【  2014年05月  】 更新履歴 

  05.29.  【 † 建築学 † 】  「近代建築の始まりは、建築の〈起源〉の探究であった」ーー建築学の必読文献、ジョセフ・リクワートの代表作『アダムの家』の世界   さわりを読む▼
  05.29.  【 † 美学 † 】  美学において「かわいい」とは何か?――四方田犬彦『「かわいい」論』を紹介   さわりを読む▼
  05.28.  【 † 美学 † 】  小田部胤久『西洋美学史』(東京大学出版会)ーーカント『判断力批判』についてのレジュメ   さわりを読む▼
  05.22.  【 † 宗教学 † 】  ミルチャ・エリアーデ 『聖と俗』(1)   さわりを読む▼
  05.21.  【 † 宗教学 † 】  ミルチャ・エリアーデ 『聖と俗』(2)   さわりを読む▼
  05.21.  【 † 表象文化論 † 】  松浦寿輝『平面論』(2)平面の未来、空間としての「イメージ」へ   さわりを読む▼
  05.20.  【 † 建築学 † 】  アドルフ・ロースの邸宅シリーズにおける「子宮羨望」――田中純『建築のエロティシズム』読解   さわりを読む▼
  05.17.  【 † 映画 † 】  四方田犬彦『書物の灰燼に抗して』収録のA.タルコフスキー論ーー「ノスタルジア」と「ノストフォビア」について   さわりを読む▼
  05.10.  【 † フェミニズム † 】  ヨーロッパ近代の裸体表象について――アラン・コルバン、ジャン=ジャック・クルティーヌ他『身体の歴史』読解   さわりを読む▼
  05.08.  【 † 文学 † 】  「別れ」のワルツ――“もし愛人が夫と離婚したら、それでも関係を続けるべきか?”   さわりを読む▼
  05.08.  【 † 展覧会 † 】  オフィーリアの変容、あるいはリアリズムの多様性――「驚くべきリアル」展/スペイン、ラテンアメリカの現代アート‐MUSACコレクション‐(東京都現代美術館)の記録   さわりを読む▼
  05.05.  【 † 展覧会 † 】  「101年目のロバート・キャパ――誰もがボブに憧れた」展(東京都写真美術館)の記録   さわりを読む▼
  05.05.  【 † 展覧会 † 】  特別展「《終わりなきパリ》、そしてポエジー« Paris sans fin », et ses poètes —アルベルト・ジャコメッティとパリの版画展—」(東大駒場博物館)の記録   さわりを読む▼

◆2014年04月     ◆2014年05月       ◆2014年06月

「近代建築の始まりは、建築の〈起源〉の探究であった」ーー建築学の必読文献、ジョセフ・リクワートの代表作『アダムの家』の世界 

† 建築学 †


 アダムの家―建築の原型とその展開 (SDライブリー)(1995/03)ジョセフ リクワート商品詳細を見る建築学書必読文献、ジョセフ・リクワートの『アダムの家』(1981)の読書記録を残しておく。「近代建築の初源は<建築>の起源の探究であった、ということができる。その探索は、18世紀を通じて殆ど建築家の共通の意志にまで拡張する。そして、19世紀以来の約二世紀間、近代建築家の無意識の層に潜在し続けている。建築家のみならず、<...全文を読む

美学において「かわいい」とは何か?――四方田犬彦『「かわいい」論』を紹介 

† 美学 †


 「かわいい」論 (ちくま新書)(2006/01)四方田 犬彦商品詳細を見る 四方田犬彦氏の『「かわいい」論』によれば、女子大生、若いOLたちが統計学的に「かわいい」と表現するものには、実は「グロテスク」である要素が介入しているという。例えば、「トトロ」、「七人の小人」、「ET」、そして様々な、自然の動物とは完全に異なる姿をした「ぬいぐるみ」。「かわいい」と女性たちがみなす対象は、実は弱小程度でこそあれ、グロテスク...全文を読む

小田部胤久『西洋美学史』(東京大学出版会)ーーカント『判断力批判』についてのレジュメ 

† 美学 †


 アントワーヌ・デニス・シォーデ《蝶へ薔薇を贈るクピド》(1802)カント『判断力批判』について「技術は、それが技術であることを我々が意識していながらも、我々にとって自然として見える場合にのみ、美しいということができる」カント『判断力批判』、p131『判断力批判』第45節によると、「美」とは作りっぽさがまずないことが条件であり、作り出されたものが自然に見えるということが肝要である。こういった「技術は自然である...全文を読む

ミルチャ・エリアーデ 『聖と俗』(1) 

† 宗教学 †


 by Kevin Rollyこのページでは、宗教学を学ぶための基礎文献であり、ミルチャ・エリアーデの代表的著作『聖と俗』についての記録を残す。彼は神聖なるものを、「全くの他者」として規定し、それは「自ら顕れる」と述べている。この「聖なるものの顕現」のことは、Hierophanie(ヒエロファニー/聖体示現)と呼ばれ、最高のヒエロファニーはイエス・キリストの受肉であると考えられる。前近代の宗教的パラダイムにおいては、聖なる...全文を読む

ミルチャ・エリアーデ 『聖と俗』(2) 

† 宗教学 †


 Source sofucking○ 「聖なる時間」エリアーデの「聖なる空間」概念については、先のページで既に述べたところであるが、実は空間概念と時間概念は本来セットで思考されねばならない。よって、ここからの論述は「聖なる時空」に関わるものとなる。前回見たように、エリアーデの思考方法は基本的には二元論的なフレームを踏襲している。例えば、「カオス/コスモス」、「地上的価値/天上的価値」、「通俗的時間/聖なる時間(原-...全文を読む

