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鈴村智久の研究室

表象文化論、美学の研究者鈴村智久です。哲学・思想ブログランキング総合2位。

ギリシア悲劇の近代化としての「ロマン主義」と、その核心としての「メロドラマ」――ピーター・ブルックス『メロドラマ的想像力』読解(2)

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Gabriel Ferrier Moonlit Dreams -
Gabriel Ferrier- Moonlit Dreams

【ヴィクトル・ユゴーの『クロムウェル』序文について】

「形式としての「劇」の定義そのものが、メロドラマを基盤としているとこれまで述べてきたが、ここで『クロムウェル序文』におけるユゴーの中心概念である「グロテスク」について考えてみても、無意味ではあるまい。ユゴーによるグロテスクという言葉の使い方は、かなり曖昧である。特にグロテスクが崇高の対立物であるという点――〈醜〉の対立物が〈美〉であるように――や、グロテスクは崇高と醜と悪魔的なものの混合形態であるという点については、理解ができるだろうか? グロテスクは組み合わせの結果生じたもの、独特な「中間存在」して提示されることもあれば、崇高を逆にした鏡像、その黙想に際して必要な「休止時間」のように見えることもある。大切なのはグロテスクが崇高と対立する原則として考えられるということである。つまりそれは、正反対の関係という観点に立つ限りにおいて、はじめて思考されうる。グロテスクは本質的には、「お前は神と獣の間の中間存在だぞ」という、人間に対するキリスト教の告知に源を持っている。グロテスク――この美的・道徳的概念は、美と真実らしさをめぐる古典的観念とは徹底的に断絶している――の「発見」は、力強い対照を発見することでもある。ユゴーは「劇」に関してこう述べている。「劇とは、実際には、人生において互いに立ちはだかり、生まれてから死ぬまでに人間に襲いかかる、二つの対立する原則の間の連続的対照に他ならない」。更に、「劇の特徴は、それが現実のものであるということだ。現実はグロテスクと崇高という二者が、まったく自然に組み合わされたものである。この二者は、人生や創造行為において交わるように、「劇」の中にあっても交わる」。――ユゴーの「現実」の定義ははっきりしている。現実とは、原型的にはマニ教の原理に基づく、陰陽の不断の闘争と相互作用の場だと考えられている。世界とは二極の充電からなる磁場である。それゆえ劇は――メロドラマのように――分極化した概念と力から作り上げられる。両極が衝突し、一極からもう一極への激しい揺れがあるために、演劇は興味深いのだ。ディディエが『マリヨン・デロルム』のヒロインについて意味深に述べているように、「なんと、天使は悪魔だった!」のである。以上が劇の条件であり、賭け金である」(p135~136)


 ブルックスのこのテクストはメロドラマ、というよりも我々のこの「日常生活」の存在形式を審美的なレベルで考察する上でも極めて重要なので、注意深く読解しなければならない。まず、ユゴーの「グロテスク」概念について、ブルックスは「グロテスクが崇高の対立物であるという点――〈醜〉の対立物が〈美〉であるように――や、グロテスクは崇高と醜と悪魔的なものの混合形態である」という特徴を挙げている。彼はこの点について「理解ができるだろうか」と判断を保留しているようにも見受けられる。その理由の一つとして、18世紀にドイツで流行した美的範疇論における六つの美的カテゴリーを円周上に配置した、デッソワーの有名な図から解釈すると、「崇高」の対立物が「グロテスク」であると断定することはできないからである。ただ、「グロテスク」という要素が、「崇高」を演出するためのツールとして役立つことならば大いにあり得る。ユゴーにとって、おそらく「グロテスク」は美的カテゴリーの六つから言えば、「醜」に相当する概念であると考えられる。そしてユゴーは、「グロテスク」を「崇高と醜と悪魔的なものの混合形態」であると位置付けている。ここでまずもって理解しておくべきことは、「醜」と「崇高」が相関する、物語上の「装置」として、あるいは「設定」として、「グロテスク」(メニングハウスによれば、ユゴーのいうグロテスクなものとしての「吐き気」には、生理的なもの・審美的なもの・道徳的なもの、の三つの次元が存在する)が定式化されているということである。
 いっそう興味深いのは、ユゴーの「人生観」の一端が窺えるテクストである。ユゴーによれば、我々の生きるこの日常生活の「現実」とは、「グロテスクと崇高という二者が、まったく自然に組み合わされたものである」という。ここに「優美」、「滑稽」などの美的カテゴリーが欠損しているところが、かなりシリアスな現実観であることを印象付けている。更に、ブルックスの解釈によればユゴーは、「現実とは、原型的にはマニ教の原理に基づく、陰陽の不断の闘争と相互作用の場だと考えられている。世界とは二極の充電からなる磁場である」と解釈している。そして、この現実認識をそのまま「劇の展開」にまで応用し、理想化しているのである。メロドラマとの関係性で言えば、ユゴーの考えていた「二極性」とは、美徳の勝利と悪徳の敗北というステレオタイプ化した伝統的文学形式に対する、大いなる肯定であると考えられる。そして、彼はそれを自分の日常とその堆積物としての「人生」一般にまで当てはめていた。
 ユゴーにおける、「天使崇拝」と「悪魔崇拝」、換言すれば「美徳」と「悪徳」、「優美」と「悲愴」、「美」と「醜」などといった二極的ダイナミズムは、物語をスタティックなものにしないための方法論であり、ブルックスはこれを「明暗の配合の妙」という意味で「キアロスクーロ」と表現している。激しく対立し合う二つの要素があり、劇的な衝突・葛藤・内なる自問自答などを経て、最終的に物語は「美徳」の勝利に向かうというわけだ。
 因みに、1832年に刊行されたユゴーの『王は愉しむ』、翌年の『ルクレチア・ボルジア』は、方法が「メロドラマ」的であったために成功した最良の例としてブルックスは位置付けている。

【ギリシア悲劇の近代化としての「ロマン主義」と、その核心としての「メロドラマ」】

 ユゴーの「キアロスクーロ」に象徴されるような形式を持つドラマツルギーはメロドラマのみを指すのではなく、それを含むロマン主義文学の持つ特徴である。そして、ロマン主義とその起源としての「ギリシア悲劇」について、ブルックスは以下のようにジョージ・スタイナーを批判する形で述べている。

「問題は、ジョージ・スタイナーが説くように「人生のロマン主義的ヴィジョンは、悲劇的ではない」、というところにはない。ロマン主義的ヴィジョンに立つならば、ロマン主義は「人間の罪と苦しみ」に対し、「償いの天国」を約束する。キリスト教の(あるいはルソー主義の)贖罪は悲劇と両立しえないというスタイナーの議論は間違っている。思うに、「聖なるもの」との和解は悲劇には不可欠であり、それは古代の『オレステイア』や『バッコスの女たち』と同じ程、近世の『リア王』や『フェードル』においても言える。悲劇を不可能にしたのはキリスト教の繁栄ではなく、むしろその衰退である。それは聖なる神話を包含する、究極の操作システムの喪失と不可分である――スタイナーはそれを別のページでは認めているように思われるのだが。…脱聖化された世界に住む者にとって、犠牲の擬態を行おうにも、もはや誰をはっきりと相手にして良いのかが判らなくなってしまった。聖なる象徴を失った時、劇の隠喩は不確かな構造として残るばかりだ。それゆえロマン主義演劇の企てを象徴するのは、中心の沈黙、口にできない暗闇をめぐって構築された、以上のような芝居である。それは意味の不在というよりも、恐るべき「意味の過剰」であり、崇高(として装飾された)意味である」(p153)


 ここでブルックスは、「悲劇」にはキリスト教と同じく「聖なるものとの和解」、「贖罪」のテーマが色濃く描かれていると解釈している。この点で、贖罪と悲劇は両立できないと考えていたスタイナーが批判されている。そして、「ロマン主義演劇」が生まれてきたのは、キリスト教が資本主義社会の発展に伴う「世俗化」によって脱中心化されたことで、キリスト教のドラマツルギーとも深く繋がり合っていたギリシア悲劇的な「贖罪」の概念それ自体が、いわば宙吊りにされてしまったということである。すなわち、文学史において、ブルックスは「ロマン主義の登場」を「近代」の黎明と結び付けているわけである。その最も大衆的で世俗的な現象こそが、初期ロマン主義の核心的構造としての「メロドラマ」のドラマツルギーに見出される「倫理の復権」だったのであり、ここには失われた「聖なるもの」の再現前化、かつての大文字化された「悲劇」を新たに創造しようとする、キッチュ化した神話の試みが現れていると考えられる。
 ブルックスは、スタイナーの別の記述「テアトル(劇場)的なものがドラマ(劇)的なるものを完全に支配するようになると、メロドラマが生じる。それがフランスのロマン主義悲劇である。すなわち大規模なメロドラマである」(p122)を引用し、「悲劇」と「メロドラマ」の類縁性についての鋭い洞察には一定の評価を与えている。しかし、スタイナーはあくまでもメロドラマを軽蔑すべき世俗的娯楽として位置付けていたきらいがあり、この点をブルックスは「近代」的なコンテキストとメロドラマの出現が不可分であることを強調することによって、いわば批判的に発展させる。ここで想起せねばならないのは、『ヴィスコンティ集成』にも引用されている、ルキノ・ヴィスコンティのさり気ない告白である。彼はそこで、自分の映画が方法論としてはメロドラマに過ぎないことを主張しており、また「映画」そのものも「演劇」の下位芸術に位置付けている(彼の本来の活躍の場は演劇であった)。しかし、興味深いことに彼が「原作」として映画化を選んだ作品の多くは、『ヴェニスに死す』(トーマス・マン)、『イノセント』(ガブリエーレ・ダヌンツィオ)、『熊座の淡き星影』(ソフォクレス『エレクトラ』のアダプテーション)などに見られるように、そのほとんどが「悲劇」のスタイルを持つのである。そして、監督自身がそれらを「メロドラマ」と呼んでいる点に、既に20世紀の映画において「再現前」している「ギリシア悲劇」の濃密な「痕跡」を発見することができるだろう。ブルックスの解釈にもあるように、「メロドラマ」が「初期ロマン主義」の核心である以上、この形式は本質において「悲劇」に起源を持つということである。仮にヴィスコンティが「メロドラマ」を初めから志向していたとしても、我々には「悲劇」に見えたであろうし、彼が「悲劇」だと主張しても、構造的には「悲劇の近代化」としてのロマン主義演劇と相関せざるをえないのである。このように、メロドラマは高度に「悲劇」的なのであり、ピクセレクールなどの古典的な殿堂に宿っていたメロドラマ的な野心は、イタリア映画界において不朽の悲劇的作品を残したルキノ・ヴィスコンティの「メロドラマ的映画」に結晶化していると言えるだろう。



西洋建築様式史を学ぶーー初期中世、ロマネスク、ゴシック建築の差異について

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初期中世建築

○ ドゥーラ・エウロポス

西暦231年に成立したとされるドゥーラ・エウロポス(シリア)は、原理的な教会建築のシンプルなモデルとして重要である。構造としては、キリスト者たちの「集会所」、「祭壇」、「洗礼室」、そして「中庭」で構成されている。
313年のミラノ勅令においてキリスト教が公認されてからも、ここでの様式はその後も踏襲されていく。

○ バシリカ式教会堂

バシリカとは、古代ローマにおける多目的ホール(集会施設)のことであり、これを後のキリスト者が教会として代用していったのがその起源である。バシリカ式教会堂では、まず入口を抜けると「アトリウム(前庭)」が広がっており、その中央には教会に入る前に体を清めるための「泉亭」が設置されている。アトリウムを越えると「ナルテクス(玄関廊)」が存在し、このラインから先は当時未洗礼の人間は入ることができなかった(異教徒による迫害を回避するため)。ナルテクスを越えると、円柱が等間隔に奥まで並んでいる側廊が伸びており、中央には信徒用の座席が置かれている。円柱の上部には採光用の開口部が設けられており、この自然の窓は「クリア・ストーリー」と呼称されている。
この様式の建物で最も重要な場所とされるのが名高い「アプス(半ドーム)」である。アプスの半円形に沿って使徒たちを象徴する司祭たちが座る座席が設けられており、その中央には「カテドラ(司教座)」が存在する。カテドラに座る司祭は、無論キリストを象徴しているが、このドーム型の空間にはキリスト教美術が描かれている場合が多く、半球体の構造と相俟ってキリスト教的宇宙論を具体化していると考えられる。
アプスの左右には「トランセプト(袖廊)」が、衣服の袖のように伸びている。ちょうどバシリカ式教会堂を平面図で表現すると、アプスが頭部でトランセプトが腕に相等し、アトリウムは胴体となり、さながらキリストの体を建築空間そのもので表出したかのようである。
バシリカ式教会堂の重要例としては、5世紀初頭の《サンタ・マリア・マッジョーレ教会堂》、《サン・タポリナーレ・イン・クラッセ》などである。
この時期の教会建築には、「集中式聖堂」と呼ばれる様式も多く建てられた。基本的にそれらは殉教した聖人を記念した教会であることが多い。

○ ビザンティン建築

アヤ ソフィア

《アヤ・ソフィア(現博物館)》

アヤソフィア内部ドーム

《アヤ・ソフィア/内部ドーム》


330年にコンスタンティヌス帝がローマからコンスタンティノープルに首都を移す。これを契機に、東ローマ帝国中心のビザンティン建築(ギリシア正教、ロシア正教の圏域が含まれる)が始まる。とはいえ、ビザンティン建築においてもアプスはドームとして発展し、ちょうど直方体の上に半球を被せる形の建物が多く建てられた。代表作として重要なのは、ユスティニアヌス帝の命令によって537年に完成した、トラレスのアンテミウスとミレトスのイシドロス作による《アヤ・ソフィア大聖堂》である。


ロマネスク様式


初期中世建築の様式が出揃うと、次に「プレ・ロマネスク様式」と呼ばれるスタイルが西暦1000年頃に登場し始める。
一つ目は、北方ゲルマン地方を中心にした「ゲルマン的オットー朝建築」であり、これは森の中の光をイメージした明るい空間を特色とする。
二つ目は、地中海沿岸のイスラム教建築の影響を受けた「ラテン的初期ロマネスク様式」である。
建築が当時の人々の思想と極めて深い繋がりを持っていることは現代世界においても共通するが、当時のヨーロッパ社会における「現代思想」とは、キリスト教的「千年王国説」がその中枢テーマであった。同じく、レコンキスタ(失地回復)へと繋がっていく「聖遺物崇拝」も重要である。

Santiago_de_ Compostela_by_cherubinblack

《サンチャゴ・デ・コンポステラ大聖堂》

とりわけ、スペイン西部の外れに存在する《サンチャゴ・デ・コンポステラ大聖堂》は、ヨーロッパ最大の巡礼地として多くの巡礼者を集めた。

ラ・マドレーヌ聖堂の アーチ

《ラ・マドレーヌ教会堂/アーチ》

Kloster Maria Laach マリア・ラーハ修道院

《マリア・ラーハ修道院》

Kloster Maria Laach  マリア・ラーハ修道院アーチ

《マリア・ラーハ修道院/アーチ》

ロマネスク建築の重要な代表例として記憶しておくべきなのは、《ラ・マドレーヌ教会堂》、《ノートル・ダム大聖堂》、《ピサ大聖堂》、《マリア・ラーハ修道院》、《シュパイヤー大聖堂》である。
ロマネスクにも大きく二つあり、「イタリア・ロマネスク」は単純素朴なバシリカ式建築の形態を一貫して踏襲している点で、保守的である。他方、「フランス・ロマネスク」は、入口が放射状になるなど、装飾的なスタイルが芽生え始める。
ここで特筆しておきたいのは、素人では見分けがつき辛い「ロマネスク様式の天井」と、次に続く「ゴシック様式の天井」の決定的差異である。ゴシックの箇所でも言及するが、基本的にロマネスク様式の天井というのは、イメージとしては日本の都市にも点在している「商店街の簡素なアーチ」に、形態的には近接していると考えられる。ゴシック様式の重要な天井部分には少なくとも「四つのポイント」があるのだが、ロマネスクと比較する時に、この「商店街」の単純なアーチのイメージは理解し易いと思われる。


ゴシック様式


ゴシック様式は、ヨーロッパの建築史の中でも際立った魅力を放つ、最も美しく危険な香りを放つ様式である。例えば、19世紀初頭にシャトーブリアンは『キリスト教精髄』(1802)の中で、ゴシック様式を真のキリスト教的建築として謳歌している。同じくイギリスでは、ジョン・カーターが『イギリスの古建造物』(1795)の中で、公共建築はギリシア様式に倣い、宗教建築はゴシック様式に見習うべきであるという、いわゆる「ゴシック・リヴァイヴァル」を宣言した。イギリスでは他に、かのジョン・ラスキンが『ヴェネツィアの石』(1851)の中で、やはりヴェネツィアのゴシック様式(ヴィクトリアン・ゴシック)を称賛している。
現代でも、洋服好きで、なおかつ本格的なゴス系統の衣装に関心の高い方であるならば、ゴスの衣装のあの美しく魔術的なデザインが、ゴシック様式の建築群にも見事に具現化されていることを知るだろう。衣服における装飾は、ここにおいて建築における装飾とほぼ手を取り合うのである。

Basilique de  Saint-Denis

《サン・ドゥニ修道院》

Basilique  de Saint-Denis アーチ

《サン・ドゥニ修道院/天井アーチ》

では、ゴシック建築の起源には誰が、或いはどの建物が存在しているのであろうか? 建築家は実は画家や作家ほど固有名を後世に残していない者が多いが(代わりに建物を残す)、《サン・ドゥニ修道院》の装飾性を最初に考案したとされる当時の修道院長ジュジェールは、おそらくゴシック建築において特筆すべき存在である。《サン・ドゥニ修道院》は、したがってゴシック様式を語る上での最初の建築として重要である。
ゴシック様式は、そもそも12世紀のパリ中心に出現したスタイルだった。喩えていえば、ロマネスクという田舎娘が、華美なドレスを纏って素晴らしい化粧を施された建築様式といえるだろう。それは教会建築というジャンルの中での、まさにファッション性の先鋭化であり、この様式が「パリ中心」で沸き起こったということに、我々は何かフランス的な芸術精神のヨーロッパにおける優位性を感じはしないだろうか。
さて、先に触れた「ゴシック様式の天井の四つのポイント」について言及しておこう。列挙すれば、ロマネスクには見られない重要な特徴は以下のとおりである。

1 天井のアーチが扇状の組み合わせになり、天井の一番高いところ(天空)まで視点を運ぶように構造化されていること。
2 アーチの中心点として、リブ・ヴォールトと呼ばれる点が存在すること。
3 飛梁と呼ばれる窓枠の骨組みの仕組みが発展し、大きなステンドグラスの窓の設置が可能になったこと。
4 一般的にゴシック様式では天井が高い。例えば《アミアン大聖堂》は43m、《ボーヴェ大聖堂》にいたっては48mに達する。



LA SAINTE-CHAPELLE, PARIS,  FRANCE. Built in 1245-1248

《サント・シャペル大聖堂》

Sainte chapelle  ステンドグラス

《サント・シャペル大聖堂/ステンドグラス》

Sainte chapelle  聖堂

《サント・シャペル大聖堂/ステンドグラス》

Sainte chapelle  天井アーチ

《サント・シャペル大聖堂/天井アーチ》

このように、ロマネスクが「商店街のアーチ」のような単純な形態だったのに対し、ゴシックでは明らかに大規模化し、仕組みも複雑化している。
ゴシック様式には主として二つの時期があり、「初期ゴシック」の代表作として記憶すべきなのは《ラン大聖堂》と《ノワイヨン大聖堂》である。

ランス 大聖堂

《ランス大聖堂》

続く「古典ゴシック期」として重要なのは、《パリ大聖堂》、《アミアン大聖堂》、《シャルトル大聖堂》、《サント・シャペル大聖堂》、《ランス大聖堂》、《ボーヴェ大聖堂》などである。とりわけ、《サント・シャペル大聖堂》は「レイヨナン式」とも呼称され、これは放射状の装飾で知られている。
ドイツのゴシック様式は、フランスとは雰囲気が異なって「城」のようである。代表例としては、《エリザベト聖堂》、《ケルン大聖堂》などである。イギリスのゴシック様式では、《リンカーン大聖堂》があげられる。

St  Maclou

《サン・マクルー教会》

St  Maclou4

《サン・マクルー教会》

先述した「レイヨナン式」の他に、《サン・マクルー教会》の「フランボワイヤン(火焔)式」も重要である。
このように、フランスを発火源にしてロマネスクは高度に装飾性を帯びたわけだが、頑固にもイタリアだけはロマネスク様式のシンプルさに固執し続けていた。





「参考文献」

増補新装 カラー版西洋建築様式史増補新装 カラー版西洋建築様式史
(2010/03/26)
熊倉洋介、末永航 他

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ジョージ・コンドの「顔」の変容における<アニマロイド>の兆候について

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  by George Condo


顔は身体の中で最も変容を来たす場所である。
顔という場所が持つ記号は常に変化し続けている、変化し続けているということが顔の表象における第一の特性である。
我々が知っているだけで、20世紀後半においてだけでも「顔」の極端なデフォルメに関係している画家が三人いる。
例えばレンブラントの描く肖像画における顔のデフォルメはその強度において弱い。
それは私に「異常性」を感じさせない。
異常性を感じるほどの、すなわち際立って顔に対して画家自身が攻撃を加えている画家として真っ先に引用すべきは、やはりアルチンボルドであろう。



アルチンボルドの系統に属する画家として私が考えているのは、先述した三人のフランシス・ベーコン、ジェニー・サヴィリー、そして今回紹介するジョージ・コンドである。



ちなみに私は彼の存在を『huge』で知った。
『huge』とはそういうファッション誌である。



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思うが、コンドの場合は「変容」というと不正確である。
彼の顔は、注意深く見ると、その幾つかは明らかに「動物の頭部」と「人間の頭部」の「キメラ的な合成」によって生成している。
シスターと猪。
壮年の男と駱駝。
若い女性と狸。
どれもがウェルズの描いたあの悪夢の島の住人のようではないか。
事実として、そのような顔が描かれている。





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では、何故そのような顔を描いているのか?
この絵に現代文明の何を象徴化しているのか。
などと、穿つつもりは私には無い。
私が把捉したのは、この絵が先述したように、単純な視覚上の錬金術によってアニマロイドを創造しているということだけである。
それは一日目はシュールに感じるが、三日目になると飽きる。
ベーコンやサヴィリーの有する「衝撃性」も同様で、総じて衝撃的な画家に対する私の感情は、常に熱し易く冷め易いのである。
更にいうと、コンドは「狂度」においてベーコン、サヴィリー、アルチンボルドよりも弱いのである。



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06/09のツイートまとめ

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tomoichiro0001

ちょっと怖い...。「サイエントロジーは公式に「彼女は現在でも健康に暮らしているが、表舞台に立つ事は無いだけである」と発表したが...」いったいなぜ?世界10の未解決ミステリー : カラパイア http://t.co/q385RbNzFw
06-09 21:24

RT @dessinatrice001: 【お知らせ】現在、S/K Studioでは鈴村智久の著書を御購入いただいた読者様からのレビュー(御意見、御感想、批評など)を募集しております。どなたでもお気軽にお寄せ下さい。以下のリンク先から販売中の全ての作品リストが表示されます。h…
06-09 12:43

RT @dessinatrice001: 「小説とは根源的に何なのか、その〈制度〉への懐疑なくして新しい現代文学は誕生しないと感じる全ての読書家への真の応答がここにある。前衛的実験作品三篇を収録した来るべき文学のための羅針盤」鈴村智久『メリーゴーランド』(装訂/門倉ユカ)ht…
06-09 12:43

RT @dessinatrice001: 「映画界のみならずオペラ、演劇界に決定的な影響を及ぼし、後世の文化人に未だ深い感銘と陶酔を与え続けるイタリアの名門貴族の血を引くルキノ・ヴィスコンティ。その美的原理を最新の美学によって徹底的に分析する」鈴村智久『ヴィスコンティの美学』h…
06-09 12:42

RT @dessinatrice001: Dieu n'existe pas encore(神はまだ存在しない)――現代思想において世界的注目を集めるQ・メイヤスーの神論に真正面から文学的応答を試みた表題作を含む、これからの時代の新しい文学。鈴村智久 『私たちの存在の墓で』 h…
06-09 12:42

RT @Bunkamura_info: 「幻想耽美―現在進行形のジャパニーズエロチシズム」6/17よりギャラリーにて開催!36名の美の信奉者達による耽美の饗宴、どうぞお楽しみに。6/20にはトークイベント&サイン会開催も開催!http://t.co/P4hySJbfUk #ギャ…
06-09 00:29

【*売上御礼*】世界的関心が高まるQ・メイヤスーの神論に真正面から文学的応答を試みた表題作の他、〈聖性〉を主題化した鈴村智久による渾身の最新小説集『私たちの存在の墓で』

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At The Grave Of Our Existence: 私たちの存在の墓で

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【祝】メイヤスー × 新しい文学
   おかげさまで売上がますます伸びています!



