名目的に定義しようとする論述のプロセスで、不可避的に「比喩」を多用したdefinitio reo(実在的定義)を採用せざる得ないという構造が透けて見えてくるのであり、ここに我々はパスカルの「説得のアレゴリー」の作動する条件を認めることができる。
 以上から、ド・マンはパスカルの『パンセ』を代表とするテクスト群に往々にして見出される、ある共通した「文体の特徴」を以下のように規定する。一つ目は、「真理の言語」について述べるパスカルであり、この際の彼は正しいことを述べているが無力であり、いわばコンスタティブな叙述を行っているのみである。二つ目は、必ずしも正しくはないが、極めて強い力を持ち、「好みのままになされる」パフォーマティブな言語であり、コンスタティブな言語が「認識的」であるのに対し、こちらは「様相的」と表現される。パフォーマティブな言語は「快楽の言語」とも呼称され、フェルマンのいう言語が備える「美的なもの」の持つ誘惑的、かつ悪魔的な力としての「ドン・ジュアン性」を本質にしている。重要なのは、「アナコルソンは遍在する」というド・マンの簡潔な表明にも見られるように、これら二つの側面がパスカルという一人の人物において別々に採用されているのではなく、決定不可能なほど分ち難く交叉し、浸透し合ってテクストの正当化に寄与しているという点である。逆にいえば、コンスタティブな言語がパスカルにおいてパフォーマティブな身振りを正当化するための装飾として機能しているのであり、我々はド・マンの本論においても、言語の持つ「美的なもの」が「政治的なもの」と共犯関係を結ぶという一貫した図式を見出すことが可能である。
 



「参考文献」


美学イデオロギー美学イデオロギー
(2004/12/10)
ポール・ド・マン

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ポール・ド・マンの「アレゴリー」、「隠喩」の概念について――『読むことのアレゴリー』第二部の読解記録(七章、十章)

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Francisco Lachowski by Massimo Pamparana | Hero
Francisco Lachowski by Massimo Pamparana | Hero


【七章「隠喩」『人間不平等起源論』(第二論文)】

 ルソーのエクリチュールについて、アルチュセールはそのキーターム的な術語にさえ生じる「食い違い」を指摘している。自伝的テクスト以外の、政治論についての概念用語の背後にも常に「自己」への強迫観念を隠し持っていると解釈されている。ルソーが『人間不平等起源論』で用いる名高い「自然状態」という用語も、ド・マンは根本的に虚構的なものとして想定されていると指摘する。
 本書の中でルソーは「自由」について、「果てしない限界=障害を克服しようとする意志的な行為」と規定している。「自由」――それはまず何よりpower to will/willpower(意志する力)であり、これはニーチェのwill to power(力への意志)を先取りしたものとして評価されている。自由とは、いわば「変化への意志」なのだ。他方でルソーは「未開人」、「動物」は自由とは対照的に、「隷属状態」にあったと解釈している。ド・マンが『人間不平等起源論』の中で最も重要な鍵となるテクストして注目しているのは、以下である。

「その上、一般的な観念は語の助けを借りなければ精神の内に導き入れられることはないし、悟性は命題=提言に拠らなければ一般的な観念を把握できない。これが、動物がそのような観念を形成できず、それに依拠する完全性をけして手にできない理由の一つである」(p182)


 このテクストをめぐってこれまで様々な解釈が与えられてきたが、そこには共通してある「盲目」を指摘できるという。ルソー研究者として名高いジャン・スタロバンスキーの分析に伴う落とし穴について、ド・マンは以下のように言及している。

だが、スタロバンスキーほどの知性や鋭敏さを兼ね備えた批評家でも、ルソーが提供している手掛かりを故意に見過ごし、然るべき解釈が要請されているにも関わらず、示唆的な読みよりも口当たりの良い読みを優先させているのだ。というのも、ルソーの著作のどこを見渡しても、一般的な歴史的完全性から区別される特殊な言語的完全性といったものは露ほども見当たらないからである。『言語起源論』における言語の完全性――それは事実上、堕落を意味する――は、まさに『第二論文』における社会の完全性と同じように進化する。人がここまで骨抜きにしたいと考えるこの一文には、疑いなくある脅威が隠されているに違いない。(p185)


 未開人が別の部族の人間に出会った時の鮮烈な「驚き」を表現するために、ルソーは「巨人」という隠喩を用いている。実際にはそれほど背丈の変わらない相手でも、恐怖を感じている見ず知らずの部族の人間である場合、実際より巨大に見えるというのだ。あくまでも「比喩」として用いられているはずのこの「巨人」が、ルソーのテクストでは次第にコンスタティブな意味として策定されるに至る。つまり、書きながら閃いた類のパフォーマティブな修辞が、いつの間にか事実確認的な意味として位置付けられているのだ。「虚構と事実のあいだで宙吊りにされた指示的な状況(恐怖という仮定)を、字義的な事実に変換する代替的な文彩(「私は怖い」、「私は巨人だ」)で代替すること」(p192)――ここから、ド・マンはルソーにおけるエクリチュールの特徴の核心に迫る。それは本質においてパフォーマティブなものであるが、フェルマンがドン・ジュアンについて言及したように、常にコンスタティブを装う(=纏う、化粧する)ものとして機能している。これは同時に、ド・マンが規定する言語の本質たる「隠喩」の原理であり、ロマン主義精神の基底に存在するものである。すなわち、比喩的なものと字義的なもの、換言すればパフォーマティブとコンスタティブは互いに交換・代替が可能だということである。このように考えると、言語は常に「事物」それ自体ではなく、「それとは別のもの」を、要するに比喩的なメタ言語について語っているということが明らかになる。

命名については、字義的なのか、比喩的なのか、といった言明は不可能である。(p189)



言語とは、全て命名に関する言語、つまりは観念的・比喩的・隠喩的なメタ言語なのだ。こうした性格を有する言語は、隠喩が指示的な未確定性をある特定の意味単位に字義的に移し替える時、その隠喩の盲目性に加担することになる。言語のメタ言語的(あるいは観念的)な性質に関するこうした言明は、ルソーに直接由来する先の言明――それによれば、命名が形をなすには、差異という観念(あるいは考え)を仮定しなければならない――と同等の意味を備えている。(p194)



 ルソーにおける「人間」という観念は、それ自体が錯覚的=幻想的な「別の観念」によって作り出されている。ルソーが「人間」という言葉を用いる時、それは常に「別の何か」を意味している。こうした代替構造は彼の他の重要な術語についても妥当する。

つまり、政治的な命運は「情念」と呼ばれる盲目的な隠喩化と符合し、また、この隠喩化には意図的な行為性は認められない、ということである。このような事実は、我々の予想とは裏腹に、全ての言語形態――とりわけ修辞的自意識の濃厚な文学的な言語――に不可避的に付き纏う「政治的な」性質、更に正確に言えば「政治性」をいちだんと強化する。社会や政体が人間と言語のあいだの緊張から生み出されるとするなら、両者は自然的(人間と事物の関係)でも、倫理的(人間間の関係に基づく)でも、神学的でもないことになるだろう。というのも、言語は超越的な原理としてではなく、偶然的な誤謬の可能性として思念されているからである。…アルチュセールが考えるように、文学は政治的なものの抑圧ではなく、優れて政治的な言説形式であることを余儀なくされている。そうした言説と政治的な実践の関係を心理学的あるいは心理言語学的な観点から描写することは不可能である。それについて描写するなら、むしろ修辞的なモデル内に留まり、二つの意味領域――指示的な意味領域と比喩的な意味領域――の関係という観点から出発しなければならないだろう。(p198)


 こういうわけで、ルソーの政治学理論の本質は言語的な戦略(パフォーマティブな原理)として機能している、とド・マンは考える。

社会契約の観念的な言語は、小説の比喩的言説と指示的言説のあいだに見られる微妙な作用=戯れに酷似している。ルソーの小説『ジュリー』は、彼の最良の政治科学論でもある、としばしば指摘されてきた。『社会契約論』もまた彼の最良の小説である、と付言しなければならないだろう。だが、両者が依拠しているのは、一つの方法論的な前提、すなわち『人間不平等起源論』の礎とも言うべき修辞理論なのである。(p200)



【十章「読むことのアレゴリー」『サヴォワの助任司祭の信仰告白』】

 ド・マンによれば、『信仰告白』を口にしているのは、ルソー本人ではなく、テクストの構造的な虚構化された主体である。そしてこの本は、「テクストそれ自体の混乱を劇化している」(p308)ものとして解釈されている。そこでは道徳的判断の明らかな変則、ないし逸脱すら見受けられるが、それはルソーが用いる言語システムによる「修辞的な不確定性」から生じている。ルソーの思想の動きは、宗教的な「改宗」を目指している、とも考えられているが、矛盾する二つの価値をほとんど無自覚に定立するスタイルの点で、同時代の批判者からも「詭弁的」と称されることがあったという。

