† 文芸理論 †

「今、前衛的であるとは?」ーー シュルレアリスム、ヌーヴォー・ロマンからパンジェ、クルジジャノフスキィ、円城塔まで

〈前衛〉とは何か? 〈後衛〉とは何か? 文学史の虚構と近代性の時間〈前衛〉とは何か? 〈後衛〉とは何か? 文学史の虚構と近代性の時間
(2010/04/23)
不明

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小説家や詩人を目指している人間の中には、常に「前衛的である」ことを希求する種族がけして少なくないのではないだろうか。
では、前衛的とは何であろうか?
ロラン・バルトはいみじくも以下のように述べている。
「前衛であるというのは、死んだものが何であるかを知っているということ、後衛であるというのは、死んだものをまだ愛しているということだ」。

Roland Barthes
ロラン・バルト

このページでは、「前衛」とは何であるかを徹底的に摘出することで、現代においていかなる「文体」が有効か、いかなる物語がまだ「新しい」というに値するかを探る。
その上で重要なのは、当時一世を風靡したシュルレアリスムが生成されたその「由来」を解明することである。
そうすることで、彼らもやはり当時の芸術の潮流において何が死んでいるか理解していたということが自ずと判明になるだろう。

【シュルレアリスムを用意したダダイズムについて】

周知のとおり、トリスタン・ツァラに代表されるダダは、シュルレアリスムを用意した運動として位置付けられている。
20世紀芸術とは端的に何であったか、という問いに原点としての《アヴィニヨンの娘たち》(ピカソ)と、アポリネール、それにツァラの三者を引用する識者は多い。
これらの共起源的なインスピレーションの発火源とは何であるか?
それはいうなもなく、プリミティヴ・アート(黒人未開芸術)であった。
ツァラは『ダダ宣言1918年』の中で、以下のように述べている。
「我々に必要なのは、強靭で、直截で、的確で、かつ永久に理解されない作品である」(強調筆者)。
これ次のようにも換言できる。
「言葉から意味を奪い、響きと聴覚的対比によって詩に新しい全体的な感覚をもたらすこと」。
ヨーロッパがこのような運動を展開したのは、「無意識という名の内なる未開」を、ヨーロッパの認知システムそれ自体が奪還しようとしたからだといわれている。
それは端的に、ブルトン研究者のマルグリット・ボネの言葉にあるように、「狂気を人間の生に対する総体的探究の中に組み入れること」という表現にも示唆されている。
重要なこととして強調されねばならないのは、ダダやシュルレアリスムが単なる芸術上の前衛運動であったという閉塞的な視点を、より大きなヨーロッパ全体の認識論的フレームの拡張というマクロな俯瞰図に収斂させることである。
プリミティヴ・アートは、人類学的な「外なる未開」であるが、フロイトの開拓した「無意識」は、いわば「内なる未開」である。
両者はここで通低する。
大平具彦氏がその論文の中で巧くまとめているように、「前衛とは、ヨーロッパというフレームを脱して<世界=未だ開かれざる領野>を知覚しようとした者たちのことである」。
ここで、「一切の白紙還元」や、「知覚しえぬものになること」などといったツァラに代表されるダダイズムの重要な特徴を四つ提示しておきたい。

・理性から反理性へ
・意味から無意味へ
・計画から偶然へ
・意識から無意識へ



まずこのように、ダダイズムの運動を現代において改めて見直すことで、今日的な「前衛」とは何であるかの端緒が掴めると私は考える。
これは私の持論であるが、この世界に「傑出した才能」とか、「天賦の才」は存在しない。
存在しているのは、徹頭徹尾「教育」であり、「目は文化的産物である」(ブルデュー)という定式が示唆するように、文化的能力は学習と教育の絶え間ない反復のみによって構成されるのである。
反理性も、理性とは何かを認識する場を持つ人間にしか記されることはない。
狂人は反理性的存在ではあるが、認識論的なコンテキストを持っていないからである。
ブルデューが芸術に対して述べたように、「稲妻のような霊感」などというものは存在しない。
全ては文化的なハビトゥスからの「再生産」である。
まずこれを前提として受容することで、「前衛」の意味内容は開示される。

