【  2013年05月  】 更新履歴 

  05.20.  【 † 政治学 † 】  資本主義を生んだキリスト教の禁欲主義とその矛盾   さわりを読む▼
  05.19.  【 † 現象学  † 】  「矛盾律は真理の基礎である」--エドムント・フッサール『論理学研究Ⅰ』読解   さわりを読む▼
  05.19.  【 † 現象学  † 】  現代思想の発火源としてのフッサールの「表現と意味」論についてーー『論理学研究Ⅱ』読解   さわりを読む▼
  05.18.  【 † 建築学 † 】  アドルフ・ロース『装飾と犯罪』 (1)「建築の起源としての被膜について」   さわりを読む▼
  05.15.  【 † 映画 † 】  トム・フォード『シングルマン』――ヴィスコンティの新しい遺産相続者としての   さわりを読む▼
  05.14.  【 † 美学 † 】  宮崎祐助『判断と崇高』読解(2)――なぜ、今「崇高」が重要か?   さわりを読む▼
  05.10.  【 † 文学 † 】  小川洋子 『ブラフマンの埋葬』――名もなき死者たちのためのレクイエム   さわりを読む▼
  05.09.  【 † 文芸理論 † 】  広告テクストが文学に与えるメスメリスム――ジェニファー・A・ウィキー『広告する小説』   さわりを読む▼
  05.07.  【 † 美学 † 】  ミシェル・ドゥギーの偽ロンギノス論「大-言」について (2)――『崇高とは何か』所収    さわりを読む▼
  05.07.  【 † 美学 † 】  ミシェル・ドゥギーの偽ロンギノス論「大-言」について (1)――『崇高とは何か』所収   さわりを読む▼
  05.07.  【 † 神秘主義 † 】  諏訪春雄『霊魂の文化誌』+脇本平也、田丸徳善(編)『アジアの宗教と精神文化』   さわりを読む▼
  05.06.  【 † 神秘主義 † 】  「アダムとリリスによる祭壇画」   さわりを読む▼
  05.04.  【 † 美学 † 】  エドマンド・バーク『崇高と美の観念の起源』 (3)   さわりを読む▼
  05.04.  【 † 美学 † 】  エドマンド・バーク『崇高と美の観念の起源』 (2)   さわりを読む▼
  05.03.  【 † 政治学 † 】  近未来の日本社会としての、minimal welfarestate(最小福祉国家)の可能性   さわりを読む▼
  05.02.  【 † 神秘主義 † 】  フランツ・アントン・メスメルが与えた文学的影響について――マリア・M・タタール『魔の眼に魅されて――メスメリズムと文学の研究』   さわりを読む▼
  05.01.  【 † 美学 † 】  ジャン=リュック・ナンシーの崇高論「崇高の捧げもの」(『崇高とは何か』所収)について (2)   さわりを読む▼

◆2013年04月     ◆2013年05月       ◆2013年06月

資本主義を生んだキリスト教の禁欲主義とその矛盾 

† 政治学 †


 Lindsey Wixson by Jan Welters資本主義は、一体どこから生まれてきたのか、というテーマはマックス・ヴェーバーの理論も含めて常に興味の尽きない点である。これについて、東京大学先端科学技術研究センターの研究員である宗教学者、島田裕巳の『金融恐慌とユダヤ・キリスト教』(2009)は、我々にとって参考になる知識を与えるものである。本書で興味深いのは三章「資本主義を生んだキリスト教の禁欲主義とその矛盾」である。著...全文を読む

「矛盾律は真理の基礎である」--エドムント・フッサール『論理学研究Ⅰ』読解 

† 現象学  †


 論理学研究 1 (1)フッサールの『論理学研究1』を読了したので、レジュメを残しておく。「数は、心的活動たる集め数える働きから生ずる。…和、積、差、商、その他なんであれ、規整されたものとして算術命題のうちに現出するものは、心的所産に他ならず、したがってそれらは心的合法則性に従うのである」「数学の諸法則は心理学的法則であらねばならぬ」「5という数は私または他の誰かが5と数えることでもなく、また私あるいは他...全文を読む

現代思想の発火源としてのフッサールの「表現と意味」論についてーー『論理学研究Ⅱ』読解 

† 現象学  †


 論理学研究 2 (2)「Π」は「海辺」と読むことは可能か否か?例えば、「〒」は「郵便」を意味する。「3」は「5-2」の差であり、「なな」は「七」(数詞)や「奈菜」(固有名詞)に変換可能である。では、何故「〒」が、「時計」を意味したりしないのだろうか?それは、既に規定されていたからに過ぎない。この規定は公用のものであり、客観的な「意味賦与作用」である。では、主観的に「〒」を「時計」と読むことは可能だろうか?フ...全文を読む