それは誤謬の余地、論理的緊張の残滓を残すことで、脱構築的言説の閉止を防ぎ、そうした言説の物語的・アレゴリー的な形式を明らかにする。こうしたプロセスが意志あるいは自由という言葉で述べられ、指示的なレベルに移し替えられると、示唆的な残渣は、それが今「現出している」ように見える一つの世界に作用し、まさにその世界を構成する経験的意識――精神、意識、自己――として不可避的に姿を現すことになるだろう。(p315)


 まさに、こうしたパフォーマティブなエクリチュールをルソーは自ら「自由」とみなしていたのである。ルソーによる行為遂行的な発話行為は、やがて実践的な「政治論」へと自然に結び付いていくことになる。ルソーのテクストが哲学的でありながら時に文学的で、『ジュリー』のように書簡体形式の文学の形式を採用しながら同時に哲学的でもあるという、「一つの領土」にけして限定されないエクリチュールを採用している点について、ド・マンは以下のように述べている。

「文学的」テクストの読みや解釈の方法を、「哲学的」あるいは論証的テクストのそれと不当に区別するのは――こうした区別の大半は美学的なカテゴリーの濫用から生じる様々なイデオロギーに由来している――、哲学的テクストの読みから、文学的な解釈に認められる基本的な精妙さを奪い去ってしまう。極めて逆説的だが、こうした事態は、より形式的・技術的な哲学者たちよりも、プラトン、ルソー、ニーチェといった自己の修辞を強く意識している書き手たちに、より鮮明に立ち現れているように思われる。(p297)


 ルソーはこの本の中で、人間の「自由」は「比較したり判断したりする能力」にあるという。『人間不平等起源論』では、「私が事物について下す判断に、〈自分のもの〉を持ち込むことが少なければ少ないほど、いっそう確実に〈真実〉に接近できる」と記されている。「判断」とはルソーにとって、「一つのものを別のものの上に重ねる」こと、すなわちreplier(折り畳む)こととして規定されている。それは彼にとって、同時にsentiment(感情)の別名でもある。「判断」――それは「対象指示の可能性を生み出すと同時に、それを無効にする」(p305)パフォーマティブなものであり、それ自体が「言語」を媒介にして構成されている。ド・マンの読解によれば、ルソーは「知覚」(知覚は言語に包摂されている)そのものも「隠喩」として構造化されていると考えていた。つまり、知覚もまたひとつの言語的対象として捉えることができるのである。ここから更に発展して、ド・マンは存在論の核心にも急迫している。「存在」とは、est(ある)という、この「語」以外の何ものでもない。「存在」という言葉には実はいかなる神秘も、奥深い超越的指示対象も存在してなどいない。それは単なる「語」に過ぎない。
 ルソーは「感覚である映像が、対象である実物と一致しないのはどうしてか」について、常に考察していた。ド・マンによれば、それは「表明された思考行為それ自体が、そもそも一つの歪曲だからである」(p304)。こうした考えは、『言語起源論』でも主題になっており、ルソーにとって最大の言語論的な研究課題であった。
 

『ジュリー、または新エロイーズ』の「序文」の「執筆者」にとって、文学テクストの意図性(「意図の統一性」unité d'intention)は、自分は著者だと確信できる作家が一人もいないほど決定不可能なものだったが、そのことを考慮するなら、こうした言明はそれと逆のことを言っているように見えるマラルメの一文(骰子の一擲はけして偶然を排除しないだろう)と実は非常によく似ていることが分かる。つまり、作家が自身のテクストに現前するのと同じ形で、〈神〉が自らの創造に現前するなら、神聖な知性に与えられる権威はほとんど皆無ということになる。…判断行為によって形式的一貫性のある構造を樹立するといった精神の力はけして否定されていないが、そこから生じる様々なシステム――例えばテクストのシステム――については、その存在論的ないし認識論的な権威=根拠を確定することは不可能である。(p309~310)


 ここでド・マンは驚くべき見解を表明している。「作家が自身のテクストに現前するのと同じ形で、〈神〉が自らの創造に現前するなら、神聖な知性に与えられる権威はほとんど皆無ということになる」――この箇所は、神の世界創造を、一人の作家が物語を創造するプロセスに擬えるかたちで、すなわち「書く行為」のアナロジーとして捉えている。だとすれば、人間の書く物語が常にパフォーマティブによってコンスタティブを「壊乱」することに本質を持つという、ド・マン及びフェルマンに共通する見解に基づいて、我々は神もまた同様のパフォーマティブを実演していると解釈しなければならない。神を主語にして始まる全てのテクストもやはり人間の産物である以上、行為遂行的に書かれていることは否めない。神が書かれた存在である以上、この神は常にパフォーマティブに世界を創造しているというのは、まさに神御自身の本質が「言語」に存するからである。
 『信仰告白』でも、「神」の概念は人間的な「判断」から引き出されている。それが「判断」である以上、「一つのものを別のものの上に重ねる」こと、すなわち認知構造におけるreplier(折り畳む)ことが必然的に伴うのである。「神」と「人間」は、「それぞれが相手の隠喩」になっており、聖書の記述においてヤハウェが「熱愛」するなどの情動性を有するように、互いに字義的な点においては「類似」している。
 かくして、ルソーにおいて「判断」とは言語的に構成されるものであり、「言語」とはその本質においてsentimentalなものである。重要なのは、ド・マンがこれをルソーという「特殊」なケースに限定されたものとして言及しているのではなく、言語「一般」の問題として把捉している点である。あらゆるテクストを支配しているのは、神秘主義者が往々にして夢想したように神を表す謎めいた一語ではなく、徹頭徹尾「修辞システム」なのであり、それを動かす下部構造にあるのはあくまでも人間的な生々しい「心的欲動」に他ならない。こうした感覚的次元を言語の本質として規定する見解は、moral sensitive(感性的道徳)が重視された18世紀という時代において、とりわけ浮世離れした思想というわけでもなかった点をド・マンは強調している。
 あらゆるテクストは、本質的に「読解不可能」なものである。全ての文学のみならず、厳密なロジックによって理論的に構成された論文テクストであれ、それが「言語」で記されている限り、そこにはパフォーマティブな側面が常に反映されている。一つのテクストは、けして「一つの解釈」に固定化されることがない。何故なら、批評テクストもまた、ショシャナ・フェルマンが述べたように本質においてパフォーマティブなものだからである。ド・マンにおける「アレゴリー」、オースティンにおける「パフォーマティブ」、そしてフェルマンにおける「ドン・ジュアン性」――これらは共通して、「読むことの不可能性」を我々に指示している。




「参考文献」



読むことのアレゴリー――ルソー、ニーチェ、リルケ、プルーストにおける比喩的言語読むことのアレゴリー――ルソー、ニーチェ、リルケ、プルーストにおける比喩的言語
(2012/12/22)
ポール・ド・マン

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注目が集まるポール・ド・マンの代表的論稿『美学イデオロギー』所収「メタファーの認識論」の重要性

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【メタファーの散種性――ロックの場合】


 ド・マンの『美学イデオロギー』に最初に収録されているのが、ロック、コンディヤック、カントのメタファー分析である「メタファーの認識論」である。本論稿で出発点となる最初の問いは、ロックの『人間知性論』における、言葉は「我々の眼を曇らせ、我々の知性を騙す」という曰くありげな見解である。もしそれが事実だとすれば、一体言語の何が我々を盲目にさせているのだろうか? ロックによれば、それは言語に備わるフィギュア(比喩)である。彼は、「比喩的な言葉の応用は…(略)…情念を動かし、それによって判断を誤らせるものに他ならず、したがってまさしく完全な詐欺なのである」とすら述べ、啓蒙思想の美徳の一つとしてメタファーを徹底的に排除しようとする。ド・マンが引用しているのは、実はロックが過剰なまでにメタファーを批判するあまり、自らメタファーに憑依されている刺激的な箇所である。

雄弁術は、麗しき女性のように、圧倒的な美しさを内に秘めており、己に逆らって語ることなどけっして許さない。それ故、人々が欺かれることに快楽を見出している限り、こうした欺く技術を非難しようとしても無駄である。(p66)