【シュルレアリスムの核心】

André Breton
アンドレ・ブルトン

安部公房は若かりし日にブルトンを礼讃していたし、多少なりとも文学に関心のある人間であれば岩波文庫で『シュルレアリスム宣言/溶ける魚』程度は読んだことがあるだろう(私も十九の頃にブルトンのこの代表作と熱狂的なスローガンには接している)。
今、果たしてシュルレアリスムは古いのであろうか?
それはただ単に視座の問題で、見方を更新するとシュルレアリスム、ダダイズムは共に「前衛理論」における一つの「基礎」として今でも息衝いているということが判然とするだろう。
本質的な部分から入るが、シュルレアリスムの核心とは、「テクストをいかにして複数の主体で書くか?」という一点に尽きる。
シュルレアリスムの方法論として、今でも素人の作家たちが時に活用するオートマティスムの良い点は、「どこかから知らない声がやってくる……」ということを無邪気に信じられることにある。
しかし、実はオートマティスムそれ自体も、アントワーヌ・コンパニョンのいう「内部引用」の原理に従って先行するテクストから「無意識」で引用している行為に過ぎない。
ブルトンはかつていった、「言語とは、シュルレアリスム的に使用されるために人に与えられる」と。
では、シュルレアリスム的とは何か?
それは、「あらかじめテーマを設定しない複数で異質なテクスト」によって書くanthologie(アンソロジー)だということである。
アンソロジーの語源は「花束」であるが、これは既に存在する無数の花から任意にテクストを抜き出して再構成するという、本質的な「引用構造」を明かす語源学的解釈である。
繰り返すが、シュルレアリスムとは、実は「引用のオートマティスム」なのである。
初見の読者には、今でもこれらは「未知の誰かから送られてきたかのような声の体験を出発点とする運動」であるかのように見えるかもしれない。
しかし、シュルレアリスムもやはり「内部引用」によってしか成立しない。
「無意識」は構造化されているのであり、端的にそれは「他者」を媒介にして形成されるのである。

【ヌーヴォー・ロマンの中の前衛と後衛】

シモンやサロート、ロブ=グリエらヌーヴォー・ロマンを代表する作家たちも、かつて前衛として受け入れられていた。
ロブ=グリエがその「反小説」的スローガンを発して文学界に衝撃を放った『新しい小説のために』は、1967年に日本で刊行されている。
既に、古い。
野崎歓氏がシモンをめぐる論文で述べているように、活字中毒者の目をくすぐるヌーヴォー・ロマンの視覚的テクストの前衛性は、「形骸化した前衛のドグマ」と形容されるほどにまで失墜してしまった。
実は、これも「冒険のエクリチュール」ではなく、「エクリチュールの冒険」を目指した運動として、ツァラのダダイズム宣言における四つの基礎テーマを相続=再現前している。
こうした前衛は、大衆消費社会の鉄則に従って、廃れるのは早い。
しかし、今日でもシモンは未だに識者から人気がある。
その理由を、野崎氏が和やかに記している。
曰く、シモンには作風こそ違うもののカミュと親和性を感じさせる物語全体におけるテーマがあり、ロブ=グリエのような表層の戯れに特化し続けた作家にはない、「前衛の内部で光る普遍的テーマ性」が見られるのだという。

Claude Simon
クロード・シモン

私もシモンの作品は『歴史』と『アカシア』以外なら、ほぼ全て持っているが、彼は晩年の傑作『路面電車』で処女作『ペテン師』(これはカミュの『異邦人』と限りなく類似している)で登場した少年時代の母親の記憶を再現している。
そこには郷愁が描かれている。
表層的で、冷たい記号性に充溢した小説空間の深奥には、しっかりと近代から脈絡と続く「後衛」という名の変わらない「古き良きテーマ」が根付いているのだ。
シモンがノーベル賞に輝いた理由も、おそらくそうした作品深部のテーマの普遍性が評価されたからなのだろう。

【今、「前衛」であるためには何をすべきか?】

パリ第十大学フランス文学の教授であるウィリアム・マルクスによれば、文学が偉大なものだったロマン主義に較べ、19世紀後半から20世紀にかけて、作家たちは「意味=方向」を喪失したままである。
いわゆる「文学の死」を再現する形で、マルクスは「知的なものそのものの芸術であるといって、ヘーゲルが文学を至高の芸術とみなしていた時代は、いまや終わった」と落胆している。
この二世紀間は、「音楽」、「造形芸術」、「映画」、「ソーシャルネットワーク」など、文学の外部が権力を担っていく時代でもあった。
とりわけ映画の効力は絶大であり、20世紀は柄谷行人のいうように、「映画の世紀」であったといっても過言ではない。
かつての前衛が死に絶え、いわば「地下納骨堂」で全員が待機しているような状態である現在、文学理論として注目されているのが他でもない、「後衛」である。
では、後衛とは具体的に何であるか?