内容紹介

Dieu n'existe pas encore(神はまだ存在しない)――現代思想において世界的注目を集める現代フランスの哲学者クァンタン・メイヤスーによる神についての重要論稿「来るべき喪、来るべき神」(2006)に対して真正面から文学的応答を試みた表題作の他、
夜のプールで泳ぎながら生と死のイマージュを重ね合わせる《Sacred precinct of water》、敬愛するシスターとの死別を描いた《Memory with a sister》など、聖性を主題化した六篇の中短編を収録。
キリスト教の枠組みを越えて、人間の生と聖なるものとの関わりを描出したポスト・ボルへス時代の新しい文学。【装訂/門倉ユカ】

【CONTENTS】

At The Grave Of Our Existence
私たちの存在の墓で

Memory with a sister
シスターとの想い出

Blind boy
盲目の少年

deep in meditation
瞑想に耽って

Night of a bonfire
夜の焚き火

Sacred precinct of water
水の聖域

21世紀の来るべきロマン主義文学のために必要な古典としての、ヘンリー・ジェイムズのメロドラマ的エクリチュール――ピーター・ブルックス『メロドラマ的想像力』読解(3)

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Charles Baugniet (Belgian , 1814-1886) – Springs New Arrivals
Charles Baugniet (Belgian , 1814-1886) – Springs New Arrivals

【ヘンリー・ジェイムズのメロドラマ】

 前期ヘンリー・ジェイムズの作風として特徴的なのは、ゴシック文学の重厚で厳かな伝統に、大衆演劇的なメロドラマのドラマツルギーを導入している点である。こうした特徴は、代表作のひとつである『アメリカ人』において見出すことができる。後期ジェイムズの代表作『大使たち』が内面心理のメロドラマであるとすれば、『アメリカ人』は主人公が外面的に様々な行動を取り、血腥い社会的因習に巻き込まれていく行動中心のメロドラマだといえる。ジェイムズ研究者の多くにとっては最早前提となっているが、ジェイムズを研究する上で、リアリズムから逸脱したバルザックの文学的様式を見過ごすことは不可能である。フランス革命以後の大衆の「趣味」形成に大きな役割を果たしたメロドラマの系譜について研究したピーター・ブルックスによれば、若きジェイムズにとってバルザックとは以下のような存在として認知されていた。

バルザックはノスタルジアを通して「物事に見事に対処できる最後の作家」であり、小説が「衰弱した遺産」を回復するためには是非その教えを学ばなければならない天真爛漫の巨人だと、考えられている。ジェイムズは、「バルザックの想像力のみが役に立った」こと、観察者と幻視者は切り離せないこと、バルザックの高度な表象モードは彼の主題と切っても切れないメディアであることを、躊躇なく認めている。…ジェイムズはこう記している。「バルザックは荒々しい言葉を用い、貪るように自分の主題を掘り下げてきた。そのため彼の天敵の攻撃すら、退屈な夜会でやる気もないままに紹介される交際のように思えてくるのである」。この一節は、ジェイムズ本人の多くの小説において開拓された環境を暗に示しており、メロドラマのモードの必要な高まりと延長が意識され受け入れられていることを示している。(p210)


 このように、ジェイムズは「バルザックの想像力のみが役に立った」とすら述べており、その文学をいかに新しい形式で引き継ぐかにおいて思案していた。したがって、ジェイムズを読み、その方法論を現代文学における「前衛」に、古典的なものの新たな形式での再生産として企てる者は、不可避的にバルザックという古典にも取り組む必要がある。事実、現代は内容空疎な、60年代のフランスのヌーヴォー・ロマンの技術的水準に達していないような形式優位の小説が、ゴシップ記事さながらに大量生産されている時代である。このような空疎な前衛主義、偽りのラディカルさから乖離するためには、伝統的な近代文学の系譜に位置するバルザック、及びジェイムズを読解し、その遺産を引き継ぎ、新たなナラティブを構想するということがやはり必要となっている。
 さて、ジェイムズがピクセレクールらを始祖とするフランスのメロドラマ演劇にも関心を寄せ、純文学において評価を得る一方で、世俗的名誉をも求めていたという点は指摘しておかねばならない。その上で、ブルックスの言うように、メロドラマとは元々ロマン主義文学の核心に位置する物語構造であるということも知っておかねばならない。ジェイムズが「ロマンス」について定義しようとする時、それは同時に「メロドラマ」について語っている箇所でもある。ブルックスは、ジェイムズのロマンス論の核心について、以下のように適切に述べている。

ジェイムズが「強烈な体験の夢」と呼ぶものは、「なんでもないように見えて、内的に神秘的にのみ扱われ、人生と名誉にとって極めて危険を含むような」ありふれた出来事の中にこそ見出される。この下りは、人生に反応して演じられ、人生に強烈さや価値を与える、内的メロドラマ感覚を司るモードへのジェイムズの傾倒を明瞭に映し出している。(p211~212)


 このテクストは、二十一世紀のこれからの純文学について構想する上で極めて有益な示唆に富んでいる。ブルックスはここで、確かに「内的に神秘的」で、同時に「危険」でもあるような物語の核心は、全て「ありふれた出来事の中にこそ見出される」と述べている。既に前回、前々回の記事でもまとめてきたように、ブルックスは「日常生活」(平穏な夫婦生活、牧歌的な恋愛関係、良好円満な友人関係など)にある種の「亀裂」を与える、ありふれてはいるが極めて深刻なドラマの種子に、文学そのものの核心を見出している。前期ジェイムズは、いわば登場人物に多くの動きを取らせ、行動させることで物語を展開していたが、後期になると、意識的に「内的メロドラマ」(内面心理を主人公一人の視点に限定して克明に描き出すスタイル)にシフトしている。したがって、ここでブルックスが述べている点は、特に『大使たち』において具体的に結晶化していると考えて良いだろう。ブルックスは、後期ジェイムズについても以下のように述べている。

作家が自分の中心となる映像を間接的に提示しようとする際に、至る所に開花する、作家としての本能に役立つメロドラマ。ジェイムズは、メロドラマの素材と技法を次々と変えていったが、常にその前提となるものには忠実であり続けた。(p213)

 
 ここで彼のいう「自分の中心となる映像を間接的に提示しようとする」という部分は、言うまでもなくジェイムズが完成させ、その後ウルフやプルーストへと相続されていった「意識の流れ」の方法論の萌芽としての、「映し手」視点の内面描写を指している。具体的にいえば、『大使たち』では主人公ストレザーただ一人に「視点」が限定され、他の登場人物の内面描写はこのストレザーの解釈した類推、判断を通して描き出される。これはウルフのような、常に人物同士で「視点」が「ぶれる」スタイルとは異なり、作品全体に美しい統一感を与える様式として、日本でも中村真一郎などの作家からその美的洗練を認められている。
 このように、ジェイムズ文学は基本的に「メロドラマ」の厳格で高貴な、そして多種多様な実践なのであり、これは『ある婦人の肖像』における「内面の葛藤」を中心とした「良心のメロドラマ」から『ボストンの人々』、『カサマシマ公爵夫人』、そして後期三部作においても一貫している。

ジェイムズが外的メロドラマと内的メロドラマとを採用する理由も同じである。彼は倫理的な葛藤、義務、選択を小説の骨子にし、それらを「人物」の中心と筋の動機にしたいのだ。イヴォール・ウィンターズによれば、「ジェイムズの欠点(であると同時に長所)は、小説家の立場から、登場人物の立場から、倫理的な問題を純粋な状態で理解し、それらを完全に理解しようとすることから生じる」。小説家やその「良心の中心」として振る舞う登場人物たちの欲求に基づき、経験を深め、選択を強調することで、本質的に把握された、純粋な義務と責務としての道徳上の問題が発見され、その理解と表現を通して、最後には登場人物たちの行動の中で劇化できる。(p217)


 ジェイムズの「映し手」視点の極限まで統一されたスタイルは、ストレザーという人物に作家が感情移入しようとする際に、単純に一人称を採用することがあってはならない、という一種の彼なりのdistanction(卓越化)の現れに他ならない。彼は人物に感情移入する上で、「三人称」でもそれが可能であることを、視点をただ一人に限定することで達成したのであり、ここにこそ彼の文学の真骨頂と、一部から「難解」だとして敬遠されてしまう原因があると思われる。

【ジェイムズにおける演劇的文法の重要性】

 ジェイムズは初期から具体的に「場面(シーン)を作る」ことによって、物語を構成していく方法を取っていた。その上で劇場、舞台での演劇摂取は彼に大きな影響を与えたとされている。1896年の『創作ノート』には、「場面の手法が、私にとって完全なるもの、絶対必要なもの、唯一の救いだと悟った」と記録している。ブルックスが述べるように、ジェイムズは演劇上のルールを、劇場で愉しみながら学習することで、その方法論を純文学の世界においても導入しているのである。そこで成り立つのは、文学において実践されたメロドラマ的コードの採用であり、当時は演劇であったものは、現代においてはまさに「映画」や「ドラマ」として再現前している。我々がヴィスコンティの「場面のディテール」や、キアロスタミやリンクレイターの止めどなく続く「場面の接続」といった「映画的文法」を重視するのも、ジェイムズが同時代の「演劇」というメディアから自身の文学的手法の核心を掴んだことと相関している。映画、あるいは演劇、オペラ――こうした視覚的・音響的芸術は純文学の「場面作り」に、構造的なレベルで極めて有益な方法論を与えるということである。そして、ジェイムズだけでなく、バルザックもまた人気劇作家ピクセレクールらに憧憬を抱き、小説家として成功する前はもっぱら世俗的な劇作家としての大成を夢見ていた者の一人だった。
 大衆演劇に注目していたジェイムズ――既に純文学の世界で批評家から一定の高評を博していた彼は、世俗的成功と華やかさを求めてアレクサンドル・デュマを代表とする「家庭的メロドラマ(ウェル・メイド・プレイ)」のプロット・形式について学び始める。デュマと並行して、当時人気メロドラマ劇作家として活躍していたドゥネリュなどの方法論についてもジェイムズは知見を深めた。因みに、ジェイムズはフランス文学を敬愛する厳格なイギリス人であるが、自分と同じく保守的であるイギリス人のために小説を書くのが相当辛かったようで、フランスの大衆演劇には大きな憧憬を抱いていた。これは、イェール大学でフランス文学を講じるブルックスのプロフィールとある程度相関するものとして興味深い。
 いずれにしても、ジェイムズは劇作を通じて「ドラマ」の方法を学習した。今日で言えば、映画館に足繁く通うシネマファンの青年が、そこで培った映画〈界〉での文化資本を、ブルデューのいう「資本種の変換」の操作によって、純文学〈界〉へとレート変換するという戦略とも通底するだろう。いずれにしてもここで強調しておきたいのは、当時のジェイムズにとっての「演劇」におけるメロドラマの力学は、今日でいう「映画」、「舞台」、「オペラ」、あるいはより身近な場所で言えば「昼ドラ」などにおいて、そのメロドラマ的な構造を「分散」させて拡がっているということである。したがって、たとえ通俗的で大衆受けの良いような、語るに落ちるドラマであっても、視座さえしっかり持っていれば、メロドラマというロマン主義の核心となる物語構造を採用した一様態として迫ってくるのである。この点で、ブルックスのメロドラマ論は我々に映画、ドラマを見る眼を変革させる重要な書である。ところで、ジェイムズは芝居用のドラマ作品として、『あちらの家』を書いているが、実はこれは彼自身の手によって短編小説化されている。面白いことに、ジェイムズはこの短編小説から再び芝居を作っているのであり、この二重のプロセスには「演劇」「小説」「演劇」というadaptationを巡る翻案が窺えて興味深い。
 ブルックスは、ジェイムズ文学において発展したメロドラマの新たな構造と、19世紀初頭の初期メロドラマのドラマツルギーの差異について以下のように述べている。

初期のメロドラマの世界と違ってきたのは、我々が認識的に疑いを抱いてしまい、最早どうやって(美徳に繋がる倫理的な選択肢を)選べばいいのか判らなくなったということである。我々は既に無垢な者と邪悪な者とを見分けることができないし、その必要もない。我々はその代わりに、選択の確率そのものに反応しなければならない。(p228)


【ジェイムズの暗黒面】

 ジェイムズは、ナサニエル・ホーソーンに始まるピューリタン的伝統に属している。彼は「呪われた原罪、許されない罪」という、ゴシック・ロマンスに近接した様式を採用していた。特に顕著なのは、「不気味さ」、「審美的な悲愴」の他、裏切りのテーマとしての「ユダ・コンプレックス」(グレアム・グリーン)である。そして『密林の野獣』では特に際立っているのが、人生における「空虚」というテーマである。
 後期作品の一つ『鳩の翼』では、個々の登場人物の葛藤を高め、複雑化させるために社会階層から発生するメロドラマの記号学が採用されている。中でも、ミリー・シールの存在をブルックスは重視しているが、その理由は彼女が「わたしは深淵を欲する」というような傾向を持っているためである。『創作ノート』によれば、ミリーは「冷酷なメドゥーサの顔をした人生」、あるいは人間存在の核に位置する「空虚」を体現した人物として構想されている。『鳩の翼』はジェイムズ文学の中でも、最も「悲劇」に近接した物語であり、ブルックスは本作を「最も完成された良心のメロドラマ」と位置付けている。『黄金の盃』も含め、ジェイムズの描く「人間関係」の理想形式について、ブルックスは以下のようにまとめている。

ジェイムズの小説が例外なく示す中心的要請、人間関係の理想とは、包括的で捉えようのないものである。エリオットを引用してみよう。

では誰なのだ、苦しみを編み出したのは。
〈愛〉だ。
〈愛〉とは親しみのない〈名〉だのだが、
耐え難い焔の下衣を
織る手の影に潜む〈名〉だ。

「親しみの名前」が思いやりである以上、最後に認識すべきなのは、ジェイムズの想像力にあって〈聖なるもの〉を愛でるキリスト教的観念である。だからといって、彼をキリスト教的道徳主義者だと考え直す気にはならないが、近代という意識がロマン主義と共に1、2世紀前に到来する以前に、摩滅し崩れた神話の痕跡を、彼がいかに分ち持っているかは、知っていても良い。ジェイムズが表象しているのは、その「良心」の最後期における重要な発展であり、次のような認識である。すなわち、近代社会から救い出されるものの中で、かかる一元的信仰体系ほど一貫したものはありえない。倫理的要請と道徳的絶対というものがあり、見事に調律された感性であれば、隠喩的把握によってそれと関わることができるし、また関わるべきでもある。倫理的領域に達するには、「良心」を強化するしかない。これは、倫理的葛藤の選択の表象化が道徳的神秘に一致しているので、無意識の心の素材を呼び出さねばならない。葛藤の表現は、分極化し高められたメロドラマのモードによってのみ語られる。だがそのメロドラマは、知覚、洞察力、知識への闘争として、「良心」そのものの内部にある。(p264)







メロドラマ的想像力メロドラマ的想像力
(2002/01)
ピーター ブルックス

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現代思想としてのトマス・アクィナス『神学大全』の可能性

Posted by 鈴村智久 on   11 comments   0 trackback

Madonna of the Magnificat (detail)
サンドロ・ボッティチェリ《マグニフィカート》(1480-81)


 このページではトマス・アクィナスの『神学大全』を読み返すことで、キリスト教神学の基礎を復習してみよう。トマスは自らの神学に対する位置付けを、doctor catholicae veritatis(カトリック真理の教師)と表現している。『神学大全』とは、理論である前にまずsacra doctrina(聖なる教え)であり、humana salus(人間の救い)である。


【神学とは何か?】


 そもそも、「神学(theologia)」とは何であろうか? トマスはそれを、scientia divinitus inspirata(神感に基く学)だと考えていた。聖書を真に深く理解するためには、聖なる教えとしての「神学」が必要である。聖書の中においては、我々はそれを読むことで神の教えを認識することができるわけだが、それは学としての聖なる教えではない。神学においては、教える神自身の中に入り、神に近づくことが試みられる。よって、真に神を理解しようとする者は、不可避的に聖書のみならず、「神学」とも対面することになる。それは「信仰」があって成立する教えであり、神の恵みとは何であるかを理解するための、聖なる教えなのである。したがって、トマスは「聖なる教えにおいては、全てが神の視点のもとに、神を根拠にして取り扱われる」と述べることができた。これこそ、神学の最良にして最大の「入門書」である『神学大全』の根本性格に他ならない。
 「神学」には「信仰」が前提として必要であると述べたが、それは独占的、特権的な「体験」に帰されるようなものではない。神学はscientia(学)なのであり、体系的に理解すれば万人が理解し、自ずと「信仰」に達するものである。
 トマスの『神学大全』について、グラープマンの『聖トマス・アクィナス《神学大全》入門』には以下のように記されている。

「…現世における神への絶対的な忠実さを通じて、永遠に、喪失のおそれなしに、神と顔と顔を合わせて直視し、所有するに至る、という目標こそ彼(トマス)の知的生命の中核そのものを構成するのである」


 『神学大全』はそれゆえに、単なる神学の入門書を越えて、「人生地図」としての役割を果たす。トマスによれば、人間とは探究する存在である。この探究には、終りがないものであり、その彼方に垣間見える光こそが、「神」である。換言すれば、「神」への探究に向かわない知的な営みは、不完全な探究であるに過ぎない。全ての学問は、「神」を目指して構成されているのであり、その目的は「幸福」である。何故なら、「神」こそが真の「幸福」だからである。
 現代思想においても、神学は存在論との関係性から大きな注目を集め続けているラディカルな分野である。しかし、ハイデッガー的な存在論は、「神」の本質である「智恵と愛」を捨象した上で成立したものであるので、トマス的に見れば無味乾燥な学に過ぎない。「存在」をテーマにする点で存在論と神学は共通するが、「存在」の本質とは「知恵と愛」という神のペルソナなのである。この前提なくしては、存在論は無機質で実践的要素の少ない孤独な閉じた学問に終始するであろう。
 トマスがいう「神」は、「信仰をもって肯定された神」である。彼は、「神が存在するということの認識は本性的に我々に植え付けられている」という前提のもとに論を進めている。先述したように、神とは「幸福」を求める者が信じるものであり、「信仰」によって認識できるものである。「信仰」によって神が認識される以上、哲学的な「存在証明」という理性的手段は、そもそも的外れである。これは神に対する一般的な「躓き」の最たるものであり、多くの現代人は未だに「神が、“存在”するか?」という問いの策定を好む傾向にある。しかし、「存在」を本質として有する「神」の問いを、「神が存在するか?」と表現するのは稚拙なトートロジーであるし、何よりも神学は「証明」の根拠に力点を与えてなどいない。「信仰」と、「幸福」を求める無垢な魂があれば、「神」の「存在証明」など必要ないのである。これはいわば、人間である限り、感性的に希求される根本的な「学」なのである。
 パウル・ティリッヒのいう、ultimate concern(究極的関心)こそが「神」である。人間は、誰しも自らの人間としての「生」の全体を成立させ、方向付け、つき動かしている「究極的関心」があることを認めるはずである。これに真正面から応答する準備ができている学問体系こそが、神学に他ならない。
 トマス学者の中には、トマスが「神の存在証明」を行っていると解釈する者が多く存在する。彼は確かに「五つの道」という方法で、論理的に神の存在を証明しようと試みているが、これは厳密なレベルで「証明」なのではない。いわば神の性質を展開したものであって、先にも述べたとおり、トマスにとって神が存在することは「論証」するほどのこともない前提なのである。何故なら、トマスは神を「信仰」しているのであるから。神学が「信仰」の対象としての神を扱うのである以上、哲学的な「神」概念への異議申し立ては、全く取るに足らない瑣末なミスリーディングに過ぎないのだ。
 トマスにとって、神の基本的な属性とは「一」である。すなわち、「多」ではないのであり、「多くの神」は存在できない。神は神である以上、常に「一」なる神である。また、トマスは以下のようにも述べている。「我々が自分たちが神とは何であるかについて無知であることを知っていること、まさにそのことが神を認識することに他ならない」。これはジャック・デリダが「痕跡」について語ろうとする時に用いた、否定神学的なコンテキストと類比的である。神とは何であるか、我々はそれを「文字」に限定して、「神とは愛である」とか、「神とは聖三位一体における父の位格である」などと表現可能である。しかし、神はそもそも「文字」によって表現されない。神の永遠性は、エクリチュールという閉域に限定されないのである。よって、文字言語で神を語ろうとする『神学大全』は、本質的には「神」を語っていない。まさに、トマス自身が認めたように、「神について無知であること」を、「知る」ことしかできないのだ。そして、この「無知の知」こそ、神学を学ぶことの意義である。
 本質的には「語りえないもの」である「神」を、トマスは文字によって急迫しようとする。神は「一」でありつつ、そこではcausa prima(第一原因)と規定される。「第一原因」とは、全ての存在するものを存在せしめる原因でありつつ、自らは他の原因に依存することのない第一の存在を意味する。これはハイデッガー存在論における、「存在」そのものと接点を持っている。「存在者」が、「存在」に巻き込まれ、いわば存在の根拠を与えられているように、神である「第一原因」は、全ての存在の原因でありつつ、自らはいかなる他の原因にも依存せずに存在している。「存在」とは、まさに「第一原因」なのである。


【神はなぜ人間を創造したか?】


 トマスは「創造者」としての「神」をどのように理解したのだろうか? トマスの「創造」の概念は、非常に刺激的で魅力的なものである。我々は通常、神が世界を「創造した」と表現し、神を能動の主体として規定する。被造物は、「創造された」受動的な存在である。ここには、「創造する/される」という能動/受動関係が成立する。こうした関係性から、トマスは「創造は何らかの関係である」と定義する。創造とは、一方的に世界を創造する能動的行為だけを意味するのではなく、創造されたものとしての被造物と、能動的主体である創造主との「関係性」を指すというわけである。
 では、世界は何故存在しているのだろうか? トマスによれば、それは「神による存在全体の流出」に基いている。名高い「無からの創造」の教えは、「信仰」によって理解されるものである。世界を「創造」するとは、「神による存在全体のemanatio universalis(普遍的な流出)」を意味し、「創造される」という受動的な意味も、この「神の流出」に基いている。まさに、「流出」は、「創造」における関係性の核心である。この真理は、繰り返すが「信仰」のみによって肯定されるものであり、論証可能なものではない。
 では、「神の流出」=「創造」の目的とは何であるのか? それは他でもない、「人類の救い」である。被造物は、単に神から流れ出ただけのものではなく、深い神の「愛」によって肯定され、創造されたものである。存在する限り、我々被造物は神から深い「愛」を受けているのである。世界を創造した神の目的にはいかなる悪の介入の余地もなく、徹頭徹尾、「愛」に基いており、この「愛」による「人類の救い」を目指したものである。
 トマスの聖三位一体論も、この文脈から解釈される。父、子、聖霊は共に「創造」の原理であり、「人類の救い」のために必要なものである。この三つの位格は、「多」を意味しておらず、根源的な「一」の様態であり、全てが世界の「創造」における基本原理である。創造において聖三位一体が働くのは、ひとえに神の「智恵と愛」の賜物である。神が人間を創造したのは、堕落を罰するためでも、己の下僕にするためでもない。神は友を求めていたのであり、己の掛け替えの無いパートナーとしての関係性に入るべき相応しい存在者として、アダムを創造したのである。何故なら、アダムの子孫である我々は神に祈りを捧げることができ、また神の恩寵に感謝し、神の愛を隣人に与え、神のように敵を赦すことができる。神が我々人間を創造したのは、神御自身が神の孤独を救うため、神御自身が「愛の関係」に入るためである。だから、我々が神を希求する以上に、神も祈られること、愛されることを欲するのである。何故なら、神は「愛」そのものであるから。このように、トマスの創造論の核心に位置しているのは、常に「智恵と愛」である。


【神に感情は存在するか?】


 神に「感情」が存在するかという問題について、従来までの神学的伝統では、そのような人間的な本質は認められないという見解が大多数であった。これは、神のimpassibilitas(不受動可能性)と呼ばれる。しかし、20世紀以降、この教説に疑問を抱く神学者や宗教哲学者が現れ、神にも何らかの「感情」を認めなければならないのではないかと指摘した。これを、神のpassibilitas(受動可能性=受苦可能性)と呼ぶ。こうして、現在も神の「感情」をめぐって、神学、宗教哲学では活発な論議が展開されている。
 神にも「感情」が存在すると主張した代表的な神学者は、教理史運動の代表者で『教理史教本』(1886−1889)の著作などで知られる、プロテスタント神学者のアドルフ・フォン・ハルナックである。ハルナックによれば、元々神に「感情」など存在せず、完全なものである以上は常に既に自己充足的であるとする従来の神学教説は、ギリシア哲学の影響下において導入された概念であって、本質的には聖書と無縁なものであるという。確かに旧約聖書には、神の「怒り」や「愛」に関する感情表現が多く見受けられるので、ハルナックが神に「感情」が存在すると述べる点には一定の説得力がある。また、同じく神に「感情」を認める歴史神学者のアリスター・マクグラスによれば、アウシュビッツやヒロシマのような状況下において、人間と共に苦しみ、涙を流さない自己充足的な神など、信じるに値しないとされる。聖書には情緒豊かな神が描かれていたはずだが、この基本から遊離してしまった抽象的な神学は、真の神ではないというわけである。マクグラスのこの見解にも、やはり一定の説得力があるといわねばならない。
 では、カトリックの神学の伝統ではどうかといえば、まずトマスとアンセルムスによれば、神には少なくとも「人間のような感情」は絶対にあり得ないという。特にトマスは、『能力論』において、以下のように解釈している。全能である神には、不完全性を含意した受動的な能力としての「感情」は存在せず、徹頭徹尾、potentia activa(能動的な能力)のみが存在する。「神においては能動的な能力は、その本質と同一なのである」と述べられるように、神にはいかなるpassio(受動的感情)も存在しない。だとすれば、神には「愛」も存在しないことになってしまうのだろうか? これは、「神は愛である」というカトリックの根本的信条と矛盾する。トマスはどのように、この点を克服したのだろうか。
 トマスの回答は、以下のようなものである。すなわち、「神は、一にして単純で常に同一の仕方に留まる意志の単純な活動によって、万物を愛する」。換言すれば、神には何らかの受動的な作用によって感情を抱くことはないが、「意志の単純な運動」としての「能動的な愛」が存在している。つまり、我々人間がたとえ神を愛していなくとも、神は我々を徹頭徹尾、能動的に愛する存在なのである。この点は、アリストテレスも『二コマコス倫理学』で同様の見解を示している。つまり、「神は一にして単純なはたらきによって喜ぶ」と規定されているのである。トマスは、アリストテレス的なギリシア哲学における「神」の概念を、キリスト教に「接合」させた神学者なのだ。
 ここで忘れるべきでないのは、カトリック神学においては、神の「感情」が人間のような揺れ動き易いものではなく、「完全」なものでありながらも、意志の単純な活動においては「愛や喜び」を抱くということが規定されている点である。この神の感情は、常に世界を最善のものとして「肯定」するものである。神は最良の世界を常に選択すると同時に生成させており、何らかの揺らぎを感じることはない。こうした「意志の単純な運動」として世界や人間を愛する行為は、不完全で有限的存在である人間には不可能である。それゆえ、人間に存在するpassio(受動的感情)は神には存在せず、逆に、神に存在するsimplex motus voluntatis(意志の単純な運動)は人間には存在しない。このように考えることで、初めて神の「愛」の完全性を把捉することが可能である。
 また、神の属性である、一、善、全能、存在、愛、遍在などは、神学的な「表現」であって、こうした言葉の羅列によって神を定義したことにならないのは言うまでもない。トマスはこの点も抑えていて、「我々人間の知性は、被造物から神を認識するのだから、被造物が神を表現している限りにおいて神を認識する」と規定される。つまり、画家が描いたキリストの絵や、彫刻、荘厳な大聖堂、ロザリオ、十字架なども、あくまで被造物であって、こうしたものが神を表現する力は本来的には有限なのである。この点で、これらは神を「表象」しているのであって、神そのものではない。トマスのこの部分は、神の「表象不可能性」のひとつの証左として機能する。
 さて、ここでマクグラスの先の見解に戻ろう。彼は20世紀に起きた災厄に対して、人間らしい感情を持たない自己充足的な神は、形骸化した伝統的神学の産物に過ぎないと糾弾したのであった。アドルノもまた、「アウシュビッツ以後、詩を書くことは不可能である」と述べたことは広く知られている。なぜ、神はアウシュビッツやヒロシマ、近年ではフクシマ、あるいはテロ組織による残忍な行為を世界において現前させてしまっているのだろうか。もしも神が最善の世界としてこの世界を選択したのであれば、なぜこれほどおぞましい出来事が生起しているのか。これについて、トマスがどのように考えていたかを知ることが極めて重要になってくる。彼は以下のように記している。

善の特質は欲求され得るものという特質であり、悪は善に対立しているのだから、何らかの悪が悪である限りで欲求されることはない。……だが、何らかの悪は、何らかの善に伴う限りで、付帯的な仕方で欲求される。……神は、自然的な欠陥という悪または罰という悪を、このような悪がそれに結び付いているところの何らかの善を意志することによって、意志するのだが、それは例えば、正義を意志することによって罰を意志するようなものである。


