† 神秘主義 †

全ての人間は永劫回帰の果てに「聖なる愛」へ達する――鈴村智久のコスモグラフィア

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今、私は主として三つのものを研究しています。
一つ目は、古今東西における「転生論」について。
二つ目は、「霊魂」について。
三つ目は、人間は死後どうなるのかについて。

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実は上の三つを全て網羅的に教説に吸収しているのはピュタゴラス学派です。
ただし、ピュタゴラスのメタンプシコースについての教えは断片的で判然としません。
これを理論的に補完するのが、フランスの近代スピリチュアリズムに属するアラン・カルデックとカミーユ・フラマリオンです。
この二人は(フラマリオンの場合は、その後期思想)、共に転生論を提唱しました。
既に前のページで述べましたが、カルデックの輪廻はリンカーネーションと呼ばれるのに対し、後期フラマリオンはピュタゴラス学派に接近した、メタンプシコースです。

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霊魂が実在するのかどうか、これは問題ではありません。
よく、「幽霊は存在するか」といった問いが一般論の文脈から提示されますが、私はこういう問いの次元に属してはおりません。私が属しているのは、少なくとも「幽霊」なる存在を、何らかの対象に意味付与した上で意味論的な文脈を成立させている人間が、古今東西かなりの数存在しているという、その「事実」です。
私はこの事実のみを信じています。

私には、神秘主義的な次元で読書する過程で二つの課題がありました。
一つは、転生論の文脈を自分で位置づけること。
もう一つは、フェミニズム神学の視点から神秘主義を再構成すること。
二つ目は、私のブログの熱心な読者には今更いうまでもありませんが、12世紀に活躍したヒルデガルト・フォン・ビンゲンのいう「聖愛」についてのビジョンに関連します。
ヒルデガルトは、神を「女性キリスト」や「子宮=宇宙」として、主として聖母マリアを中心にした幻視の中で感性的に把握しました。
こうしたキリスト教女性神学の潮流と、転生論の潮流を、ポジティブな一つの信仰体系として結合させることが私の最大の課題であり、使命でした。

今日、私はあることに気付きました。
これまで読んできた神秘主義的な文脈を、一つの絵として図像化してみようと。
陋劣で見栄えの悪い絵になってしまったことを、先にお詫び申し上げます。
けれども、この絵は、まだ不完全ではあるものの、おそらくカルデック、フラマリオン、ボルヘス、及びピュタゴラス学派、更に記紀神話における「死者の国」と最高神アマテラス、古代アジアから今に伝わる「幽霊」観など、全てを原理的に説明することが可能です。
その絵は、「砂時計」の上に、一本の「木」が乗っているという、自分でも不思議な絵になりました。
奇想といえばそうなってしまいますが、この絵に解釈項を巧く与えることで、上記にあげた人物たちが持つ「転生論」、「霊魂論」、「幽霊論」などの文脈を全て有機的に吸収させることができます。
これは、私にとって大きな発見でした。
この発見と、まだ通過点でしょうが、一つの「まとめ」として得たイメージを、読んで下さっている人とも共有すること――それを可能ならしめるのがソーシャルメディアの時代の特質ではないでしょうか。
だから、私はこうして自分の考えている神秘主義的なイメージをブログに公開しました。

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この絵には、まだ何も名前を与えていません。
これから、この絵が持っている意味を説明していきます。