「後衛」の意味

フランス革命以前から続くエクリチュールの伝統的なコード。
近代を象徴するテーマ的な一側面でもあり、文学史によって繰り返されてきた主題系である。



伝統的コード」をあえて中軸にすえる後衛理論は、改めて「制度化した文学の外部」とは何であるかを問い直す。
いうなれば、後衛とは、「紋切り型を新しく創造された言語として問い直す」理論なのである。
それは、「前衛」とは何かを知り、その方法論も習得した者のみが辿り着く一つの現代的スタイルである。
かつてブランショは、「私は革命である、ただ自由だけが私に書かせるのだ」という極めて勇敢な(ある意味で彼らしくない)発言をしているが、文学を「革命・自由・若さ」という三副対に還元してしまうことで、書き手には「書くことの自由」が奪われてしまうという逆説が存在しているのである。
後衛とは、まさにこうした現代の閉塞感を打破する。
それは普遍的な、古き良き時代のテーマを現代的なコードを軸にして「再生産」することである。
「後衛」理論の説明として、坂本浩也は「古いものと新しいもの、古代と近代のあいだに区別を設けるのではなく、予想外の同一性を見出すこと」と、プルーストの『花咲く乙女たちのかげに』における「電話」というメディアに言及した箇所をあげながら言及している。

さて、以上見てきたように、「前衛的」であるためには、常に現代的な「メディア」に対する注目は当然のことながら、文体や構成、テーマ系のレベルでも「近代」への新しい参照軸が必要になってくるだろう。
ダダイズムも、シュルレアリスムも、ヌーヴォー・ロマンも既に墓標の下で安らかに眠っているように見えるが、実際的には、今でもその純粋な「原理論」のレベルで影響を与え続けているのである。
これらは総称して「前衛」という名の一つの反小説運動としてまとめることができるかもしれない。
現代作家は、そうしたかつての動きを、いつでも参照コードとして応用できるようなマクロな視点が必要になってくるだろう。

マイクロポップの時代:夏への扉マイクロポップの時代:夏への扉
(2007/03)
松井 みどり

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【ヴァレリーと音楽理論】

パリ第四大学のフランス文学の教授ミシェル・ジャルティは、そんな「前衛と後衛」のあいだに位置していた人物として、ヴァレリーをあげている。ヴァレリーが作家生活に入ったのは46歳のことであり、この時既に文学の黄金時代が幕を閉じていることを認識していた。
彼が終わったとみなしていたのは他でもない象徴主義である。
彼は、そうした中で文学を「言語(表層)としての作品」とみなし、「音楽」理論を参照にしつつ新しい文学理論を築いていった。
彼は前衛を意識しつつ、後衛を愛していた。
ヴァレリーは当時の音楽を参照項としたが、私が注目しているのは現代の最先端のアートである。
本書『マイクロポップの時代』に記された「Micropop」の方法論は、主としてドゥルーズ&ガタリとミシェル・ド・セルトーの理論を参照している。
どれも若々しく、力強い。
また、これはこうした「前衛と後衛」を探る調査をかねて私自身が赴いた国立国際美術館での「風穴展」――アジアのコンセプチュアル・アートで見た「THE PLAY」(日本)や「ヤン・ヘギュ」(韓国)などといったアーティストの運動ともリンクしているだろう。
特に私は、プレイの数々のパフォーマンスアートを集積した「カタログ」が持つ奇妙なインパクトに衝撃を受けた。
プレイ自身が関西を中心に活動している集団であるという点も親和性を感じた来歴かもしれないが、いずれにしても、今、アジアのコンセプチュアルアートが「9・11」、そして「リーマンショック」以降、国際的な高い関心を注がれていることは間違いない事実である。
彼らの卓越した「知のスパーク」を、我々自身も「小説空間」に炸裂させることはできないであろうか……。
困難ではあるが、野心的で悦ばしい課題が山積した幸運な時代を、我々は生きているのである。
「文学」は、けして滅びない。