 トマスはここで、悪に満ちたこの世界に対して、神の意志はあくまでも「肯定的」な仕方で働き続けると解釈している。そしてその場合、神は「正義の維持」のために、蛮行を齎す人間に「罰」を与えるのだが、これは神が「正義」、「善」、「愛」を自己の本質として完全に所有しているからであり、これを乱すことを最善の世界にとって悪とみなすためである。この「正義の維持のための手段」が、譬喩的に「神の怒り」と聖書では表現されているのである。ここで忘れるべきでないのは、神は悪をなし、人間社会に亀裂を与え、命を露ほどの価値もないと考えるような悪魔的な所業に対しては、常に既に「罰」を与える完全な準備ができているということである。ただし、これを神はsimplex motus voluntatis(意志の単純な運動)によって行うのであり、人間のような不完全な形式で行うのではない。
 ここでもう一つ注意せねばならないのは、神は「ネガティブな感情」を抱かないという、トマスの確信である。先述して、我々は「神の怒り」という表現を用いたが、これはあくまでも人間が捉えた神に対する感情的な表現に過ぎない。神にはそもそも、「欲望や怒り」のような「不完全性を含意した感情」は微塵も存在しない。存在しているのは、充足している際の人間の感情に接近した「愛」や「歓喜」である。神の「罰」は、神が肯定する最善の世界を乱す要素に対して、神御自身の「正義の秩序」を維持するために遂行するものであって、神はけして「怒り」を抱いているわけではない。神においては、「罰」ですら、simplex motus voluntatis(意志の単純な運動)によって実現されるのである。
 ところで、人間が何らかの「欲望」を抱くのは、自己の外にある「善」との関係性を構築する必要性があるからである。つまり、人間の欲望は常に何らかの「欠如」に起源を持っている。しかし、神は完全に自己充足的な存在であるので、自己の外部に何も求めるものはない。ただ、自らが創造の種を蒔いた、この不完全な人間社会の均衡を常に最善に維持しているということ、そのために我々を徹底的に愛しているという事実である。このような考えに立てば、一見不幸に思われる出来事も、その人をより成長させ、神の愛へと近付けていくための試練であり、より長い目で見れば「最善」への道程であったことが明らかになるのである。
 では、具体的に神は我々の不完全な社会の秩序維持を図るために、何をしているのだろうか。これを考察するためにトマスが用意した概念が、communicare(分かち合う)という表現に示されている。

自らの欠如を補うために働きを為すことは、人間に属することであって、神に属することではない。神に相応しいのは、自らの完全性の満ち溢れをcommunicare(分かち合う)ために、働きを為すことである。


 ここで明らかになったのは、神は完全であるので、不完全な人間社会に対して、自らの善の「充満」を拡散させる。いわば、神の愛を、己に似姿である我々人間に対して、「分有」させようと企図する。この最高点がイエス・キリストの御受難なのである。神は最も恐ろしく、最も痛ましい苦しみをナザレのイエスの身体と精神に与えることによって、つまりはこれほどの受苦を自ら担うことによって、人間に真の「愛」とは何かを告知しに「やって来た」のである。この特異点こそ、イエスにおいて生起した出来事に他ならない。
 既に述べたように、神は能動的に人間を愛している。神の愛はあまりにも深いため、我々が神に目を背けたとしても、神は我々を愛するために「やって来る」。この点で、キリストの御受難と復活は一回性の出来事ではなく、常に微分的な差異を伴って、繰り返し我々に訪れるものである。神の愛はあまりにも能動的で、我々人間への愛に燃えているため、我々がどれほど深く神に感謝を表しても、その祈りが神の愛の深みを越えることはない。それほどに、神は人間を愛しているのである。
 以上、トマスの神論を改めて振り返ってきた。トマスにおいては、神はipsum esse subsistens(自存する存在そのもの)であり、人間的な感情を持たない。神に存在するのは、simplex motus voluntatis(意志の単純な運動)であり、神はこの仕方において人間を徹底的に愛している。そして、神は自己の無限に豊かな完全性を人間社会に齎すために、人間と善をcommunicare(分かち合う)ことを企図される。
 
  
【イエス・キリストとは?】


 当時のユダヤ教文学に登場した殉教者たちは、イエスのように深く懊悩しておらず、落ち着いて神を讃美しつつ殉教死を遂げていったという。イエス・キリストが我々と同じように苦悩したり悲しんだりしたという事実は、彼の存在を理解するための中核である。トマスによれば、キリストは「真の人間」であると同時に、「真の神」でもある。ゆえに、キリストにはvoluntas divina(神的な意志)とvoluntas humana(人間的な意志)の二つが兼ね備わっているとされる。これを我々、人間の感情に置き換えて考察すると、「本性としての意志」と、「理性としての意志」として表現することができる。そしてトマスによれば、この二つの意志――より判り易く言えば、「感情」と「理性」――は、相反するものではなく、共通の「善」を目指して本来的には融和しているとされる。この究極的な実現こそが、自ら御受難へと向かったキリストの苦悩によって具体化しているのである。
 この点を、もう少し我々の日常生活に近付けて解釈してみよう。例えば、我々は日々働く中で、様々な困難に直面することがある。むしろ、困難の連続として人生をネガティブに捉えてしまいそうなことが、日常には多々生じるものなのだ。そうかと思えば、暗雲から突如として光が射すように、全てが嘘のように幸せに感じられる瞬間もある。特にキリストの存在が重みを増してくるのは、我々が困難を背負っている時である。これを、キリストが十字架を背負ってカルワリオの丘を登っていたプロセスに置き換えることができる。いわば、我々の苦悩を、より濃密に、より縮約された象徴的な形式で、キリストは予示しているのだ。そして何よりも重要なことは、キリストにとっては、いわばこれが神から言い渡された使命、任務、より日常に降下した表現を借りれば、「仕事」だったということである。壮絶な痛みと苦しみ、仲間に裏切られる孤独と失意を伴う「仕事」が目前に迫っている時、我々はいったい何を感じるだろうか。それは、日曜日の夜、明日からまた新しい週が始まるので少し憂鬱だと感じているどころの次元ではない。このような仕事は、存在できないほどに、想像できないほどに、苦を伴うものである。キリストは、それでも、「仕事」へと果敢に向かった。
 以上のように、「苦難に直面する人間の模範」として、ゲッセマネの祈りにおけるキリストを解釈することができる。そして重要なことは、キリストは恐ろしい仕事を自ら務めあげた後、「復活」したという事実である。この「復活」について、我々は日常においてはどのような意味を持っているのかを考えておく必要があるだろう。苦しいことの後には、必ず、確実に「良い」ことがあるというのが、キリストの「復活」を我々の経験に置き換えた時の教訓なのだろうか。むしろ、以下のように捉えるべきではないだろうか。つまり、実は我々が生きる上で味わう全ての「苦難」こそが、その後に訪れる木漏れ日を作り出しているのだと。これは、仕事に疲れ果てて心身ともに限界になっている人間をひとつのメタファーとして、解釈しなおすことが可能である。彼はもしかすると、退職するかもしれないし、なおも続けるかもしれない。いずれにしても、彼は自分の身に起きている苦難を乗り越えるために全力を尽くすだろう。そして、その結果、何らかの行動が生起するはずである。それが、新しい、より自分に相応しい職場の発見に繋がるだろう。この場合、彼は新しい職場を、前の職場と比較することができる。「今も確かに大変だが、前よりは私は十分にやっていける」と、彼は確信することができたとしよう。そうであれば、彼の最初の「苦難」は、いわば適性度の高くなった現在の職場において、「復活」を遂げていると考えることが可能である。これは、キリストの「受難」と「復活」を、我々の日常に積極的に変換するという、意識的な作業によって、初めて可視化される次元である。そして、このように捉えると、我々は、まさに「今・ここ」において、キリストがまだ「生きている」という事実に直面できるのである。
 山田晶は、トマスの『神学大全』第三部の日本語訳の訳註で、以下のようにキリストの「受難」と「復活」を解釈している。

キリストのうちに、ある段階において、この二つの意志(自己の本性的意志と神の意志)の葛藤があったと考えられるが、究極的に、自己の本性的意志を、神の意志に合わせて、受難と死とを、自らの意志をもって受けた。……この葛藤あるがゆえに、キリストの受難と死とは、最大の価値を有するのであり、人間としてのすべての望みを神の意志に従わせ、そのための苦しみと悲しみとを、神にささげつくすことによって、贖罪の事業は完成された。


 しかし、トマスはキリストを「完全な人間」として定義しているので、彼に人間的な「葛藤」が存在したと認めることはない。これは、先の「神に感情は存在するか」で触れた点と重なり、彼は「愛」にせよ、「喜び」にせよ、それらをただ、simplex motus voluntatis(意志の単純な運動)によって感じる存在なのである。これはトマスの思想の根底にあるものだが、彼はこの世界の全てを、「善」へ向かうものとして「肯定」している。神がソドムとゴモラに火柱を落としたのは、「善」の世界の秩序維持にとって、これらの都市に蔓延する犯罪が「悪」であり、これらを除くことがその時、より豊かな「善」のために必要であったからだ。ゆえに、神は「悪」を裁いている時ですら、いかなるネガティブな感情にも駆られることはなく、徹頭徹尾、「善」の実現のためにこれを行うのである。旧約聖書に頻出する「神の怒り」が、人間の有限な語彙体系が作り出したメタファーであるという点は、既に述べた通りである。
 重要なのは、トマスにとって「悪」とは、より大きな「善」を前提にしたものであるということだ。神が落とした火柱は、確かにソドムとゴモラの都市の住民(そこには幼い少年少女や小動物も含まれていたはずだ)をも焼いただろう。そして、彼らからすれば、神の火柱は、一見「悪」だとみなし得るだろう。だが、神からすれば、これはsub ratione boni(善の観点のもとに)欲求されたものなのである。全ては、「善」のために必要な過程として遂行されているのである。
 では、このような、全てを「最善」として遂行する神の生ける受肉であるはずのキリストが、なぜゲッセマネにおいてあれほど深く懊悩したのだろうか。この点を、トマスがどのように解釈したかという点を知ると、我々は彼の論理的一貫性が守られることに感心させられるだろう。聖三位一体論から考えると、キリストは全能なる父である神の、「御子」という位格である。つまり、父とは本質において同一でありつつ、完全な「人間」としての属性をも担う。だからこそ、鞭打たれれば血が噴き出し、涙を流すのである。キリストが苦しんだのは、自分の身体を破壊してくる「悪」を避けるための正常な人間的反応であり、これは神から授かった肉体を守ろうとする、いわば「自己の命を護ろうとする意志」である。ゆえに、それは「善」への意志である。キリストは、自らの身体を破壊されることについては、人間のように「感覚的苦痛」を抱き、自己の命を護ろうとする正常な人間的感覚を持っていたのである。
 ここでまとめておこう。トマスによれば、キリストにおいては、「感覚的欲求の意志」と、「本性としての意志」と、「理性としての意志」が、それぞれ相応しい在り方で共存していた。つまり、ゲッセマネの祈りの後、キリストが完全に「理性としての意志」のみを持って十字架上の死へ向かったのではなく、彼は生まれた時から死まで、常にこの三つの意志を共存させていたのである。このように考えると、トマスは、「感覚的欲求の意志」を認めている限りで、人間としてのキリストの心の中に起きていたダイナミズムを捉えていたことが判然となる。そこには、我々と同じように、悩み、苦しみ、悲しみ、恐怖、失意があったはずである。だが、それらは「理性としての意志」によって、「調和」されたのである。
 誤解を回避するために、トマスに倣って、passio(感情)を、propassio(感情の発端)と、passio perfecta(完全な感情)に区分しておく必要がある。人間は、理性が感情に敗北させられてしまうことがある存在である。この場合の感情は、passio perfecta(完全な感情)と表現される。しかし、キリストの場合は、あくまでpropassio(感情の発端)が生起するに留まり、それが「理性」を壊すことはない。我々は熱い涙に靡き易い傾向を持ち、どこかキリストにもそういう人間的な優しさを見たがっているところがあるはずだが、もしもキリストが人間と同じようにセンチメンタルな存在であったとすれば、逆に神学的な問題が起きることになってしまう。例えば、キリストはマグダラのマリアの美しさに欲望を抱いていたとか、十二使徒の中でも、ヨハネを愛したのは彼が美しかったからだ、などというような見解が平易に起きてしまうだろう。だが、ここまでのトマスの考え方を採用すれば、たとえキリストがマグダラのマリアの容貌や立ち振る舞い、仕草などに、何か「美」を感じることがあったとしても、むしろそれを自分が持っている属性として、すなわち「父」の属性の地上での多様な現れの一様態として把捉していたのではないだろうか。なぜなら、神の「美」に勝るものは存在しないからである。また、神が性差を超越した存在であり、生殖を必要としないように、キリストもまた女性に性的欲望を感じることはなかった。むしろ、キリストは男性身体を持ちながらも女性的であり、女性的な優しさを持ちつつも男性のように超然としていたのである。キリストにあったのは、propassio(感情の発端)であって、人間のような感情ではないのである。
 整理しておこう。神に感情がなかったように、キリストにも感情はない。神の愛とは、simplex motus voluntatis(意志の単純な運動)によって我々に与えられる愛であり、これは完全な善を目的としている。同様に、キリストにあったのはpropassio(感情の発端)であって、彼は感覚的に痛苦を感じることはあったが、愛が性的欲望に転じるなどというような、理性に敗北してしまうことはなかった。この場合の、「なかった」というのは、常に絶対的な「断定」を伴う。なぜなら、これは人間の尺度が通用するものではなく、そもそもキリストは神が地上に送った存在だからである。もしも、ここに懐疑を差し挟んでしまう場合、神学の学ぶ意味が何もなくなってしまうのは明らかである。我々が、そのように「信じる」ことにこそ最大の意味があるからである。
 このようにトマスは、キリストを「人間本性」と「神的本性」の融合した存在として規定している。そして、我々は神の隠された愛に抱き締められながら日々生きている以上、少しでもキリストの姿に見習おうとしなければならない。辛い時、哀しい時、苛立たしい時、そういう時は、そのような「人間的感情」を、神が我々の意識に「贈与」して下さっていると考えることができる。そうすると、我々の頭の中に残された「理性」という名の小さな天使が、感情的に振る舞おうとしている慌ただしい「感情」という名のわんぱくな天使を、少し宥めようとするはずである。全てを「今・ここ」で判断してしまおうとするのではなく、自分にとって何が「最善」かを常に見極めた上でなければ、何事も判断すべきではない。一瞬の何かに身を任せる行為は、例えば「芸術の制作」においては、インスピレーションや霊感として重要な意味を帯びてくることもあるのだが、少なくとも一般的に生活世界を成り立たせていく過程においては、神のように揺るがない安定した、穏やかな精神が必要である。
 このように自分を高めていくことで、我々は、隣人に対しても、より深い愛を注ぐことができるはずだ。忘れないようにしよう、我々が神に常に抱き締められているということは、「真実」であると。
 













06/08のツイートまとめ

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tomoichiro0001

彼女と御寿司を食べにきています。外は涼しいですね。
06-08 20:05

06/07のツイートまとめ

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tomoichiro0001

デリダもソレルス論「散種」で、テクストの生成原理を農地A(先行テクスト)から散種(種を借り受ける=引用する)されたものとして農地B(新しいテクスト)を捉えておりましたが、これはまさに私が小説を書く方法論でもあります。Aが他者のテクストであるとは限らない(過去の自分の小説など)。
06-07 23:21

具体的に小説に置換すると、過去に書いた小説のフラグメントにこそ、実はこれから書かれるべき小説の種があるということ。迂闊に新しいものを志向するのではなく、アップデートされていないデータを利用し、再活性化すること。この点で、小説を書く行為は「古着」を編み合わせる行為のアナロジーです。
06-07 23:11

ブロータースの有名な《北海の航海》は、海に浮かぶ船やその拡大した映像から構成されていますが、この作品は私が想定している「新しい文学」の方法論に近接している気がします。つまり、映像は断片的であり、再生産(再標記)されており、その組み合わせから「物語」が生成しているという図式。
06-07 23:07

京都で「M・ブロータースから始める」現代映画についての展覧会を観た時、私が感じたのは以下のコンセプトでした。⑴現代社会は無数の映像で横溢している⑵幾つかのイメージを選択し、守らねばならない無闇に映像の経験値を増やすのではなく、むしろ厳選して拾い上げること。
06-07 23:01

最近は「ちょっと映画でも観たいな」という気になれば、できるだけ自分でまずまだ観ていない作品の内容を文章化できないか、あるいは自分が観たいものをまず小説で書くことは可能か、こうした点を意識しています。私の経験では、映画が根本的なレベルで小説を書く行為に影響を与えたことはありません。
06-07 22:54

小説を「書かない理由」って、けっこうあるような気がします。読む方が好きだから、書くための時間がない、小説よりも楽しいものがある、昔は趣味で書いたけど、など。私が小説を書くのは、きっと私が「今、ここで生きている」ことの痕跡が最も生命力を持って伝えられるものだからでしょう。
06-07 22:49

松浦寿輝先生は7月号文學界「反知性主義」に抗するためのブックガイドでラッセルを紹介しておられました。彼は「生涯ぶれない知性」の持ち主だったと。
06-07 22:41

そういえば、大阪で『アニエールの水浴』の執筆を開始したのも、少しずつ夏が近づく六月辺りだった気がします。あちらはプールサイドを中心に男女の会話が展開しましたが、やはり水辺が舞台。書き始める季節というのは、けっこう小説空間の場所を決定付ける最たるものなのかもしれません。
06-07 21:37

今回はシリアスな文体でミステリー風の構成に仕上げる予定でございます。夏に向けて、涼しい海辺のホテルを舞台にした小説を書こう。
06-07 21:13

『アニエールの水浴』に続く新しい恋愛小説を書き始めました。今回もがんばろう٩(ˊᗜˋ*)و
06-07 21:08

〜エレガンスの全ての基本は「自分をまず心から愛する大切さ」〜20世紀を代表する貴婦人ナディーヌ・ロスチャイルド『ロスチャイルド家の上流マナーブック』

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ロスチャイルド家の上流マナーブック―ナディーヌ夫人が教える幸せの秘訣 (光文社文庫)ロスチャイルド家の上流マナーブック―ナディーヌ夫人が教える幸せの秘訣 (光文社文庫)
(1998/02)
ナディーヌ ロスチャイルド

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(1)自分と付き合うマナー

【自分をまず心から愛する大切さ】

「自分自身に尊敬を抱けば抱くほど、他人を尊敬できるようになるのです。自分を尊敬することができなければ、絶対に他人を尊敬することもできないと私は思っています。ですから、自分自身に対し、できるかぎり良いイメージを築き上げてください。まず最も簡単な方法から入っていきましょう。自分自身を、あらゆる注目に値する人間だと思うことです」(p19)

「あなたは友達の前に、しみや皺の入ったドレスに、ぼさぼさの髪をして出られますか。ですから、自分自身に対しても、自分の価値を下げるような身なりを見せてはいけません。「何のためになるの?」「装って何になるの?」「出かけて何になるの?」「旅して何になるの?」「生きてどうするの?」――このように自分の言動を軽視する態度が、すぐに他のことにも影響していくのです。たとえば、服を選ぶ際の心配り、考え方の正確さ、友人の選択の仕方、とりわけあなたの道徳心へのこだわりが欠けていってしまうのです。私はティーパーティーにお招きしたお客様に、縁が欠けたティーカップは出しません。他の人にしないことは、私自身にもしません。あなたもそうでしょう。一人でいるときこそ、自分の持っている中で最も美しい上等のカップを使ってください。あなたはそうするに値する人なのですから。今晩、もし一人で夕食を取るなら、帰宅するときに花と美味しいデザートと、お気に入りのものを自分自身に買ってあげるのです。香水がもうなくなっていたら、誰かが贈ってくれるだろうと期待して、誕生日まで待っていてはいけません。
 待ってはいけないのです。人生はあまりにも早く過ぎてしまうのです。たとえ、自分ひとりしかたよりにならなくても、満足し、輝いた女性でいてください。つまり、自分と付き合うマナーは、「あなた自身を好きになりなさい」という言葉に尽きるのです。人生を愛するには、まず自分自身を愛さなくてはいけないのです」(p20−21)

ピオット《ジェーン・Femme》
アドルフ・エティエンヌ・ピオット《ファム・ジェーン》

【女性のエレガンスについて】

「女性のエレガンスについて話すことは、とても難しいことです。何故なら、ジブラルタルの岩壁のように確固とした男性のエレガンスとは異なり、モードは毎年変わり、そして女性は流行を追いかけるからです。しかし、モード=エレガンスでしょうか。…私はといえば、流行を少しだけ取り入れます。例えば、シャネルのスーツやベルト付きのシャツドレスを同じデザインで色と布を替えて何回もつくります。それから、靴、バッグそして手袋といった小物はとても重要だと思います。私の唯一の気まぐれは、本物でも偽物でもジュエリーを一日中時間かまわず身につけることです」(p22−23)

【ドレス】

「いつも量より質を好むようにしてください。並のドレスを三着持つより、カットと質の上等なドレスを一着持つ方が良いのです。着ているドレスに自信が持てれば、自分の歩き方や振る舞いにも余裕と自然さが加わると思います。冬にはダークカラーを選んでください。黒、グレー、濃い緑、紺、赤など。そして夏は、あらゆる色、あらゆるプリント、もちろん黒と白の組み合わせでも良いでしょう」(p23)

【黒のドレスの大切さ】

「黒はあらゆるジュエリーと合い、それらを引き立てます。黒いドレスはまた、色、素材、デザインに関わらず、あらゆるアクセサリーと合うのです。ところで黒いドレスは、何時から着られるのでしょうか。素材がサテン、シルククレープ、またはビロードの場合を除けば、朝九時からです。ジャージー、ウール、ギャバジン、ニット、カシミヤ、コットン、ポプリンや麻には時間の決まりはありません」(p24)

【ベルト】

「ベルトはドレスやスカート、パンツにとって大切な要素です。ズボンが落ちるのを支えるだけの男性用とは違い、女性のベルトは、ウエストが見事にくびれている場合には特に視線を浴びます。数本の美しいベルトを持っていると便利です」(p28)

【手袋】

「手袋の色は、靴と同じでなくてはいけません」(p28)

【スカーフ】

「スカーフは、何年間も洋服箪笥の中で重なって眠ります。というのは、もう身につけなくなっても一枚一枚にそれぞれ思い出があるからです。夫からあるいはお母様から、または娘さんからの、あるいは昔好きだった人からの贈り物だからです。こうした離れがたいスカーフを、額縁に入れて飾ることもあります。スカーフは、街中や郊外、山などあらゆる所で着用することができます。とくに地味でいかめしい装いのとき、一枚のスカーフが陽気で楽しい気分にさせてくれます」(p29)

【ポケットチーフ】

「スーツに華やかさを添えるのがポケットチーフです。夫のものを時々拝借しますが、レースのポケットチーフも女性らしくて、私の好きなものの一つです。ハンカチーフについては、お祖母様の時代に流行したバティスト(やわらかい薄地の平織りのリネン)や、レースの正方形の小さなものを持ってみると素敵です。暇な時に、自分のイニシャルを刺繍なさってはいかが。そして、バッグに入れる前に香水を二滴ほどつけてごらんなさい」(p29)

ピオット《赤薔薇を持つ若い美女》
アドルフ・エティエンヌ・ピオット《赤薔薇を持つ若い美女》

【香水とオー・ド・トワレ】

「額縁のない巨匠の絵を思い浮かべてください。すばらしいけれども、何かが欠けているでしょう。香水をつけていないエレガントな女性も同様です。香りはあらゆる感覚を高め、イマジネーションを惹き起こし、官能に呼びかけ、キスを招き寄せ、思い出を残すのです。そのためには、あなたの肌や個性、そして職業によくマッチした香りを見つけなくてはなりません。唯一、既婚の男性のみが香水をつけている女性を嫌います。なぜなら、彼の妻が夫のシャツの襟に、シャネルNo.5や、ニナ・リッチのレール・デュ・タンを嗅ぎ分けてしまうからです。不道徳な話ですけれど、男性の皆様、あなたのガールフレンドに奥様と同じ香水を贈られてはいかがでしょう。…香水は、あなたの出現を知らせるものでも、ことさらに存在を主張するものでもなく、あなたの影のようについてまわるものでなくてはなりません。香水は耳の後ろ、手首や、バストの谷間につけます。朝はオー・ド・トワレをつけ、エクストレは夜と都会に限られます(郊外ではオー・ド・トワレを節度を持ってつけます)。

【ジュエリーを身につけるためのマナー】

「女性がこの世に存在する限り、ずっと女性たちはジュエリーを集め続けるでしょう。私たちは、まがい物の指輪やネックレスは惜しげも無く手放しますが、高価なものは一生大切に持っているものです。年齢を重ねれば重ねるほど、ジュエリーは高価なものへと変わってゆくのです。四十歳になると、若い時に結婚一周年の記念に、夫から贈られた三粒のパール入りゴールドの小さなブローチや、バリ島旅行で買ったサファイア入りのホワイトゴールドの細い指輪も、もう着けられません。こういうものは、ノスタルジックな思い出の品物として宝石箱の奥にしまっておくか、娘たちがいれば、年頃になるまで待って、彼女たちに贈るのです。こうしてジュエリーは、母から娘へと代々受け継がれていきます。…もしあなたが美しいジュエリーをたくさん持っていたとしても、一度にたくさんのジュエリーは禁物というルールは頭に入れておいてください。いくつもの指輪やネックレス、ブレスレットを同時に着けている女性は、品がないように思われます。同様に、お客様を自分の家にお招きするときは、お客様のほうが地味にならないように、招く側は控えめなジュエリーを選ぶようにしたいものです」(p32−33)

【男性のエレガンス】

「昔も今も、ロンドンは依然として男性のエレガンスの中心地です。イタリアとフランスのクチュリエたちは、シックさとアイデアと腕を持っています。しかしイギリス人には、それ以上のプラスαがあります。それは伝統です」(p38)

【タキシード】

「最もエレガントなタキシードは、グラン・ドゥ・プードゥル(粒状のしぼのある布地)、バラテア(ウールとモヘアの混紡)、あるいは純毛の黒で、襟の折り返しはつや消しのサテンかオットマン(横方向に凹凸のある厚手の布地)です。夏には、ジャケットは白のシルクで、パンツはウール・ギャバジンの黒いものでも良いでしょう。シャツは、シンプルな白いボイルか、ダブルカフスの細かいプリーツ入りのものにします。それに黒い蝶ネクタイと、シルクかグログランのプリーツ入りの黒いカマーベルトを着けます。靴下は、黒(透けていないほうが好ましい)に、黒いエナメル製の紐靴。ポケットチーフは白か、または遊びのあるもので良いでしょう。燕尾服には、控えめなパールのプラストロン(飾りのあるシャツの胸元)用のアクセサリー。タキシード用には、パールか七宝製のアクセサリーを。スポーティな時計は絶対に禁物です。燕尾服の時には、懐中時計にします」(p43)

【アクセサリー】

・結婚指輪(これはアクセサリーとはいわず、絶対外してはならないものです)。
・シュヴァリエール(貴族が左手の小指にする家紋入りの金の指輪)。ただし、家紋がある時ですが。
・ネクタイピン
・懐中時計

