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鈴村智久の研究室

表象文化論、美学の研究者鈴村智久です。哲学・思想ブログランキング総合2位。

05/30のツイートまとめ

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tomoichiro0001

東京に引っ越してきてから、大阪にいる時よりもかなり日頃の食品の内容表示をチェックするようになりました。着色料が指摘されることの多いソーセージはまず食べなくなりましたし、保存料などにもけっこう厳しくなりました。
05-30 19:50

実は私は牛乳よりも豆乳の味の方が美味しいと感じるタイプだったりします。以下のように美容効果も実証されているようですね。「生理前に肌あれがひどいという人、大人ニキビが出るという人は、豆乳を飲むことでホルモンバランスが整い、大人ニキビなどの肌荒れを防ぐことができると言われています」
05-30 19:45

最近、彼女と私がよく飲んでいる豆乳について、やはり色々な素晴らしい効果があるようです。基本的に私は朝食には、玄米フレーク+豆乳が健康的で手軽かなと思っています。http://t.co/K0KGnTWih6 http://t.co/K0KGnTWih6
05-30 19:40

RT @dessinatrice001: 「映画界のみならずオペラ、演劇界に決定的な影響を及ぼし、後世の文化人に未だ深い感銘と陶酔を与え続けるイタリアの名門貴族の血を引くルキノ・ヴィスコンティ。その美的原理を最新の美学によって徹底的に分析する」鈴村智久『ヴィスコンティの美学』h…
05-30 19:29

RT @Conrrrrad: ヴィスコンティ映画の食事シーンのこだわりはやはりレベルが違う。#映画で印象的な食べ物 http://t.co/db72k0O5ps
05-30 19:29

昨夜は仕事から帰宅すると、早速『現代思想』最新号が届いていました。かなり充実のラインナップなようで大きな刺激を受けそうです。とはいえ、今日も仕事ですけれど。
05-30 11:33

RT @201yos1: 信じるということが、知的な枠組みを超えているものを信じることにほかならないからと言って、知的な理解が、信じることと無関係であるわけではない。その人がどのような知力の持ち主であるかということが、その人の信の対象が、どのような仕方で知的な枠組みを超えたもの…
05-30 11:22

RT @201yos1: アウグスティヌス『告白』において、「神」との関係の深まりが、積極的に語られるというよりは、関係の障害となってたものの除去という仕方で語られるのは、人間関係とも似ているかもしれない。人間同士の関係の深まりも、積極的に語ることも可能だが、関係の障害の除去に…
05-30 11:21

RT @100min_Meicho: 神を知ることと、神を愛することまでのあいだは、なんと遠いことだろう。(パスカル『パンセ』)#100meicho
05-30 11:18

RT @nekonoizumi: 「50年代から現在までの分析美学の代表的な論文を集めた論文集。「アート」の定義、美的価値など、現代の美学の主要トピックを網羅。」⇒西村清和編/西村清和監訳『分析美学基本論文集』勁草書房http://t.co/yXoTElgxPF
05-30 11:13

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聖ベネディクトの十字架と少年時代の洗礼者聖ヨハネのメダイを手に入れました。

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皆様、いつも応援していただき心から感謝しております。
最近まで、私は最新作である『At The Grave Of Our Existence: 私たちの存在の墓で』の原稿作業に追われておりました。
この小説集は私の中でひとつの区切りとなる作品で、いわばこれまでの私の「カトリック」としての信仰生活で得た全てのエッセンスが凝縮されています。
その上で、『有限性の後で』の翻訳が待望されているクァンタン・メイヤスーの神論「亡霊のジレンマ」について、文学的に昇華できたことは私にとって大きな収穫でした。
また、洗礼志願期間に御世話になったカルメル会のシスターとの想い出を小説というかたちに結晶化することができたことも、私のこれまでの執筆経験の中で大きな出来事でした。
いわば、『At The Grave Of Our Existence: 私たちの存在の墓で』は、私にもしも娘か息子が生まれたとして、子供から「神さまってなに?」と尋ねられた時に、言葉にするのは難しいことを承知で、「僕はそのことを、この小説に書いてみたんだよ」と応答できる、そんな記念碑になったと思っています。

この十字架とメダイは、信仰生活の記念、そして、これからも私と彼女が東京でずっと平穏に仲良く暮らしていけることを祈願して、最近手に入れたものです。
十字架はイタリア製の聖ベネディクト会ゆかりのもので、信徒が壁に掛けて祈るためにあります。
十字架といえば、二本の棒をクロスさせたタイプが主流ですが、聖ベネディクトの十字架はデザインに意匠が凝らされていて、じっと眺めていると深みと味わいを感じてきます。
メダイもイタリア製で、こちらは私の洗礼名であり守護聖人である「洗礼者聖ヨハネ」を彫ったものです。
しかも、大人のヨハネではなく、少年の姿のヨハネ。
私は以前から、少年イエスと少年ヨハネの仲の良い姿を描いた宗教画が好きで、こちらは本当に私にぴったりだと思いました。

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この二つが常に壁側に掛けられていると、どこかイエス様に見守られているような安心感を与えられます。
ヨハネの右側に彫られているのは、子羊ですね。
子羊はキリストの象徴です。
例えばマティアス・グリューネヴァルトの有名な《イーゼンハイムの祭壇画》の十字架上のイエスを描いた絵でも、ヨハネの傍には胸から血を流す子羊が描かれていますね。
これは「贖罪」の子羊で、アダムとイヴによって始まった「原罪」が購われたことを意味しています。

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十字架の裏側は聖ベネディクトで、聖書と十字架を携えておられます。
ヨハネの裏側には丹念なつくりの薔薇が彫り込まれています。
今回はこの二つを紹介いたしましたが、聖品はキリスト教徒にとって、信仰の補助となる大切なものです。

もしも、キリスト教にとっての「愛」とは何か、「祈り」とは何なのか、そして現代思想においてニーチェの「神の死」は今、どのように乗り越えられ始めているのか、こういったことに関心がおありの方は、一度『At The Grave Of Our Existence: 私たちの存在の墓で』を読んでみてください。
そこには、私自身の生の、より切実な声が響いていると思います。