【  2014年04月  】 更新履歴 

  04.26.  【 † 美学 † 】  ボルヘジアンにお勧めな美術史家、ユルギス・バルトルシャイティスの主著『アベラシオン』、『幻想の中世』を読む   さわりを読む▼
  04.21.  【 † 展覧会 † 】  《ザ・ビューティフル――英国の唯美主義1860-1900》展の記録(三菱一号館美術館)   さわりを読む▼
  04.08.  【 † 展覧会 † 】  ラファエル前派におけるリアリズムの再構成――ラファエル前派展/英国ヴィクトリア朝絵画の夢(森アーツセンターギャラリー)   さわりを読む▼
  04.05.  【 † エッセイ † 】  モノクロではないゼーバルト的な「故郷」の試みーー淀川の風景   さわりを読む▼
  04.05.  【 † 展覧会 † 】  アンドレアス・グルスキー展の記録(国立国際美術館)   さわりを読む▼
  04.03.  【 † ポール・ド・マン † 】  “noli me legere”(我を読むなかれ)をめぐって/ポール・ド・マンのブランショ論――『盲目と洞察――現代批評の修辞学における試論』   さわりを読む▼
  04.03.  【 † 映画 † 】  これを観た後、不思議にも恋愛小説が読みたくなる映画――ゲイリー・オールドマン×アンソニー・ホプキンスの『ドラキュラ』   さわりを読む▼
  04.02.  【 † 美学 † 】  フランシス・ベーコンとジェニー・サヴィルの「顔貌性」を読解する   さわりを読む▼
  04.01.  【 † 映画 † 】  芸術と信仰の狭間で――A.タルコフスキーの原点『アンドレイ・ルブリョフ』について (1)   さわりを読む▼

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ボルヘジアンにお勧めな美術史家、ユルギス・バルトルシャイティスの主著『アベラシオン』、『幻想の中世』を読む 

† 美学 †


 アベラシオン バルトルシャイティス著作集 (1)(1991/05)ユルギス・バルトルシャイティス商品詳細を見る【アングルの《マドモアゼル・リヴィエール》の謎】バルトルシャイティス著作集第一巻『アベラシオン』第一章「動物観相学」を読んだ。動物の頭部の特徴が、人間の「顔」のタイプと相関的に把捉される「動物観相学」という、今日からしてみれば明らかに奇異な学問の系譜について詳密具体的に記された論考である。1503年に三人...全文を読む

《ザ・ビューティフル――英国の唯美主義1860-1900》展の記録(三菱一号館美術館) 

† 展覧会 †


  三菱一号館美術館で開かれていた《ザ・ビューティフル――英国の唯美主義1860-1900》を鑑賞したので、その記録を残しておこう。個人的なことになるが、この日(2014年4月5日)、私は住み慣れた大阪から彼女が暮らす東京へ引っ越してきた。その日に私たちは《ラファエル前派展》にも訪れたが、約束の時刻まで時間のあった私は以前も訪れてその美しい建物が印象的だった三菱一号館美術館に立ち寄ることにしたのである。以下、この...全文を読む

ラファエル前派におけるリアリズムの再構成――ラファエル前派展/英国ヴィクトリア朝絵画の夢(森アーツセンターギャラリー) 

† 展覧会 †


 ジョン・エヴァレット・ミレイ《安息の谷間(疲れし者の安らぎの場)》(1858) 森アーツセンターギャラリーで開催されていたラファエル前派展についての記録を残しておこう。 ミレイの《安息の谷間(疲れし者の安らぎの場)》(1858)の背景の樹々のディテールを眺めていて、私は思わずターナーの《チャイルド・ハロルドの巡礼》(1832)の樹木のあの精緻なリアリズムを思い出した。実際、ラスキンはこの画家に彼が若き日に崇敬...全文を読む