松浦寿輝『平面論』(2)平面の未来、空間としての「イメージ」へ 

† 表象文化論 †


 Hailey Clauson by Miguel Reveriego  【枠】 1880年代は、「平面」それ自体を露出させようとした「近代」の開始地点として規定されている。ここでいう「平面」とは、「記号やイメージで配置された面」を指している。例えば、絵にとっての「紙・画布」、詩にとっての「白いページ」、映画にとっての「スクリーン」――これらは全て何らかの「枠」付けを持っている。「枠」とは、我々のイメージを一定の表現媒体において表象する時...全文を読む

アドルフ・ロースの邸宅シリーズにおける「子宮羨望」――田中純『建築のエロティシズム』読解 

† 建築学 †


  19世紀後半から20世紀初頭のウィーンは、新古典主義に見られた各種のリバイバリズムから世紀末に花咲いたアール・ヌーヴォー様式といった一連の動きが、やがて「装飾」そのものに批判的になっていく「近代建築」へとシフトしていく点で極めて重要である。オットー・ヴァーグナーの『近代建築』が刊行されたのは1895年だが、彼は《郵便貯金局》に見られるようにまだ「機能」と「装飾」の双方を重視していた。しかし、アドロフ・ロ...全文を読む

四方田犬彦『書物の灰燼に抗して』収録のA.タルコフスキー論ーー「ノスタルジア」と「ノストフォビア」について 

† 映画 †


 書物の灰燼に抗して?比較文学論集(2011/04/26)四方田 犬彦商品詳細を見る評論家の四方田犬彦氏の『書物の灰燼に抗して』の第一章「帰郷の苦悶」を読んだ。一章はA.タルコフスキーの代表作『ノスタルジア』(1983)を、様々な次元から読解する自由度の高い評論になっている。私もこの作品には独特な印象を持っていて、既に三度、四度は視聴している。特に人物として興味深いのは、あの「1+1=1」という数式が記された奇妙な廃墟...全文を読む

ヨーロッパ近代の裸体表象について――アラン・コルバン、ジャン=ジャック・クルティーヌ他『身体の歴史』読解 

† フェミニズム †


 身体の歴史 2 〔19世紀 フランス革命から第一次世界大戦まで〕 (身体の歴史(全3巻))(2010/06/18)アラン・コルバン、ジャン=ジャック クルティーヌ 他商品詳細を見る近代的な「視」のあり方を「身体」のテマティスムから論じた、アラン・コルバンらが編集した『身体の歴史2』第五章を読んだので、その記録を残しておく。本章はアラン・コルバン自身によって執筆され、フランス革命後の身体についての考え方を、主として「性愛」...全文を読む

「別れ」のワルツ――“もし愛人が夫と離婚したら、それでも関係を続けるべきか?” 

† 文学 †


 密会 (新潮クレスト・ブックス)(2008/03)ウィリアム トレヴァー商品詳細を見る今、夫がいたり、恋人がいたりする方にこそ読んで欲しい短編小説がある。ウィリアム・トレヴァーの不倫小説「密会」だ。主人公の男性は会計士で、四十代後半で所帯持ち。彼と不倫しているのが同じ会社で秘書をしている三十代後半の女性で、やはり彼女にも夫がいる。いわば、互いに家族がいることを承知の上での逢瀬を重ねている。この作品が示唆的であ...全文を読む

オフィーリアの変容、あるいはリアリズムの多様性――「驚くべきリアル」展/スペイン、ラテンアメリカの現代アート‐MUSACコレクション‐(東京都現代美術館)の記録 

† 展覧会 †


 【今回の出展で特に印象的だった作品について】 共通して感じたのは、アウエルバッハが『ミメーシス』で提示してみせた、多種多様な「リアリズム」の方法論である。これらのアーティストは共に現実をそれぞれの個性的なスタイルで「異化」している。今回の展覧会では総体的に全てを包括するコンセプトとして「リアル」――つまり、リアリズムの表現が提示されている。概念として最もこの企画に相応しいと感じさせたのは、カルメラ・...全文を読む

「101年目のロバート・キャパ――誰もがボブに憧れた」展(東京都写真美術館)の記録 

† 展覧会 †


 Robert Capa on assignment in Spain using an Eyemo 16mm movie camera Image by Gerda Taro ロバート・キャパは「意志的楽観論」(サイード)の持ち主であり、戦争の悲愴さだけではなく苛酷な状況を笑顔で吹き飛ばそうとする人々の明るい姿を撮影している。インドシナ戦争に従軍中に地雷で命を落とすという最期のエピソードや、生涯に渡ってホテル暮らしで拠点を持とうとしなかった点などから、彼が徹底した「現場主義者」であ...全文を読む

特別展「《終わりなきパリ》、そしてポエジー« Paris sans fin », et ses poètes —アルベルト・ジャコメッティとパリの版画展—」(東大駒場博物館)の記録 

† 展覧会 †


 【ジャコメッティにおけるmodernitéとの格闘】  今回の特別展のテーマはカタログにあるように「modernité(モデルニテ/現代性)」の再構成である。松浦寿輝の『平面論』にせよ、小林康夫の『表象の光学』にせよ、極言することを許されるならばそれらは共通して「モデルニテ」を新たに位置付け直すことに向けられていると言えるだろう。それが結局は、今我々が生きているこの「現在」を鮮烈に逆照射する行為になるからである。 ...全文を読む

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