【香水】

「アフターシェイブのあと、控えめで男らしい香り(ラベンダー、ベチベル、フローラル系はいけません)のオー・ド・トワレをつけます。ハンカチーフにも数的落とすと良いでしょう」

【一人前の紳士に相応しくないスタイル】

・ジャケットの下に着ている半袖のワイシャツ
・靴下留め
・チェーンのブレスレットやネックレス
・シュヴァリエールを除く指輪
・五十歳以上の男性が、スカーフをしないでジャケットの上にワイシャツの襟を開けて出すこと
・レースの胸飾り付きワイシャツ
・ハンカチーフやトランクス、あるいはバスローブに紋章を刺繍すること。紋章はシーツやテーブルクロス、ナプキンにするものと決まっています。ただし、ハンカチーフやシャツにイニシャルを刺繍するのはかまいません

06/06のツイートまとめ

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tomoichiro0001

RT @lunar_shirayuki: 紫💜 http://t.co/MYM3nVZLHZ
06-06 19:36

日本でライフスタイルを分析する上で重要なのは、ブルデューがフランスで行ったように「文化資本×経済資本」の多寡によって分布図を作成することである。この二大資本の交叉配列から明らかになるのは、「西洋文化趣味」は統計的に本人と両親の学歴資本が高く、支配階層と深い相関がある事実だ。
06-06 19:36

RT @sensualempire: ユージーン・サッカーもアレクサンダー・ギャロウェイも、また彼らと近い位置にいるマッケンジー・ウォークも、みなメディア理論の人たちなんですよね。唯物論としてのメディア理論。それは多分、後々重要になってくるポイントだろうと思います。
06-06 19:34

RT @sensualempire: 最近のメニングハウスの仕事ってほとんどニュー・マテリアリズムと呼んでも差し支えないものだなとふと思った。
06-06 19:32

文化消費パターンにおける「ハイカルチャー(文化威信の高い文化活動群)」とは、「オペラ、クラシック」、「美術館、博物館」、「歌舞伎、能、文楽」、「華道・茶道・書道」、「短歌、俳句」等の消費として社会学的にカテゴライズされる。
06-06 19:31

文化資本、経済資本が高い家庭に出自を持つ行為者の「相続文化資本」は、成人後のハイカルチャー消費の「再生産」へと結実する。現代日本において「文化貴族」の血統性を保存する社会的ホメオスタシス(恒常性)がより堅固に機能するのは、特に女性の高学歴層においてである。
06-06 19:26

RT @HistoryImg: エドワード・ゴーリーのアルファベット・ブック、1963年Edward Gorey's ABC book 1963Aはエイミー かいだんおちたBはベイジル くまにやられたEはアーネスト モモでちっそくZはジラー ジンをふかざけ http:…
06-06 19:25

RT @HistoryImg: 東京大学、1965年Tokyo University, 1965 (Yutaka Takanashi) http://t.co/Z3ATrtdOVy
06-06 19:24

RT @johnfante4: 特集上映「クリス・マルケル・セレクション」@アテネフランセ文化センター。命日にあわせて7/27(月)〜8/1(土)の6日間、『美しき五月』『不思議なクミコ』本邦初上映『笑う猫事件』など8本上映。森話社の書籍執筆陣を中心に毎日豪華トーク http:…
06-06 19:23

RT @HistoryImg: 東京、1955年Tokyo, 1955 http://t.co/YR6krye24r
06-06 19:22

ポール・ド・マン『読むことのアレゴリー』第一部の読解記録

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Hedi_Slimane_2216.jpg
Hedi Slimane 2216

 ポール・ド・マンの主著として三十年以上完訳が待ち望まれ、刊行以来多大な注目を集めている『読むことのアレゴリー』の第一部を読了したので、その記録を残す。本書のパラテクストには、パスカルの以下の言葉が掲げられている。

速く読みすぎても、ゆっくり読みすぎても、何も分からない。


第一部「修辞(学]」の構成は以下である。

第一章 記号学と修辞学
第二章 文彩(リルケ)
第三章 読むこと(プルースト)
第四章 生成と系譜(ニーチェ)
第五章 文彩のレトリック(ニーチェ)
第六章 説得のレトリック(ニーチェ)



 第二部はルソー論であるが、このページでは目下、ド・マンのリルケ、ニーチェ、プルースト論についてまとめていく。(ゴシック体表記はp78以外すべて筆者による)。


【記号学と修辞学】

 ド・マンの『読むことのアレゴリー』の原著がイェール大学から刊行された1979年当時、文芸論は「閉所恐怖症」、「幽閉」などのイメージで語られるような閉塞的形式主義に陥っていた。ニュークリティシズム以来、アメリカの文芸理論では何も変化が起きていない、と彼は述べている。また、当時のフランスではバルト、ジュネット、トドロフ、グレマスの弟子たちによる、「文学的記号学」が実践されてきた。

パースにとって、記号の解釈は意味ではなく別の記号に関わることである。つまり、記号の解釈は解読することではなく、読むことであり、今度はこの読むことが別の記号へと無限に解釈されていかねばならないのだ。パースは「一つの記号が別の記号を生み出していく」このプロセスをpure rhetoric(純粋修辞)と呼び、確固とした二項対立的な意味の可能性を前提とする純粋文法や、意味の普遍的真理の可能性を要請する純粋論理と区別している。対象が記号を生じさせるのと同じやり方で――すなわち、代理=表象によって――記号が意味を生じさせるというのであれば、文法と修辞を峻別する必要はないだろうが、そうしたことはありえないだろう。(p10)


 ここでド・マンが述べているパースの記号論は、彼の「誤読」の概念の理論的な基礎に相当する。あるテクストを「対象」とみなす時、それを「読む」行為、すなわち「解釈項」は常に差異化される。再読するたびに同じ「記号表現」を持つ一冊の本でも、違った印象を与えるのは、まさに「一つの記号が別の記号を生み出していく」という、パースのいうpure rhetoric(純粋修辞)が成立しているからである。

作者と読者の峻別は、読みによって明らかにされる誤った区別の一つである。脱構築とは、我々がテクストに付け加えた何かではない。そもそも脱構築こそがテクストを構成していたのだ。文学的テクストは、自らの修辞的様態の権威を主張すると同時に否定する。これまでそうしてきたように、我々はテクストを読むことで、作者が最初文章を書く上で要求されたのと同等の厳格さに、読者として一歩でも近付こうと努力していたに過ぎないのだ。詩的エクリチュールは、脱構築の最も進んだ、洗練された様態である。それは、表現的な構造の点では批評的・論証的なエクリチュールとは異なるかもしれない。だが、本質的な違いがあるわけではない。(p20)


したがって、発話内的な文章の文法的修辞化の場合と同様、記号学の修辞的文法化のケースでも、我々は結局、無知という宙吊り状態に据え置かれる。文学テクストの修辞的様態に関する問いは全て、それが本当に問うているのかどうかすら分からない修辞疑問であるのが常である。その結果生じる感情は、無知の不安(一時的なムードや個人的な気質に応じて至福にもなる)であり、対象指示に関わる不安ではない。それは例えば、プルーストの小説におけるマルセルとアルベルチーヌの関係において、言語がなすことへの感情的反応としてではなく、言語の所作を知ることの不可能性への感情的反応として読みが劇化される時、主題的に明らかになる。両者の差異は見かけに過ぎないが、文学は批評と同様、常に最も厳密であり、それゆえ最も当てにならない言語であることを宣告されている(もしくは、そうであるという特権を与えられている)。そして、人はそうした言語によって、自らを名指し、変形するのだ。(p22)


【プルースト論】

 最初に述べておくべき重要な前提は、マルセル・プルーストが創造した「わたし」(マルセルと呼ばれる主人公)は、プルースト自身ではないという事実である。ド・マンはこの両者の「分裂」、「差異」、「齟齬」を本論で精緻な密度で暴き出すことになるだろう。まず、ド・マンはプルーストのナラティブの本質を「無意志的記憶」だとした上で、それはre-reading(繰り返し読むこと)に似ていると述べている。

問題はまさに、文学テクストとは、果たしてそれが描写したり言明したりすることに関わるものなのか、ということである。たとえ理想的な読みとははるかにかけ離れていようと、読み取られる意味と言明されている意味が必ず一致するのであれば、実際のところ問題らしき問題は生じないだろう。あとはただ、マルセルを我々のモデルとみなすことで、この理想的な境地に一歩でも接近していけばいいからである。だが、読むことが真に問題含みのものであり、言明されている意味とその理解が一致しない可能性があるなら、文字通り読むことを描いている小説の一節とて特権視されるべきではないだろう。別のところ、すなわちマルセルの官能的・政治的・医学的・社交的な体験の中に、読むこと特有の諸構造を発見するか、あるいは更に進み、最早テーマ的とは言えない選定原理を利用する必要があるかもしれないのだ。…読むことは、こうした字義=直解主義(literalism)と疑念の不安定な混交の中で開始されなければならないのである(p78)


 『失われた時を求めて』には、私生活への内的退却が見出される。プルーストは、自室での執筆でも想像的に光景を再現できると信じていた。ド・マンはその上で、彼の文学の中心的モチーフは実は「罪と背信」(特に外に出かけて活動することからの引きこもり、労働の忌避による読書と執筆)にこそあると規定する。ブルジョワ階級に属するプルーストの両親は、息子に何か職に就くことを切願していたが、ある評伝によれば彼は図書館で司書としての職務をわずかな期間経験したものの、その「職務怠慢」(執筆したいがための欠勤)によって解雇されている。プルーストが労働を忌避したのは、貴族階級にとっては逆に「仕事を持つ」ことが不名誉であるとされていたアンシャン・レジーム期の慣習を、半ば「見栄」によって採用しようとしていからであると思われる。したがって、彼が作中で家族から働くように促されているような描写を綴っていなくとも、背景として絶えず「ビジネス」から遠ざかり続けた彼のうしろめたい「罪悪感」が作動しているということは念頭に置かねばならない。時折見受けられる、自身のソーシャル・クラスと、家政婦や執事たちが属するような庶民階級との「差異」が露骨に高みから、やや侮蔑的に表明されるのは、実は自身も本当は労働に就かねばならない類のブルジョワ階級であったという「葛藤」の「抑圧」にその根を持っていると見て良いだろう。
 

内側の部屋は「透き通って儚く消えそうな内部の涼しさを、午後の太陽から、震えながら守っていた」。内部世界は外部世界より好ましいと明白に評価され、一連の魅力的な属性は全てが閉ざされた空間の安楽と結び付けられている。まずは、この「太陽神話」小説――晴雨計によって、頻繁に安定した晴天が告げられる――の最も望ましい特性である涼しさ。それは、和らげられた陽射しの穏やかな暗さと結び付けられている(マルセルは植物の木陰にいる時ほど幸福を覚えることはない)。そして、決定的とも言うべき安らぎ。これなくして瞑想の時間は与えられないだろう。だが、マルセルは屋内の孤独に備わるこうした肯定的な要素だけに満足してはいられない。この一節の真に魅力的な力は、内的退却という埋もれた私生活への引きこもりが、犠牲に供されたと思われる全てのものを回復するための、極めて効果的な戦略であることが判明する時、初めて明らかになる。テクストは、内的な瞑想が遠ざけてしまった全てのもの、その瞑想の充足に必要な全ての力=性質に反するもの、つまりは陽射しの温かさや明るさ、安らかな不動性によって決定的に排除されてしまったと思われる活動性さえ、読むという行為によって回復できると主張する。(p80)


 以下は、ド・マンが魅力的だとしているプルーストのテクスト。

私の部屋の仄暗い涼しさは私の休息とうまく調和し、私の休息は(読んでいる書物によって語られ、私の休息を揺さぶりにやって来る筋の波瀾のおかげで)、流れる水の中にいてじっと動かずにいる手の休息のように、外に漲る溢れるような活動性の衝撃と躍動に耐えているのだった。(p83)


 ド・マンによれば、プルーストにとって「自身を読む」行為としての小説執筆は、「現在」の瞬間の「隠喩」になっている。プルーストはreadingするようにwritingしていただけでなく、riadingするように「現実」をも読んでいた。彼のナラティブの基礎にあるのは、以下のような図式である。

fiction writing=self-reading

 それは、樹幹の同心円状の年輪にも似て一連の層を形成している。中断や亀裂が存在しないのは、「断片」の溶接、再統合化の戯れ=作用による。こうした原理は、彼の「比喩」のレベルにも表れている。しかし、テクストは「現実」のanalogon(類同代理物)として完全に機能しきれていない(まるでどれ程貴族社会の優雅な社交界を描いても、マルセルがあくまでもブルジョワ階級に出自を持ち、ビジネスから無限に逃走し続ける青年に過ぎないかのように)。こうした試みは作中で常に失敗を余儀なくされている。ド・マンは、プルーストが実際に体験した「現実」と、マルセルが体験した「虚構」とが「けしてsynthesis(統合)に至ることはない」、と述べている。
 以下の解釈を参照しよう。

単一的な回想の瞬間を物語に拡張したものだと主張する小説にとって、この一節は疑いなく範例的な意味を有している。現在の瞬間を引き続く場面に転置することは、瞬間を語ることとしてのfiction-writing(小説執筆)行為に相応するだろう。こうした行為は、それゆえ、self-reading(自身を読む)行為とも共通の外延を有することになるだろう。この自身を読むという行為によって今や一つに結ばれた語り手と作家は、否定的な側面も全て含めた彼らの現況を――その現況の生成と回顧的に反復=概括することで――十全に理解する。それはまた『失われた時を求めて』の読者に生じ得る反応とも異なりはしないだろう。読者は、このプルーストの小説を仲介に、語りの声を、自身をも包み込む真なる知識の分与者として理解するのだ。「瞬間」と「語り」は相補的かつ対称的であり、変形することなく相互の置き換えが可能な鏡像のようなものになっている。語りは、回想行為や予見行為によって、瞬間の十全な経験を回復することができる。我々は、またしても隠喩という総体化の世界に立ち戻っているのである。読むことが書くことの隠喩であるように、語りは瞬間の隠喩なのだ。(p87)


 上記のテクストには未だ考察の余地がある。ド・マンが述べるようにプルーストのナラティブが「瞬間」の「隠喩」だったとしても、彼の小説は実はある程度の「時間軸」を持ち、主人公は一巻から最終巻までの期間で少しずつ老いているのである(周知のように、「見出された時」は執筆の起源に到来し、この物語は作中内部の時間においては円環を描く)。たとえプルーストが小説を書いているある時点でオペラ劇場で何か非常に感動的な経験をしたとしても、物語内部での「マルセル」はシャルリュス男爵と夕食を取り、彼の会話について色々と考察を巡らしている場面であるというようなことはあり得る。つまり、プルーストの「現在=瞬間」と、作中の虚構化された作家の分身である「マルセル」の「現在=瞬間」は初めから構造的に瓦解する定めである。とはいえ、プルーストが現実から持ち帰った出来事が、「痕跡」としてそれまでは暗澹たる内面を描き出していた箇所に、突如として光明を放つというような効果なら十分に生起し得たはずである。また、同じことだが、プルースト自身が感動した体験を、事後的に小説の中で「マルセル」に追体験させる時、書き手がその時の歓喜を持続している保証はどこにもない。つまり、「無意志的記憶」という、いかにも「方法論」として耳障りの良いスタイルも、実は「わたしはその時~を思い出す」という表現を多種多様に様式化することで、書き手自身の「現在=瞬間」の心的印象を作品に浸透化させ易いようにするための「装置」であったことが判然とするのである。
 以上のような構造的な「破綻」は、作者にとっては実は神経を常に逆撫でされるような「苦悩」でもあったはずである。だが、本来は齟齬を来し分裂しているような二つの時間――「作品外の時間」と「作品内の時間」――が、精妙に「溶け合う」ような喜びをもまた、プルーストは何度か味わってきたはずである。こうした点について、ド・マンは以下のように述べている。

つまり、テクスト内的な動きとテクスト外的な動きのco-presence(共-存)は、けしてsynthesis(総合)に至ることはないのである。こうした意味で、隠喩の字義的意味と比喩的意味の関係は――基本的に、それとは逆の主張がなされる傾向があるにも関わらず――常に換喩的である。(p91)


…アレゴリー中に表象されるであろうものは、全てが読むという行為から逸れ、理解への接近を妨げることになるだろう。読むことのアレゴリーは、読むことの不可能性を語っているのだ。だが、その不可能性は、必然的に、あらゆる指示的な意味を奪われたreading(読むこと)という用語にまで及ぶことになる。プルーストが自身の物語の縁にLECTIO(読むこと)とはっきし示したところで(そして、この小説にはその方向を目指す仕草が数多く存在するのだが)、この語自体が明白なものになることはけしてないだろう。プルースト自身が口にしている法則によれば、〈読むこと〉を読むのは永遠に不可能だからである。恋愛、意識、政治、芸術、男色、料理法など、この小説に登場する全てのものは、それが表象するものとは異なる何かを意味している。それは常に意図されているものとは別の何かなのだ。この「別の何か」を指し示すのに最も適当な用語が〈読むこと〉であるのは明らかだろう。だが、同時に「理解」しなければならないのは、この用語が、理解を求めてやむことのない意味への接近を永遠に阻止している、という事実である。(p98)


小説全体を呪文のように区切る「のちに私が理解することになったのは」という定式的な言い回しは、『失われた時を求めて』の読者にはすっかりおなじみのものになっている。文学批評は、伝統的に、この「のちに……」を文学的・審美的な使命が成就される瞬間、すなわち語り手マルセルと作者プルーストの収斂による経験から書くことへの移行として解釈してきた。だが、実を言えば、作者のアレゴリカルな――つまりは作者抹消的な――比喩である語り手とプルーストのあいだの架橋不可能な距離は、前者がこの「のちに……」を自分自身の過去の出来事として信じられるという点にある。プルーストがマルセルに次のように言わせる時、両者は最も遠い位置にいるのだ。「死よりも前に真実に出会った人々は幸福なるかな。真実と死はとても近くにあるはずなのに、その人々には真実の鐘が死の鐘に先立って鳴ったのだ」。作家としてのプルーストは、真実の瞬間も死の瞬間と同様、けして時間通りには訪れないことを知っている。時間と呼ばれているものは、まさに真実がそれ自体と一致することの不可能性に他ならないからである。この小説は意味の飛翔=逃走を物語る。とはいえ、『失われた時を求めて』自体の意味が絶えず飛翔=逃走状態にあることに変わりはないのである。(p98)


「のちに…」から始まる、過去の解釈を試みる「わたし(語り手)」は「作者(書き手)」とは乖離している。
 ド・マンのプルースト論を読解しながら考えたことは、いかなる評論、論文、そして小説も著者の伝えたい主旨や要諦とは異なる、別の何かを常に不可避的に読者に喚起せざるを得ないということである。『盲目と洞察』での定式を用いれば、全ての言語は本質的に「誤読」の地平に開かれている。例えば、建築学の高度に理論的な書物を紐解く作業の過程で、我々が著者のさり気ない詩的表現から、何か一つの「物語の萌芽」を掴み取るような「瞬間」が存在するかもしれない。その時、我々はその一瞬の喚起されたイメージや、著者の本筋からは逸脱している諸概念、観念などを安易に廃棄してしまうべきではない。ド・マンは、むしろそうしたテクストの持つ修辞的構造が、作品の有機的全体を暗々裏に支配する言語の本性であると述べている。「詩的エクリチュールは、脱構築の最も進んだ、洗練された様態である。それは、表現的な構造の点では批評的・論証的なエクリチュールとは異なるかもしれない。だが、本質的な違いがあるわけではない」(p20)――この一章での貴重な前提は、「批評的・論証的なエクリチュール」が、実は「詩的エクリチュール」=修辞的構造によって支えられていることを明らかにしている。
 「読む」という行為が、新たな解釈項を不可避的に産出させる点で、意識の内部において新たに「書く」ことを意味しているのだとすれば――すなわち、readingが実はwritingの本質的様態だとすれば――我々が「小説」を書くために、「文学」という閉じられた世界のみに価値を見出すことがあってはならないだろう。何故なら、小説以外の「評論」や、数理学の理論書などの読解を通して、我々が新たな「小説」を自然に構想する、という読みの地平は常に開かれているからだ。また、ある著者が伝えたい本筋ではなく、彼が表現した些細な文彩、何気ないレトリックなどに注目することで、そこに著者の意志との「齟齬」、「盲目」を見出すことができるとすれば、それは作品解釈において極めて有益な意義を齎すことになるだろう。

【リルケ論】

 リルケは果たして本当に切実にして孤独な「内面」を描いたのだろうか? ド・マンはまず従来のリルケ研究が採用していた詩人像を紹介する。先行する研究によれば、リルケはキリスト教の神学が世俗化した近代的な神意識を採用し、現代人にとっての実存的救済を示す。その人間形象は、救済への道が準備されていながらも「自己現前の充実性から永遠に切り離されて」おり、「最も脆弱で危険」な存在である。リルケが提示する「救済のディスクール」が時を越えて現代人の魂に訴えかけるのは、読者に向けて言葉が発せられていた以上に、実は詩人自身に語りかけていたからであるとする解釈が、ハイデッガーの1949年の論考以来主流になってきた。『マルテの手記』に見られるような詩人の孤独と苦悩はリルケ自身の生き写しであり、彼の言葉には虚飾など存在しない――すなわち、「内容」と詩的「形式」が完全に一致している――と解釈されてきた。こうして、リルケ研究からはことごとく言語の修辞的構造への視座(リルケがどの程度「文彩」を意識していたか)が省略されてしまうことになった、とド・マンは述べる。リルケは、本当に彼の沈痛な「魂」を言語を媒介にして語っていたのだろうか?
 ド・マンのリルケ論は、彼の批評のアプローチを知る上での好例である。まず、彼は一般的な定説を取り上げ、その考えの中心に位置しているテーマが、本当に「破綻」していないか査読していく。その上で彼が注目するのはリルケのテクストの「表面」、すなわち一見「飾り」として「本質」からは遠ざけられる類の修辞的文面(文彩)である。ド・マンによれば、リルケには実質的に言って、「孤独な内面」など存在していない。もし彼に、詩人マルテのような悲愴な情態が実際に宿っているとしても、それは常に「アポロン的な戦略」によって、あらかじめ「読者」の「期待」を見越して計算され、潤色されている。こうした主張が明瞭に伝わるのは、ド・マンの以下のテクストである。

『悲歌』がメシア的詩篇として読まれるのは避け難い事実である。『悲歌』のテーマ的な主張すべてがそうした要求にお墨付きを与えているだけではない。そのような要求は比喩化の妙技に加勢されているのである。しかしながら、これらのテクストが主張する約束は言語の作用=戯れに基づくものであり、そのような作用=戯れは、詩人がテクスト外的な権威への要求を全て放棄しているという前提があって初めて生じ得る。詩作は、あらゆる文学に内在する逆説に従い、まさに真実への要求=権利をすべて捨て去った時、最大限の信服力を獲得するのだ。『悲歌』および『ソネット』は、リルケの修辞と彼の主張の真意が一致することを証明しようとする際の主要な証拠源になってきた。だが、リルケの比喩的言語という考え方は、彼の言説から真実への要求=権利を全て取り除いてしまうのだ。(p63)


 ここで、ド・マンは、リルケの『悲歌』が、「比喩化の妙技」、「言語の作用=戯れ」に本質を持つものであると述べている。否、それだけでは足りず、彼は全ての詩人の、一見切実に読者の魂に急迫するかに見えるテクストが、全て「修辞学的制度の産物」であり、「真理」とされるものは読者や批評家の期待や詩人自身の戦略によって「虚構」的に生成していることを暴き出す。何故なら、詩作は「真実への要求=権利をすべて捨て去った時、最大限の信服力を獲得する」という一文が示しているように、「真理」の本質はニーチェ論でも展開されることになる、真理の廃棄に、すなわち「虚構」に本質を持つからである。初めから真理を廃棄しているという前提に立っていれば、我々が言語的な「装飾」に費やす情熱は高まるだろう。ド・マンはリルケのテクストに内在する、まさにそうした「矛盾」を摘出している。「文学は批評と同様、常に最も厳密であり、それゆえ最も当てにならない言語であることを宣告されている(もしくは、そうであるという特権を与えられている)。そして、人はそうした言語によって、自らを名指し、変形するのだ」(p22)――これは、「最も当てにならない」言語を駆使して魂の「救済」を企てていた詩人リルケについての新しい視座の提示としても読み得るだろう。

【ニーチェ論】

 まずド・マンは、ニーチェがプラトン、アウグスティヌス、ルソーなどの「雄弁術」を取り入れた思想家の系譜に属していると位置付けている。「雄弁」は、偽ロンギノスが『崇高について』で述べたように、語りにおける民衆に与える喚起力、修辞的要素を重視する。すなわち、「雄弁」は「比喩」に帰属する。そしてリルケ論でも述べたように、彼は「比喩の構造」こそが言語の本質であると規定する。
 実はド・マンのこの見解を既にニーチェは以下のテクストで先取りしていた。

意識的な芸術装置を指し示す際に、「修辞的」と呼ばれるものが言語や言語形成においては既に無意識的な芸術装置として働いていることを証明するのは難しくない。更に言えば、明晰が悟性の光に照らして見ても、修辞とは言語に埋め込まれている諸装置の拡張=改善であることが証明されるだろう。参照点として使用可能な非修辞的・「自然的」言語といったものは存在しない。言語とは、それ自体が完全に修辞的な詭計や策略によって齎されるものなのだ。…言語とは修辞である。それが伝えようとするのはdoxa(ドクサ[臆見])だけであり、episteme(知識=認識)ではないからである。…文彩とは、意のままに言語に付け加えたり、言語から差し引いたりできるようなものではない。文彩は、言語の最も固有な本性を体現しているのだ。ある特別な場合にしか伝達できない本来的意味といったようなものは存在し得ない。(p138)


 言語がその本質において修辞であるとすれば、作者が意図したテーマの本質からいつの間にか逸脱して、比喩としてあくまで装飾的に用いられた表現が、いつの間にか前景化してくる、というような現象は往々にして起こり得ることになるだろう。ド・マンによれば、ニーチェのテクストはその比喩表現においてfoolishness(常軌逸脱)しているという。そのテクストは根本的にアイロニー的・アレゴリー的な性格である。
 

芸術が真実の正しい規範を設定する、というのは本当かもしれない。だが、「真実は殺す――更に言えば、(自らの礎が誤謬であると気付いている限り)真実はまさに真実自体を殺しているのだ」。哲学とは、したがって文学による哲学の破壊についての際限なき省察であることが明らかになる。この際限なき省察は、それ自体が修辞的な形態を有している。というのも、それは自らが非難する修辞的な幻想=欺瞞から永久に逃れられないからである。(p150)


「真実」とは何かについてのニーチェの見解は以下である。

それは、隠喩、換喩、擬人観などの動的な一群、つまりは人間的諸関係の総体であり、そうした諸関係は、詩的・修辞的に高揚・転用・美化され、長きにわたる反復的な利用の末、一民族にとって確固たる規範的拘束力を秘めたものと思われるようになったのである。真実とは、それが幻想であることが忘れられてしまった幻想、使い古されて感覚的な力を失くしてしまった隠喩、肖像が消えてしまって、最早貨幣ではなく単なる金属とみなされるようになった硬貨なのである。(p144)