 メタファーを女性的だと批判し、柔和さを許さない男性的な論述スタイルに美を見出しているロックは、ここで彼自身メタファーを用いているわけである。この奇妙なパラドックスにも似た効果を放つロックの盲目をド・マンは見逃さない。彼は以下のように仮定を立てる。「ひょっとすると認識はメタファーによって形作られているのではないか」(p67)。その上で、ド・マンはロックを従来の伝統的な思想史のコンテクストに位置付ける解釈を退け、「レトリックの動き」にこそ注目し、トロポロジカル(比喩論的)な読解を企図しなければならないと自らの方法論を読者に宣言している。
 最初の分析としてド・マンがまず注目するのは、ロックのいうsimple ideas(単純観念)の概念である。ロックによれば、「単純観念の名前は全く定義できない」。例えば、「運動」とは何かについて、原子論者は「ある場所から他の場所への移行である」と定義しているのだが、ロックからすればこれはトートロジー(あるいは、「運動」の意味内容を単に「翻訳」しているだけ)に陥った解釈に過ぎず、何かもっと本質を突いた究極的な定義があるはずだと考える。もしも単純観念が同語反復的な「翻訳」でしか語り得ないとすれば、そもそも「翻訳」とは何であるのかを考えねばならない。translate(翻訳する)は、ドイツ語ではübersetzenと表記する。この語は、「変化・移行を示す接頭辞」であるüberと、「移す」を意味するsetzenから構成されており、ギリシア語ではmeta phorein(メタファー)の翻訳語である。つまり、ギリシア語で「メタファー」を意味する言葉が、ドイツ語になると「翻訳する」を意味するübersetzenで表記されるのである。こうしてド・マンは単純観念とは、フィギュラルな言説としてしか表現し得ず、本質において「翻訳」であると規定する。ロックのディスクールは、実は単純観念をフィギュラルな言説によって絶えず複雑化していくプロセスとして解釈される。もしそうであれば、メタファーを「麗しき女性」として危険視したロックは、実は構造的にメタファーに支配されていることになるだろう。そもそも、ロックがこれ程メタファーを批判しているのは、18世紀以来の認識論が「本当のものと比喩的なものとを区別できない子供」(ロック)として批判されており、彼がこの知の窮境を認識していたからである。
 次にド・マンがロックの概念で分析対象にするのは、「実体」の概念である。実体とは、いわば諸々の特性を備える土台であり、複数の特性をまとめて結び付ける結節点として解釈されている。どのような実体も常に、「いかなる〈本質〉がAの持つ〈固有のもの〉か?」という問いの形式を採用せざるを得ない。こうなると、実体を説明するために、まず「本質」とは何か、「固有のもの」とはそもそも何なのか、という二つの「単純観念」の定義が必要になってくるのである。それ故、ド・マンは以下のような問いを定立している。

明らかにされるべき問いは、したがってこうなる。いかなる〈本質〉が人間の持つ〈固有のもの〉なのか? この問いは実際には、〈固有のもの〉という言語学的な概念と、〈本質〉という言語的伝達とは関係なく存在するものとが、果たして一致し得るのか、という問いに帰着する。(p73)


 この先鋭的な問いは、まさにド・マンらしい着目点といって良いだろう。要するに、「実体」概念についての命題も、このような言語学的な解釈を必然的に招来するということだ。ここでド・マンが提示しようとしている概念を我々は以下のような問いに翻訳することもできるだろう。つまり、「愛」とは、「神」とは何か? という問いに対する解答の「形式」の問題である。 もしも「愛とは神である」というならば、この二つの概念がそれぞれの定義として交換可能になり、いずれにしても「神」の定義は「愛」の定義へと掏り替えられることになる。同様に、実体についての問いは、「人間」、あるいは「本質」という観念の結合であり、その本質は実はメタファーにおける「形象」のカップリングの問題なのだ。もしも「人間とは愛する存在である」という命題があるとして、これが「人間」の定義であれば、「愛する」と、「存在」という二つの概念が「人間」という上位カテゴリーに位置する概念によってカップリングしているのである。すなわち、ここでド・マンが記述しているのは、ある概念を「説明」しようとすれば、いつの間にか我々はそれとは異なる概念を持ち出し、別の記号によって説明したつもりになっているという事実である。
 「神とは何か?」という問いに対して、「愛である」と答えることは実は本質的な解決になっていない。それは、「神」の概念に「愛」の概念を結合させ、メタファーの形象的なディスプレイを提示しているに過ぎない。つまり、「神」が「愛」によってrepresent(表象=代理)されているのだ。いつの間にか「神」は「愛」の問題に掏り替り、「別の記号」によってチェンジリング(取り替え子)されている。こうした「哲学的な取り替え子」(ド・マン)こそ、言語によって何かを語る際に生じている出来事の本質なのである。いみじくもクインティリアヌスは、「記号」の定義を以下のように策定していた。すなわち、「それによって〈別のもの〉を意味する」こと。この取り替え子こそ、ド・マンの言語論の中核に位置するものであり、「アレゴリー」の概念として具体化されるものである。
 ここで、ロックの「単純観念」と「実体」についてのド・マンの解釈を整理しておこう。彼は以下のように二つが説明される際の差異について述べている。

単純観念の場合には言葉と事物がただ一続きに連なっているだけだったが、実体の場合には特性と本質はメタファーによって照応一致することになるわけだから、単純観念から実体に話が移るに伴い、倫理的な緊張はかなり高まったことになる。(p76)


 ド・マンがロックを読解しながら提示する要諦となる考えは、比喩はあらゆるテクストにおいてアナモルフォーズ(歪像的変形)しながら全体化していく、という運動に他ならない。ロックはメタファーを忌避し、論理的に一貫した形式を重視していたわけだが、そこで提示される概念はいつしか比喩になり、比喩は概念になってしまうのである。このように、テクストがある喚起的な力を持つメタファーによって散種されているという見解は、ド・マンのルソー読解にも通奏低音として流れているので重要である。ロックが陥っていた比喩の形式の兆候として、ド・マンは「怪物的なメタファー」とも形容されるcatachresis(カタクレシス/濫喩)を挙げている。カタクレシスの文学的な代表例としては、プルーストがシャルリュス男爵の倒錯的な恋愛関係について描写する際の「喩え」として用いた「植物の受粉行為」が妥当するだろう。ある事物を、「別の何か」に置換するという単純明快で、かつ酩酊すら伴う力学が、実は錯綜し複雑化した言語の本質なのである。メタファーはテクストのあらゆるディテールにまで潜んでいる。例えば、ド・マンは「椅子の脚」が人間の脚部を、「山の表面」が人間の顔を連想させる効果としてのprosopopeia(活喩)に注目している。


【言語の本質としての「メタファー」――コンディヤックの場合】

 メタファーを忌避しつつメタファーに支配されてしまう原理をド・マンはロックを例に炙り出してきたわけだが、こうした現象はコンディヤックの『人間認識起源論』においても見出される。ド・マンによれば、そこにはゴシック小説のプロット(とりわけメアリー・シェリーやアン・ラドクリフとの相関性)に近い構造が存在するという。コンディヤックもまた「抽象概念」について論じようとしているが、ド・マンはそこにテクストに内在する本質的な文学性を見出している。分析を通して浮かび上がる図式はロックの場合と本質的に同根であり、やはり「物語」が「比喩」に支配されていること、そして「場面」と「全体」は互いに交叉し合い、縺れ合う関係にあることが可視化される。主体、あるいは精神という概念も「メタファーの中のメタファー」として、その幻想性を指摘されることになる。これは、こうした抽象的な概念が、常に「別の記号」によってしか語り得ないことを意味しており、ロックよりもコンディヤックの方がいっそうド・マンにとって「メタファーの理論」として示唆的であると解釈されている。
 主体、あるいは精神――それは常にmodeifications(変様)するものである。つまり、それ自体としてこの二つの概念はあらかじめ「存在」を欠いているのだ。だからこそ、これらの抽象概念を定義付ける際に我々は否応無く比喩論的な機制に支配されるのであり、それによってしかこれらの本質を把捉し得ないのである。「神」を定義付けることが、いつの間にか「愛」という単純観念の説明に「取り替え子」されるように、主体ないし精神という人間存在にとって根幹となる重要な概念も、実は「それとは別のもの」によって代理的に語られ得るに過ぎない。元々face(顔)を持っていないものに、我々が無理にそれを与えようとすると、常に人工的で代理的な「仮面」が生成することになる。比喩の発生プロセスとは、こうした「別の顔を与える」行為に本質を持つのだ。定義付けし得ないものに出会った時、人間はメタファーを用いてそれを位置付けようとする。メタファーとはいわば、そのための道具として解釈されているのである。したがって、どれ程メタファーを排除した論理的なテクストを企図しても、必ずそれらがクリプト化して侵入することになる。何故なら、ある記号を別の記号によってrepresentするというメタファーの根本原理(言語の力学)が、テクストを全体的に支配しているからである。既にロック論で展開されていたように、「比喩はあらゆるテクストにおいてアナモルフォーズ(歪像的変形)しながら全体化していく」わけだが、これをド・マンはdisfigurating(歪像化的)な力という表現で言い換えてもいる。
 言語の本質としての「表象=代理」――これを概念化していたのは実は『判断力批判』である。カントは本書でhypotyposis(直観的描出)という概念を持ち出しているが、これはある抽象概念を「表象」可能なものにするために、その「代理」として「比喩」を持ってくることを意味している。つまり、この概念にこそロック、コンディヤックの分析で展開されてきた言語を隠れて支配しているものの正体を開示しているのだ。ある概念を説明するために、「比喩」を用いる例は特にハイデッガーのテクストにおいて顕著である。例えば『哲学への寄与論稿』において、ホワイトヘッドやフッサールのような緻密な理論構成を見せるディスクールではなく、ヘルダーリンの詩的テクストを概念化するなどの、高度な「比喩」への親和性を見せている。存在論はデリダが述べていたように、神学上の概念を「それとは別の」語彙によって語り直したものである以上、やはり「神」を「存在」に比喩論的にrepresantしていると解釈することが可能だろう。すなわち、ハイデッガーにとっては「存在」という概念それ自体が「神」のメタファーなのであり、いわば詩的テクストと哲学テクストを厳密に区別したロックを倒置する関係図がここで可視化するわけである。(存在論における「メタファー」の濫用というド・マン的なパースペクティブ)

