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鈴村智久の研究室

表象文化論、美学の研究者鈴村智久です。哲学・思想ブログランキング総合2位。

10/25のツイートまとめ

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tomoichiro0001

RT @akinori4101: サーラ叢書の『密教の哲学』(金岡秀友著)、『密教の歴史』(松長有慶著)を両方ともちらちらと見る。どちらも一筋縄ではいかない。松長氏に関しては『密教』(岩波新書)を先に読んだ方がよいかもしれない。
10-25 21:24

特に私が感銘を受けたのが「菩薩」(サンスクリット語ではbodhi-sattva/ボーディ・サットヴァ)。「一人でも救われない人のあるうちは誓って成仏せず」を信念に絶え間なく人間の救いのため祈り続ける存在ですが、これは復活後のキリストが「今・此処」におられることとも深く関わります。
10-25 19:06

まず仏教の基本的な用語、概念をしっかり把握し理解したい。無論、「涅槃」の意味を書を読んで理解しても、概念だけでは習得できないことを承知の上で、あえてまず基礎中の基礎を学びたい。金岡先生の本を読んでいる期間、心は不思議にもずっと穏やかで楽だった。この「安楽」の感覚を大切にしたい。
10-25 18:58

金岡秀友先生による『般若心経』校注書を第二部まで(第三部からはテクスト成立史なので事実上、内容解釈は読了)。この一週間、夢中でこの本を読みました。「無罣礙」、「八顚倒」、「即事而真」から「涅槃」の究極とされる「自性清浄涅槃」などが極めて明晰に解説されています。
10-25 18:51

ホメロスは「嵐」を描く際に、「彼の周りの最も恐るべき出来事を選び取ってくる」(偽ロンギノス)能力を持っていた。つまり、同じ崇高に関する美的カテゴリーをレトリックとして列挙できる技能を持っていたのである。こうしたテクネーはサッフォーの「愛の狂気」を謳った詩にも見出される。
10-25 15:41

偽ロンギノスによれば、「崇高」には二つの主要成分がある。それはピュシス(天性、自然)とテクネー(技術)である。どちらが欠けても「崇高」ではない。「高貴さ」は「言葉の選択、比喩、表現の熟成」に拠っていると解釈され、読者に「気付かれない修辞」が最も技巧的で並外れたものである。
10-25 15:36

「人間には有用、必要なことは容易く手に入るが、人を驚嘆させるのは、いつも常軌を逸して並外れたものである」」偽ロンギノス『崇高について』
10-25 15:31

「悲愴」はショウペンハウエルによれば「最高度の崇高」の様態であり、キルヒマンにおいては「崇高の没落」として認識される。つまり「悲愴」と「崇高」は円周上で隣り合う点からも類似性を有するわけだが、特に描かれた対象が偉大である場合、「悲愴」の醸し出す「崇高」は最高のものとなる。
10-25 15:16

18世紀ドイツ美学の主要テーマであった「美的範疇論」によれば、「美的なもの」は以下の順に時計回りにカテゴライズされる。Schön(美)Niedlich(優美)Komisch(滑稽)Häβlich(醜)Tragisch(悲愴)Erhaben(崇高)
10-25 15:11

ガダマーは『真理と方法Ⅰ』で美的体験(aesthetic experience)を以下のように定義する。「体験者を芸術作品の力によって一瞬のうちに生の連関の外へ引きずり出すと同時に、彼の生活全体との関わりを改めて創り出す。美的体験は常に、無限の全体についての経験を含んでいる」。
10-25 15:06

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