「矛盾律は真実の基準を内包するのではなく、真とみなされるべきものについての命令を内包しているのである」(ニーチェ)。(p161)



 こうしたニーチェの真理概念について、ド・マンは以下のように述べている。

「矛盾を概念的に禁じることは、……概念は事物の本質を指し示すだけでなく、それを捉えるといった信仰から発している……」(ニーチェ)。この一節には、必然性から偶然性への換喩的脱構築と簡単に表現しうるような記号学的契機が明瞭に現れている。この一節が主張しているのは、ルソーとニーチェ双方にとって、概念化とは何よりもまず言語的=動詞的なプロセスであり、記号論指示様式と実体的指示様式、意味作用と把捉作用の置き換えに支えられた文彩に他ならない、ということである。だが、ここにあるのは数ある脱構築的仕草の一つに過ぎない。そして、それは内在的な理由というよりも、むしろ戦略的・歴史的な理由で選び取られているのである。(p159)



 ニーチェは「真実」を、それが「幻想」であると忘れさせてしまうような力を持った「幻想」、「矛盾律」、あるいは端的に「隠喩」に過ぎないと述べているが、『哲学者の書』では「芸術のみが唯一、〈真実〉を主張可能」だと告げていたのもまた事実である。無無論、この〈真実〉とは作者によって定立=仮定されたものであり、それ自体がドクサでもある。ニーチェのこのような、真理概念を「矛盾」として解釈する立場は、文学言語そのものが根本的に「疑わしい」ものであり、いかなる「真実」とされる主張も実は作者自身の「盲目」の産物であるというド・マンの見解と深く通底するものである。
 また、ド・マンは哲学上の「概念」も実はひとつの「文彩」であり、修辞的制度の産物であることを主張してやまない。哲学上の概念さえもが言語の装飾であるとする見解は、ブルデューが自身の社会科学理論を本格的に論じた『パスカル的省察』において展開されていた、あらゆる行為者の「眼」はハビトゥスの制度的産物であると捉える見方とも通底している。要するに、哲学上の「概念」は、哲学界において生産され、その他の諸界においても用いられることで象徴的な力を発揮する「固有名詞」なのであって、それはあくまでも人間によって仮設されたものに過ぎないのだ。文学の本質がレトリックにある、とド・マンが言う時、同時に含意しているのは文学を対象とする哲学の本性もまた然りであるということに他ならない。特にニーチェは、シュレーゲル以降のポスト・ロマン主義における「比喩」偏重の気風に強い影響を受けていることが確認されている。

相互に自己-破壊的な二つの矛盾した視点を許容し、全ての読みや理解の内に乗り越え難い障害を生じさせるという意味で、レトリックとは一つのテクストである。行為遂行的言語と事実確認的言語のあいだに生じるアポリアは、文彩と説得=雄弁術の間に生じるアポリアの一形態に過ぎないが、後者はレトリックの生成と機能停止を同時に引き起こすことで、レトリックの歴史を見かけだけのものにしてしまうのだ。(p170)


 ニーチェは「論理学」ですら、「真」の定立=仮定として把捉する。これは、「矛盾律は真理の基礎である」と『イデーンⅠ-Ⅰ』で述べたフッサールの見解と一致する。

「論理学は(幾何学や算術と同じく)、我々によって仮構された真実にのみ有効である。論理学は、我々によって定立された存在の図式に従って現実世界を理解しようとする試み、より正確に言えば、我々にとってそれをより定式化し易いもの、計算し易いものにしようとする試みなのである……」(p158)


己の非-在という真実に直面した自己は、炎に引き寄せられた虫けらの如く、その身を焼尽されることになるだろう。だが、こうした自己の消滅を主張するテクストの方は焼尽されることがない。テクストは依然として、そうした主張を生み出す中心であろうとしているからである。中心性の属性と自己の属性は、言語という媒介の中で交換される。自己を否定する言語を中心に据えることは、言葉の彩に過ぎないという自己の無意味さ・空虚さを確認させると同時に、自己を言語的に救出する。自己は、自己を否定するテクストの中に移し替えられた時、初めて自己として存在することができるのだ。(p145)


(ニーチェが先取りしている)行為遂行的言語と事実確認的言語の区別は決定不可能と言うほかない。一つのモデルから別のモデルへの移行を引き起こす脱構築の作用は、逆行=停止不可能である。しかし、それは、いくたび繰り返されようとも、常に宙吊り状態のまま留まっている。(p168)



【「読むことのアレゴリー」について】

 本書の「あとがき」に訳者の土田知則氏によるド・マンの批評の方法論の簡潔な記述があるので紹介しておく。

従来の文学研究は、テクストの内に中心的なテーマを仮構し、それを統一的な意味や論理に収斂しようと努めてきた(批評界の主流は今でもそうした実践に与している)。脱構築批評は、こうした統一的・総体的な読み方に真っ向から異を唱える活動だったと言える。つまり、言語やテクストに内在する逸脱的な諸力――レトリック、アポリア、パラドックス、等々――を前景化することで、テクストを脱-中心的、脱-総体的なものとして分析・読解しようとしたのだ。『読むことのアレゴリー』は、まさにそうした諸力に対する鋭敏な意識に貫かれた論文集である。…全ての論考に通底しているのは、あらゆるテクストは自らの「脱構築」を物語っている、というドラスティック(根源的、ラディカル)な考え方である。本書のタイトルが示唆するように、テクストは全て「誤読」や「読むことの不可能性」を物語る「アレゴリー」として捉えられているのだ。ド・マンの用いる「アレゴリー」というキー・タームには、あらゆる言語に内在する宿命的な機能が凝縮されている。ごく簡単に述べるなら、この用語には、言語が言語である所以、つまり言語は常に自らとは別のものを指し示す――むしろ、指し示さざるをえない――という性質が集約されている。この、常に自らとは別のものを指し示す、という言語の拭い難い性質は、言語が永遠に自らと一致しないという事態を必然的に予想させる。それは、言語の意味は決定的な意味に収斂することなく永久に先延ばしされる、ということに他ならない。(p397−398)


「ド・マンの方法論」

ド・マンはまず、個々のテクストの統一的概念やテーマと思われるものを抽出する。次いで、そうした概念やテーマがテクストに内在する逆方向の論理や主張によって転覆され、機能不全に追いやられてしまう瞬間を暴き出す。…このような現象は単語や文のレヴェルに留まるものではない。それは言語のあらゆる次元に及んでいるのだ。こうした意味の未決性・曖昧性は、必ずしもテクストの良し悪しを決定付けるものではない。…テクストが生産的な読みや再読を惹起し続けるためには、こうした曖昧性や矛盾はむしろ必要条件とさえ言えるだろう。一見、統一的なtexture(織物)に見えたとしても、テクストには織り糸のほつれを生じさせる契機――いわば脱構築的な瞬間――が常に潜んでいる。バーバラ・ジョンソン(ド・マンの高弟の一人)の言う「批評的差異」や「内的差異」は、まさにそうした契機・瞬間を捉えた表現である。テクストはテクスト自身と常に一致しない。テクストはその内部に自らとの差異を生じさせる因子を常に抱え込んでいるのだ。そうした因子が内在しないのであれば、意味、読み、解釈はそこで終結し、テクストは永遠に閉ざされたものになってしまうだろう。逆説的な言い方になるが、テクストのテクストたる所以は、それが十全な読みを許容しないこと、読者がいくら周到な読みを重ねても、それと抵触する読みが必ず出来してしまうことにある。テクストは自らの論理を帳消しにしてしまう力を常に内包している。中心、統一、決定的な意味といったものは、幻想としてしか成立しえない。「アレゴリー」という用語は、まさに読みの構造的な未決性・不可能性を示す――アレゴリー化する――ものとして機能している。つまり、「読むことのアレゴリー」とは、読むことの未決性・根源的な不可能性を語る修辞に他ならない。だが、修辞である以上、このキー・タームもまた単一的な意味に収斂することはない。ド・マンの持ちいる「アレゴリー」という概念は極めて特殊であり、修辞学本来の用語とは最初から偏差を来している。この用語の意味を一つに還元するのはおよそ不可能と言うべきだろう。テクストに内在し、そのテクストを内側から切り崩す因子、テクストの統一性に対立・抵抗し続ける力。我々は、とりあえずそれを「アレゴリー」という語のイメージとして捉えておくことにしよう。(p398-399)


「anacoluthon(アナコルソン)」

ド・マンは「アレゴリー」以外にも、幾つかの修辞学用語を駆使している。あまり注目されることはないが、中でも重要と思われるのが、anacoluthon(アナコルソン)である。この用語は文章の統語構造に見られる分裂・破綻を意味する。…ごく簡単に言えば、頭と尻尾のあいだに統語的・文法的な齟齬が生じることで、文が文としてのまとまりを喪失してしまう現象が「アナコルソン」である。このように、二つの正しい文や命題が並列的に提示されることで論理の矛盾・壊乱が生じるという事態は、「アレゴリー」の機制にどことなく類似している。言い換えるなら、一つの文の中に互いに相容れない論理が出来することで、その文の意味や真意が宙吊りにされてしまうというアナコルソン的な事態は、まさに脱構築的な契機(「内的差異」)そのものを示しているのだ。更に言えば、ド・マン自身の文章にも「アナコルソン」あるいは「アナコルソン」すれすれの表現がしばしば確認される。ド・マンが意図的に破格構文を使用したと考えるのは行き過ぎかもしれないが、彼のエクリチュールには、自身の言語観を映し出すようなちぐはぐな文章が幾つも散りばめられている。つまり、多少とも穿った見方をするなら、ド・マンは自らのアナコルソンめいたエクリチュールによってテクストのアレゴリカルな機制を行為遂行的に提示している、とも解しうるのである。(p399-400)






「付記」

ジョン・オースティンの『言語と行為』から。

※「行為遂行的(performative)発話」について

「明日、君に借りていた本を返すよ」、「それでは、会議を始めよう」などという発話には、まだ現前してはいない出来事の到来が予告されている。つまり、発話の内部にその行為を遂行するというforce(力)が存在する。行為自体は未だ可能態のままだが、発話内には約束によって来るべき出来事を予告する力が存在し、これを発話内行為(illocutionary act)という。行為遂行的(performative)発話は、発話内に込められた力に対して、行為者が実際に約束を守るか否かが評価基準になる。

※「事実確認的(constative)発話」について

「その本は三ヶ月前に刊行された」という発話は、行為者が捉えた事実を平叙的(constative)に述べるものであり、こうした発話を「事実確認的(constative)発話」という。この場合、その本が本当に三ヶ月前に刊行されていたのかという、真偽の程が評価の対象となる。





読むことのアレゴリー――ルソー、ニーチェ、リルケ、プルーストにおける比喩的言語読むことのアレゴリー――ルソー、ニーチェ、リルケ、プルーストにおける比喩的言語
(2012/12/22)
ポール・ド・マン

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テクストという名のニューラルネットワークーーポール・ド・マン『美学イデオロギー』所収「パスカルの説得のアレゴリー」について

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Elisabeth Erm by Camilla Akrans | Dior
Elisabeth Erm by Camilla Akrans | Dior


【テクストという名のニューラルネットワーク】

 あるものが、常にそれとは別のものを意味してしまうこと――これがド・マンのいう「アレゴリー」の概念の基礎的な図式である。だが、そもそも何故このような事態が生起するのだろうか? ド・マンはこの問題を解明するために、『美学イデオロギー』所収の論稿「パスカルの説得のアレゴリー」の中でパスカルの『幾何学一般に関する省察――幾何学的精神と説得術について』(1657~58年頃)の分析を企図する。本書は第一部が認識論、第二部がレトリック(修辞学)論であり、特にド・マンが注目するのは第二部である。何故、パスカルは「幾何学」という本来、メタファーなどで装飾しなくてもそれ自体で自立し得る世界に、あえて「修辞学」を必要としたのだろうか? この奇妙なパラドックスにも似た「謎」に、いわばド・マンは立ち向かうのである。
 まず、ド・マンはパスカルが「人間」の概念を「数」によって定式化し得ると考えていた点に注目している。

つまり人間というこの一個のものは、とにもかくにも常に二個一組のもの、すなわち一対のものであるということだ。数の体系における1と同じように、人間というのは無限に分割することも、無限に倍加することも可能なのである。つまり人間とはあの二つの無限の体系と同じようなものなのだ。だからこそパスカルは、〈人間は人間を超えてゆく〉、〈人間は二重である〉と述べたすぐ後で、〈人間は無限に人間を超えてゆく〉と言い添えることができるのである。(p117)


 ここでパスカルが規定していることの本質は、「人間」の概念を、「それとは別のもの」である「数」によって表現、説明しているということ――すなわちド・マンの「アレゴリー」の概念を遂行しているという事実である。
 このような点を前提として紹介した上で、ド・マンはパスカルが実は『パンセ』において、「接続詞」に奇妙なほど説得的な効果を持たせる作法を実演していた点を分析する。例えば、彼の用いるdonc(それゆえ)、あるいはpuisque(なぜなら)という接続詞は、それが文法上必ずしも必要ではない場合ですら、「認識上の力」を読者に持たせるための「修辞的効果」を発揮している。パスカルは接続詞を、あたかも数学の証明形式のように巧みにエクリチュールに採用する名手であったというわけだ。それだけでなく、彼は「断言の同語反復」という話術も心得ていた。この二つの巧みな語りが、パスカルの「説得のメタファー」に力を持たせる二大要因であると、ド・マンは分析する。例えば、「人間は偉大である。なぜなら、自分が惨めであることを知っているから」、あるいは「人間は惨めである。なぜなら、事実そうなのだから」というパスカルの銘苦には確かに読者に対して一定の喚起力を持っている。それは何故人々の印象に残るのだろうか? 実は、ここで重要なのはパスカルが「偉大」と「惨め」、などのう二項対立関係にある観念を、交叉配列的な相互作用として論証に導入していたという点である。「なぜなら~なのであるから」、という接続詞の数学的な説得力と、「偉大」であることは己が「惨め」であることを知っているからという点に理由を結び付ける、巧みなカイアズマス(交叉配列)の展開。こうしたド・マンの分析で可視化されるのは、まさに数学者でもあったパスカルでさえ、いざエクリチュールになれば「メタファーの技法」を必然的に応用する形式を採用してしまっているという事実である。
 よく考えれば判るように、「自分が惨めであることを知っている」状態は「偉大である」と等号で結ばれるわけではない(もしかすると、その状態を「悲愴」と呼ぶ人もいるだろう)。それを等式で結んだのはパスカルの恣意性であり、この保証の担保こそが接続詞「なぜなら~なのであるから」という説得術であるというわけだ。パスカルが説得的なのは、実は彼が説得術、すなわち修辞学を駆使していたからであって、それは先の『幾何学一般に関する省察――幾何学的精神と説得術について』の第二部が「修辞学」である点に萌芽を見出せるのである。

同一の構造、つまり「正から反への絶えざる逆転」とまったく同じ逆転が、対立する二項を交叉配列によって交差させるという型を基本に、少しずつその形を変えながら果てしなく続き、何度も繰り返し現れることになるだろう。この過程において主題を捉える洞察の豊かさが明らかとなり、こうして根本的に弁証法的な論法パターンが普遍的な有効性を持っていることが示されるだろう。(p122)


 このようにパスカルのエクリチュールを、彼がテーマにしている概念や問題提起をそのまま解釈したり批判したりする従来までの批評ではなく、そもそも「なぜパスカルのテクストは説得的であろうとしているのか?」という、より根本的な問いにまで切り込むことでのみ見えてくる地平というものがある。以下に述べるド・マンの非常に鋭い考察は、まさに彼がパスカルと「テーマ」を共有する試みから、パスカルの用いるメタファーにこそ注目する試みへと視座を徹底化させたことによって初めて到達し得たものであろう。彼はこのように上記の引用箇所に論を接続している。

こうして我々には次の問いが残されたことになる。つまり、こうした弁証法的なパターンに嵌るのをはっきり拒むテクストが『パンセ』の中にあるかどうか、ということである。ただし、仮に弁証法的なパターンに嵌るのを拒むテクストがあったとしても、それはそうしたテクストが、これとは異なったトロポロジカル(比喩論的)なモデルに沿って構造化されているからではない(そうしたモデルは弁証法モデルを確かに多様化させはするが、必ずしも無効にするわけではないだろう)。弁証法と同じパターンで論証が進められてゆくような運動を、そうしたテクストが破綻させるからに他ならない。(p122)


 このページ(p122)は、何度も再読されるに値する極めて深い考察に達しているド・マンのメタファー論の白眉の一つである。ここで重要なのは、まずド・マンがパスカルの文体の特徴を(1)「正から反への絶えざる逆転」、(2)「対立する二項を交叉配列によって交差させる」という二つのモデルの数知れない変奏として把捉している点であり、パスカルが用いる「弁証法的な論法パターン」とはまさにこの二つの特徴を指しているという前提である。だが、パスカルの全てのテクストがこの二つの原理によってのみ作動しているわけではない。仮にこの原理がパスカルのエクリチュールの「システム」だとすれば、あらゆるエクリチュールには常に既に書き手によって自覚的/無自覚的にであれ採用されている「型」を「破綻」、「頓挫」させてしまうような箇所が生起するということである。これは弁証法からすれば実は「例外」ではなく、「システム」の維持のために必要な一つの変数として解釈可能である。だが、なぜそもそもシステムがシステムを意図的に失効させるような運動を犯すのであろうか? これが我々の問いである。
 その謎を解くのに必要な概念が、ド・マンの「美的なもの」についての解釈である。カント論で既に述べられていたように、「美的なもの」には自分自身の「美」を破壊し、それに逆説を投げかける批判的な潜勢力が本来的に備わっている。それは生命の進化プロセスにも見出すことができるだろう。つまり、同じ環境下にいるよりも、種は新しい種へと成長してゆくために意図的に環境を変化させていくという考えがそれである。これは人間のエクリチュールが詰まるところ、脳内のニューラルネットワークを駆使して作動していることとも相関している。換言すれば、人間には常に同じ空間、同じ原理、同じ書き方で在り続けることに「危機」のシグナルを送信する特徴を持っているのであり、パスカルのエクリチュールは、たとえ彼が己の弁証法を「美的なもの」として愛用していたとしても、そこに不可避的に倦怠を、あるいは倦怠から出来する「逸脱」を招来せずにはいない。このように、ド・マンは「テクスト」という存在を単なる物質ではなく、明らかに脳内のニューラルネットワークの「メタファー」として捉えているかのような深い地点にまで達しているのである。
 もしもテクスト=ニューロンの生成過程であるとすれば、なぜ小説を書く者がスランプに陥ったり、あるいはストーリーが停滞したり突如として急展開を見せたりするのかという点も、この考えから一定の解釈を与えておくことが可能であろう。すなわち、ストーリーが急激に展開するのは、実は作者によってあらかじめ構造化されていたストーリーラインの自律的な機能を「破綻」させようとする作者自身の無自覚的なパフォーマティブの顕現として解釈できる。スランプが、もしもテクストの構造的な行き詰まりであるとすれば、それはいわば小説空間の物語構造を一度、「破綻」させることで新しい展開へと繋げるシグナルでもあるというわけだ。ずっと同じ場所で椅子に座っていられる時間には限りがあるように、人は息抜きにサイクリングしたり散歩したりするだろう。これと同じような情動性が、いわばテクストの論理的な空間においても作動しているということである。この限りで、いわばテクストとはトマス・ド・クィンシーが暗示していたように、「脳髄」をrepresent(表象=代理)していると考えられる。
 
【「美的なもの」と「政治的なもの」の共犯関係――パスカルのパフォーマティブ】

 本論で展開されている、パスカルが説得のために技巧的に採用していたメタファーについての分析から得られた要諦は、実はド・マンに学んだイェール学派のショシャナ・フェルマンがオースティン論『語る身体のスキャンダル』(本書は同時にモリエールの『ドン・ジュアン』論でもある)で展開した言語の本質的な行為遂行性――すなわち「パフォーマティブ」についての概念へと発展するものである。ド・マンはまず、パフォーマティブなテクストは自らコンスタティブな事実であろうと振る舞うこと、言い換えれば認識的に正統的であろうと振る舞おうとする点を指摘する。既に述べたように、パスカルは接続詞を極めて修辞的に用いる術を心得ており、例えばainsi(こうして〜)という語を、本来はパフォーマティブな次元で扱われているテーマ(例えば「正義」や「権力」)を語る際に、あたかも事実確認された客観的叙述であるかのように付け加える。いわば、説得のために本来はfaire(する)の次元で真偽が宙吊りにされるようなテマティックを、savoir(知る)ものとして扱うのだ。論証において「こうして」、「すなわち」、「したがって」などという語は、パスカルにおいて「説得のアレゴリー」として修辞的に機能しているのであり、ド・マンはこのようにメタファーが審美化=政治化されてテクストを自ら「正当化」する瞬間、その現場を克明に活写しているのである。
 そもそも、パスカルは「人間」をどのように定義しているのだろうか? 実は、その定義の中に既に「誘惑の言語」という表現が含まれている点に注目しなければならない。「人間とは…快楽と誘惑の言語に影響され易い存在である」(p99)、あるいは「真理と快楽との間の均衡が疑わしいものとなり…」(p100)という表現からも窺えるように、パスカルは人間を「言語的存在」として、なおかつ「誘惑の言語」(パフォーマティブ)に感化され、説得されてしまい易い存在として規定しているのだ。このような厳格な定義付けを行いつつ、パスカルは自ら「誘惑の言語」によって、単なるdefinitio nominis(名目的定義)に過ぎないものを「始源語」へ掏り替えていく(例えば「権力」のように抽象的な概念を規定する際、パスカルは力のある者に「正しさ」を結び付ける)。つまり、自らの定義のコンスタティブな側面を、今度は実演/パフォーマンスするのである。ド・マンによれば、パスカルの定める「始源語」の意味論的な機能は、実は「比喩」として構造化されているというのだ。換言すれば、何かを名目的に定義しようとする論述のプロセスで、不可避的に「比喩」を多用したdefinitio reo(実在的定義)を採用せざる得ないという構造が透けて見えてくるのであり、ここに我々はパスカルの「説得のアレゴリー」の作動する条件を認めることができる。
 以上から、ド・マンはパスカルの『パンセ』を代表とするテクスト群に往々にして見出される、ある共通した「文体の特徴」を以下のように規定する。一つ目は、「真理の言語」について述べるパスカルであり、この際の彼は正しいことを述べているが無力であり、いわばコンスタティブな叙述を行っているのみである。二つ目は、必ずしも正しくはないが、極めて強い力を持ち、「好みのままになされる」パフォーマティブな言語であり、コンスタティブな言語が「認識的」であるのに対し、こちらは「様相的」と表現される。パフォーマティブな言語は「快楽の言語」とも呼称され、フェルマンのいう言語が備える「美的なもの」の持つ誘惑的、かつ悪魔的な力としての「ドン・ジュアン性」を本質にしている。重要なのは、「アナコルソンは遍在する」というド・マンの簡潔な表明にも見られるように、これら二つの側面がパスカルという一人の人物において別々に採用されているのではなく、決定不可能なほど分ち難く交叉し、浸透し合ってテクストの正当化に寄与しているという点である。逆にいえば、コンスタティブな言語がパスカルにおいてパフォーマティブな身振りを正当化するための装飾として機能しているのであり、我々はド・マンの本論においても、言語の持つ「美的なもの」が「政治的なもの」と共犯関係を結ぶという一貫した図式を見出すことが可能である。
 



「参考文献」


美学イデオロギー美学イデオロギー
(2004/12/10)
ポール・ド・マン

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ポール・ド・マンの「アレゴリー」、「隠喩」の概念について――『読むことのアレゴリー』第二部の読解記録(七章、十章)

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Francisco Lachowski by Massimo Pamparana | Hero
Francisco Lachowski by Massimo Pamparana | Hero


【七章「隠喩」『人間不平等起源論』(第二論文)】

 ルソーのエクリチュールについて、アルチュセールはそのキーターム的な術語にさえ生じる「食い違い」を指摘している。自伝的テクスト以外の、政治論についての概念用語の背後にも常に「自己」への強迫観念を隠し持っていると解釈されている。ルソーが『人間不平等起源論』で用いる名高い「自然状態」という用語も、ド・マンは根本的に虚構的なものとして想定されていると指摘する。
 本書の中でルソーは「自由」について、「果てしない限界=障害を克服しようとする意志的な行為」と規定している。「自由」――それはまず何よりpower to will/willpower(意志する力)であり、これはニーチェのwill to power(力への意志)を先取りしたものとして評価されている。自由とは、いわば「変化への意志」なのだ。他方でルソーは「未開人」、「動物」は自由とは対照的に、「隷属状態」にあったと解釈している。ド・マンが『人間不平等起源論』の中で最も重要な鍵となるテクストして注目しているのは、以下である。

「その上、一般的な観念は語の助けを借りなければ精神の内に導き入れられることはないし、悟性は命題=提言に拠らなければ一般的な観念を把握できない。これが、動物がそのような観念を形成できず、それに依拠する完全性をけして手にできない理由の一つである」(p182)


 このテクストをめぐってこれまで様々な解釈が与えられてきたが、そこには共通してある「盲目」を指摘できるという。ルソー研究者として名高いジャン・スタロバンスキーの分析に伴う落とし穴について、ド・マンは以下のように言及している。

だが、スタロバンスキーほどの知性や鋭敏さを兼ね備えた批評家でも、ルソーが提供している手掛かりを故意に見過ごし、然るべき解釈が要請されているにも関わらず、示唆的な読みよりも口当たりの良い読みを優先させているのだ。というのも、ルソーの著作のどこを見渡しても、一般的な歴史的完全性から区別される特殊な言語的完全性といったものは露ほども見当たらないからである。『言語起源論』における言語の完全性――それは事実上、堕落を意味する――は、まさに『第二論文』における社会の完全性と同じように進化する。人がここまで骨抜きにしたいと考えるこの一文には、疑いなくある脅威が隠されているに違いない。(p185)


 未開人が別の部族の人間に出会った時の鮮烈な「驚き」を表現するために、ルソーは「巨人」という隠喩を用いている。実際にはそれほど背丈の変わらない相手でも、恐怖を感じている見ず知らずの部族の人間である場合、実際より巨大に見えるというのだ。あくまでも「比喩」として用いられているはずのこの「巨人」が、ルソーのテクストでは次第にコンスタティブな意味として策定されるに至る。つまり、書きながら閃いた類のパフォーマティブな修辞が、いつの間にか事実確認的な意味として位置付けられているのだ。「虚構と事実のあいだで宙吊りにされた指示的な状況(恐怖という仮定)を、字義的な事実に変換する代替的な文彩(「私は怖い」、「私は巨人だ」)で代替すること」(p192)――ここから、ド・マンはルソーにおけるエクリチュールの特徴の核心に迫る。それは本質においてパフォーマティブなものであるが、フェルマンがドン・ジュアンについて言及したように、常にコンスタティブを装う(=纏う、化粧する)ものとして機能している。これは同時に、ド・マンが規定する言語の本質たる「隠喩」の原理であり、ロマン主義精神の基底に存在するものである。すなわち、比喩的なものと字義的なもの、換言すればパフォーマティブとコンスタティブは互いに交換・代替が可能だということである。このように考えると、言語は常に「事物」それ自体ではなく、「それとは別のもの」を、要するに比喩的なメタ言語について語っているということが明らかになる。