【ド・マンにおける「文学的近代」の開始地点】

 興味深いことに、ド・マンによれば「メタファーを統御できなくなる危険があるかもしれない」という不安を、18世紀という近代の黎明期に活躍したカントも、ロックも、コンディヤックも共有していたという。今ここで、ド・マンが分析した三者の「比喩」についての見解をまとめておこう。まず、ロックはそれを哲学テクストからは追放すべき「女性的なもの」と位置付ける。コンディヤックは抽象概念に限定するものの、彼の著作全体がいわばゴシック小説的な構造を持っている点で文学的である。最後にカントは、レトリックはこちらがしっかり管理さえしておけば、論理的なテクストの構造を侵犯することはないと述べている。そして重要な共通点として、三者はメタファーの力に暗々裏に支配されているのである(あたかも厳格な夫が魅惑的な妻=メタファーの尻に敷かれているかのように)。

いずれの場合もその原因となっているのは、フィギュア(形象)のフィギュラル(比喩的)な意味を、その形象の本来の意味と対置させる二項モデルが、実は非対称的なものだったという事情である。ここから生じる不安がそれとなく表面化しているのが、ロックとコンディヤックの場合である。カントの批判哲学もやはり似たような躊躇によって混乱を来しているのだが、そのことを明らかにするにはもっと紙幅を十分に取って論証する必要があるだろう。(p90)


 ここで予告されているカント論は本書『美学イデオロギー』に収録されているが、ここからのド・マンの展開は私が考えるに、「近代」を捉える上での強力な参照点になる極めて重要な箇所である。ド・マンが思想史の中で「近代」の開始地点を明確に規定する箇所は本論には見受けられない。しかし、本論は幾つもの重大な考察が、その素描を行うことを可能にさせるはずである。以下の箇所を、我々は引用しておかねばならない。ここでド・マンは、もし歴史家がこれまで展開されてきた見解を踏まえた上で「近代」を位置付け直すとすればどうなるか、について述べている。

すると彼ら(歴史家たち)は、我々自身の〈文学的近代〉は、「真の」啓蒙思想との接触をここで再び打ち立てたのだ、という結論を下さざるを得ないだろう。主体のレトリックや表象を信頼し得る正確なものだと根拠もなく断言する19世紀のロマン主義的で実在論的な認識論のせいで、「真の」啓蒙思想は我々から隠蔽され続けてきた、というわけである。(p92)


 まことに恐ろしく示唆的な箇所であるという他ない。これは、ド・マンが急ぎ足で直後に述べているように、「ロックからルソーを経てカントに至る一連の流れがさらにニーチェにまで到達することになる」(p92)点と、「フィヒテやヘーゲルが明確に除外されること」(同)だけを単に意味するに留まらないだろう。これは私が読解していて考えたことであるが、ド・マンにとって〈文学的近代〉とは、「レトリック」が実は啓蒙思想そのものを影で支配していたことを「察知」したことに一つの極点を見出す、そのような視座を前提にしているということではないだろうか。だからこそ、彼はヘーゲルとフィヒテを除外して、「ロックとニーチェはレトリックに対して両義的な態度を取っていた点で互いに類似している」(同)ことを指摘していると考えられる。ここで貫徹されているのは、いうまでもなく「レトリックに言語が支配されている」、あるいは「主体、精神もまた言語の産物である以上、それはメタファーから生成する」という一つの概念をおそらく察知していたであろう思想家に、ド・マンが明確な「近代」を見出しているという事実である。だとすれば、『人間知性論』(1689)がフランス革命の百年前であるという点は、「メタファー」を中心に「近代」的思想家のジェネアロジーを再構成する上でまだ過去に遡及できる可能性を暗示していることを意味している。
 ここで我々は、メタファーの存在を革命以前のアンシャン・レジームに、言語それ自体を市民階級にメタフォリカルに置換してみよう。すると、いわば言語がメタファーに支配されていることに気付いていた思想家の流れをド・マンが何故「〈真の〉啓蒙思想の流れ」とわざわざ呼称しているのかが理解できるはずだ。すなわち、〈真の〉とわざわざ括弧付けられた啓蒙思想は、「フィギュア(形象)のフィギュラル(比喩的)な意味を、その形象の本来の意味と対置させる二項モデルが、実は非対称的なものだった」(p90)という点に暗々裏にであれ、明示的にであれ気付いていた思想を意味している――ここにこそ「近代」の胚種が存在する。そしてこの非対称性は、パース的に言えば「記号過程」に相当すると考えられる。すなわち、「対象」を装飾する上で、その解釈項である「比喩で意味したいもの」を飾り付ける時、読者は「対象」からは逸脱した「別の何か」を常に解釈してしまうという現象である。要するに、ソシュール的なシニフィアン/シニフィエの二項モデルはここで瓦解するのであり、意味するものは常に「他の何か」を読み手に解釈させてしまうということである。メタファーが女性的なのは、その振る舞いが見る者に多種多様な感動を与えるためであり、けして一元的な解釈項に限定されないのだ。言語は常に、このような「別の何か」をイメージさせる魔力を持っており、その根幹を担うのが比喩なのである。
 レトリックは文学の中で単なる「コード」として位置付けられるようなものではない。ド・マン以後、文芸理論の事典が編集し直されるとすれば、レトリック、メタファー、比喩などの項目に最大のページ数が割かれていなければ、言語の本質を捉えていないことになる。最後に、本論の要諦を一文に圧縮すれば、それは以下のようになるだろう。レトリックは文学はおろか、あらゆる言語を支え、支配している。こうして、ヒストリオグラフィ(歴史記述)に滑り込むメタファーという重要なテマティックが浮上してくるわけだ。文学も哲学も歴史学も、比喩論的なモデルに覆い尽くされているという自覚なくして、今後の新しい地平を開き得ないのである。
 
 




「参考文献」



美学イデオロギー美学イデオロギー
(2004/12/10)
ポール・ド・マン

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ポール・ド・マン『美学イデオロギー』所収の二つのヘーゲル論を、デリダの論稿「散種」を軸にして読解する

Posted by 鈴村智久 on   0 comments   0 trackback

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by Hedi Slimane
 

(1)「ヘーゲルの崇高論」読解

【言語の本質――「腹話術師の人形」(ド・マン)、あるいは「散種」(デリダ)】

 『美学イデオロギー』所収のもう一つの論稿「ヘーゲルの『美学』における記号と象徴」でも触れられていたように、ヘーゲルは「自我」をテクストの主体として位置付けていない。明確に定立された「自我(自己)」がテクストの上で何かを語っているというより、むしろ「言語」が「自我」を生産し、この仮構された主体をメディウムにして語っていると考えられている。例えば私小説における「わたし」の問題がここで比較的良い題材を提供するだろう。テクストによって言明されている限り、私小説の構造における主体として認定されてきた「わたし」なるものは、実は作品の言語的機制から物質的に構成されている「腹話術師に操られた人形」(ド・マン)に過ぎないのだ。我々が「書く」行為の主体ではなく、むしろ言語によって我々自身が「書かれている」のである。そもそも、ド・マンが規定する「記号作用」とは、記号を主体が意図的に生み出す作用を意味していない。彼はそれを「あらかじめ確立されたセミオーシス(記号現象)を〈引用〉したり〈反復〉したりすること」(p213)と理解している。
 ド・マンのこのような言語論は、パフォーマティブに以下のようなメタファーを駆使して表現されている。ここは彼の言語論を理解する上で極めて重要な要諦となる箇所である。

吃る人や壊れたレコードのように、意味作用はひたすら何かを反復し続けながら、その反復している事柄を無価値で無意味なものにしてゆくのである。この件りそのものが今述べたことの最適な実例である。アウラも輝きも完全に欠けているため、意味作用は人を喜ばせるようなものを一切与えはしない。むしろペーター・ソンディのような象徴主義者の美的感受性を深刻に苦しめ、遊び好きな記号学者の楽しみをぶち壊し、生真面目な記号学者の自負心をレトリック分析のパトスともども粉々に打ち砕いてしまうのである(p213)