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この、下方に位置するのが、カルデックのいう「肉体世界(地上世界)」です。
これを「現世」や、「地上の国」と換言しても良いでしょう。
要するに、この下方に広がる世界が、私たちの生きているこの日常世界です。
人は死ぬと、一体どうなるのか。
プラトニズムの文脈のみならず、キリスト教神学の枠組みからでもこの「上昇」の図は理解されるはずです。
といのも、彼らは人間が死ぬと「霊魂」が肉体から分離すると考えるからです。
「霊魂」を、ここで私は存在論的な文脈で、以下のように仮定します。
すなわち、「anima(霊魂)」とは、我々の「存在」を成立させるための不可視の「原初」である、と。
この定義における「原初」の意味内容は、後述します。
肉体は朽ちても、「霊魂不滅の最終定理」(プラトン)に基いて霊魂は、それが生まれた場所である「霊界」(フラマリオンのいう「超-空間」、ないしキリスト教的「天国」――総称して、不可視の超越的空間)に向かいます。
この時、注意しなければならないことがあります。
それは、『日本書紀』に「現世」と「黄泉」の「はざま」に存在する領域が記されているという事実です。
この「生」と「死」の「間」の領域(メディウム=媒介項)を取り入れることによって、後に記す「幽霊」の生成プロセスが説明可能になります。
この「はざま」の世界を『日本書紀』では「ヨモツヒラサカ(泉平坂)」と呼び、そこに存在する女神を「ククリヒメノカミ」と呼んでいます。
『日本書紀』には、ククリヒメの発言内容が一切記されておりません。
しかし、彼女がいる場所を「現世」と「霊界」の境界として設定することで、霊界にスムーズに向かえない個人的理由のある霊魂のその後について説明を与えられます。
すなわち、何らかの怨みや強い執着を現世に残して地上を離れた霊魂は、一時的にここへ滞留するという視座です。


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境界に滞留する霊魂は、日本古来の幽霊物語が示唆しているように、現世で生きる人間の目の前に現出します。
こうした霊魂が現世では「幽霊」と呼称されます。
シャーマニズムの文脈でいうと、シャーマンは「憑霊」によって、死者の声と対話することができます。
バッハオーフェンによれば、世界中でこうした力を持つのは、大半が「女性」です。
未練なく天界へ帰還した霊魂は、カルデックとフラマリオンが述べているように、そこで前世の記憶情報の全てを思い出します。
そして、霊魂はその自発的な固有の原理に従って、神的超越との合一を目指します。
これはカルデシズムが導出した、ポジティブな転生論を受け継いでいます。
ここで重要なのは、そのまま霊魂は霊界の聖なる樹木の頂を目指すのではなく、地上で新しい受精の瞬間が生起すると、再び身体に戻っていくということです。
このような、地上と霊界の往復運動を繰り返すのが霊魂であり、こうした結果としてピュタゴラス学派のいう「アナムネーシス(前世想起)」が説明可能になります。
もう少し判り易く述べると、霊魂は死後に霊界を目指し、そこで成長と純化を目指して聖なる木の頂上を目指しますが、一回の生で一気に頂に上るというようなことはありません。
少しずつ、長い悠久の時間をかけて上昇していくのです。
この期間で、霊魂は天上から地上へ転生します。
カルデックは人間同士の輪廻しか認めませんが、ピュタゴラス学派とフラマリオン、ユゴーらは「鉱物」や「植物」への霊魂の浸透をも認めます。
「物質は記憶を有する」という晩期フラマリオンの説も、こうしたコンテキストから把握できます。


画           像 152

聖なる木の頂は、ヒルデガルトの幻視した「宇宙=子宮」であり、光であり、聖なる愛に包まれています。
すなわち、霊魂の持つ「原初」を志向する目的の意味がここで開示されるのです。
それは「女性キリスト」(日本的な神話素に変換すれば最高主権女神アマテラス)のおられる領域です。
このように、転生の目的は、「聖愛」との合一にあります。
バッハオーフェン的な視点に立ち、宗教の本質を女性性へ還元すれば、霊魂が子宮へ帰還しようとしている一つの運動としても捉えることができるでしょう。
このように、この絵は「転生論」、「幽霊論」、そして「神の女性原理」を全て原則的に吸収した上で成立します。
これが、今の私の神秘主義に対するアプローチの、一つの結晶であり成果です。
おそらく、先にあげた思想のどれかに関心の深い研究者の方であれば、相当に興味深いイメージ世界になっているのではないでしょうか。
輪廻転生のモデルは、このようにして積極的にイメージ化することでポジティブに把握することができるのです。