命名については、字義的なのか、比喩的なのか、といった言明は不可能である。(p189)



言語とは、全て命名に関する言語、つまりは観念的・比喩的・隠喩的なメタ言語なのだ。こうした性格を有する言語は、隠喩が指示的な未確定性をある特定の意味単位に字義的に移し替える時、その隠喩の盲目性に加担することになる。言語のメタ言語的(あるいは観念的)な性質に関するこうした言明は、ルソーに直接由来する先の言明――それによれば、命名が形をなすには、差異という観念(あるいは考え)を仮定しなければならない――と同等の意味を備えている。(p194)



 ルソーにおける「人間」という観念は、それ自体が錯覚的=幻想的な「別の観念」によって作り出されている。ルソーが「人間」という言葉を用いる時、それは常に「別の何か」を意味している。こうした代替構造は彼の他の重要な術語についても妥当する。

つまり、政治的な命運は「情念」と呼ばれる盲目的な隠喩化と符合し、また、この隠喩化には意図的な行為性は認められない、ということである。このような事実は、我々の予想とは裏腹に、全ての言語形態――とりわけ修辞的自意識の濃厚な文学的な言語――に不可避的に付き纏う「政治的な」性質、更に正確に言えば「政治性」をいちだんと強化する。社会や政体が人間と言語のあいだの緊張から生み出されるとするなら、両者は自然的(人間と事物の関係)でも、倫理的(人間間の関係に基づく)でも、神学的でもないことになるだろう。というのも、言語は超越的な原理としてではなく、偶然的な誤謬の可能性として思念されているからである。…アルチュセールが考えるように、文学は政治的なものの抑圧ではなく、優れて政治的な言説形式であることを余儀なくされている。そうした言説と政治的な実践の関係を心理学的あるいは心理言語学的な観点から描写することは不可能である。それについて描写するなら、むしろ修辞的なモデル内に留まり、二つの意味領域――指示的な意味領域と比喩的な意味領域――の関係という観点から出発しなければならないだろう。(p198)


 こういうわけで、ルソーの政治学理論の本質は言語的な戦略(パフォーマティブな原理)として機能している、とド・マンは考える。

社会契約の観念的な言語は、小説の比喩的言説と指示的言説のあいだに見られる微妙な作用=戯れに酷似している。ルソーの小説『ジュリー』は、彼の最良の政治科学論でもある、としばしば指摘されてきた。『社会契約論』もまた彼の最良の小説である、と付言しなければならないだろう。だが、両者が依拠しているのは、一つの方法論的な前提、すなわち『人間不平等起源論』の礎とも言うべき修辞理論なのである。(p200)



【十章「読むことのアレゴリー」『サヴォワの助任司祭の信仰告白』】

 ド・マンによれば、『信仰告白』を口にしているのは、ルソー本人ではなく、テクストの構造的な虚構化された主体である。そしてこの本は、「テクストそれ自体の混乱を劇化している」(p308)ものとして解釈されている。そこでは道徳的判断の明らかな変則、ないし逸脱すら見受けられるが、それはルソーが用いる言語システムによる「修辞的な不確定性」から生じている。ルソーの思想の動きは、宗教的な「改宗」を目指している、とも考えられているが、矛盾する二つの価値をほとんど無自覚に定立するスタイルの点で、同時代の批判者からも「詭弁的」と称されることがあったという。

それは誤謬の余地、論理的緊張の残滓を残すことで、脱構築的言説の閉止を防ぎ、そうした言説の物語的・アレゴリー的な形式を明らかにする。こうしたプロセスが意志あるいは自由という言葉で述べられ、指示的なレベルに移し替えられると、示唆的な残渣は、それが今「現出している」ように見える一つの世界に作用し、まさにその世界を構成する経験的意識――精神、意識、自己――として不可避的に姿を現すことになるだろう。(p315)


 まさに、こうしたパフォーマティブなエクリチュールをルソーは自ら「自由」とみなしていたのである。ルソーによる行為遂行的な発話行為は、やがて実践的な「政治論」へと自然に結び付いていくことになる。ルソーのテクストが哲学的でありながら時に文学的で、『ジュリー』のように書簡体形式の文学の形式を採用しながら同時に哲学的でもあるという、「一つの領土」にけして限定されないエクリチュールを採用している点について、ド・マンは以下のように述べている。

「文学的」テクストの読みや解釈の方法を、「哲学的」あるいは論証的テクストのそれと不当に区別するのは――こうした区別の大半は美学的なカテゴリーの濫用から生じる様々なイデオロギーに由来している――、哲学的テクストの読みから、文学的な解釈に認められる基本的な精妙さを奪い去ってしまう。極めて逆説的だが、こうした事態は、より形式的・技術的な哲学者たちよりも、プラトン、ルソー、ニーチェといった自己の修辞を強く意識している書き手たちに、より鮮明に立ち現れているように思われる。(p297)


 ルソーはこの本の中で、人間の「自由」は「比較したり判断したりする能力」にあるという。『人間不平等起源論』では、「私が事物について下す判断に、〈自分のもの〉を持ち込むことが少なければ少ないほど、いっそう確実に〈真実〉に接近できる」と記されている。「判断」とはルソーにとって、「一つのものを別のものの上に重ねる」こと、すなわちreplier(折り畳む)こととして規定されている。それは彼にとって、同時にsentiment(感情)の別名でもある。「判断」――それは「対象指示の可能性を生み出すと同時に、それを無効にする」(p305)パフォーマティブなものであり、それ自体が「言語」を媒介にして構成されている。ド・マンの読解によれば、ルソーは「知覚」(知覚は言語に包摂されている)そのものも「隠喩」として構造化されていると考えていた。つまり、知覚もまたひとつの言語的対象として捉えることができるのである。ここから更に発展して、ド・マンは存在論の核心にも急迫している。「存在」とは、est(ある)という、この「語」以外の何ものでもない。「存在」という言葉には実はいかなる神秘も、奥深い超越的指示対象も存在してなどいない。それは単なる「語」に過ぎない。
 ルソーは「感覚である映像が、対象である実物と一致しないのはどうしてか」について、常に考察していた。ド・マンによれば、それは「表明された思考行為それ自体が、そもそも一つの歪曲だからである」(p304)。こうした考えは、『言語起源論』でも主題になっており、ルソーにとって最大の言語論的な研究課題であった。
 

『ジュリー、または新エロイーズ』の「序文」の「執筆者」にとって、文学テクストの意図性(「意図の統一性」unité d'intention)は、自分は著者だと確信できる作家が一人もいないほど決定不可能なものだったが、そのことを考慮するなら、こうした言明はそれと逆のことを言っているように見えるマラルメの一文(骰子の一擲はけして偶然を排除しないだろう)と実は非常によく似ていることが分かる。つまり、作家が自身のテクストに現前するのと同じ形で、〈神〉が自らの創造に現前するなら、神聖な知性に与えられる権威はほとんど皆無ということになる。…判断行為によって形式的一貫性のある構造を樹立するといった精神の力はけして否定されていないが、そこから生じる様々なシステム――例えばテクストのシステム――については、その存在論的ないし認識論的な権威=根拠を確定することは不可能である。(p309~310)


 ここでド・マンは驚くべき見解を表明している。「作家が自身のテクストに現前するのと同じ形で、〈神〉が自らの創造に現前するなら、神聖な知性に与えられる権威はほとんど皆無ということになる」――この箇所は、神の世界創造を、一人の作家が物語を創造するプロセスに擬えるかたちで、すなわち「書く行為」のアナロジーとして捉えている。だとすれば、人間の書く物語が常にパフォーマティブによってコンスタティブを「壊乱」することに本質を持つという、ド・マン及びフェルマンに共通する見解に基づいて、我々は神もまた同様のパフォーマティブを実演していると解釈しなければならない。神を主語にして始まる全てのテクストもやはり人間の産物である以上、行為遂行的に書かれていることは否めない。神が書かれた存在である以上、この神は常にパフォーマティブに世界を創造しているというのは、まさに神御自身の本質が「言語」に存するからである。
 『信仰告白』でも、「神」の概念は人間的な「判断」から引き出されている。それが「判断」である以上、「一つのものを別のものの上に重ねる」こと、すなわち認知構造におけるreplier(折り畳む)ことが必然的に伴うのである。「神」と「人間」は、「それぞれが相手の隠喩」になっており、聖書の記述においてヤハウェが「熱愛」するなどの情動性を有するように、互いに字義的な点においては「類似」している。
 かくして、ルソーにおいて「判断」とは言語的に構成されるものであり、「言語」とはその本質においてsentimentalなものである。重要なのは、ド・マンがこれをルソーという「特殊」なケースに限定されたものとして言及しているのではなく、言語「一般」の問題として把捉している点である。あらゆるテクストを支配しているのは、神秘主義者が往々にして夢想したように神を表す謎めいた一語ではなく、徹頭徹尾「修辞システム」なのであり、それを動かす下部構造にあるのはあくまでも人間的な生々しい「心的欲動」に他ならない。こうした感覚的次元を言語の本質として規定する見解は、moral sensitive(感性的道徳)が重視された18世紀という時代において、とりわけ浮世離れした思想というわけでもなかった点をド・マンは強調している。
 あらゆるテクストは、本質的に「読解不可能」なものである。全ての文学のみならず、厳密なロジックによって理論的に構成された論文テクストであれ、それが「言語」で記されている限り、そこにはパフォーマティブな側面が常に反映されている。一つのテクストは、けして「一つの解釈」に固定化されることがない。何故なら、批評テクストもまた、ショシャナ・フェルマンが述べたように本質においてパフォーマティブなものだからである。ド・マンにおける「アレゴリー」、オースティンにおける「パフォーマティブ」、そしてフェルマンにおける「ドン・ジュアン性」――これらは共通して、「読むことの不可能性」を我々に指示している。




「参考文献」



読むことのアレゴリー――ルソー、ニーチェ、リルケ、プルーストにおける比喩的言語読むことのアレゴリー――ルソー、ニーチェ、リルケ、プルーストにおける比喩的言語
(2012/12/22)
ポール・ド・マン

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06/05のツイートまとめ

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tomoichiro0001

先日、グエルチーノ展と併せて鑑賞した常設展側で、最も印象的だった一枚。神秘的なauraを放っていました。未見の方は、ぜひ画廊にて。アンリ=ジャン=ギヨーム・マルタン《荊冠を被った女性(沈黙)》(1897)(門倉ユカ撮影) http://t.co/61iHTARdCS
06-05 23:22

RT @editions_azert: 近刊。ジャック・デリダ著/守中高明訳『赦すこと——赦し得ぬものと時効にかかり得ぬもの』未來社、6月30日刊行予定。ポイエーシス叢書63。《デリダの晩年の問題系のひとつでもあった〈赦し〉の可能性=不可能性のアポリアを緻密に展開した論考。》h…
06-05 15:25

RT @editions_azert: 近刊。『芸術の言語』ネルソン・グッドマン著、戸澤義夫訳、慶應義塾大学出版会、6月22日予定。http://t.co/LZJ0QiCwZP 《20世紀美学の最重要書、ついに訳出! アメリカ現代哲学者のグッドマンが、記号論の視点から芸術を統一…
06-05 15:24

RT @parages: >RT 眠りかけの半睡眠状態のほうが、起きているときより覚醒している、逆に意識して書いていると思っているときほど無意識に置かれる、という奇妙な逆説を述べていて面白いよね。ところでこれ、映画『デリダ The Movie』の未収録の一シーンらしく、なぜネッ…
06-05 15:24

RT @lethal_notion: 「脱構築の問題系」なんて題だが、「書いている時は自信満々だけど、眠る直前とか不安になる」とかいうすごい普通のことをデリダが語っている(笑)Derrida On The Problematics Of Deconstruction http…
06-05 15:23

RT @editions_azert: 《著者に確認したところ、『王国と栄光』は欠番だった第II部第4巻に変更され、『スタシス』が新たに第II部第2巻となったことが分かりました。…なお第IV部第2巻『身体の使用』は某社で翻訳が進行中のようです。》アガンベン「ホモ・サケル」。ht…
06-05 15:20

RT @dessinatrice001: 【お知らせ】現在、S/K Studioでは鈴村智久の著書を御購入いただいた読者様からのレビュー(御意見、御感想、批評など)を募集しております。どなたでもお気軽にお寄せ下さい。以下のリンク先から販売中の全ての作品リストが表示されます。h…
06-05 02:57

RT @dessinatrice001: 「飽くことなき女色に耽った十八世紀英国の放蕩貴族ロチェスターに我が身を仮託しつつ、果てしなくセックスを繰り返す青年の物語《BUTTERFLY SEX》等、 挑発的言語を大胆に駆使した性愛文学」 鈴村智久『黒アゲハ』(装訂/門倉ユカ)
06-05 02:56

RT @dessinatrice001: Dieu n'existe pas encore(神はまだ存在しない)――現代思想において世界的注目を集めるQ・メイヤスーの神論に真正面から文学的応答を試みた表題作を含む、これからの時代の新しい文学。鈴村智久 『私たちの存在の墓で』 h…
06-05 02:56

06/04のツイートまとめ

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tomoichiro0001

ある行為者の趣味形成に及ぼす「居住地域」の問題は、もっと言及されて然るべきかもしれません。
06-04 19:16

例えば休日に「映画館へ行く」行為と「美術館へ行く」行為は、ブルデューが『ディスタンクシオン』で提示したように、「文化資本格差」あるいは「地域格差」(中心/周縁)を前景化させます。美術館の数少ない地方居住者は必然的に「ふらっとあの画廊を歩く」行為からは疎外されます。
06-04 19:07

ブルデューによれば、「真理」とはひとつの表皮、表層であり、各〈界〉において権力を持つ行為者が「再生産」しているものに過ぎません。私が美術館へ行くのは、⑴習慣、⑵画家の感性的な世界に触れたい、⑶執筆のインスピレーションの獲得、というごく素朴な動機による場合が大半です。
06-04 19:01

わりと有名な研究者の方が、「昔は美術館に真理があると思っていた」という趣旨の発言をしておられたのですが、この場合、画廊に「真理」が据え置かれているというより、「真理」が美術館という制度によって再生産されているという事実を示唆させる方が、いっそうラディカルな議論へ発展するでしょう。
06-04 18:52

RT @lunar_shirayuki: 西口の「新宿の目」は妖しく光ってた✡(✺ω✺)✡
06-04 18:38

RT @kimarx: 洗練されたアルゴリズムは美を帯びる。その美は音楽という形式においては多数の人びとを惹き付けるし、そしてその美しいアルゴリズムが自然現象の説明のために応用された場合、その説明は大きな訴求力を持つ。この美を裏付けるためにプラトンはイデアという概念を要請した。
06-04 13:43

RT @lunar_shirayuki: 彼氏と新宿ブックファーストにて書物探索した後に新宿中央公園に初めて行ったけどなんだか癒されたなぁ☆≡。゚. http://t.co/JtI7PaeNNT
06-04 00:09

06/03のツイートまとめ

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tomoichiro0001

RT @dessinatrice001: 「ボルヘス文学の遺産を受け継いだ著者が〈来るべき文学の可能性〉を提示した恐るべき恋愛小説。都市で生きる男と女の偶然の出会いを通して、緩やかに〈存在〉の迷宮が可視化していく」鈴村智久の最新作『アニエールの水浴』(装訂/門倉ユカ)http…
06-03 23:34

RT @dessinatrice001: 「映画界のみならずオペラ、演劇界に決定的な影響を及ぼし、後世の文化人に未だ深い感銘と陶酔を与え続けるイタリアの名門貴族の血を引くルキノ・ヴィスコンティ。その美的原理を最新の美学によって徹底的に分析する」鈴村智久『ヴィスコンティの美学』h…
06-03 23:33

RT @fujiyukisouen: ジュリアン・グラックJulien Gracqの『アルゴールの城にて』ある方から受け継いだもの。個人的にはとても好み♡文字で作られたタペストリーという言葉が頷ける作品でした。 https://t.co/dkID3EqWTu
06-03 23:02

RT @sibaccio: いつのまにかジュリアン・グラックの『陰欝な美青年』が復刊している。 http://t.co/xuu5036Pk6
06-03 23:02

RT @ayagonmail: ジュリアン・グラック祭開催中につき、通勤途中も昼休みも、『シルトの岸辺』にどっぷり浸る。『アルゴールの城にて』には科白がひとつもなかったので、登場人物が会話しているだけで、何だか意外。しかし会話の部分でさえもはっきりした事は誰も言わず、核心の周囲…
06-03 23:01

文遊社はカヴァン、ヴェルヌシリーズを始め、グラックやウルフなどの魅力的な作品の刊行が多いですね。カバーレイアウトも美しい作品が多いです。今後の出版にも大いに期待。
06-03 22:45

@geruda7 そうですね、アガンベンには政治学、神学系統の刺激的な著作もありますし、『ニュクス』でも「オイコノミア」についての論稿が掲載されています。デリダ側からは批判もありますが、注目されている思想家の一人ではありますね。
06-03 22:30

帰ってから、彼女が美味しい明太子パスタを作ってくれました。
06-03 22:26

@geruda7 ナンシーの『キリスト教の脱構築』を探していたのですよね。高嶺様はアガンベンの『ニンファ』のような美術評論もお好きそうですね。
06-03 22:20

今回落手したのは、以下の三冊です。*ジュリアン・グラック『陰鬱な美青年』*アンナ・カヴァン『氷』*グスタフ・マイリンク『ゴーレム』(ちなみに、この新装版『ゴーレム』にはこのような美しく神秘的な挿絵が多く使われております。) http://t.co/wazCwnpVwD
06-03 21:56

ユダヤ神秘主義の中核となる書『ゾーハル』におけるセフィロースの思想体系

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 ユダヤ神秘主義の伝統はカバラとして知られているが、カバリストは大別して以下のように二種類存在している。一方は、神とのunio mystica(神秘的合一)を目指すアブラハム・アブーラーフィアを代表とした「忘我的傾向」を持つ潮流である。他方は、カバラの中核となる書物『ゾーハル』の著者とされるモーセス・デ・レオンを代表とする「神智学的傾向」を持つ潮流である。ここでは、後者のタイプの思想体系について、ユダヤ神秘主義及びカバラ学の世界的権威であるイスラエルのユダヤ学者ゲルショム・ショーレムの主著『ユダヤ神秘主義』第六章「ゾーハルの神智学的教義」を中心に要諦項目を整理しておきたい。
 ショーレムは本論で、以下のような見解を表明している。人間はいつの時代でも、「問い」に対して「答え」を出そうと努めてきた。しかし、答えられない問いにまで達すると、そこでは既に「問いそれ自体が答えである」。

⑴ セフィロースのシステム

 ユダヤ神秘主義の宇宙論によれば、この世界のあらゆるシステムには共通するひとつの「構造」が存在しており、それは「セフィロース」と呼称されている。あらゆるシステムである以上、それは人間の細胞の機能(ミクロコスモス)や、日常生活の周辺に存在するあらゆる社会システム、更にはより巨視的に銀河系の生成消滅のプロセス(マクロコスモス)にも妥当する。特に人間の身体は、神自身の生命の「隠れた有機的組織」を反映していると考えられている。

えはえht
カバラ 神秘主義 セフィロス セフィロース タロット 


 セフィロースとは、これら一つ一つの「セフィラー」の集合である。ショーレムはそれを「神的生命の一体化した宇宙」、「統一的世界」(アルマー・ディ=イフーダー)、「無限なるもの」(エン・ソーフ)、「神の神秘的樹木」と表現している。同時に、それは神を呼ぶための「十の名」、あるいは我々人間の「内なる神の顔」、宇宙の成長における「十のプロセス」とも表現される。セフィロースはユダヤ神秘主義の伝統において最も重要な「隠れたる神」そのものであり、これは同時に「神性の最も内なる〈自己〉」とも表現されている。

「セフィロース」の各名称と意味

1 「ケセル・エルヨーン」(神性の「最高の王冠」)
2 「ホクマー」(神の「知恵」、あるいは原理念)
3 「ビーナー」(神の展開される「知性」)
4 「ヘセド」(神の「愛」、あるいは「恩寵」)
5 「ゲブーラー」または「ディーン」(神の「権力」。特に刑罰を与える権力と裁きを下す威力)
6 「ラハミーム」または「ティーフェレース」(ヘセドとゲブーラーのセフィラーの対立を調停する神の「慈悲」)
7 「ネーツァハ」(神の「恒常的存続」)
8 「ホード」(神の「尊厳」)
9 「イェソード」(神のあらゆる活動力と生殖力の「基盤」)
10 「マルクース」あるいは「シェキーナー」(神の「王国」。『ゾーハル』ではイスラエル共同体の神秘主義的原像)



(1.1)「セフィロースに樹根は存在するか?」

 ショーレムによれば、セフィロースの「樹根」を我々人間が認識することは不可能とされている。しかし、セフィロースの源からは世界を形成する「樹液」(エン・ソーフ)が流れ出ている。この「樹液」という『ゾーハル』特有のレトリックは、既に神による宇宙創造の観念を含み込んでいる。すなわち、神は「流出」によって世界を形成したとする考えである。ショーレムはこれを、神が「潜在的なもの」を現働化する行為として捉えている。いわば、神の内的な運動が外部にまで「表象」される行為――これが「世界創造」に他ならない。

(1.2)「セフィロースの発生過程、あるいは宇宙の起源」

 では、神による流出が開始される以前には、宇宙には何があったのだろうか? 『ゾーハル』では、それは「無」として規定される。無の状態にあった宇宙は、「神的な光」の最初の照射を受けたとされ、この起源の光は「世界の精子」、あるいは「種子」とも表現される。この場合の種子とは、宇宙創造における全てのプロセスが潜在化されて眠っている中心点である。ここには神のエーテル状の「アウラ」が集中しているとされ、「存在の根源」(ハトハラース・ハ=イェシュース)とも表現される。「世界の精子」が天上の「母」である「神的知性」の中に没入することで、神はその母胎としての「子宮」から「セフィロース」を誕生させた、とショーレムは解釈している。
 ただ、ここで極めて重要な問題として、ヘブライ語の「アイン(無)」が「アニー(私)」と同一の母音である点を指摘せねばならない。ショーレムによれば、アインがアニーへ成長する過程それ自体が、神自身の成長過程であるとされる。宇宙が何もない状態から、存在するものとして開けたように、神もまた「無」から「私」へと個性化したと考えられる。これは同時に、人間の成長過程のアナロジーにもなっている。セフィロースでは、「無」は「神性の最高の王冠」(ケセル・エルヨーン)と表現されており、十あるセフィラーのうち、第一のものとして現れる。
 
(1.3)「創造における三つのセフィラー」

 宇宙創造の起源は、「無」(ケセル)であり、その状態に「神の知恵」(ホクマー)が照らされる。すると、このホクマーの光によって、世界にはまず「差異」の概念が生まれたとされる。差異とは、AとBの区別、あるものと別のものを分ける根源的な概念である。これによって世界は多種多様に分化、派生するに至った。この神の働きがホクマーに後続する神の「知性」(ビーナー)である。創造の最初の七日間で機能したのは、ケセル、ホクマー、ビーナーという三つのセフィラーである。
 こうした世界の分化のプロセスは、そのまま生命発生のプロセスと重なり合っている。


(1.4)「セフィロースの最終段階」

 セフィロースの最終段階、つまり十番目のセフィラーは「シェキナー」、あるいは「マルクース」と呼ばれる。これは「神の王国」、「永遠に女性的なもの」を意味し、セフィロースにおいて最も重要な地位を占めている。『ゾーハル』には存在しないが、『バーヒールの書』のレトリックでは、「イスラエル共同体の神秘主義的母胎」、あるいは「神の花嫁」というメタファーが用いられる。セフィロースの最終プロセスを、このように女性的に捉える発想はユダヤ教グノーシス主義に現在も共有されている。シェキナーは擬人化されて表現されることもあるが、それは往々にして「敬虔な貧者」である。
 人間も成長過程でセフィロースの十のプロセスを経ると考えられるが、どこかで必ず「神の内面性へと通じる入口」に出会う。それは、いわば人間が神と顔を合わせるための「開口部」である。この入口もまたシェキナーと表現され、『ゾーハル』においては「信仰の秘密」(ラーザー・デ=メヘマヌーサ)の核心である。因みに、この神と人間の出会いは、以下のように「神の人称」をめぐる三つの段階を辿るとされる。そもそも『ゾーハル』では、神も成長しており、三段階の「個性化のプロセス」として表現されている。その上で重要なのは、神は成長する度ごとに、その「人称」を変容させる点である。

「神の人称」

a)「彼」

 「彼」と呼ばれる神は、旧約聖書の創世記において活躍していた、あの「創造」の神である。

b)「汝」

 「彼」と呼ばれる神が「汝」へと成長すると、新約聖書においてナザレのイエスを通して語られる、あの「愛と恩寵」を賦与する神になる。

c)「我」

 「汝」にまで成長した神は、やがて宇宙の中ではなく、宇宙の「外」に再び移行するが、これが「我」と呼ばれる神である。ミクロコスモスに置き換えると、人間が己の自我の内に存在している絶対的他性(外部)としての神に出会った段階を、「我」と表現する。実際、ユダヤ神秘主義における「隠れた神」とは、実は「神性の最も内なる〈自己〉」とも呼ばれている。セフィロースでは、この状態を「シェキナー」(神の王国)と表現する。 


関連項目[編集]形成の書バーヒール(Bahir)カバラー 神秘主義 メルカバー
ゼノギアス ゼノサーガシリーズ


⑵ 『ゾーハル』の倫理学

 『ゾーハル』における最高の宗教的価値は「デベクース」(不変の愛、神との変わらぬ直接的関係)である。デベクースは、以下のような行為によって日常生活でも実践することができる。

・慈善
・純潔
・清貧
・祈り
・思考の純粋さ
・神への愛、畏怖
・トーラーの研究



(2.1)「悪の起源」

 重要なのは『ゾーハル』における「悪」の概念である。何故なら、そこでは「悪の発生」のメカニズムが根源的に問われているからだ。悪の根源に位置しているのは、実は欲望ではなく、a)分離、b)不適合、という二つの概念である。まず、「分離」を説明する際に、ショーレムは以下のような解釈を採用している。「取ってはならない」と定められていた果実を、蛇が唆したことでエヴァが手に取ってしまった。この原罪の場面において光景として浮上しているのは、端的に「行為」としての「分離」――すなわち、「果実」の「樹木」からの切断に他ならない。本来、そこにあるべきものが、この場合、エヴァの手によって別の場所に移されていること、これをショーレムは「悪」の根源としての「分離」として規定するのである。同様のエピソードは他にも見出される。例えば、元々エデンの園には一本の樹木しか存在しなかった。にも関わらず、「分離」(これは結局、差異化を生起させるセフィラーである「ビーナー」の力とも相関するだろう)によって、二本の樹木に分かれてしまった。「生命の樹」と、「認識の樹」の誕生である。初めから「分離」されていなければ、蛇が唆すこともなかった。ここに、悪の起源を探求する上での重要なアプローチが垣間見えているのが判然とするだろう。
 次の「不適合」も、「分離」と根本的に類似する姉妹概念である。本来できないはずの行為を無理にやろうとすること、本来そこで安らっているはずのものを、別のところに持っていこうとすること。これは例えば、「神にしか可能ではない行為」を、傲慢にやってみせようとしたサタンの罪とも相関している。ショーレムはこうした「不適合」(できないことをやってみようとする傲慢の罪)を、「魔術のデミウルゴス的な思い上がり」などとも表現している。