 この下りを読むと、ド・マンがなぜロマン主義のレトリックに滑り込む「アウラの不在」とエクリチュールの「欺瞞」を糾弾し、徹底的に神格化のヴェールを払い除けようとしていたのかが自ずと理解できる。我々はいま一度、ド・マンがなぜこれ程「言語」が作り出す審美的な「衣裳」を剥離させ、骨格を露出させようとしているのかを考えてみる余地があるだろう。そこには、言語によって「歴史」が捏造されてきた事実が間違いなく想定されている。言語を曙光、アウラ、霊的な息吹そのもの、人に希望を与える命などと表現することは古今東西詩人の仕事であったし、実際にニーチェもツァラトゥストラに「血を持って書け」と教えてもおり、新約においては「はじめに言葉があった」とさえ記されている。しかし、こうした言語による言語自身の自己讃歌の「原理」が、実はメタファーの次元で繰り広げられている審美的なマジックに来歴を持っていることをまず知っておかねばならない。彼は「言語」が時に人間存在を搾取する事実を深く意識しているからこそ、このような詩人たちの仕掛ける話術のヴェールを剥がさずにはいられないのだ。ド・マンは詩人が情熱的に綴る「天啓の言葉」のパトスをこの上なく冷徹な視線で眺めることのできる書き手である。そして、こうした「美的なもの」に改めて内省を促す機会を与えるという点で、彼の脱構築は美学――ド・マンにとって美学とは「芸術に関する批判的反省の学」である――そのものである。
 言葉を装飾すること、テクストをドレスアップさせること、その本質は無論「比喩」にある。ド・マンによれば、比喩には二つの相に分解可能であり、一つは「literal(字義的)な言説」、もう一つは「figural(比喩的)な言説」である。ヘーゲルのテクストではこの二つの相が一致していると考えられている。二つの相は、オースティンのキータームで表現し直せば、それぞれconstativeeな言説、 performativな言説に妥当するだろう。つまり、事実確認的な発話を、行為遂行的な発話が「攪乱」(S・フェルマン)するという運動そのものが、いわば言語の本質たる「比喩」の本性に他ならない。
 『ロマン主義のレトリック』でも展開されていたように、例えばルソーは自然の崇高な風景を謳歌する詩的なテクストを幾つも残しているが、実はド・マンは彼が実際に生身で体験した自然との触れ合いは、言語であれ程審美化されるほど大それたものではなかったことを他の詩人たちも引き合いに出しながら強調している。つまり、実際にはさほど感動もしなかった自然の原初的な風景を、言語化しているうちに語彙がそれぞれ単語レベルで喚起させる「美的な効果」が発生し、言語それ自身がこの「美的なもの」によって自らの体験を覆い尽くすという現象が生まれるのである。これこそがド・マンがヘーゲルのWitz(狡智)の概念を引き合いに出しながら述べている言語の持つ魔力の正体である。すなわち、「初めから知っていたものを、あたかも発見であるかのように反復する力」(p215)が、Witz(狡智)の意味なのである。
 詩人の天啓が単なる審美的な言語上の効果に過ぎないのだとすれば、天才的な詩人はそもそも存在しているのだろうか? 泉が地底から溢れ出すように、人々に目を醒まさせる圧倒的な言葉を次から次へと書き連ねることのできる稀有な才能の持ち主が、今我々の前に一人いると仮定してみよう。彼は神から言葉を与えられて書いているのでは毛頭ない。ヘーゲルが察知し、ド・マンが適切に概念化しているように、エクリチュールとは本質的に「記憶のメカニズム」と同一の構造を持たざるを得ないのだから、いかなる表現も一人の天才の「霊的直観」などに還元されることは不可能である。これはデリダのフィリップ・ソレルス論「散種」における、以下のテクストによっても立証することが可能である。

書くとは、すなわち、接ぎ木するということだ。それは同じ言葉だ。物を言うことはその物の〈接ぎ木されてあること〉に返される。接ぎ木は物の固有性に(後から)ふりかかるのではない。原文が存在しないのと同じように物も存在しない。(J・デリダ『散種』p573)


 書くことが本質においてexportation(移植)することであるとすれば、詩人が「天啓を得る」という表現自体が一つの使い古されたメタファーであることが暴露される。いかなる才能豊かな詩人といえども、常に先行する詩的テクストからの「引用」、ないし「反復」――すなわち「接ぎ木」(デリダ)を経由せねばテクストが生成することなどあり得ない。この点をド・マンは以下のように述べている。

たまたま気の利いた言語的な比喩を何か思い付いた作家はみな、それをいわばミイラにして記憶の棺の中に(場合によっては本当に木箱の中に)しまい込み、いつの日かテクストを書く段になったら、自分で埋めておいたものを発見したのだと宣言しようとする。それと同じように詩人は自分の思い付いた比喩をただ機械的に知るのであって、最早思い出すことも理解することもできなくなった時に初めてそうした比喩を使いこなせるようになるのである。(p215)


 ド・マンのこのテクストは、クリステヴァのintertextuality(間テクスト性)とも相関しているが、よりいっそう言語の本質たる「比喩」に着目した内容になっている。「比喩」は天才的な感性によって稲妻のように閃かれるものではない。それはド・マン自身が比喩で表現したように、「ミイラにして記憶の棺の中にしまい込まれる」ものであるが、この際、しまい込まれる「様式」を決定付けているのは先行する諸テクスト群なのであり、ひとつも「わたし固有のテクスト」など存在しないのである。ここで我々は、デリダのテクストをド・マンの見解に「接ぎ木」してみよう。

わたしは、あちらこちらと、様々な書物から気に入った文章を摘み食いしてくる。でも、それらをしまっておくためではなくて――なぜならば、そんな保管場所は持っていないのだ――、この本に移し替えるためなのだ。そして本当のところ、それは最初の場所にあった時と同じことで、相変わらず、私のものではない。(p574)

幾つかの場所に接ぎ木され、移植によってそのつど修正されて、接ぎ穂はついに自分自身に接ぎ木することになる。とうとうその樹には根がなくなる。この数と平方根の樹と同様に、すべては根なのである。というのも、穂木そのものが固有の身体の全体、いまや「主体の採石場」と呼べるような樹の全体を成しているのだから。(p574)


 テクストにおける生成原理とは、常に「接ぎ木」である。「間テクスト性」にも決定的な影響を与えたミハイル・バフチンの「異質生成」の概念でも表明されていたように、デリダは「エクリチュール間の異質性、それがエクリチュールそのもの、すなわち、接ぎ木である」(p575)と規定する。デリダは、「接ぎ木は物の固有性に(後から)ふりかかるのではない」とも述べている。これは要するに、オリジナルな農地(テクスト)など、どこにも存在し得ないということを意味している。どのような「芽」も、それが実りの産物である以上、現在の農地に先立つ別の農地から収穫されたものだからである。現在の農地は、過去の農地から得られたsemence(種、精液)の恩恵を受けて初めて成立するわけだ。言い換えれば、どのような書物も、先行する過去の書物との間でdisséminante(散種的、分散的)な関係を持っているのである。
 こうして、詩人の運命的かつ悲劇的な、それゆえに天才的で孤絶されたステレオタイプな肖像は雲散霧消するに至る。むしろ詩人とは技巧家なのであり――19世紀にモーツァルトが天才と称讃され、研究が深化した20世紀に彼が実は楽譜を何度も「推敲」していたことが再発見されたように――あらゆるエクリチュールは過去の作曲家からの「音」を盗み、これをオリジナルに見せかけるために更にまた別の「音」を書き加え、接ぎ木に接ぎ木を繰り返しているのである。ド・マンが「ある詩を読んでいる時には、その詩を知っていることは忘却されている」(p216)と述べるのも、こうしたコンテクストにおいて初めて理解することが可能となる。
 あらゆるテクストはdissémination(散種)されているだけでなく、同時にパフォーマティブな発話によってコンスタティブな発話を攪乱していく。ド・マンが『美学イデオロギー』所収のカント論で言語の本質を「メタファー」と「パフォーマティブ」という二つの概念に見出し、それらを駆使して脱構築を企図していた点を想起しよう。だとすれば、ヘーゲルの弁証法もその例外ではない。一見取るに足らない文法構造のディテール、微細なメタファーが実は彼の論理的なテクストをヴェールのように、あるいは仮面のように構成しているのだ。ド・マンの着眼点は、ヘーゲルの弁証法に支配された論理的な構造を持つテクストにおいて、「一見したところ劣って下位にあるように見えるものこそが実は主人の位置にいる」(p190)という見解のうちに表出している。ヘーゲルは自身の弁証法プロセスに一種の「美」を見出して、単なる散文を「奴隷的」とまで表現しているのだが、ド・マンによればヘーゲルの『美学講義』こそは真に散文的なテクストなのである。ペーター・ソンディによれば、「詩的な手段(アレゴリーとメタファー)についてヘーゲルがしばしば軽蔑的に描写していることをみれば、こうした詩的な手段のことを彼がほとんど理解できなかった理由が判るだろう。この理由を問い質すことによってヘーゲルの美学の限界も明らかになる。……ヘーゲルの失敗の原因は言語の本性を適切に捉えていなかったことにあるのだ」(p197)と解釈されており、ヘーゲル美学の解明の鍵がその言語論分析にこそ存していることが既に指摘されていた。