ヌーヴォー・ロマンと日本文学ヌーヴォー・ロマンと日本文学
(2012/03)
江中 直紀

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【「書くこと」そのものをテーマにした作家たちの出現】

急逝した日本を代表するフランス現代文学研究者の一人である江中直紀の『ヌーヴォー・ロマンと日本文学』の中の「新しい小説家たち(抄)――ロベール・パンジェ論」は、現代文学における「前衛とは何か?」の考察において寄与するので、以下にその記録をまとめておく。
ヌーヴォー・ロマンは現代文学理論においても、「小説は言語=文法を問わねばならない」(江中)という根源的な課題を突きつけている、常にラディカルな運動である。

ロベール・パンジェ
ロベール・パンジェ

【Robert Pinget 1919-1997/ロベール・パンジェ】

ロベール・パンジェの最初の履歴は、スイスでの弁護士資格取得である。しかし芸術家への夢を抱いていた彼は、27歳で画家を目指してパリへ赴く。画家としては大成せず、その後生活のために語学教師などの職業を経て、32歳の時に『ファントワーヌとアガパのあいだ』(1951)を発表して小説家としてデビューする。
上記のごく短い履歴からも判るように、彼の文学への転向は意外に遅い。
翌年、『マユあるいは素材』(52)を発表する。この作品はロブ=グリエ、サミュエル・ベケットらに評価された。本作の特徴を簡略化して列挙すると、以下のようになる。すなわち、

(1) 人物名の記号的な群化、陳列
(2)「書こうとする欲望」とその「挫折」(物語の頓挫・消滅へ向かっていく)
(3)登場人物のシンメトリーの原理(小説家のラティライユとロルパイユールのユニットなど)
(4)劇中劇と劇の区別、階層性の除去


特に(4)について、以下のように解釈されている。

「たとえばマユは小説家ラティライユをたずねた帰途、ラティライユの創作に関わるはずの男に出会い、対話する。書き悩むラティライユはあれこれと細部を弄るのだが、ある人物の名をフィオンからブーシェーズに変えた途端、新聞に古物商フィオン絞殺事件の記事を見出すという按配。犯人はもちろんブーシェーズ(やはり古物商で、フィオンの引っ越した後に入る予定だった男)である」(p92)


本作での語りの主体は「ぼく=マユ」であるが、マユは鵺のような存在として描かれている。本作で興味深い方法論は、「書かれた物語の中の物語(劇中劇)」を、「物語そのもの」に“引き上げる”という操作である。換言すれば、入れ子における「子」(t)を、彼を内包していた「器」(T)に同化、浸透させる手法である。
こうしたパンジェの文学的操作について、私が江中氏のレクチュールを読んで考えたのは、「小説を書いている主人公」を設定した場合、必然的に「作品内部で彼が書いた人物が作品に押し出される」という、ほとんどパターン化された図式である。より判り易くいえば、小説家が書いた架空の人物が、小説家の前に現実のものとして出現する(押し出される)わけである。これはボルヘスの「円環の廃墟」において、夢の中で見た人物を、現実に“押し出す”(虚構の現実への介入)操作と相関的であり、概念的にはあくまでも「内/外」という二項対立関係の中でのイリュージョニズムであるといえるだろう。
1980年にパンジェが刊行した『アポクリフ』では、ある老人の書いた小説を読み解く過程がそのまま作品になっている。作品は註釈で埋められ、次第に非人称化していく。パンジェの作風で江中氏が共通した特徴として取り出しているのは、「常に失敗する物語」と、その頓挫へ向かうプロットの過ちそのものを「作品」として提示するというアヴァンギャルドな企てである。
語りの頓挫をテーマにするパンジェが逆説的に示唆しているのは、文学の制度としての「ステレオタイプとは何か?」といった問いかけである。『ソンジュ氏』という作品についても、江中氏は以下のように解釈している。