(2.2)「神の右手と左手」

 『ゾーハル』によれば、神にも実は右手と左手で異なる属性が存在している。

・右手……「慈悲」と「愛」
・左手……「怒り」



 聖性を「右」に設定するのはキリスト教にも採用されており、基本的にキリスト教美術でも聖なる存在は右側に描かれる。例えば、二十世紀に再発見され、国際的な再評価が進んでいるバロック時代の画家グエルチーノの《聖三位一体》では、キリストは左側に描かれているが、これは御父が「右」に座し、中央の鳩を軸にして聖三角形を示唆する一体関係を表現しているためである。
 『ゾーハル』では、神の右手と左手には互いの属性を打ち消し合う「自浄作用」が存在しているとされる。つまり、悪が蔓延する領域に神は右手ではなく、左手を御使いになられることがあるが、これは来るべき「より大きな慈悲」を前提にしているからである。このように、右と左、神の愛と憤怒は互いにシーソーのようにバランスを取り合っている。しかし、均衡が崩れると「悪」が生起すると規定される。この「悪」とは、神の「左手」そのものを意味する「サマエル」という名の悪の化身である。
 ここで重要なのは、ユダヤ神秘主義の伝統では神をひとつの「神秘的有機体」(聖なる生命体)として捉え、その上で神の誕生、成長過程において必然的に生じた「廃棄物」が、「悪」であるとする考え方である。これは、我々を即座に以下のような考えに導くだろう。つまり、「悪」も実は「神性」そのものから発生している、という見解である。実際、『ゾーハル》でも「悪」はセフィロースを象徴する「宇宙樹」の「樹皮」(ケリーパー)、あるいは「聖なる栗」の「殻」として形象化(譬喩化)されている。

(2.3)「霊魂論」

 『ゾーハル』には以下のような興味深い霊魂論が描き出される。まず、霊魂は以下のように分類される。

a)聖なる霊魂(ネシャーマー)
b)生得霊魂(ネフェシュ)



 ネフェシュとは、万人に与えられた霊魂であり、罪を犯す可能性を持っている。一方、ネシャーマーは「神と世界の隠れた本性を直観する力」であり、セフィロースの「ビーナー」(神的知性)から発している。以上の二つの定義から、以下の点が導き出される。すなわち、罪を犯した人間は死後、ゲヘナの「業火の河」で浄化されるとされているが、これを受けるのは聖化されていないネフェシュの方である。また、聖職に就く者が重大な罪に染まった場合、彼の魂からネシャーマーが「分離」したと考えられる。このように、『ゾーハル』においても霊魂の階層構造を採用する。
 では、我々がネシャーマーを獲得するためにはどうすれば良いのだろうか? これに対する明晰な答えは、個人が生きている間にできるだけ「善行」(ミツヴォース)をするというものである。ミツヴォースの内容については、「慈善」や「純潔」などとして先述しているが、これによって我々は天界で着るための「神秘の衣」を織り上げている。罪人にも死後、衣服が着せられるが、そこには地上での善行の多寡に応じて「穴」が開く。巨悪をなした者はそもそも着衣することがないという。

ゾーハル(זֹהר, הַזֹּהַר, סֵפֶר־הַזֹּהַר sēpher hazZōhar, Zohar)はトーラー(五書)の註解書であり、ユダヤ教神秘思想(カバラ)において中心となっている書物で、アラム語で書かれている。一般的に『光輝の書』と訳され、『ゾハールの書』とも言われる。ユダヤ神秘思想の中に出てくる、セフィロトの木やアダム・カドモン、様々な天使、膨大な数を取り巻く多くの天国などの諸々の神秘思想などがまとめられたユダヤ神秘思想関係の重要文献である。13世紀のスペインのラビ・モーゼス・デ・レオンの著作とされ、シメオン・ベン・ヨハイとの講話記録形態をとっている。尚、セフィロトにも善悪の二つの理論体系があるとしてゾハールの書に影響をもたらした、ラビ・イツハクが参考にした『バヒルの書』には悪の起源の問題があり、他、両性具有理論やセフィロトの発生過程などの説明も記されているとされる。ゾハールの書以前の『バヒルの書』はカバラ神秘思想の道を切り開いた、カバラ神秘思想の最初期の書物といえるであろう。
ゲルショム・ショーレムによれば2世紀にイスラエル地方で話されていたアラム語のスタイルが用いられている。
13世紀のスペインのラビ・モーシェ・デ・レオン Moses de Leon が、2世紀のタンナーであるシモン・バル・ヨハイの名を借りて書いた。

06/02のツイートまとめ

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tomoichiro0001

RT @hirakurakei: 結局もろもろの共同体を超える「良さ」の根拠を、信仰なしにどう調達するか?ということだ
06-02 20:46

RT @hirakurakei: 雑誌の「現代思想」、いちどKindleでの読みやすさを経験すると、紙で読む気は決してしない
06-02 20:39

RT @akihito_suzuki: 英国王女プリンセス・シャーロットの出生証明書の写真。父親の職業は英国王子、苗字は of Cambridge、母親は同じ苗字ですが、生まれが平民だから称号がつく場所が違う。うううむ。http://t.co/V6RQQrXeOX http:/…
06-02 20:36

RT @KobayashiYo: 「原稿を一晩寝かせる」というのは物書きとかケンキューシャ(私も)がときどき使う表現だが、もちろん原稿を寝かせても原稿が熟成されるはずはなく、執筆者が一晩寝て翌朝すっきりした頭で読み直し手を入れることによって原稿が熟成されるわけだから、正確には「…
06-02 20:34

RT @201yos1: 川中なほ子『J・H・ニューマン研究』を入手した。ニューマンは、現代カトリック思想の観点からも、教父研究や大学論においても、超一級の宗教思想家としても極めて重要であるにも関わらず、日本語でのまとまった研究は殆どなかったので、実に貴重な研究http://t…
06-02 20:31

RT @kostnice: この子は(展示の加減であまり見えないけれど)肩に無数の歯型をつけられ。カフカ「田舎医者」のローザに引き続き、歯型女子をこんなに短期間にまた作るとは。 http://t.co/OuY5IZJjH4
06-02 20:27

RT @kostnice: (アンナ・カヴァン「氷」より。)◇「物語の中の少女展」開催中です。昨年からノンストップでここまで来た様な気がしますが、この後は暫く予定がありませんので、会期中に是非人形達に会いに来てやってくださいね。 http://t.co/cPivb4BYdf
06-02 20:27

最近、ゴシック文学の古典として名高いマイリンクの『ゴーレム』を眠る前に読んでいるのですが、ユダヤ神秘主義やR・オットーの「ヌミノーゼ」に相関する神秘的な存在としてゴーレムが描かれていて、極めて印象的な描写が多いです。勿論、幽霊譚としても興味深く読めます。
06-02 13:58

『現代思想』の北野×ザルテン対談、メイヤスー「思弁的唯物論のラフスケッチ」読了。
06-02 13:36

RT @yamauchitaiji: 日本の大学と大学生に知ってもらいたいのは、アメリカの学生の勉強量の膨大さである。特に、読む量と書く量が違う。4年間でつく差を考えると、日本の将来が心配になる。http://t.co/DBTGPFcles
06-02 13:32

06/01のツイートまとめ

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tomoichiro0001

RT @dessinatrice001: 「映画界のみならずオペラ、演劇界に決定的な影響を及ぼし、後世の文化人に未だ深い感銘と陶酔を与え続けるイタリアの名門貴族の血を引くルキノ・ヴィスコンティ。その美的原理を最新の美学によって徹底的に分析する」鈴村智久『ヴィスコンティの美学』h…
06-01 20:13

RT @dessinatrice001: 【お知らせ】現在、S/K Studioでは鈴村智久の著書を御購入いただいた読者様からのレビュー(御意見、御感想、批評など)を募集しております。どなたでもお気軽にお寄せ下さい。以下のリンク先から販売中の全ての作品リストが表示されます。h…
06-01 20:12

@geruda7 そうですね、聖フランチェスコの「清貧」の教えはロンドンからの宮廷画家の依頼を断ったグエルチーノらしい主題でしたね。その他、やはり同時代的な聖人として人気を博していた聖カルロ・ボッロメーオを積極的に描いた点も印象的でした。
06-01 12:21

RT @lunar_shirayuki: アンナ・カヴァンの『氷』に続き『アサイラム・ピース』も読んでますhttps://t.co/Z89Qz4KL2E
06-01 12:15

ブランショ以後のポスト文学、「文学の死」後に生きる者たちの地平――モーリス・ブランショ『カフカからカフカへ』を読む

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カフカからカフカへカフカからカフカへ
(2013/10/30)
モーリス・ブランショ

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【ブランショ以後のポスト文学――「文学の死」後に生きる者たち】


 現代文学の最前衛に位置し、カフカに続いて「百年後の文学」を準備したと世界的にラディカルな議論を呼び続けているフランスの作家、評論家モーリス・ブランショ。彼はまず、今日における「文学の死」の惨状を受け容れつつ、それでもなお書こうとしている我々を象徴的に「死後に生きる者たち」(マッシモ・カッチャーリ)として規定する。あらゆる物語が書き尽くされ、同時に体験され、最早いかなる個人的な体験、アウラに依拠しようとも「再生産」にしか成り得ない21世紀前半の文学的苦境――。こうした問いに答えるべく、ブランショのカフカ論は刊行された。
 カフカとはブランショにおいて何者であったのか? より正確に言えば、彼は「カフカ」というこの世界文学史上の巨大な「事件」を、1911年2月19日付けの『日記』でカフカ自身が書いた以下の短かくも限りなく神秘的な表現を用いて言い尽くしている。同時に以下のテクストは、「ただ書くことによって生きていた」カフカという孤独な独身者の「書記官」が残したテクストを読み解く最大の鍵になるだろう。そして、それはまた「エクリチュール」の本質の解明に寄与する。

「僕が『彼は窓から眺めていた』という文を無作為に書く時、この文は既に完璧なのだ」(1911年2月19日)――「彼は窓から眺めていた」となぜ書くのか。それは、この一文がすでに彼自身を超えたものとしてあるからなのだ。(p88)


 この鳥肌の立つほど美しく謎めいたテクスト――カフカとブランショの相互浸透、最早互いの差異もなくなり、引用符が地の文に溶け、陥入し合い、織り目のない美しいタペストリーを成すこの決定的な一文を、本書は無限に展開する試みに他ならない。また、本書に収録された論稿には「文学」だけでなく、「政治」、「死」といったテーマへの深い洞察も見られる。
 カフカがまず我々に教えてくれるもの、それは以下のように図式化することができる。すなわち、人間はたとえある環境下で「幽閉」されていても、「種々の身近な可能性の道」によって「脱出」できるのだということ――。


(1)【カフカのレシ(récit)についての考察】


 まず、近年重視され始めているロマン(roman)とレシ(récit)の「差異」の問題について述べておこう。「ロマン(roman)」とは、「登場人物やエピソードの多い長編」であり、「レシ(récit)」とは、「主要登場人物が三人前後であり、エピソードも少なく、一人称の語り手には名前が与えられず、その語りはしばしば中断されるために物語的な一貫性に欠けるといった特徴がある」(郷原佳以『文学のミニマル・イメージ モーリス・ブランショ論』p192~193)。ブランショはまず、カフカの作品の総体を「レシ(物語)」と表現している。カフカの場合、『日記』も含めて「作品全体がひとつの断章」(p73)を構成している。

「レシ(物語)とは、正当さを証明することのできない、不可解な一連の出来事となった思考のことであり、レシに取り憑いた意味作用とは、不可解なものを通して、それを反転させる常識として持続するこの同じ思考なのである。イストワール(物語)の段階に留まる者は、意味が光となって暴き出すその当の謎にはたどりつくことができない。この二種の読者はけして互いを支え合うことはできず、どちらか一方、ついで他方となることしかできないのだ。常に、必要以上に理解するか理解が不十分であるかのどちらかであり、真の読書はついに不可能なままなのである」(p70)


 レシについての重要な原則として見落とされがちなのが、クロード=エドモンド・マニーが表明した以下の見解である。すなわち、カフカはIch(私は)という一人称形式の小説から、Er(彼は)という三人称形式(ヨーゼフ・K、あるいはK)へ移行したことで、文学的深みに到達したとする考えである。すなわち、レシにおいては「自己の滅却」が起きる。また、ブランショの『謎の男トマ』や『わたしについてこなかった男』の文体に見られる特徴の一つとして挙げられるのが、「固有名詞の抑制」である。これはプルーストの固有名詞を鏤めた文体と比較すると歴然となるが、いったいなぜブランショはこれほどにも固有名詞を、換言すれば「名付ける」行為から離散した地点でエクリチュールを展開するのであろうか?
 その解明の手掛かりとなる見解も、実は本書『カフカからカフカへ』で表明されている。「名付ける」行為について、ブランショは以下のように説明している。

 私が「この女」と言う。ヘルダーリン、マラルメ、そして一般的な詩の本質をおのが詩のテーマとした人々は、名付けるという行為のうちに、不安を覚えるような驚異を見ていた。語はそれが意味するものを私に与えてくれるが、まずそれを抹殺するのである。私が「この女」と言えるためには、私はいずれにせよ彼女の生身の実在性を奪い、不在にし、消滅させなければならない。語は私に存在を与えてくれるが、存在を奪われた存在として与えるのである。語とは、この存在の不在、その虚無、存在を喪失した時に残されているもの、すなわち、存在していないというただその事実だけなのだ。(p37-38)


 ここでブランショは、言語の本質を「存在」に対する「不在」、「虚無」――いわば実在するものの「抜け殻」、「亡霊的なもの」として位置付けている。ここで初めて、彼は「死」こそが「言語」の本質であり、その核心となる隠喩であることを明かすのだ。言い換えれば、ブランショにとって「死」とは単に命あるものが生き絶え、墓場に埋葬されることを意味しているのではない。彼にとって「死」とは、まず「言語」の原理なのであり、それを作品化することは、いわば言語自身の自己展開に他ならないのだ。言語が言語自身についての孤独なモノローグを展開する――これこそ、ブランショの特異なエクリチュールの空間に見られる第一の特徴である。

したがってまさに次のように言うのが正しい、私が語る時、私の中で死が語っているのだ、と。私の言葉は、死がまさにこの瞬間世界に放たれ、語る私と、語りかけられている存在との間に、不意に立ち現れたことを告げているのである。死は我々の間にあって我々を隔てる距離のようなものだが、しかしこの距離はまた、我々が隔てられるのを防いでもいるのだ。なぜなら、死のうちにはあらゆる了解の条件があるからである。ただ死のみが、私が手に入れたいものを捉えさせてくれる。死は語の中にあって、その意味の唯一の可能性である。死なくしては、すべてが不条理と虚無のうちに崩れさってしまうだろう。(p39)


 カフカを「死」の文学として捉える時、ブランショは実は自身の作品に自注を付けてもいるのだ。双方に共通しているのは、「死」を直接的に描写せず、高度に隠喩化した状態で無限にそれを引き延ばそうとする点である。死のナラティブ――それは必ずしも「死者」を描く必要はなく、「墓地」を舞台にする必要もない。ただ、言語それ自体に真正面から向き合った小説だけが、彼らの言う「死」の本質を開示させることになる。何故なら、言語の本質とは「死」、「不在」なのだから。

 文学は説明ではなく、完全な理解でもない。というのは文学のうちには説明不能なものがあるからだ。文学は説明せずして説明し、言葉の不在の中で呟かれるものにその言語を差し出す。こうして文学は、存在から締め出され、あらゆるカテゴリーを逸脱する実存の異質さと結び付くように見えるのである。(p59)


 カフカのレシは従来の物語形式としてのイストワールとは完全に異質であるわけだが、そのためには「起承転結」というこの伝統的かつステレオタイプ化された小説作法から脱却しなければならない。とはいえ、『書簡』収録の「オスカー・ポラック宛」の文面では、「芸術は技巧を必要とする」という信念をカフカが強く守っていたことが窺える。カフカは実際、クライストの文体、ゲーテ、フローベールの文学作品に見られる形式から多くを学んでいた。
 カフカのレシを考える上で見逃せない資料は、マックス・ブロートが「カフカの信仰の中心にあるもの」として強調している以下のアフォリズムである。

「理論的に言えば、地上の幸福に至る完璧な可能性がひとつある。自らのうちの不滅のものを信じ、それに到達しようと努めないことである」(『罪、希望、真実についての考察』第六十九番、本書p223)。


 ちなみに、ブロートの『異教、キリスト教、ユダヤ教』にもこれと同様の見解が収められている。

「『地上の幸福に至る完璧な可能性が理論的にはひとつある。決定的に神なるものを信じ、そしてそれに到達しようと努めないことだ』と。この幸福の可能性は、近付き難いと同時に不敬虔でもあるね。でもギリシャ人は、おそらく他の誰よりもこの可能性に近付いたのだろう」(マックス・ブロート『異教、キリスト教、ユダヤ教』、本書p223)


 物語に「結末」を与えないこと――。
 常に「未回収」で「未満」、「途上」のものであり、ロマンに到達しようと「努めない」こと。ジッドの提示した区分「ロマン」と「レシ」を用いれば、「ロマン」を「死なせる」ことである。
 カフカ文学のテーマを、ブランショは超越性としての「死せる神」と譬喩的に表現する。「死せる神」――それがカフカがエクリチュールに向かう際の通奏低音なのだ。これはユダヤ・キリスト教の「神」でありつつ、決定的にそうとは言えない、他なる神である。この次元では、最早「世界の終末」(審判)も「希望」(来るべき方へのメシアニズム)の可能性も存在しない。「この死後の生こそ、我々の生そのものなのである」(p76)、あるいは、「生きている間を通じて死んでいる」我々。つまり、「死後に生きる者たち」の一人として、ブランショはカフカをその系譜に位置付けている。死んでいるにも関わらず、それでもなお「実存(生活)はつづいている」(p79)のだ。
 一切は書かれてしまった、世界全てがかつてどこかで目にしたもの、つまりレディメイドになり果てた――こうした現状に伴う虚無、無、不在をブランショはカフカのレシの中に読み取っていく。「文学の死」後、それでも未だに平然と本質に触れることもなく量産され続けている無数の「物語」たちの墓場。我々はブランショのカフカ論を読むことで、いわば「死んだ者としての生」を快復するのである。それは実は高度なオプティミズムなのだ。

メシア(=救世主)は、もはや必要でなくなった時、初めてやって来るだろう。その到来の日に一日遅れでようやく訪れることだろう、最後の日にではなく、究極の最後のその時に。(「八つ折り判ノート・八冊」本書p98)


ただ一語だけ、ただひとつの祈りだけ、ただ一度の空気のそよぎ、お前がまだ生きて待っているという、ただひとつの証しだけ。いや、祈りではなく、ただ一度の呼吸、呼吸でさえなく、ただひとつの存在、存在ですらなく、ただひとつの思考、ひとつの思考ですらなく、ただ眠りの静謐さだけ。(「断章――ノート及びルール・リーフから」、p99)


 ヨーロッパ文学を「聖書」の総体に置き換えた時、カフカの位置はメシアを待ち続けた洗礼者聖ヨハネになるのだろうか? それも、絶対にメシアなど来ないと確信している「第二のヨハネ」。ちなみに、ヨハネは共同体としてのエッセネ派に属していたが、ブランショもまたカフカと同じく明かし得ぬメシアを待ち続けている――到来が極度に隠蔽化され、ほとんど「不在」と変わらない次元において来るものとしての、稀有なメシアニズムの相続者として? なぜ「来ない」ことを信じなければならないのかと言えば、もし一度でも到来してしまえば、最早エクリチュールはその意味を失効するからである。常に「待ち続ける」ことそれ自体のために「書く」カフカ、あるいはブランショ。双方は共に「文学」という名の「死のエッセネ派」に帰属しているのだ。共通しているのは、この二人がいかなる実在化する宗教共同体にも属さず、「書く」ことに「祈り」の唯一のかたちを見出していたという事実である。
 ここで我々は、ブランショのカフカ論から抽出できた幾つかの「カフカ的エクリチュール」の要諦項目を整理しておこう。

(1)一人称の「わたし」を「隠喩の森に住まう三人称主体」に変換する。
(2)起承転結の「不成立」(結末の不在、常に途上、未完成なものとして提示される)。
(3)あらゆる文学空間が「実在するもの」に対する「不在」として記号的に表現される以上、言語の本質であるこの「不在」――より概念的に深化させれば「死」――を「隠喩化」しなければならない。いわば「不在」、「死」、「亡霊性」という概念に無限に滞留し続けられるような「隠喩の森」を形成すること――これこそ、カフカ的エクリチュールからブランショが相続したものである。
(4)あらゆる二項対立的な概念(文学空間では概念は往々にして隠喩化される)のどちらかを選択せず、常に「かつ」、「または」の内に滞留し、アモルフな「亡霊」(生/死のあわいを漂う存在者としての)として書くこと(亡霊的エクリチュール)


 では、カフカから多くを学んだブランショの小説はどうなのだろうか。どこからが「レシ」になるのだろうか? 郷原氏のブランショ論を参照すると、以下のように分別することができる。

「ロマン」(三作品のみ)


『謎の男トマ』第一版(1941)
『アミナダブ』(1942)
『至高者』(1948)



「レシ」


『死の宣告』(1948)以降の作品



 カテゴライズする上で重要な分岐点となる作品は、『至高者』と『死の宣告』である。前者は物語性を持った長編小説であり、ロマンからレシへの過渡期に位置しているが、後者も同時期に「同じ一つの現実の二つのヴァージョン」として計画され、スタイルは「レシ」に相当する。興味深いことに、ブランショは『死の宣告』に続いて1949年に短編小説「レシ?」(後に『白日の狂気』に改題)を発表するが、その最後には「レシ? いや、レシはない、二度と、けっして」(p193)と締め括っていた。氏によれば、『至高者』にも「ロマン」が今後書かれ得ないことを作家自身が自覚したかのような側面があると解釈されているが、ブランショが「ロマン」と「レシ」のはざまで揺れ動き、文学作品としてのスタイル上の懊悩を抱えていた点を感じさせるに十分である。
 ブランショ自身はスタイルをどのように自覚していたのだろうか? 「私はintrigue(筋)という語を使った。確かにこの語はある絶望的な役目を遂行するように定められているのだが、それでもこの語はそれなりの仕方で私の感情を表しているのである。それは、私がhistoire(物語)ではなく、ある事実に結ばれているという感情なのだが、その事実というのは、物語がますます私に欠けていきそうになると、その貧しさが…私の生に残っているものを、残酷なまでにもつれたある動きの方へと惹き寄せていくという事実である」(郷原佳以『文学のミニマル・イメージ モーリス・ブランショ論』p149)――郷原氏はこのテクストの「もつれ(embrouillage)」を、intrigueの換言とみなしている。つまり、ブランショ自身は自分の小説のスタイルが明らかに「物語」ではないことを自覚しており、その上で「絶望的」に、「ロマン」と「レシ」のembrouillage(もつれ)であらざるを得なかったのではないだろうか? ブランショが「物語」を書くことができず、「もつれ」=「筋」に「絶望的な役目」を見出しているという、このスタイル上の自認は極めて重要である。


(2)【亡霊的エクリチュール、あるいは「独身者の書記官」の苦悩】

 カフカは「不眠というこの夜ごとの劇的な苦しみ」(ブランショ)と闘いながら書いていた。より正確には、書く行為が不眠の苦しみから彼自身を救い出していた。それだけでなく、「完全な孤独への恐怖」という心理的な苦しみからも。ブランショはこうしたカフカが担った苦を受けて、文学そのものを「苦悩を現前させるために構成されるのであり、表現するためではない」(p94)と述べている。
 晩年のカフカの「書くこと」への執念を感じさせるテクストとしては、以下が特に印象的である。

「…ひどく苦しんだ狂気の期間を経て、僕は書き始めたのです。この仕事は、僕のまわりの全ての人々にとってとても残族なものとなるようなやり方で進めることになってしまうものですが(言葉に尽くせぬほど残酷なかたちであり、それについて話すつもりはありません)、僕にとってこの地上で何よりも大事なものなのです。狂気のひとにとって自分の錯乱がそうであるように(もし彼がそれを失えば、彼はただの“狂人”になってしまうでしょう)、あるいは女性にとって妊娠がそうであるように。…そのために僕は不安におののきながら、書くことを、それを妨げるあらゆるものから守るのです。書くことだけではなく、それに属している孤独をも」(p226)


 カフカの以下の書簡では、「書かない」と「狂う」次元にまで達していたことが濃密に伝わってくる。

「書くことが僕を支えてくれているのだが、書くことがこの種の生を支えてくれる、という言う方が正しくはないだろうか。もちろん僕は、書いていない方が僕の人生はもっと良いものになる、などと主張するつもりはない。それは遥かに悪い、まったく耐え難いものとなり、狂気に行き着くしかない。たとえ僕が現在書いていないとしても、それでも僕が作家であるという条件下では、実際そのその通りなんだ。そして書かない作家などという代物は、やはり狂気を呼ぶ怪物じみたものだ。しかし、作家である、とはどういうことなのか。書くことは、甘美で奇跡のような報いだ。しかし、我々の何に対して報いてくれているのか。夜になると、子供の教科書のような明白さで僕にははっきりと分かったものだ、それが悪魔の奉仕に対する報酬なのだということが。この闇の諸力への下降、通常は抑圧されている様々な霊の解放、そのいかがわしい抱擁、下層で進行しているかもしれない事ごとの一切は、陽光のもとで様々な物語を書いている時、その高みで知る由もないことなんだ。おそらく他の書き方というものもあるのだろう。しかし僕はこの書き方しか知らない。闇の中で、不安に眠れないような時には、この書き方しかできないんだ。そしてそこにある何か悪魔的なものが、僕にはとてもくっきりと見える」(p230)


「なぜなら、作家の存在というものは現実に彼の机にかかっているのであり、狂気から逃れたいと願うなら、彼にそこを離れる権利はないのだから。そこに歯でかじりついていなければならないんだ。作家を、それもこのような作家を定義し、彼が取る行動(それがあるとしてだが)を説明するなら、以下のようになる。すなわち、作家とは、人類にとっての贖罪の山羊であり、彼は、人間たちが無邪気に、ほとんど無邪気なまでに罪を楽しむことを可能にするのだ、と」(p231)


 三島由紀夫はかつて川端康成がノーベル文学賞を受賞した後の対談で、いかに偉大な作家といえどもその仕事場はやはり部屋のごく慎ましい机から創造されるという事実に触れている。カフカの場合、仕事から帰宅して机に向かい、小説を書くこと――それは「祈り」であった。
 カフカは「旅」に出かけることにすら恐怖を抱いているが、それはその期間「書けなくなる」からである。しかし、カフカにはなぜ「書くこと」以外に救いが存在しなかったのか? なぜ、他に心理的な「癒し」となる趣味、人間関係を持ち得なかったのか? それはやはり、それらを犠牲にしてまで作家の仕事に恨みがましい未練と深い憧憬を抱いていたからに相違ない。しかし、やがて彼は「日記」において「意志的な沈黙」を採用するようになっていく。書かねばならない、書くこと以外に私の存在価値はない……そう確信していたはずのカフカが取る「言葉の不在」としての「沈黙」には、やがてブランショ自身の文学論の中核を形成する極めて重要なテーゼが宿っている。