 
【ヘーゲルの「崇高」概念】


 本論はヘーゲルの『美学講義』、特にその第二章「崇高の象徴表現」の脱構築として展開されている。そもそもカントによれば、「美的なもの」とは認識論的かつ政治的なものとして位置付けられている。例えばデリダは文学的テクストの読解を多く試みているが文学に対象を設定しているからこそ、そのテクストは高度に「政治的な効果」を発揮している。そして事実、思想史において「政治的思考」は美学者たちによって発展させられてきたという側面があることをド・マンは指摘している。マルクスの『ドイツ・イデオロギー』は『判断力批判』への批判書であり、ベンヤミン、ルカーチ、アルチュセール、アドルノらも文学的テクストを脱構築する過程で政治的なものに言及している。
 『美学講義』は「近代」のアーカイブを古代ギリシアに見出すヴィンケルマン、シラーの伝統に属している。『論理学』、『エンツィクロペディー』では、Danken(思惟)が開始されるためには意識を意識的に「忘却」することが必要だとされ、これによって初めて「美的なモメント」が出来する条件を獲得するとされる。崇高論におけるカントとヘーゲルの顕著な差異は、前者が情動性、心性を「崇高」の座に設定したのに対して、ヘーゲルは「記憶の営み」と相関していると位置付けている点である。ヘーゲルはヘルダーと同じくヘブライズムのテクスト(特に「詩篇」)に「崇高」を位置付けるのだが、その理由というのが非常に重要である。ヘーゲルにとって、崇高は紛れもなく神的なものとして構想されており、いかなる「表象」もそれに付随することはない。ヘーゲルはこの点を以下のように述べている。「完全に相応しい神の姿を思い描くことが不可能である以上、ユダヤ人の崇高で聖なる芸術の内には造形芸術のための場所はない。言葉を通じて顕現する表象である詩だけが許されるものだろう」(p201)。つまり、ヘーゲルの崇高論はイコノクラスム(絵画や彫刻などで「崇高なもの」を表象することを忌避する)の側面が顕著であり、崇高は、ただinscription(書き込み)としてのみ現出するというのだ。
 表象を完全に締め出すヘーゲルの崇高論は、明らかにバーク、カントの崇高論の系譜に属してはいない。むしろヘーゲルの先行者はジョン・デニス、ラウス卿、ヘルダーといった思想家たちであり、彼らの水脈は現代のアメリカのロマン主義研究にも流れているとド・マンは目している。ヘーゲルに流れ着く崇高論の系譜の特徴として重要なのは、バークのように伝統的な「美(優美)」と「崇高」のディコトミーが存在せず、崇高が「絶対的に美しいもの」として規定されている点である。ド・マンはこの流れの崇高を「聖なるもの」とも言い換えている。
 対照的なのがロンギノスの崇高論である。ロンギノスは崇高に表象(像)を認めており、ヘーゲルは表象を認めないものの詩篇のアポストロフィ(頓呼法)に見られるようなfigure of speech(文彩)を崇高として位置付けている。双方には崇高に表象を認め得るかで大きな差異が横たわっているわけだが、ド・マンはここでヘーゲルが本当に崇高を神聖かつ無限的なものとして規定していたのか疑念を呈している。もしも崇高がいかなる表象にも限定されないものであるならば、なぜユダヤ・キリスト教の聖典における「詩的な荘重さと不滅性」だけは認可されるのだろうか? 換言すれば、ヘーゲルはなぜ同じように眼に見えて読まれてしまう「テクスト」には「崇高」の顕現を認めたのだろうか? ここで明らかになるのは、ヘーゲルの弁証法化された崇高が、実質的には「文彩」を対象にしているという事実である。もしも文彩が崇高として位置付けられるのであれば、絵画における装飾や彫刻における鬼気迫るダイナミズムなどが「崇高」とは無縁な像として排斥される根拠が揺らぐことになるだろう。何故なら、いかなる文彩であれそれは必然的にミニマルなイメージ(像)を読み手に喚起させるからである。意識の内で沸き起こるイメージが「像」である以上、これは「いかなる像も認めない」ヘーゲルの崇高論の前提に背反する。しかし、ヘーゲルは奇妙にも詩篇のレトリックには無条件で「絶対的に美しいもの」を見出しているのである。これはヘーゲルの弁証法が、彼の信仰と本質において深く結託していることを意味する。そもそも、「一なる実体」とも表現される「神」は絶対的な一般性であり、形而上学の原理である。ヘーゲルの思考には、この神の「創造」行為を、人間の「言語」行為と相関させる図式が通奏低音として流れているのであり、言語の力こそが真なる創造として他の制作行為よりも優越させられているのである。
 ここで思い出さなければならないのは、カントが「美的なもの」「政治的なもの」として位置付けていた点である。事実、ヘーゲルの美学は彼のキリスト教を前提にした弁証法哲学を擁護するための戦略として、すなわち一つの「政治的効果」として機能している。興味深いことに、ヘーゲルの美学理論は、論が進む過程で「法」をテーマにした政治的世界に話題をシフトさせていることが知られている。また、『法哲学綱要』と『宗教哲学講義』という法・宗教論の内部に、『美学講義』の崇高論で展開された内容が「政治的なもの」を審美化する戦略として繰り返されている。このように、ヘーゲルにおいては「美的なもの」が「政治的なもの」に利用され、逆に「政治的なもの」が自己を正当化するための強力な誘因力として「美的なもの」に訴えるという構図が明るみになる。美学はいつの間にか政治化するのであり、政治学は自己を審美化するために美学をメタファーとして利用するのである。すなわち、カントが述べたように「美的なもの」と「政治的なもの」は分ち難く結合しており、ド・マンはヘーゲルにおいてその一つの顕著な実例を見出しているのだ。こういうわけで、ド・マンは美学を深く学ぶためにはそれを利用する政治哲学の視点から(あるいは政治哲学の内に巣食う美学を炙り出す視座)、批判的に読解する必要性を指摘するのである。


(2)「ヘーゲルの『美学』における記号と象徴」読解

【言語が〈わたし〉を構成する】

 ヘーゲルの『美学講義』の文学についての考え方は現代においても甚大な影響を及ぼしている。例えば、歴史の区分において古代ギリシア時代、キリスト教時代という分け方を採用する時(あるいは「ヘブライ的」、「古代ギリシア的」)、我々はヘーゲリアンになっている。
 ヘーゲルによれば、the beautiful(美)とは、das sinnliche Scheinen der Idee(理念の感性的な顕現)である。これだけでは抽象的なのでより具体的に展開すれば、「美」とは常に「名前のマテリアルなinscription(書き込み)として現れる」(p186)とされる。換言すれば、「美」が何であるかは、規格化された表現形式(例えば「文字」)として常に現前するということである。
 ド・マンはヘーゲルの言語論に流れている通奏低音としての「私は私について何も言うことができない」、あるいは「私が思考する事柄について、私は何も言うことができない」(p177)という言明の本質を分析している。これは『読むことのアレゴリー』の冒頭に掲げられた「ゆっくり読んでも、早く読んでも、何も理解できない」というパスカルのテクストにも通底しているだろう。ヘーゲルの言語論によれば、そもそも「私」なる存在は本質的に「匿名的なもの」として位置付けられている。ド・マンは以下のヘーゲルの驚くべきテクストを引用している。

私が「私」と言う時、それはあらゆる他者を締め出しているこの私のことに他ならないのだと、私は自分勝手に思い込んでいる。しかし、私はこの時私と言っているが、実は誰もがその私なのだ。つまり、どの私をとってみても、それは自分自身からあらゆる他者を締め出している私なのである」(p178)