「ひとつまたひとつと、筆がさらなる常套(物語においてステレオタイプな型として再生産され続けてきたプロット、設定)を探し求めてゆくあいだに、なにか突拍子もない事態が必ずその過剰の中に凝集する。それが一瞬まぼろしのように通り過ぎると、「筆禍」という落ちがここにもあったように、思わず笑わずにはいられない定型をかたどった収束。ステレオタイプからの遁走が常に頓挫、悲嘆、不能をもたらすのに対して、過剰なステレオタイプの蒐集こそ、今ここに紋切り型による紋切り型への哄笑をあっけらかんと現出させるだろう」(p114)


この読みから理解できるのは、パンジェが近代以後に定型化してきた文学的制度をあえて踏襲しつつ、その「型」に「破綻・脱線」を与えるという方法である。この操作は、近代から続く文学の遺産を相続しつつ、それを全く新しい視座によって作り変えるという「後衛理論」の一様態であるといえるだろう。
パンジェは現在、後期ヌーヴォー・ロマンに含まれると考えられているが、60年代以後のフランス文学全体が「小説を<書く>こと」そのものをテーマにした、エクリチュールの冒険としての小説を志向してきたことを鑑みると、現代文学の「前衛」を考える上でもけして見過ごせない触媒だといえるだろう。
パンジェだけでなく、例えばジャック・アルミラは『ノークラティスへの旅』(1975)において、やはり「小説についての小説」というテーマを浮上させている。これは「書きつつある作家をめぐる、身体とエクリチュールとの“葛藤”の物語」であると位置づけられている。また、これより八年前に刊行された、ジャン=ルイ・ボードリーの『人称』(1967)では、主人公は「人称」そのものであり、作品も人称をめぐる物語となっている。
このように、60年代以降のフランス文学の「変化」のきっかけとして、以下の三つの大きな項目があげられる。

(1) 制度化した「ヌーヴォー・ロマン」への多様な応答、批判、挑戦
(2) エクリチュールの冒険を企てた小説(<小説>について根源的に掘り下げて書かれた小説)の出現
(3) ロラン・バルトらに代表する文学理論の定式「作者の死」の看取



寓話
寓話

【イマジナリーな私小説の登場】

小島信夫の『菅野満子の手紙』と並んで、本作『寓話』は極めて前衛的な方法論を取った小説である。『寓話』は1980年~86年に渡って連載されたものだが、大江健三郎のレイト・ワークの方法論である「想像的私小説」を既に先取りしたスタイルを展開している点が愕きである。
本作でも、やはりエッセイ的な作者自身の日常世界を舞台にした、大江とも共通するいわゆる「内輪ネタ」が多い。しかし、実際にどれほど事実に忠実であるかは巧妙に異化されている気配を感じる。いわば、私小説的な舞台を核にして、そこから自由に空想的な展開へと接続している可能性が高い。
本作は「連載小説」である点を利用して、前回までの作品に対する読者の感想が、次回に反映されている点で、「読者参加型」の私小説でもある。既に68年に、ロラン・バルトは「作者の死」を宣告すると同時に「読者の誕生」の概念を暗示していたが、小島の『寓話』では、明らかに「読者」の地位が非常に大きい。彼らは登場人物の一人として実際に生きており、「小島さん」に様々な言葉を投げかけている。連載形式であるというその文壇誌での機能を有効に応用した方法論といえるだろう。いわば、作家は「連載小説」というメディアを受容しているのである。今でいえば、それは「ツイッターでしか生まれない小説空間の独自性」とか、「電子書籍の機能が持つ特有のシステムを活かした小説空間」などとして敷衍することができるのではないか。
進行中の自作に対する他者(編集者や文芸関係者など)の評を有機的に吸収しているというスタイルは、大江健三郎の『憂い顔の童子』などでも先鋭化されているが、面白いのは大江よりも手法の点で遥かに先んじていた点であろうか。印象的だったのは、「小島さん」が「自分が何であるのかわからない」と告白している会話のやりとりだ。「自分」とは、果たして「小島さん」なのだろうか。否、実際に書いている主体と、書かれた主体である「小島さん」は、たとえ苗字が同じでも差異化された存在である。こうした「私小説」における「私」の問題にも深く切り込んだ作品として、『寓話』は非常に貴重で重要な作品だといえるだろう。