※付記

私の個人的経験としても、この絵は一定の喚起力を持つかもしれない。
この絵では、霊界が上に、地上が下に描かれ、それらを繋ぐ通路を砂時計として図示している。
これは、私が少年時代に大阪のある池で水死しかけ、水中から手だけ出ているところを母親に引き上げられた原体験を絵によって翻訳したものでもある。
すなわち、手を差し伸べる聖なる木とは、あの時の母の手に他ならず、地上とはカルデックがそれを煉獄として示したように、やはり煉獄的世界として現前していると。
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~ Comment ~

No title

鈴村さんのブログを最近知り、拝読させて頂いています。
この記事の内容にとても興味を持ちました。私もこういった考え方をなんとなくですが、感覚的に感じていました。鈴村さんのように論理的に説明はできませんが、、。びっくりしたので思わずコメントしてしまいました。
これからもブログ楽しみにしてます。
[2011/05/28 18:30]  ici  URL  [ 編集 ]

Re: No title


温かい御感想に感謝いたします。
今まで基本的に読んだ本についての感想を中心にしていて、そこから発展的に何かを考えたりイメージするということはなかったのですが、どうしてもこの絵には描かねばならないような力を感じました。
主として古代ギリシアと、フランスの近代スピリチュアリズムに属する人々の思想を、構造的に図像化してみようとした結果生まれたものです。
これからも研究を続け、イメージ化できる作業も重要視していきたいと考えています。
応援して頂き、本当にありがとうございます^^
[2011/05/30 10:53]  tomoichiro suzumura  URL  [ 編集 ]

No title

人間の意識が、神といわれるような人々の意識レベルになるまでは、まだまだ時間がかかりそうですが、人類が動物と違って、なぜ自我という意識をもつのか、死を認識するのか、そのことも関係しているような気がします。動物にはこのコスモグラフィアはまた少し違う形をしているかもしれませんね。
特に知識もなく言ってるだけなので、すみません。気にしないで下さい。:) 
[2011/05/31 23:51]  ici  URL  [ 編集 ]

Re: No title


返信に感謝いたします。
そうですね、動物も輪廻の環に含めていた人々がイメージしていたサイクルは、また少し異なるものだったのかもしれません。
少し逸れてしまいますが、アッシジの聖フランチェスコは小鳥と対話したと伝えられています。
ピュタゴラスも馬と会話したという伝承が残っており、こういったことから、もしかすると動物の方が人間の持つしがらみを越えた一種の「悟り」に達しているという見方も、可能かもしれませんね。
貴重なご指摘に感謝です^^
[2011/06/02 18:56]  tomoichiro suzumura  URL  [ 編集 ]

No title

ご返信ありがとうございます。
確かにおっしゃる通りかもしれませんね。個人的に最近、人間の存在というものについてもやもや感じていたので、、、すみません。
鈴村さんの描かれた絵にピンときたのは本当です。
いろいろと貴重なご意見ありがとうございました。v-22
[2011/06/03 08:25]  ici  URL  [ 編集 ]

Re: No title

返信がやや遅れてしまい大変申し訳ないです。
御丁寧に言葉を返していただき、とても幸せに思います。

私がスピリチュアリズムに関心を持った動機にも、実社会に対するモヤモヤした感覚があったためだったりします。
少しでもこうして言葉によって共感し合えて嬉しく思います^^

この度は、どうもありがとうございました。
[2011/06/07 01:15]  tomoichiro suzumura  URL  [ 編集 ]

鈴村様

二箇所でコメントをしてすみませんm(__)m
こちらの記述を読んでいましたら自分の書いた詩と何か繋がっていたのでご迷惑でなければと(勝手ながら)書いておきます。

詩は9×9です。
降りてきたものを文字にしました。

真秀場の夢

夢の鏡にうつりしや
思ひ出されよ真の世
浮世の世界は夢の夢

眠りし孤高と邂逅し
流転世界を超えた時
闇夜の月に花が咲く

虹の螺旋は空を舞ひ
反転されたし夢の中
夢現の月が浮上する


[2012/08/30 12:22]  Sacco  URL  [ 編集 ]

