【  2013年05月  】 更新履歴 

  05.19.  【 † 現象学  † 】  「矛盾律は真理の基礎である」--エドムント・フッサール『論理学研究Ⅰ』読解   さわりを読む▼
  05.19.  【 † 現象学  † 】  現代思想の発火源としてのフッサールの「表現と意味」論についてーー『論理学研究Ⅱ』読解   さわりを読む▼

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「矛盾律は真理の基礎である」--エドムント・フッサール『論理学研究Ⅰ』読解 

† 現象学  †


 論理学研究 1 (1)フッサールの『論理学研究1』を読了したので、レジュメを残しておく。「数は、心的活動たる集め数える働きから生ずる。…和、積、差、商、その他なんであれ、規整されたものとして算術命題のうちに現出するものは、心的所産に他ならず、したがってそれらは心的合法則性に従うのである」「数学の諸法則は心理学的法則であらねばならぬ」「5という数は私または他の誰かが5と数えることでもなく、また私あるいは他...全文を読む

現代思想の発火源としてのフッサールの「表現と意味」論についてーー『論理学研究Ⅱ』読解 

† 現象学  †


 論理学研究 2 (2)「Π」は「海辺」と読むことは可能か否か?例えば、「〒」は「郵便」を意味する。「3」は「5-2」の差であり、「なな」は「七」(数詞)や「奈菜」(固有名詞)に変換可能である。では、何故「〒」が、「時計」を意味したりしないのだろうか?それは、既に規定されていたからに過ぎない。この規定は公用のものであり、客観的な「意味賦与作用」である。では、主観的に「〒」を「時計」と読むことは可能だろうか?フ...全文を読む

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