小説修業 (中公文庫)小説修業 (中公文庫)
(2008/05/23)
小島 信夫、保坂 和志 他

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 小島信夫の方法論については、保坂との文学的対話形式の往復書簡である『文学修行』でも保坂によって分析が試みられている。保坂はそれを作家の日常生活と小説が「同時進行」する手法と表現し、物語は線的に進行するのではなく、「面」を生成させると解釈している。特に言及されているのが小島の『美濃』であり、本作では伝統的な「私小説」ではなく、「他者」を中心にして語り手=小島信夫の実際的な「行為」が連鎖していくことに焦点が当てられている。この際、「語り手」とは明確な自我を持ち、成長していく私小説的な「私」ではなく、明らかに三人称的な「視線だけの神」の機能を担っているという。つまり、小島信夫の文学における「私」とは、実はナラティブの機能としては伝統的な三人称の「映し手」視点を、意図的かつ表層的に一人称へ変換したものであると考えることも可能である。実際、保坂も作中の「小島信夫」が持つ機能を、伝統的な私小説からは切断させて、「認識のメカニズム」そのものであると解釈している。二人の対話を読んでいて気付かされるのは、小島が小説を書くモデルとして自分の実生活を利用していることは明らかだが、その場合、作家自身が何処かへ行ったり、誰かと対話したりするといった多種多様で豊かな「経験」を生起させない限り、そもそも小説が頓挫してしまうということだ。だからこそ、保坂は小島のエクリチュールを進行させるモーメントとして、「行為」という概念を導入しているのであろう。行為を連鎖させさえすれば、少なくとも小説化できる「現実の断片」を獲得する。しかし、その上でもやはり小島の関心は「自我」ではなく「他者」へと向かっており、従来の私小説からは逸脱したナラティブが特徴になっている。


神童のための童話集神童のための童話集
(2013/05/24)
シギズムント・クルジジャノフスキィ

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 シギズムント・クルジジャノフスキィの代表的な短編集『神童のための童話集』は、今や我が国を代表する前衛作家としての地歩を占め、国際的な評価も進んでいる円城塔氏が推薦文を書いている注目の作品である。また、訳者の東海晃久氏の他の翻訳業も、概ね世界的に再評価が進む前衛作家の作品群に向けられており、最近目覚ましい活動をしている多くの作家たちが推薦文を贈っていることでも知られている。
 本書は哲学的な観念小説、あるいは「概念小説」といった様相だが、その多くはむしろ道化的な自動書記に近接した「表層」に滞留する特異な文体である。この短編集を読んでいて、私はむしろバンジャミン・ペレのエクリチュールを想起した。彼もまた「表層の遊戯」に滞留し続けた作家であった。とはいえ、各作品の随所には眼の醒めるような印象的な散文も見受けられる。以下のセンテンスなど、ボルヘスがどこかの掌編の冒頭に引用していたとしても不思議ではないだろう。これは、世界から全ての物たちが消滅した後の描写である。

老賢人、物たちのきれいさっぱりいなくなった空間、純粋な(すっかり出来事のなくなった)時間、さらに古くて、羊皮紙と型押しの付いた革で装丁された書物が数冊だった。(p81、訳文もゴシック体表記)


「ヤコービと《ヤーコブィ》」という代表的掌編にも、「世界」がすっかり無くなってしまった後の世界、いわば「世界の終焉」以後の特異な「思考」が描写されている。

 《ヤーコブィ》 結論はだ、そもそも無は無から、決してどこからも結果せぬということ、如何なる結論も存在せぬということ、あるのは永遠の停滞であり、その上をただぶんぶん唸る言葉の群れが旋回しているのであって、世界とは――遠い昔に失われ死滅した物たちの長々しくも退屈な目録なのだ。つまり、物たちは死滅し、その名付けは今以て音として響いている――以上だ。朽ち果ての印章が印象に押されて残っているのだ。まさかおぬしは屍の臭いを感じぬとでもいうのか。これぞ――死して腐りゆく――真理が多へと分解しているのだ。

 ヤコービ しかし、言葉が本当に何かを隠してなどおるのだろうかね? お前さんは言葉だが、自分の向こう側なんぞ覗き込めようもなかろう。しかし……名付けの下になんぞ隠されているものがあるとな?