 上記のヘーゲルの見解は、「文法的な主語」としての「私」は、可能な限り一般的でなければならないという解釈に基づいている。これを受けて、ド・マンは以下のように「自我」が言語的に策定される条件を設定している。「つまり、現に存在している自分(すなわち私)のことを自我が忘却している場合にのみ、自我は言語的に策定される得るのだが、しかしこうした認識もまた忘却されていなければならない、ということである。こうした認識そのものが忘却されている場合にのみ、思惟の企てが動き出すようになるのである」(p180)。ここでド・マンが提示しているのは、現代思想では最早定式化されている「主体性」神話の崩壊である。要するに、「自我」をテクスト上で策定しようと企図すること自体が、「自我」の根絶を必然的に伴うということである。
 ヘーゲルにとって「思惟」の概念が重要になってくるのも以上の文脈においてである。つまり、「思惟」の力が「自己」を忘却している主体を、本来の「自己」に立ち返らせると彼は考えていたわけである。同時に、「自我」は常に自己以外の「別の何か」について必然的に語ってしまうとも述べている。ヘーゲルによれば、「思惟」は「想起」のメカニズムと極めて近い関係にあるとされる。換言すれば、思考もまた教育によって蓄積された記憶情報の産物なのであり、この点を踏まえるとプルーストのナラティブの本質も開示されるのである。ド・マンによれば、プルーストの名高い「無意志的記憶」は、概念的にはヘーゲルの「想起」に相当するという。芸術とはド・マンにとって、「取り戻すことのできない過去に属している」ものであり、「経験の内面化を永遠に置き去りにしてしまう」ものである。プルーストは「土地・土地の名」において、固有名詞がある種の美的な記憶を引き出す力を持っていることを認めているが、ヘーゲルもまた「我々が思考するのは、名前においてである」と考え、思考には固有名詞がいわばカテゴリーの名辞として機能し、この名辞に付随するそれぞれの言明が結合している(いわばWikipediaのようにキーワードごとに、それぞれの説明やリンク先の記憶回路が編集されているという原理である)と解釈していた。ブルデューもまた、「思考」の条件を専門用語の習得と相関させており、同じように「固有名詞」ごとに思惟が秩序だてられることを認めている。
 ここから一つ導き出せる考えは、思考は常に「文体」に左右されているという点である。つまり、書くことの「技術」が思惟にとって決定的な影響を及ぼしているのだ。例えば、原書で哲学書を読解することの意義を、翻訳文では伝え切れない一つの単語に込められた多義的な解釈を想定した思考にに見出すことができる。翻訳ではなく、原書で読解することによってしか展開し得ない「文体」が存在する以上、ここには思考の様式における顕著な階層性を見出すことも可能だろう。





「参考文献」


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隠喩的思考の未来――松浦寿輝の隠喩論から、アンリ・メショニックの『詩学批判』まで

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Joel-Peter Witkin
by Joel-Peter Witkin

 「表象」そのものをテクストなどの表象体系の中に位置付けることは、物語について物語の内部で物語ることと同じく、メタ言語的な困難を伴う。松浦寿輝氏によれば、エロスもまた本質的には「表象不可能」なものとして規定される。エロスはテクストや絵画などの外部的なメディアにはけして還元できない。何故なら、究極のエロスにおいてはエクスタシスに伴う「主体の消失」が起きるからである。いわば、「cogitoの明証性が砕け散る」次元が、性愛なのだ。
 人は果たして、官能の極北、その神聖なまでの「痙攣」の一瞬を言語化できるのだろうか? 元より、それは言語によって生の体験に随伴するauraをrepresentすることになる。そこには当然、文字化による「auraの崩落」が生起するだろう。だからこそ、松浦氏はオルガスムスのぎりぎり、法悦のわずかな「手前の時間」にこそ、真のエロスがあると規定するのである。これは同時に、「欲望」の定義でもある。欲望とは、人間にとって常に異他的な〈何か〉を志向する行為に他ならない。換言すれば、「わたし」という存在の外部へと絶えず溢れ出していこうとする志向性それ自体、その超出体験こそが「欲望」の意味なのだ。「欲望」の次元においては、「わたし」という主体は揺らぎ、変容を来す。そして、この体験は実は言語行為の次元においても当てはまるのである。
 周知のように、プルーストはフローベールやバルザックなどの作家の「文体模写」を愛好し、その過程で自己の文体を発見するに至った。ここで起きていたのは、プルーストに他者の文体が「乗り移る」という出来事である。松浦氏は、これを「発語におけるオルガスムス」と表現している。プルーストは他者という異質な存在の文体様式を模倣し、「彼のように」語る行為によって、いわば自己から他者へと変容する言語的な変身を遂行していたのだ。パロール、エクリチュールを含め、あらゆる「言語」はその本質において「他者化」のシステムである。換言すれば、「独我論的閉域から解放されるための絶好の契機」となる最たるものこそが、「言語」なのだ。無論、こうした「他なるものへの変容」は、日常生活全ての実相において拡張され得るものである。「程度の差こそあれ、そのつどたえず〈わたし〉の新たな〈生成〉」の場として、松浦氏は日常風景というものを規定する。
 ここまできて、松浦氏は初めて「言語のaura」という概念を提示する。語りたいことを語ろうとすればするほど、人は「言葉がよそよそしく遠ざかっていくもどかしさ」を感じるだろう。これまで、それは書き手の心理状態や文章能力の稚拙さなどの技術論に還元されてきた。しかし、松浦氏はこの言語そのものが表現したいものから遠ざかっていくような感覚を、実は「肯定されるべきエクリチュールのaura」として規定している。「意味させたいこと」と、「意味していること」には常に齟齬が生起する。この作者の意図の実現不可能性、常に乖離しようとする意味作用の運動を、松浦氏はゆらゆらと浮遊する「あたかも花粉のようなもの」として表現するのだ。
 あるものが、常に別の何かを表現してしまうこと――これは、実は「隠喩」の最も抽象化された最良の定義である。そして、これはポール・ド・マンの「アレゴリー」の概念の基礎として横たわっている前提でもある。松浦氏もまた、言語的主体を常に「修辞的な存在」として捉えているのだ。私がどれほど他者の文体を模倣しても、そこには他者の文体とは異質な何かが余剰として生起する。逆に言えば、私がどれほど自己自身の文体であると自負しているような様式であっても、そこには常に他者のテクストとのintertextualityが成立するのだ。かくして、「わたし」とは、常に「他者」との関係性、その駆け引きによって描出される存在だということになる。後期フーコーはいみじくも、「わたし」が「他者」とのあいだで「襞」を生じさせること――すなわち、他者という絶対的に外部的な存在が、〈わたし〉という内部的な領域へと陥没する瞬間――を、「主体化」の作用として定義したのだった。対他的な関係性のネットワーク、それによって外が内となり、内が外へと再び折り畳まれる「襞」の運動こそが、フーコーにおける「自己」なのだ。「わたしとは誰か?」という古い形而上学的命題に今日的な視座から応答する場合、フーコーのこの概念を見過ごすことなどできない。
 ここで我々は、ある奇妙なアナロジーに気付くだろう。自己が、常に自己ではない異質なものになることがフーコーの「主体化」であるとすれば、あるものが、必然的に別の何かを意味してしまう修辞学上の「隠喩」の定義は、まさに互いをアナロジーにおいて表象するものとして位置付けられるだろう。最初は「仮面」のつもりでやっていた形式が、いつの間にか「素顔」になり、本質へと掏り替る。これと同じように、あらゆる言語空間では「隠喩」という装飾的仮面が「概念」へと入れ替わり、概念を補助しつつもその内容を奪い取って、代理的に表象し、占拠するに至る。あるいは、徹底した概念による隠喩の抹殺は、実はそれほど多くの文彩たちに「不在」において依存していることを意味するのである。隠喩こそ、「衣服」と「裸体」、「仮面」と「素顔」、「夢」と「現実」、「書物内」と「書物外」という、全て〈内/外〉の二項対立関係に端を発する図式を解き明かす鍵である。隠喩は、あるものを別の何かで表現しているだけではない。あるものが、常に既に別の何かの隠喩なのだ。厳密に哲学的などの概念も、常に何らかの「隠喩」である。そして、全ての隠喩は「概念」に変換することができる。修辞学には、このように表象文化論の基礎概念が隠されているのだ。
 先述して、我々は日常生活を常に他なるものへと開かれた「他者化」のプロセスとして規定した。これは無論、小説を書くという行為においても妥当する。周知のように、プルーストと、『失われた時を求めて』の語り手である「わたし」(「マルセル」という名前は、あくまでもプルーストが「もしも」の条件付きで仮構した一つの仮定に過ぎない)の間にも、この隠喩的な異他性が働いている。プルーストは、作品の制作を通して現実を異化し、審美化し、いわば「隠喩的空間」を媒介にして己の人生をより「深く」生きようとしたのだ。隠喩化された人生である『失われた時を求めて』は、周知のように実際のプルーストの生きた人生とは大きく違っている。そこには質的な差異がある。そしてこの現実と虚構の埋められ得ぬ「距離」こそ、『ジャン・サントゥイユ』では挫折してしまったプルーストが、『失われた時を求めて』では絶え間ない推敲・加筆を実践できた由縁なのだ。作家にとって、作品は常に異他的な「隠喩的空間」でなければならなかったのである。そうすることで、初めてプルーストは自分の人生と作品中の人生を相対化させ、現実において不在であるものを作中で表象することができるだろう。
 
 ここで一度、我々は伝統的な「隠喩」概念を参照してみることにしよう。周知のように、アリストテレスは『詩学』の中で文学言語としての「詩」の本質を以下のように定義した。すなわち、

