【  2012年10月  】 更新履歴 

  10.07.  【 † 美術/アート † 】  ジャン=マリー・バールの「隠れ家」の情景ーー「見えないもの」の可能性を探るために   さわりを読む▼
  10.07.  【 † 美学 † 】  ジョルジュ・ディディ=ユベルマン『イメージの前で: 美術史の目的への問い』第一章「単なる実践の限界内における美術史」について   さわりを読む▼

◆2012年09月     ◆2012年10月       ◆2012年11月

ジャン=マリー・バールの「隠れ家」の情景ーー「見えないもの」の可能性を探るために 

† 美術/アート †


 Trois fois rien ユベルマンの『イメージの前で』のフラ・アンジェリコ論を読んでいて、私が思い出していたのは、おそらく日本ではほとんど認知されていないJean-Marie Barre(ジャン=マリー・バール)の絵だった。この隠れ家のような世界には、独特な静謐さが感じられる。最初の絵において、自転車の前方の草叢を照らす光軸が人工的なものなのか、自然光なのかは判断できない。だが、私がバールのこれらの絵に惹かれるのは、私...全文を読む

ジョルジュ・ディディ=ユベルマン『イメージの前で: 美術史の目的への問い』第一章「単なる実践の限界内における美術史」について 

† 美学 †


 イメージの前で: 美術史の目的への問い (叢書・ウニベルシタス)(2012/02/29)ジョルジュ・ディディ=ユベルマン商品詳細を見る第一章「単なる実践の限界内における美術史」について ユベルマンはフラ・アンジェリコの《受胎告知》について、「オリジナルのテクストを探すまでもない、キリスト教的西洋の共通知識である物語」と表現している。この絵のマリアと天使の「あいだ」には何が存在しているのだろうか? そこには「白い面...全文を読む

更新履歴カレンダー