 《ヤーコブィ》 無だ。巧妙にも《存在》に成り済ました非在にして、蝶々たる零(おぬしはつい先ほど我が輩のことを喋り好きと呼んだではないか)、《無の花》にして虚の原に縫われたるもの。その幻として入り交じる花の咲き乱れる様は存分に眺めることが出来ようが、それに手を伸べてみよ――その手が摘み取るのは《無》であるぞ。(p62〜63)



 クルジジャノフスキィがテクストの「表層」に留まっているのも、こうした記述を解読の手掛かりにすることによって、文学の本質は「不在」、「無」にあると規定したブランショの戦略と深い次元で相関していることが可視化してくる。「ヤコービと《ヤーコブィ》」には、実際に「世界」の本質とは「無」の展開したものに過ぎないという、どちらかといえば楽観的な「虚無」への志向性も窺える。

もし世界が無から出来ているとすれば、世界とは無のパラフレーズ(敷衍したもの)だ、と。(p68)


 「思考一代記」という作品では、ヨーロッパ中世文学の『薔薇物語』において「愛」が擬人化されていたが、この掌編では「思考」そのものが擬人化されている。例えば以下のように。

その“思考”が生まれたのはひっそりした七月の昼下がりのことだった。“思考”のぐるりを庭の道が囲んでいた。枝が幹から空へ伸び上がっていた。思索者の瞳を介して世界を覗き見ると、“思考”にはこんなものが見えたのだった。…(p95)



バナナ剥きには最適の日々バナナ剥きには最適の日々
(2012/04/06)
円城 塔

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【文学の制度の外部性へ】

円城塔は『バナナ剥きには最適の日々』の中の、けして見逃せない一篇『AUTOMATICA』『円城塔』において、エクリチュールそれ自体を以下のように適切に規定している。「常に別の方向への逸脱を可能にしていく新たなツール」を目指すべきものであると。換言すれば、それは「文学」という制度の「外部」への志向性である。我々が何かを、例えば「小説」を書く時、我々はその規範、制度、規則をあらかじめ意識した上で書いているはずであるが、もしかすると理系の円城はこの点を抹消し易い立ち位置にいるのかもしれない。彼の作品には文学界新人賞受賞作のものから、「カフカの城はどこにあったか?」についてのクラウス・バーゲンバッハの興味深い註を含む「つぎの著者につづく」など、私なりに読解を現在進行形で行っている。
円城塔は以下のような点でライプニッツの弟子であったJ.L.ボルヘスと肩を並べようとする新たな弟子なのかもしれない。円城によれば、聖書は厳密には「書物の原型」ではない(ボルヘスならば聖書こそは書物のイデアであると断言し得るが)。何故なら、「全てのことが書かれた本とは、全ての可能な文字列の組み合わせ」だからである。この点で、彼は文の生成を、「可能な文字列の海から必要な文字列を取り出す操作」と定義している。彼が行っているのは、おそらくこの機械的な操作の連続に他ならない。
ボルヘスにとってのライプニッツの「可能世界」論は、「八岐の園」などの短編において色濃く反映されているのであるが、ポスト・ボルヘスの最も軽快な相続者たる円城において、それに代替するものは「量子力学」である。『墓石に、と彼女は言う』の中で語られる量子力学のエッセンスは、ボルヘスがけして直接的には語らなかったがゆえに決定的な影響を受け続けたライプニッツの可能世界論と相関している。
先述して我々は円城が「常に別の方向への逸脱を可能にしていく新たなツール」を志向する「遊牧機械」であると規定したが、このスタイル上での展開は『後藤さんのこと』や、本書所収の『equal』における「横書きの詩的定理集」でも見出すことができる。

後藤さんのこと (ハヤカワ文庫JA)後藤さんのこと (ハヤカワ文庫JA)
(2012/03/09)
円城塔

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『後藤さんのこと』では、「後藤さん」という複数にして単数の可能的主体が登場する。この作品でもボルヘスという座標軸を持って読む我々にとっては、ライプニッツ的な可能世界論の「パロディ」を読み取ることができるだろう。「後藤さん」は、もしかすると「量子」とか、「モナド」を擬人化した存在なのかもしれない。
興味深いのは、文法までもが「現在、未来、過去時制」の全てにおいて「可能的、かつ並列的に表記」されていたりするその徹底振りである。私が円城の作品で読んできた作品のうち、『後藤さんのこと』ほど視覚的な点でも着想力の点でも、他の追随を赦さない天才的な前衛主義を披露したているものは存在しない。この作品を読んでいると、私は十代の終りに熱中したライプニッツの『モナドロジー』の「章構成」を髣髴とするのだ。これは案外、そのパロディではないのだろうか――絵画的なイメージでは、やはりルネ・マグリットの紳士たちに接続する。

