† 神秘主義 †

あなたが昨夜見た夢の中から、「本当のあなた」を見つけ出す方法

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本格的な夏が近付いてきましたね。
今回は、毎日の生活の中で疲れることの多い現代人のために、一つの癒しの道をご案内してみようと思います。
まず、あなたはふと思い立ちます。
来週の休日にでも、車でちょっと広々とした野原が見渡せるところまでドライブしてみようかしら。
あなたは大切にしている黄色の可愛い自動車に乗って、野原まで走らせます。


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やがて海沿いの道までやって来たあなたは、そこに灯台を目にします。
海辺の灯台は、絵本の中のように静かにそこであなたを待っていました。
灯台の傍には、都会の暑苦しい喧騒を忘れさせてくれる静かな佇まいの家が建っていました。
そこは、あなたが来るべくして訪れた場所なのです。
あなたの訪問を、実はこの家の執事さんはずっと待っておりました。

一目であなたは海沿いのこのアトリエのような隠れ家を気に入ります。
「ここには、わたしを悩ませるようなものはもうない。あるのは、綺麗な海辺と、神秘的な灯台、そして安楽なわたしの住まい……」。
ドアを開けたあなたの前に、優しい眼差しの年老いた執事が現れます。

「おかえりなさいませ。お嬢様。さあ、疲れたことでしょう。まずは寝室で一休みしてください」

執事の顔は、あなたがイメージする温和で優しい、教養のあるおじい様の顔です。
あなたは安心します。
わたしはお嬢様で、彼はわたしの帰りをずっと待っていたのだろう。
とても不思議なことだけれど、あなたの心はとても癒されています。
海の優しい波音もあなたの耳に届きます。
ここは、わたしのための、わたしにだけ用意されていた不思議な聖域だったのね。
あなたは幸せにうっとりしながら、階段を上がります。

執事はあなたを寝室に案内しました。
やさしく扉を閉めてくれる執事。
洗練された家具に、綺麗なカーテンから射し込む夕陽。
外からは海辺が見渡せます。
ふと、ベッドを見ると、誰かが眠っています。
顔を覗きこむと、以前どこかで見た顔です。
けれども、あなたはなかなか思い出せません。
傍らに目を向けると、ベッドの傍の小さな丸いテーブルに、一冊の本が置かれています。
その本は、ずっとあなたが求め続けていた「聖なる言葉たち」が記された、あなたのための聖典です。
あなたはその本を手にとって、読みたくなってしまいます。
でも、ベッドで眠っているひとを起こしたくはない。

やがてあなたは部屋に鏡が置かれていることに気付きます。
鏡に自分の顔を映して、覗き込んだあなた。
すると、どうでしょう。
そこに映っていた顔は、今寝室で眠っているひとの顔だったのです。
あなたはようやく気付きます。
そうか、これはわたしが見ている夢なのだ――。





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フリッツ・パールズの「ゲシュタルト療法」を絵本にする



さて、突然何のことかと思われたかもしれませんが、実は上述で紹介したのは精神分析学者として著名なフリッツ・パールズのゲシュタルト療法を、私なりに黒井健さんの素晴らしい絵を用いて童話化してみたものです。
実は、この療法は、「夢」と非常に大きな繋がりを持っています。
あなたが毎日、夜に見ているはずの夢のことです。
実は、この童話には大きな謎が残されています。
それは夢の不思議さを端的に表現したものとも考えられます。
あなたは寝室で眠っていたひとの顔を、どうしても思い出せなかった。
そこで鏡に映った自分の顔を目にして、眠っているひとの顔と同一であることに気付きます。
すなわち、眠っていたのは「あなた」なのです。
では、都会から車で海沿いのここにまでやって来たあなたは、一体誰なのか?
それは、この家で眠っている「あなた」が夢見ているもう一人の「あなた」なのです。
あなたは、夢の中で、まさに眠っているあなたに遭遇したのです。

これと非常に隣接した話を、C・G・ユングが名高い夢日記である『赤の書』で紹介しております。
ユングはある日、夢を見ました。
それは、インドのどこかの奥地を歩いている夢です。
ユングはそこの通りで、ヨーガの瞑想をしている神秘的な男性が、座って瞼を閉じているのを目にします。
ユングは彼に惹きつけられました。
そして近付いてこの修行僧の顔をみた時、彼は驚きました。
それは、ユング自身の顔だったのです。
この時の神秘的な「夢」の体験を、ユングは以下のように記しております。
「ああ、彼は私を瞑想している者なのだ。彼は夢をみており、わたしは彼の夢なのだ」。

現代人は、「本当の自分」や、「本当の自分の居場所」がどこにあるか、わからなくなっているといわれています。
しかし、少なくともこれらの例からいえることは、あなたは「夢」の中で本来的な真のあなたの姿に出会える可能性を持っているということです。
夢の体験をノートに綴ること、実はこれはとても大切です。
できるだけイメージを再現できるように、キーワードだけ素早く書くだけでも効果があります。
「夢」であなたが見た世界は、存在論でいうところの「世界-内-存在」の「外部」にある場所です。
そこは、通常の世界ではありません。
前回の「神隠し」についての調査で、私たちは古い日本のムラ社会における神話として、「隠し神信仰」なるものがあることを確認しました。
隠し神に隠された子供は、現実世界から忽然といなくなります。
しかし、ある日突然戻ってくる。
子供の多くは、明らかにこの世のものではない「異界」を見てきたと語ります。
実はこれは、ムラ社会が原因不明の現象を神話的に還元するフレームを持っていたことに由来します。
いうなれば、古い日本には「異界」と「神隠し」が同軸上で物語られていたのです。
前回の記事で、私たちは「異界」という特有の場の持つ不思議さについて見ました。
実は「夢」も、現代人に残されているほとんど唯一の「異界体験」として考えられると、多くの神秘主義者たちが主張してきました。
例えば、15世紀のスーフィーであるシャムソッディン・ラビンは夢から覚めた後に、宗教的な啓示を得ました。
彼はその時の感覚を、「永遠なる存在、宇宙の創造主は、我なり」という言葉で表現しています。
これはおそらく、夢の中で彼が「永遠なる存在」と合一するような瞬間を持ったことを意味しています。
その合一というのは、先ほどのパールズのゲシュタルト療法のように、「眠っている神の顔」が、夢の中に映った「自分の顔」であるということを知覚することだったのかもしれません。
いずれにしても、「夢」という領域は、これからスピリチュルな「自信」を持って、自分の「居場所」を見つけたい人々にとって、非常に大きな役割を持っているということができるでしょう。

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