「私を書くことへと駆り立てる理由は様々だが、最も重要ないくつかの理由は、最も秘められたものであるように思える。中でもおそらく次の理由がそうだ。すなわち、死から何ものかを保護し、守ることである」(『日記』1922年7月27日)(p149)


 このように、カフカにとって「書く」ことは「自己救済」に他ならなかった。彼の言葉が隠喩の森として構成されていながらも非常に高い「透明性」で満ちているのは、言語が彼の苦悩をそのまま代補しているためである。

「カフカにとって書くことは審美的な問題ではなかったということを、そして彼が目指していたのは文学的価値のある作品の創造ではなく、自らにとっての救い、自らの生のうちにあるあのメッセージ(使命)の成就であったということを認めよう」(p83)


 カフカは「死」を直接描いてはいないが、このテーマをかなりの程度意識して執筆していた。ブランショはカフカと「死」のテーマの関わりについて以下のように述べている。

「カフカはある意味ですでに死んでいるのである。このことは、流刑と同様に彼に科されたものであり、この天分は書くという能力に結び付いている。もちろん、日常の様々な可能性から疎外されているという事実ゆえに究極の可能性を手中にできるわけではない。生から疎外されているという事実は、幸福な死を手に入れるための保証にはならないし、否定的な仕方でしか死を満足なものにすることはできない(生に対する不満と縁を切ることで満足するのだ)。このことから、カフカの示唆は不十分で表層的なものと言うことができる。しかし、まさにこの同じ年、カフカは二度にわたって『日記』の中にこう書き記している。“僕が人々を避けるのは、平穏に生きるためではなく、平穏に死ねるようにである”(1914年7月29日)」(p147)


「彼は書くために世間から身を隠し、平穏に死ぬために書く。ここでは死は、自足した死とは、芸術の報酬であり、エクリチュールの目的であり、証明なのだ。静かに滅びゆくために書くこと」(p147)


 この「静かに滅びゆくために書くこと」という最後の言葉――ここにブランショはいったいどれ程の重みを与えているのだろうか。書くことの理由が名誉でも金銭欲でもなく、ただ慎ましく死ぬこと、「静かに滅びゆく」ことに捧げられているのだとすれば、カフカにとっては書いた本が店頭でベストセラーになろうが、古本屋の片隅で二束三文で売りに出されていようが、最早関係はないだろう。ただ、彼は自分の死をよりよくまっとうするために書いていたのだ。ここにも、彼の「祈り」の特異な次元を垣間見ることができるだろう。

「カフカが自分の書く作品を通じて、死ぬことができるという能力の方へ向かうなら、それは、作品それ自体がある死の経験――作品に、また死に到達するため、あらかじめ手にしているべきであると思われる死の経験――であることを意味しているのだと我々は感じ取ることができる。しかしまた次のことをも予感することができるだろう。すなわち、作品における死の接近であり、死の空間、死の行使であるところの運動は、作家を死ぬことの可能性へと導くこの同様の運動とまったく同一ではないということである」(p148)


「でも僕は闇がそこにあることを、それが僕を待っていることを知っているんだ……」(1922年7月12日、ブロート宛書簡、本書p222)



(3)【エクリチュールのaura】

 ブランショによれば、文学とは本質的に無根拠なものであり、かつ「無」そのものである。ニヒリスティックに、彼は今日の大半の文学は「たやすく気化する」と述べている。

作家はその作品を通じてのみ自己を見出し、自己実現する。作品以前には、彼は自分が何者であるか知らないだけでなく、何者でもないのである。(p13)


 どのような作家も実は、執筆し始める最初の契機はごく平凡でありふれているという点についてブランショは触れてもいる。

最も偉大な作品の出発点に、まったく無意味な状況を想定することもできる。しかしその無意味さが何かを損なうことはない。そこから決定的な状況を作り出す作家の運動は、彼をその天分や作品と融合させるのに充分なのだ。(p14-15)


 人はどのような時に「小説を書く」のだろうか? ルソーの場合、書く前の「感覚様態」として重要なのは現実生活での満たされ得ぬ想い、苦悩であった。ポール・ド・マンは、「苦悩」を媒介にして書いていたタイプの作家として、ルソー以外にバンジャミン・コンスタンとプルーストを挙げている(『盲目と洞察』)。商業主義的な作家の場合、「小説を書く」行為が単なる仕事のため、原稿料のため、出版社を困らせないため、以前よりも売上げを伸ばすため、などといった場合もあるだろう。こうした願望は世俗的なものであり、ニーチェが『ツァラトゥストラ』で「市場の蠅」として批判した悪しき精神だとされる。ブランショは「市場の蠅」の論理に肯定も否定もしない。ただ、彼は作家が何か偉大な霊感に啓示を受けて書き始めるというロマン主義的なメタファーに疑問符を打ち、「偉大な作品の出発点に、まったく無意味な状況を想定することもできる」と述べている。それはほんの小さな憤慨とか、嫉妬とか、些細な閃きが元だったのかもしれない。

大衆のためだけに書いている作家は、実のところ書いてはいない。書いているのはこの大衆であり、それゆえにこの大衆はもはや読者たり得ない。読書は見かけだけで、実際にはゼロだ。読まれるために書かれた作品の数々が無意味であるのはそのためであり、誰もそんな作品を読んではいない。他人のために、他人の言葉を目覚めさせ、彼ら自身にそれを見出させるために書くことの危険性はそこから生じる。彼らは自分自身の声を聴きたいわけではない。彼らが聴きたいのは、現実の声、深遠で、真実のように心に刺さる、他者の声なのである。(p17~18)


 上記のテクストは極めてラディカルな言及である。特に、「読まれるために書かれた作品の数々が無意味であるのはそのためであり、誰もそんな作品を読んではいない」という断定は、巷に存在するほとんどの書物を灰燼に帰させることになるだろう。しかし、ブランショの読書観、書物観は、やはりニーチェのそれと相関していることを我々は指摘しておこう。ニーチェもまた、「時の風化に耐えた書物のみを読め」と諭し、「教養俗物」の書いた「新書」や、「血の涙」の宿っていない卑小な作品には警戒するよう注意を促している(『ツァラトゥストラ』)。
 カフカの存在は「書くこと」に支えられている。「…僕はある直観を得た。単調で、空虚で、道を踏み外した僕の人生、この独身者の生活にも正当性はあるのだ、と。……それは僕を進歩に導いてくれる唯一の道なのだ」(1914年8月15日)。
 ここでカフカは悲観的に己の生を捉えているが、ブランショによれば「不幸の意識」は、実は作家の「最も深遠な才能」である。なぜカフカは「書くこと」にのみ唯一の救いを見出したのだろうか? その「原体験」は何だったのだろうか? この極めて興味深い点について、ブランショは以下のように報告している。

…一晩のうちに八時間かけて一気呵成に『判決』を書き上げ、休みなく書き通すという試練を見事にやり遂げた…これは彼にとって決定的な経験となり、あの近付き得ない空間に触れる可能性を彼に確信させたのである。彼はすぐにそれを『日記』に書き記している。「僕の確信は確かめられた。このように、一貫性の持続と、肉体と魂との完璧な解放があってはじめて書くことができるんだ」(1911年9月23日)


 これは、カフカにとっての「奇蹟的なエクリチュールの体験」である。あるいは、文字通り「書くことのアウラ」を彼は啓示の如く体感したのだと言っても良いだろう。ただし、ブランショが述べているように、カフカは実は「少しずつこつこつ書いていく」ことができないタイプの書き手でもあった。彼は「一気呵成に一晩で集中して書き上げる」タイプであり、テクストを堆積させて物語を緻密に構成していくタイプではないというのである。これは『城』のあの長大かつ堅牢でもある物語構造に親しんでいる我々からすれば、意外な見解という他ない。しかし、『城』、そして『アメリカ』は「未完成」な作品であった。カフカは執筆を「中断」しているのである。この「物語を途中で中断させること」という、極めてラディカルな「方法」について、ブランショは以下のように述べている。

中断において、中断によって(断片的なものに引き寄せられつつ)完成されるという、この新しい方式…しかし彼は、そこで(中断による完成において)読まれることには盲目であることしかできないために、また自己を確立するためでなく自己を破壊するために直面する一個の要請によってしかそこに到達することができないために(自己満足とは無縁の作家には、これは毎度のことであるのだが)、おのれが書くものを読む力を奪われることを受け容れなければならなかった。(p262)



失敗こそが作品の本質であり、その消滅が作品を実現させるからであって、意識はそれに満足なのだ。この失敗は意識を喜ばせる。しかし、もし書物が生まれることすらなく、純粋な無にとどまるとしたら?(p20)


 書くことの頓挫・中断・挫折は、実は作家に新しい変奏を次々と生み出していくように強いる。ブランショはカフカの作品の多くが「未完成」であった点に言及して、制作過程における「傷」の存在を見出している。
 例えば、「モナ・リザ」を途中で放棄したレオナルドの存在――「未完成」であることは、読者に強力な「想像的補完力」を働かせるひとつの「方法論」なのだ。我が国でも広く名が知れた童話『銀河鉄道の夜』は未完成であり、随所に原稿の「欠落」が見受けられる。しかし、これを作者の事情として還元してしまう前に、まず前衛的なひとつの「スタイル」として規定することが可能であると、ブランショは我々に示唆しているのだ。究極的な「未完成」とは、バルザックの「知られざる傑作」が描いてみせたように、「作品の不在」である。つまり「破棄」であり、「焼却」である。これは「書物の不在」として提示される透明化した不在の物語であり、誰も読めない、まさに「読むことの不可能性」の極北となる次元に他ならない。もしもカフカが作品の総体を焼却していた場合、彼の「日記」のみが全ての作品を指し示す唯一の断片的地図になるだろう。その時、初めて『城』や『判決』は「書物の不在」として、亡霊的な位相を占めるに至るのである。カフカがこれを意図的に実践していたのではなく、止むを得ず「中断」に追いやられていたのだとしても。
 ブランショの作品にも、「何も書かずに、常に無のままであれ」という「書物の不在」を特権的で貴族的な「悟り」の境地とみなすある種の信仰が垣間見られる。ブランショにとって、「書かない作家」は狂人である以上に、まず「外部」の世界で文学を「体験」している「高貴さ」を担っているのだ。一方でブランショには、カフカのように内なる「虚無」を言語によって表象=代理したいという欲望も宿っている。この相反する二つの葛藤が、彼のカフカ論の通奏低音でもある。

「言葉の密かな希望とは、自ら消え去ることなのだが、しかしこの希望が叶うことはなく、言葉が失われることはない」(p86)


 消滅することができず、たとえ未完成で不完全であれ書かれ続けるテクストの山……それはどこか「亡霊的」で不穏なエクリチュールである。ある時まで、カフカには「書く」ことが果たして本当に自らに許された最後の「救い」になり得るのかという点について、まだ疑問を残していた。以下のテクストは、その当時の躊躇いの影を今だ留めている。

「書くことを望む者ならほとんど誰でも、苦悩の中で苦悩を対象化できるということを、僕はまったく理解できなかった」(p93)



「空虚こそが言葉の意味それ自体なのである」(p22)


「カフカは生きることが不得手だった。彼はただ書くことによって生きていたのだ」(p88)

 

 「ただ書くこと」にのみ支えられるカフカ――。これは、少なからず強調されて然るべき印象的なテクストである。というのは、我々も基本的に「書く/読む」ことを日々している。だが、カフカの場合、「読む」ことに救済を見出してはいない。それは彼が表現したいものが他の作品では見出し得ないから、あるいはたとえ素晴らしい考えや構想を読みながら知ったところで、それが自分の「居場所」足り得ないからであろう。ここに、カフカの「レクチュールの漂泊民」としての性質が現れている。本当に書くことでしか生きられない作家は、最早読んでいるだけではけして満たされることはない。他者の書いたいかなる書物の中にも、最早「居場所」を見出すことはできない。そうした苦悩を担いながら、彼が「居場所の永遠の不在」を主題にした文学を生産し得たことは、やはり非常に重要である。書くことにおいて「居場所」、「故郷」の復元を試みる場合、いったい何がその最高形式に相応しいのだろうか? それは、実は「居場所など何処にも存在しない」ということを徹底的に読者に告知する行為によってではないだろうか。逆説的にも、カフカの場合「居場所の不在」の先鋭化が、エクリチュールの次元における「書くべきテーマの獲得」に繋がっていたと想定される。

 芸術とはあたかも……であるかのようにということである。すべては、あたかも我々が真実に対峙しているかのように進行する。しかしそれは真実の現前などではなく、だからこそ、我々が前進を阻まれることはない。芸術は、認識が永遠の生に至る段階で、ある時は認識であると自称し、認識がその生の前に立ちふさがる障壁となる場合には、認識ならざるものであると主張する。芸術はその意味と記号を変える。存続しつつおのれを破壊するのである。まさにそこに芸術家の欺瞞があるのだが、それはまた芸術の最大の高貴さでもあり、“祈りのかたちとして書くということ”(カフカ)という、あの言明を正当化するものに他ならないのである。(p91)



 カフカにとっての最後の宗教的行為――“祈りのかたちとして書くということ”――それはエクリチュール以外の何ものでもない。

あたかも、私が書く、ということが表象する可能性とは、その固有の不可能性を――私の苦悩に他ならない書くことの不可能性を――その本質として担うものであるかのように。不可能性を確固に入れたり、それを破壊せずそれによって破壊されもせず、不可能性それ自体として受け容れたりするだけでなく、その不可能性の中で、またそれによってのみ、真に可能であるということをその本質としているかのように。言語が、とりわけ文学の言語が、おのれの死に身を投じるものでないなら、それは可能でありえない。なぜなら、おのれの不可能性を目指すこの運動性こそが、言語の条件であり、根本だからである。すなわちこの運動こそが、おのれの虚無に先駆けることによって、その虚無を実現することなく、虚無として現前するというその可能性を決定するのである。(p93)


 ここでブランショは、「おのれの不可能性を目指すこの運動性こそが、言語の条件であり、根本であり」と述べている。私は「私のこと」を書くことができない――「自己言及のパラドックス」――それこそが、言語の本質であるという見解はポール・ド・マンも共有している。対象を語ることは、常に「別の何か」を指示してしまうのだ。パースの記号論で言い直せば、「対象」についての「解釈項」は常に無限数存在するのである。
 

ラシーヌが悲劇の執筆を断念したことは、悲劇の一部なのであり、ニーチェの狂気、クライストの死もまた然りである。近年我々は、文学に対するあらゆる作家の軽蔑が、文学的手法による様々な手段で埋め合わされるさまを見てきた。文学が政治的、社会的行動の真摯さと結び付くことによってその無償性を忘れさせようとする時、そのようなアンガージュマンは、それでもやはり、デガージュマン(離脱)というかたちを取るということを、我々はやがて見出すことになる。それは、文学的なるものと化した行動なのだ。(p101)


(4)【「彼は窓から眺めていた」という一文に宿るアウラ】

 最後に、我々はもう一度ブランショが取り上げているあのカフカの「窓」に関する一文に回帰してみよう。なぜ、ブランショはこの一文にあれ程までに執拗な考察を試みるのであろうか? 多少長くなるが、本書全体にとって最も重要な箇所なので、全て引用しておこう。

 
 あらゆる作品は状況の作品なのだ。それはつまり、この作品には発端があったということであり、作品は時間の中で始まり、その瞬間が作品の一部を成しているということを意味している。なぜなら、その瞬間が無かったら作品は克服しえぬ問題であるほかなく、それを書くことの不可能性を超えるものではなかっただろうからである。
 書かれた作品を想定してみよう。作家は作品によって誕生する。それ以前には、その作品を書く者は誰もいなかったのであり、書物が存在してはじめて、自身の書物と融合する作家が生まれたのだ。カフカは、「彼は窓から眺めていた」と何気なく書いた時、自分は、その文章がすでに完全であるような一種の霊感の中にいた、と語っている。(1911年2月19日の『日記』)それは、彼がその文章の作者であり、さらに正確に言えば、その文章のおかげで彼が作家であるからなのだ。彼はその文章から自分の存在を引き出す。彼は文章を作ったが、その文章が彼を作るのであり、文章は彼自身であるとともに、彼が文章そのものでもあるのだ。そこから彼の喜びが、不純物も不足も無い喜びが生まれる。彼が何を書こうと、「文章は既に完全なのだ」。これこそ、芸術が自己目的とする、深遠で奇妙な確信である。書かれるものは、上手だったり下手だったりするものではなく、重要でも空虚でもなく、記憶すべきものでも忘却に似つかわしいものでもない。それは完全なひとつの運動であり、それによって、内部にあっては何ものでもなかったものが、必然的に真である何ものかとして、また必然的に忠実なひとつの翻訳として、厳然たる外部の現実に到来する。なぜなら、その翻訳が表現するものは、その翻訳によって、翻訳のうちにのみ存在するからである。この確信は作家の心の内に存する楽園のようなものであり、自動書記とは、ヘーゲルが可能性の夜から存在の昼に移行する純粋な幸福と呼んだこの黄金時代を、あるいはまた、光明の中に立ち現れるものは闇の中に眠っていたものと異ならないというこの確信を、現実のものにするための手段に過ぎなかったと言えるのだ。しかしその結果はどうなるのか。「彼は窓から眺めていた」という文章に自己を集中させ、閉じ篭る作家には、この文章についてのいかなる説明も要求することはできないかに見える。何故なら、彼にとってそれ以外のものは何も存在していないからである。しかし、少なくともその文章が存在し、それも、それを書いた者を一人の作家となし得るほど真に存在しているのであれば、それは、その文章が彼の文章であるのみならず、それを読むことができる他の者たちの文章でもあり、普遍的な文章であるからなのだ。
 ここから、意表を突くような試練が始まることになる。作者は、様々な他人が彼の作品に感心を持つ様を目にすることになるのだが、彼らの感心は、作品を自分自身の純粋な翻訳に作り上げた作者の関心とは別物であり、この他なる関心は作品を変化させ、当初の完全性を作者が見出せないような別の何かへと変貌させてしまう。作者にとっての作品は消滅し、他人の作品、他者はいても作者がそこにはいない作品と化すのである。他の書物によってその価値が決まる書物――他の書物に似ていなければ独創的だということになり、他の書物を反映しているという理由でよく理解されるような、そんな書物に。(p15~16)




 「彼は窓から眺めていた」――この一文が完全であるためには、それがどれ程無味乾燥で月並みな文章であれ、カフカ自身の内面から溢れ出したものでなければならない。その時、初めて「窓から眺める」という単純な行為を記述したテクストが「肉」を持つのである。実在が、文字という空に降下する瞬間――それは神学的な次元での「受肉」の概念の文学形象化である。「彼は文章を作ったが、その文章が彼を作るのであり、文章は彼自身であるとともに、彼が文章そのものでもあるのだ。そこから彼の喜びが、不純物も不足も無い喜びが生まれる」。ここにあるのは、書くことが完全に内面の展開となり、いわば「存在=エクリチュール」と化した次元である。「内部にあっては何ものでもなかったものが、必然的に真である何ものかとして、また必然的に忠実なひとつの翻訳として、厳然たる外部の現実に到来する」。「彼は窓から眺めていた」――この日記的ですらある文章に「自己を集中させ、閉じ篭る作家」、とブランショは続ける。彼はエクリチュールと溶け合っており、いわば合一している。そして重要なことは、書くことが純粋に精神の内的吐露足り得るためには、「わたし」や「僕」という一人称を用いる必要性も、作家自身の私小説的な空間をそのまま採用して少しずつ異化する必要(例えばオートフィクションの方法がこれに相当するだろう)も無い。カフカが採用したのは、カフカ自身が生活する環境世界の隠喩化――より喚起的に言えば、童話形象化とも表現できる――であり、この隠喩の森の次元が、いわば書き手の内面世界の展開と一致していたのである。この次元を見出せた点にこそ、カフカの苦難と絶え間ないセルフリナンシエーションの実現が存するのだ。





「参考文献」


文学のミニマル・イメージ モーリス・ブランショ論 (流動する人文学)文学のミニマル・イメージ モーリス・ブランショ論 (流動する人文学)
(2011/03/03)
郷原 佳以

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石井洋二郎「唇・皺・傷――マルドロールの〈身体なき器官〉」読解――『身体のフランス文学――ラブレーからプルーストまで』

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Natalie Portman and Scarlett Johansson
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 ピエール・ブルデューの日本における研究者として名高い東京大学大学院総合文化研究科教授の石井洋二郎氏の論稿「唇・皺・傷――マルドロールの〈身体なき器官〉」(『身体のフランス文学――ラブレーからプルーストまで』京都大学学術出版会)を読解したので、その記録を残す。本論稿はまことに驚嘆すべき刺激的なマルドロール論の一つであると言える。ちなみに、本書は『都市の解剖学』の著者であり表象文化論の注目すべき若手の研究者である小澤京子氏の選書リストの一冊に入っている。
 イジドール・デュカス(1840〜1870)こと、ロートレアモンは今日、19世紀フランス最大の詩人と称され、シュルレアリスムの原典の一つとして『マルドロールの歌』は位置付けられる。しかし、生前彼は無名であり、二十四歳の若さで逝去した。本作は散文詩でありつつ、戯曲、小説などの形式もキメラ的に配合されており、あらゆるジャンルを拒絶する点でも特異な作品である。以下に、石井氏のマルドロール読解の中核となる幾つかのテーマを抽出する。

【傷A、あるいは唇】

 ロートレアモンにとって、「唇」とは「傷の両縁」を意味する。それは顔面の中で唯一開閉可能な器官である点で、唯一の「傷」として規定される。堕天使であるマルドロールは笑うために自身の唇を切り裂き、大量の血を流すが、その姿を他の人間と比較して、自分がけして「笑っていない」ことを発見する(第一歌第五章)。また、「唇」=「傷」という等式が成立する限りで、「キス」は「傷口と傷口を押し付け合う行為」を意味する。唇――それは身体の内部と外部を交通させる「開口部」、「孔」である。また、マルドロールにとって、他者に毒を注入するための幻想的な器官である。

【傷B、あるいは皺】

 マルドロールの額には「緑色の皺」が存在し、これは悪のスティグマ、ないし恥辱の痕跡であるとされる。これは堕天使である彼が志向存在から傷つけられたことを示す身体記号であり、この「皺」もやはり特権的な「傷」に他ならない。なぜ、しかし額なのか? これに対し、ロートレアモンは端的にそこが「目につき易い」点と、アポカリプスに登場するかの大淫婦の額にも、「秘められた意味の名」が刻まれているという共通項を挙げている。

【身体なき器官/グロテスクと美の交叉配列】

 18世紀にドイツ美学でテーマになった美的範疇論において、「美」の対立項は「醜」である(デッソワー)。しかし、「醜」も美的範疇である限り、「美」の開示にとって必要な操作子に他ならない。ロートレアモンもこれを本能的に嗅ぎ取っており、マルドロール的身体においては「醜」が「美」として表現されている。そして、「醜」の場は身体記号としての「皺」、「唇」、「畸形」、「傷口」などに集中して表現されている。
 ロートレアモンの作品では、至高存在が「一本の毛髪」と化したり、額や唇、皺などの特定部位への極端なまでのフェティシズムが表出している。こうした身体の「部分」への狂熱を、石井氏はジジェクのコンテクストとは異なる意味で、ドゥルーズ&ガタリを慣用しつつ「身体なき器官」と呼称する。
 更に、石井氏は本論稿で、griffer(ひっかく)という言葉は、griffoner(殴り書きする)行為の本質であると述べている。つまり、エクリチュール(書く行為)は、マテリアルな次元で紙をペン先で「ひっかく」行為である以上、一種の「自傷行為」的な現象なのだ。我々が何か自身の魂の地下水脈にまで降下したテクストを生成させる時、常に血肉を削るような痛みを感じるのも、griffer/griffonerの語義的類縁性から解釈することができるだろう。「作者」とは、マルドロール的な表現を借りれば、いわば「二つの傷、A(唇)、B(皺)」を有する「女体(テクスト)」の「皮膚」上を這い続ける「ハイエナ」に他ならない。





05/31のツイートまとめ

Posted by 鈴村智久 on   0 comments   0 trackback

tomoichiro0001

RT @dessinatrice001: Dieu n'existe pas encore(神はまだ存在しない)――現代思想において世界的注目を集めるQ・メイヤスーの神論に真正面から文学的応答を試みた表題作を含む、これからの時代の新しい文学。鈴村智久 『私たちの存在の墓で』 h…
05-31 19:25

RT @dessinatrice001: 【お知らせ】現在、S/K Studioでは鈴村智久の著書を御購入いただいた読者様からのレビュー(御意見、御感想、批評など)を募集しております。どなたでもお気軽にお寄せ下さい。以下のリンク先から販売中の全ての作品リストが表示されます。h…
05-31 19:25

RT @lunar_shirayuki: サロメ http://t.co/Sxc5eR2jiZ
05-31 18:59

グエルチーノによる洗礼者聖ヨハネ(私の洗礼名)を集めてみました。斬首後もありますね。17世紀はカトリックの間で聖人崇拝が再燃して、こうした絵も信仰の補助として有効でした。 http://t.co/b3v1m4DlsW
05-31 18:48

換言すれば、高度に深い瞑想性に達しているとされる宗教画にも、実は転位された様態でエロティックなものが表現されていると思います。例えば聖母の手にする花弁の構造が聖母自身の肉体の内部を代理的に表象しているという、谷川渥、ディディ=ユベルマン的なパースペクティブに繋がる考え方として。
05-31 18:18

ドゥルーズ以降、往往にしてバロックは「襞」と関係付けられてきましたが、絵画において着衣されたものの「襞」が注目されるのは、純粋にそのきめ細かい詳密なディテールの輝きによって画家の写実主義的感覚の「精度」を裁量できるからではないでしょうか。
05-31 18:12

グエルチーノの絵画において、聖母の顔が影に覆われていることは何を意味するのでしょう。あえて曖昧な影で聖なる顔をクリプト化すること。不可視性が聖性の条件であることを暗に告げている気がします。あの作品はV・ストイキツァの『影の歴史』のテマティックに連なりますね。
05-31 18:08

バロック美術はカトリック側の対抗宗教改革的な側面だけでなく、「聖と俗」というアンビバレントなものを同時に追求する点で(例えばグエルチーノの女性美追求のプロセスに登場するルクレツィアの裸身群)、やはり分裂症的なのかもしれません。マルシュアスの「皮」=「表層」の戯れとしてのバロック。
05-31 18:05

RT @lunar_shirayuki: 『世紀末の幻想』展ではシャルル・コッテの作品に惹かれた http://t.co/PdrlNbo65S
05-31 17:46

RT @lunar_shirayuki: グエルチーノ展鑑賞。天使達に癒された💘 http://t.co/IbGOUAiJfA
05-31 17:46