*素晴らしい詩を寄せて下さり、心から感謝を捧げます*

聡子様へ

「真秀場の夢 」、読ませていただきました。
本当に素晴らしい言語感覚をお持ちの方ですね。
特に、

「眠りし孤高と邂逅し 
流転世界を超えた時 
闇夜の月に花が咲く 」

この「月」の表現には、なにかサロメティック(あるいは文字通りルナティック)な妖艶さすら感じました。
そして貴女の詩は、私がこのページに掲載した永劫回帰の新しいビジョンへの卓越したエピグラムにもなっていると思います。
聡子様のような女性に言の葉で交信し合える私は幸福な男だと感じました。

どうもありがとうございます。
これからも貴女の存在を大切にしていきたいので、他に御書きになられた作品などございましたら、是非教えて下さいませ*
それでは失礼致します。

[2012/09/01 12:58]  satoshi  URL  [ 編集 ]

ありがとうございます(*^_^*)

美しい言葉をありがとうございます(*^_^*)

永劫回帰・・・ 
実は この詩は 初め三つに分かれていました。
そして、ある日 分断と再構築して完成したものでしたが詩のタイトルのひとつは なんと【永劫回帰】でした!

この詩は読む人によっても受け取り方が違うのかなぁなんて思いますがSatoshi様は感覚の優れているお方ですのでこの言葉たちの意味する近い感覚を感じてもらえている気がいたします。

最後の虹の螺旋という部分だけ説明しますと虹は人体のチャクラを意味しています。
チャクラは7つありまして 基本 一般の人のチャクラは回転しておりませんがSatoshi様や感覚の優れているからのチャクラは綺麗に回転しております。
そして、第三の眼のチャクラまでがバランスよく美しく回転しクンダリーニというものが上昇すればクラウンチャクラがひらきます。

その時は 高次の自我と意識がつながります。

反転されたしというのは高次の自分が主導権をにぎる(言葉は悪いですが)
意識のみで生きるといいましょうか・・・

私の場合は もう高次の自分に任せてこの世界を生きています。時折 困ることは夢の世界も現実なので困惑することですかね(笑)




[2012/09/03 12:44]  Sacco  URL  [ 編集 ]

*聡子様の新しい一面が知れて幸せです*

こちらでも返信どうもありがとうございます⌒ー⌒✿
Sacco様、お呼びする時は「聡子様」でよろしいでしょうか?
私のことは呼び易いかんじの「智」でよろしいですよ。

なるほど、詩のタイトルは「永劫回帰」だったのですね!
私がイメージしたあの宇宙樹のテーマと深くシンクロするようで、とても光栄です。
聡子様は私が知らない世界をまだまだ多くご存知のように思います。
同じ大阪であれば、イタリアンなどでゆっくりお話してみたいところです。
神秘主義には、キリスト教だけでなく、ピュタタゴラス派や18世紀フランスのスピリチュアリズムを含め、今でもその「輪廻」思想には関心があります。
キリスト教では輪廻は異端ですが、仏教とのより良い対話の未来を考える上でも、輪廻思想とキリスト教神学、あるいは存在論との「構造的カップリング」が必要だと考えております。
貴女様の詩「永劫回帰」は、私の敬愛する作家ボルヘスを髣髴とさせ、本当に素晴らしい共鳴を感じるのです。

優雅で洗練された趣味をお持ちで、尚且つ神秘思想にも深い貴女は極めて魅力的な薔薇のようです*
本当にお連れ様が羨ましい限りでございます。
私と貴女が力を合わせれば、一つの神秘主義思想が生まれるのではないか、などという危うい野心すら感じてしまいました。
こんな私は、いけない男ですね*
心から敬愛する聡子様、これからもどうぞ智と仲良くして下さいね
それではこの度は、どうもありがとうございました(@⌒ー⌒@)







[2012/09/06 00:14]  satoshi  URL  [ 編集 ]

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[2012/09/06 11:46]      [ 編集 ]















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