アドルフ・ロース『装飾と犯罪』 (1)「建築の起源としての被膜について」 

† 建築学 †


 by Milan Vukmirovic建築学を学ぶ上での必読書の一冊に入っている、名高いアドルフ・ロース(1870-1933)の『装飾と犯罪―建築・文化論集』を読んだので、ここにその記録を残しておきたい。本書は理論書というよりも、短い寄稿文から成る言説集であり、体系的ではないように一見感じるが、実は一貫して「装飾性」を回避し、合理的かつ機能的に洗練された「工芸的」な建物を志向しているという共通項が存在する。○ 「装飾と犯罪」...全文を読む

トム・フォード『シングルマン』――ヴィスコンティの新しい遺産相続者としての 

† 映画 †


 シングルマン コレクターズ・エディション [DVD](2011/03/04)コリン・ファース、ジュリアン・ムーア 他商品詳細を見る 才能のある人間は自分の持っている資本種を別の〈界〉に交換することに長けているようだ。トム・フォード――私も彼のブランドの洋服を何着か持っているが、丈夫で長持ちすることはいうまでもなく、紳士的な威厳を湛えたそのエレガントなスタイルには年を重ねた男性たちからもコアな顧客が多いはずだ。今回、私は...全文を読む

宮崎祐助『判断と崇高』読解(2)――なぜ、今「崇高」が重要か? 

† 美学 †


 Elvina Mae Farkas【「構想力にとって常軌を逸したもの(das Überschwengliche)」、すなわち崇高】 カントのEinbildungskraft(構想力)の概念について、宮崎祐助氏は以下のように解説している。「すなわち、感覚からとってこられた素材としての「内容を、悟性の概念に(認識のために)調達する」(『人間学』)という機能、『純粋理性批判』に即して言い換えるなら、感性的直観にもたらされた多様を認識の諸要素として取り集め...全文を読む

小川洋子 『ブラフマンの埋葬』――名もなき死者たちのためのレクイエム 

† 文学 †


 ブラフマンの埋葬 (講談社文庫)(2007/04/13)小川 洋子商品詳細を見る小川洋子の『ブラフマンの埋葬』を読んだ。舞台は埋葬師や碑文彫刻家が共同体形成に深く関与した葬儀空間的な「村」であり、主人公の「僕」は「創作者の家」で下男として働いている。「創作者の家」は各地から訪れた芸術家たちが各々滞在している集団アトリエで、「僕」は彼らのために食事を作ったり雑用をしたりと、いわば「芸術活動」のparergon(余白)を象徴...全文を読む

広告テクストが文学に与えるメスメリスム――ジェニファー・A・ウィキー『広告する小説』 

† 文芸理論 †


 広告する小説(異貌の19世紀)(1996/05)ジェニファー・A. ウィキー商品詳細を見る 著者のジェニファー・A・ウィキーは、巻末の紹介(1995年当時)によればニューヨーク大学助教授で比較文学、フェミニズム批評など幅広い原論活動を展開している研究者である。高山宏が責任編集を担当している「異貌の19世紀」シリーズの一冊である野心作『広告する小説』(原著1988)の中で彼女は、「広告」をテクストとイメージの一体化したもの...全文を読む

ミシェル・ドゥギーの偽ロンギノス論「大-言」について (2)――『崇高とは何か』所収  

† 美学 †


 Witkin Joel-Peter ひきつづきドゥギーの傑出した崇高論「大‐言」を読んでいこう。前回の記事で、我々は彼が「崇高」の五つの源泉について(これが芸術制作を志す者にそのまま直通する規定である)語っているのを確認した。その上で、ドゥギーは「ピュシス(自然)」=天性の直観も重要ではあるが、それ以上にまず「テクネー(技術)」=古典教育が必要不可欠であり、教育があってはじめて「天性」のものがうまく融和的に炸裂する...全文を読む

ミシェル・ドゥギーの偽ロンギノス論「大-言」について (1)――『崇高とは何か』所収 

† 美学 †


 Witkin Joel-Peter パリ第八大学フランス文学教授で詩人でもあるミシェル・ドゥギー(1930-)の崇高論「大‐言」を読了したのでその記録を残す。本稿は彼の偽ロンギノス論である。ドゥギーは偽ロンギノスのテクストについて、「この書が扱う高貴な内容、すなわちmegalogoreuein(大-言)」と表現している。大言とは、いうまでもなくgrandiloquence(大言壮語)に平易に反転しまいかねない危うさを持っている。 偽ロンギノスはロ...全文を読む