モノクロではないゼーバルト的な「故郷」の試みーー淀川の風景 

† エッセイ †


 穂明日、私は大阪から関東へ引越する。そのためか、自分の「故郷」とは何だったのか、ということを最近よく考えていた。そして故郷のひとつの空間的な顕れを、これまで撮影した平穏で美しい淀川周辺の写真にやはり見出す。つまり自覚的に思い出として住み慣れた街の写真を撮影しに行くのではなく、それ以前に既に撮影していたものの中にひとつの答えがある気がした。島島夕陽 ランニングルート夕陽 ランニングルート高架下釣り場...全文を読む

アンドレアス・グルスキー展の記録(国立国際美術館) 

† 展覧会 †


 アンドレアス・グルスキー《ピョンヤンⅠ》(2007)アンドレアス・グルスキー《ピョンヤンⅣ》(2007)【グルスキーにおける資本主義社会のメタファー】 グルスキーの作品では人間のマス化、群化、匿名化が中心的テーマになっている。聖人画までマス化している。中には田舎の釣り人を捉えた喉かな写真もあるが、現代の都市イメージ、資本主義のメタファーを感じさせるものが多い。特に興味深いのは、北朝鮮の花組の女性たちの膨大な...全文を読む

“noli me legere”(我を読むなかれ)をめぐって/ポール・ド・マンのブランショ論――『盲目と洞察――現代批評の修辞学における試論』 

† ポール・ド・マン †


 Miranda Kerr by Greg Kadel【テクストの本質、あるいは“noli me legere”(我を読むなかれ)」 本を読む行為の本質はポール・ド・マンが述べるように、作者と読者という二つの主観性が、相互に破壊し合うように恊働するプロセスを前提としている。リーディングにおいて我々は、自身に固有の同一性を忘れるように仕向けられる。作者と読者は、同じテクストを媒介にしてそれぞれ個別具体的な自己から離脱せんとする衝動によって結び...全文を読む

これを観た後、不思議にも恋愛小説が読みたくなる映画――ゲイリー・オールドマン×アンソニー・ホプキンスの『ドラキュラ』 

† 映画 †


 ドラキュラ [DVD](2009/11/04)ゲイリー・オールドマン、ウィノナ・ライダー 他商品詳細を見るドラキュラというのは不思議な存在だ。カトリックの私にとって、これ程禍々しい悪魔的な存在もいないはずなのだが、何故か人間的な情愛を持っていて、人間の女性に片想いしていたりする。本作でゲイリー・オールドマンが演じたドラキュラ伯爵は特殊メイクで恐怖感も確かに持っているけれど、純粋に作品のコアだけ取り出せば、「悲恋の文...全文を読む

フランシス・ベーコンとジェニー・サヴィルの「顔貌性」を読解する 

† 美学 †


 「画家はみな、自分なりに絵画の歴史を要約する……」ジル・ドゥルーズ「Self-Portrait」 (1971)ベーコン的デフォルメは、リヒター的デフォルメとは完全に異質である。リヒターが灰色の砂嵐で写真をぼかし、あるいはノイズ的にデフォルメするとすれば、ベーコンは肉を掴んで対象を極度に変形させる。ドゥルーズのベーコン論と合わせて読解することが望ましいだろう。 感覚の論理―画家フランシス・ベーコン論ジル ドゥルーズ (2...全文を読む

芸術と信仰の狭間で――A.タルコフスキーの原点『アンドレイ・ルブリョフ』について (1) 

† 映画 †


 アンドレイ・ルブリョフ [DVD](2005/12/22)アナトリー・ソロニーツィン、イワン・ラピコフ 他商品詳細を見るA.タルコフスキーの最も重要な出発点として未だに語り継がれている『アンドレイ・ルブリョフ』(1967)を観た。本作はカンヌ国際映画祭で批評家連盟賞を受賞している。優れた映画作品は総じて「人生の縮図」を象徴化して描いているものだが、本作はどこまでも聖書的なエピソードを髣髴とさせる構成になっている。主人公の...全文を読む

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