⑴詩の本質は「隠喩」であり、
⑵隠喩は装飾として構成され、
⑶その構成原理は「類似による斬新さ」である。



 しかし、この三段階に整理した定義では未だ不分明な点が残されている。隠喩を作る際に、我々が心がけなければならない「類似による斬新さ」とは具体的に何なのか? 修辞学の伝統では、この「斬新さ」を意図するために、「幻視的直覚」が重視されてきた。それはアナロジー(類推)による「驚異的な結合」である。デリダがそのメタファー論「白い神話」で紹介した一例を用いれば、「光を播く」という西洋修辞学における古典的な表現は、「太陽の光が大地に降り注ぐ」現象を、あたかも「農夫が畑に種を蒔く」行為になぞらえたことに来歴を持っている。これを、もし「あたかも農夫が種を播くように、太陽は大地に光を播いた」と表現するならば、「直喩」となる。しかし、直喩の「~のように」という「思考の接続部分」を抹消・削除することに「隠喩化」の原理がある以上、「光を播く」は直喩という譬喩表現の第一次段階を越えた表現として解釈することもできる。この場合、「光」と「種」がいわばアナロジーによって結合しているのであるが、「幻視的直覚」が先鋭化すると、いっそう驚異的で斬新な、強いていえば似ても似つかないもの同士をカップリングさせることに隠喩表現の創造性と戦略があると考えることができるだろう。
 シュルレアリスムの隠喩表現が、ここで極めて重要な参照軸となる。ブルトンが規定したように、シュルレアリスムにおいては隠喩は最早「装飾」的な単位ではない。そこでは徹底的に、「類似による斬新さ」というアナロジーの結合原理が先鋭化されている。オートマティスムの実践は、まさにこの隠喩の純粋な定義をなぞることであり、この点ではアリストテレスから続く隠喩論と陸続きにあり、その理論的枠内に収まっているのである。例えば、エリュアールは「ひとつの穢れなき星辰が石たちの皮層の下に成長する」というユニークな表現を用いたが、これ一つ取っても容易に意味が判るものではない。そもそも、この表現には「意味」などない。重要なのは、読み手がこの表現に与える「解釈項」なのであり、この読みによって初めて詩的言語が「効果」を成すのである。そのもの同士では意味をなさない物体が、コラージュ的にディスプレイされることによって初めて「意味」を獲得するように、シュルレアリスムの隠喩生成には、実は読み手のレクチュールによる「解釈」が重要な相関項となっているのだ。しかしだからといって、シュルレアリスムが伝統的な隠喩概念から超出したわけではない。
 アリストテレスに端を発する伝統的修辞学に最も強力な批判を与えたのは、ロラン・バルトの『零度のエクリチュール』である。バルトはそこで、初めて以下のような新しい「詩」の本質を提示した。すなわち、

⑷統辞もフィギュール(譬喩形象)もない詩


 という概念である。これは我々に、散文と詩の「差異」、あるいは哲学テクストと詩の「差異」の本源的な〈抹消〉を再認させるだろう。最早、全てが詩であり、詩の外部は存在しなくなるのである。詩の本質たる隠喩を「装飾」として、すなわち「文彩」として位置付ける伝統に対して、バルトの「エクリチュールの零度」は、詩的言語と哲学言語の本質的な交叉配列、反転可能性を包摂している。
 詩的言語の本質たる隠喩が、実は哲学言語の概念を下部から支え、再構成しているという見解はド・マンによっても主張されている。ド・マンは『美学イデオロギー』の三つのカント論、及び二つのヘーゲル論で、「概念」が実は「隠喩」に交換され、その逆のパターンも成立している例を具体的に示唆している。そしてド・マンはあらゆる言語の本質を「アレゴリー」という概念によって解釈している。その本質はクインティリアヌスの「記号」概念と驚くほど一致しており、「あるもの」を意味しようとすると、常に「別の何か」を意味してしまうという「意図の不成立」、「意味のズレ」を前提にしている。例えば、夜空に輝く星たちを、「星」という言葉で表記しても、それは対象の本質を表現してはいない。「星」という記号表現は天体に実在する、あの目に見える星ではない。それは「記号」であり、すなわち「あるもの」を「別の何か」で表現する行為(クインティリアヌス)に支えられているのである。もしも実在する対象を記号に完全に変換できるとみなせば、それは名高い「クラテュロスの亡霊」に憑かれることになるだろう。周知のように、クラテュロスは「あるもの」を表現するために「別の何か」で意味させれば、その「別の何か」は実在する「あるもの」の本質であると考えた。すなわち、「太陽」という記号が、実在するあの灼熱の恒星の「本質」であると解釈してしまう点に、盲目的なエクリチュール中心主義に支配されたクラテュロス主義の誤謬が存するのである。
 このようなド・マンの「アレゴリー」の概念は、クラテュロス主義を排して言語の本質を明晰に主張したものとして確かに重要な参照軸になり得るだろう。しかし、注意深く読めば、実はド・マンの「アレゴリー」の概念も、伝統的な修辞学の「隠喩」の定義の枠内に綺麗に収まっている。むしろ、彼はアリストテレスの『詩学』の概念を、いっそう先鋭的な概念を駆使して「再構成」したと位置付けられるだろう。ド・マンの言語論に未だ抜け落ちている視座とは、いったい何であろうか? この現代思想において最も重要なテーマを考察する上で、我々に極めて有益な示唆を与えるのが、アンリ・メショニックの『詩学批判』で展開された隠喩論「隠喩の組織」に他ならない。メショニックはそこで、ポール・リクールの隠喩論に触れながら、おそらくイェール学派に共有されている「アレゴリー」の概念を視野に入れつつ、以下のような強力な批判を展開している。

〔ポール・リクールがしたように〕詩を象徴的言語行為とした上で、それをパリンプセストゥス的言語行為(最初書いてあった文字を消してその上に新しい文字を書き入れた羊皮紙を、パリンプセストゥス・マニュスクリプトと言う)、つまり「ある事柄を言うことによって、別の事柄を言う」言語行為と定義することは正しいであろうか? この定義は(詩的表現に)同時に幾つかの平面の可能性を維持しようとするものであるが(もっとも、これはあるひとつの詩の典型を詩全体に拡大解釈してしまうという危険を持つ。現代の一流派がマラルメ主義を特権化していることは既に見た通りである)、結局たったひとつの隠喩の形――あるひとつの記号体系への移行であるような隠喩――によって、この言語行為は定義される。これは正しいであろうか?(p133)


 メショニックの批判は、「あるものが別の何かを意味する」というド・マンの「アレゴリー」の概念そのものに対する本質的な批判として解釈できる。そして、彼によればこれはリクールら「マラルメ主義者」にも妥当する指摘である。メショニックは続ける、「現代批評のこの嬌め難い傾向は、絶えず再生してくる、〈差異〉としての詩という考え方と相重なっている。…だが、詩の多義性が強調される(価値を賦与されさえする)ようになればそれは、語は常に方向付けられている、という最重要事を隠蔽し、最終的には誤解させることになる」(p133)。メショニックはここで我々に、言語に宿る「権力」のテマティックを喚起させていると考えることができる。「伝達行為の中では、いたるところ常にそうであるように、テクストはひとつの方向を指している」。
 「あるもの」が「常に別の何か」を意味することは、作者の「意図・構想」の永久的な「実現不可能性」を意味するだけではない。それは言語によって表現された全てのものが、いつでも、どこでも、誰にでも、「恣意的な別の何か」によって歪曲化されることをも示唆しているのである。これこそ、メショニックが現代批評の主勢力たる「隠喩的解釈」に常に喚起させる問題である。一冊の本は、いつでも国家権力による「命令=強制」によって、意味の厚着を纏って解釈される可能性があるのだ。ブルデュー社会学的に言い直せば、あらゆるディスクールは常に「支配の正当化原理」を隠蔽する形式で、読み手に一定の「方向性を強いている」と表現できるだろう。メショニックは我々に、「脱構築批評」や「受容理論」、「クイア理論」などといった解釈ツールのどれか一つに「傾斜」してしまうことで生まれる「権力の磁場」に対して、極めて慎重な態度を取っていると考えることができるだろう。メショニックの誠実さは、ド・マンやデリダの譬喩論を学ぶ者に、改めて本質的な問いを突き付けている。
 とはいえ、ド・マンが言語に宿る「権力」の問題を捨象していたのかと言えば、全くそうではない。彼は『美学イデオロギー』の中で、歴史が常に「物語」として「書かれてきた」という事実に触れている。換言すれば、我々が生きているこの時間の堆積としての歴史と、「書かれた歴史」は本質な差異を有する。この「差異」への着目は、メショニックが半ば冷笑している「差異」のイデオロギー装置としての現代哲学の流れに組み込まれているとはいえ、けして「権力」概念への地平が閉じられたものとして解釈されているわけではない。包括的にまとめると、我々はド・マンを最早「アレゴリー」、「盲目」などの「修辞」によって言語の本質を考究した研究者としてのみ解釈できなくなっているということである。ド・マンの理論は、メショニックの批判と常に重ね合わされて読解されねばならない。つまり、「アレゴリー」は「歴史」概念と常に相関させて、国家権力の解体のための「文法」として読み得る可能性を視野に入れる必要があるのだ。
 




「参考文献」


官能の哲学 (ちくま学芸文庫)官能の哲学 (ちくま学芸文庫)
(2009/06/10)
松浦 寿輝

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