【視知覚的なテクストの新たな編成へ】

 二十一世紀前半である現在、純文学において「テクストの力」とは何なのだろうか? 無論、物語性を持った緻密な構成力や、豊穣なメタファーによるイメージ喚起力なども依然重要な戦略素ではある。だが、我々はここであえて、「テクストの視覚性」の重要性について語っておこう。実は我々は何か本のページを読む時、常にその全体的な「レイアウト」を無意識にであれ意識しつつ読んでいる。漢字の並び、外国語の挿入、引用、数字、あるいは図、挿絵……こういったページのデザイン性は、間違いなく「読む」行為における誘因力の一つである。以下に、こういったテクストの視覚性を考える上で貴重な資料を紹介しよう。
 円城塔氏の作品には、テクストの視覚性を考察する上で豊かな参照価値を我々に提供してくれるだろう。とはいえ、我々は既にジェイムズ・ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』や、クロード・シモンの『農耕詩』、ホルヘ・ルイス・ボルヘスの『伝奇集』、ステファヌ・マラルメの『骰子一擲』など、テクストの「異種混淆」の際立つ古典的な先例を幾つか挙げることができる。にも関わらず我々が現代日本文学の担い手である円城氏に注目するのは、彼がテクストの「視覚性」について高度な戦略を駆使しているからだ。以下に、その視覚的効果が再骨頂に達している短編集『後藤さんのこと』から、幾つか印象的なページを紹介しよう。

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 文字のカラー自体を変換し、それを登場人物の「差異」として提示する、まさに視覚性を逆手に取ったページである。このページには、ルネ・マグリットの匿名化された紳士たちの群れに近接した奇怪なイメージを受けもする。

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 一見、何気ないテクストであるが、左側は「注釈」で構成されている。無論、これは作者に拠る「原註」の物語内への挿入である。ボルヘスの短編の場合、「原註」は全て物語が終わった後に貼付されているが、円城氏の場合、内部にそのまま大胆に吸収されている。

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 文の配置を「図形」としてデザインした装飾的なページである。理系的な彼の「ページの美学」の一端が窺える。

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 この両開きのページだけ観れば、スピノザの『エチカ』についての評論とも読まれかねないが、無論「小説」である。

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【デザイナー八木保における、「五感で感じられるデザイン」としてのテクストの彼方】


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何かを書くときに、テクスト全体のデザインを意図する手法がある。

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テクストのデザイン。
使う言葉とか、登場する舞台、交わされる言葉すべて、物語である以上は書き手が自由にデザインできる。

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何か、このページにはレイアウトとして私の目に滋養を与えるような力が宿っている。
ものの配置というより、選択されている素材は身の周りにあるものなのだから、おそらくその撮影の仕方、切り口にあるのだと思う。
哲学書や神学書、あるいは長大な小説でも良いのだけれど、それらはどのページも同じように数知れない文字が書き込まれていて、少し私たちを疲れさせたりしないだろうか?
このページは、柔らかく、ソフトに私の目に馴染むのだけれど、そのようなページが入っていれば、その本の有機的な全体に一種の「弛緩」を生み出すことができるように思う。
目で感じられるテクストという新しい読み方の本が、あるいは章が、ページが、存在すれば――そんなこれからのテクストの在り方を考えてみても良いだろう。

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「読むテクスト」から、「見るテクスト」、あるいは「感じるテクスト」というべきかもしれない。
デザイナーの八木保は、「五感で感じられるデザイン」を重視している。
なにかアイディアを閃くと、それが消え去ってしまう前に「直観」を信じて、「素早く」作品化してみることの必要性も語っていた。
私は以前から、メンズファッション誌『HUgE』のページのレイアウトに「テクストの視覚的編成」のために必要な操作子が眠っているような気配を感じ続けてきた。
私がその雑誌を買うのは、定期的にDiorのデザイナーや、最近活躍している若手のアーティストたちの声が聴こえる、というだけでなく、何かこの雑誌の「ページそのもの」にデザイン性を感じていたからかもしれない。
そういった感覚を、文学に活かすことは常に可能だと考えている。



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