諏訪春雄『霊魂の文化誌』+脇本平也、田丸徳善(編)『アジアの宗教と精神文化』 

† 神秘主義 †


 霊魂の文化誌 神・妖怪・幽霊・鬼の日中比較研究(2010/07/31)諏訪春雄商品詳細を見る後醍醐天皇の時代、京都五条のある通りの柿木の上に、忽然と仏が姿を現した。この仏は神聖な光を発し、花びらを降らせていた。人々は愕き、これは何か有り難いことが起きる兆しであると考えていた。しかし、皇族のある男がこの出来事になにやら「不穏な」においを嗅ぎ取り、現場に向かうことにした。彼は二時間余りその仏を対峙していた。すると...全文を読む

「アダムとリリスによる祭壇画」 

† 神秘主義 †


 エデンの園において、アダムとイヴは何をして暮らしていたのであろうか。正統的な解釈からは外れるが、アダムにはリリスという別の女が存在していたとされている。ウィキペディアに詳しい説明があるので、以下に紹介しておきたい。リリスリリス(Lilith)は、本来はメソポタミアにおける女の夜の妖怪で、「夜の魔女」とも言われ、男児を害すると信じられていた。 聖書の『イザヤ書』においてはリリス(לִּי...全文を読む

エドマンド・バーク『崇高と美の観念の起源』 (3) 

† 美学 †


 さて、我々は前回、前々回の記事でバークのいう「美」が実質的に女性美を対象にしたgracefulness(優美さ)であり、「崇高」とは差異化されていることを読んできた。繰り返すが、美的範疇論では「崇高」と「優美」が美的原理を構成する異なる属性として位置付けられているので、バークの本書は「崇高」と「優美」において極端に先鋭化した六角形を成しているといえるだろう。参照程度に、18世紀ドイツの美学における、デッソワーの...全文を読む

エドマンド・バーク『崇高と美の観念の起源』 (2) 

† 美学 †


 by Imperfectfiction前回の記事で、私はバークの処女作からその崇高論の核心を抽出した。これはちょうど一篇、二篇の要点であり、本書は五篇構成となっている。このうち二篇が崇高論の核心であり、最も重要であることはいうまでもない。続く三篇は我々が常に関心を抱く「美」論であるが、実はここは二篇ほど衝撃的な力を持ってはいない。バークが書きながらおそらく何らかの天才的な「霊性」にまで達していたのは二篇であって、三...全文を読む

近未来の日本社会としての、minimal welfarestate(最小福祉国家)の可能性 

† 政治学 †


 Andrej Pejic by Mert Marcus古典的自由主義の理論は、現代の政治を分析する上で極めて有効な力を持っていると考える。ハイエクの記事でも述べたように、基本的に古典的自由主義は政府の権力を最小限に抑え、市場の競争原理を活性化させることを重視する。福祉政策については、ハイエクはどうしても救済が必要な衣食住すら確保されていない貧しい人々への支援は必要だが、体制そのものが「福祉国家」化することを危険視する。この...全文を読む

フランツ・アントン・メスメルが与えた文学的影響について――マリア・M・タタール『魔の眼に魅されて――メスメリズムと文学の研究』 

† 神秘主義 †


 魔の眼に魅されて―メスメリズムと文学の研究 (異貌の19世紀)(1994/04)マリア・M. タタール商品詳細を見る いつの時代も、文学は神秘主義やオカルティズムと結託する傾向を常に孕んでいる。ハーヴァード大学ドイツ文学教授のマリア・M・タタールは『魔の眼に魅せられて――メスメリズムと文学の研究』の中で、18世紀のロココ時代において流行したメスメリズムがそれ以後の作家たちに与えた文学的影響について考察している。文学と魔...全文を読む

ジャン=リュック・ナンシーの崇高論「崇高の捧げもの」(『崇高とは何か』所収)について (2) 

† 美学 †


 Abbey Lee Kershaw by Daniel Jackson, Dazed Confusedナンシーは近代美学における崇高に関するテクストとして、ボワローとフェヌロンの以下の規定を紹介している。「我々を魅了し、それなしには美そのものが魅力も美も持たないであろうような、曰く言い難いもの」ボワロー「ただ美しいだけの、つまりは輝くだけの美は、半ばしか美しくない」フェヌロンナンシーはルネサンス的(クラシック)な「調和・秩序」に基いた「美」の規範...全文を読む

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