† 映画 †

アラン・リックマンの「ラスプーチン像」とエロティシズム

snape     18


映画『ハリー・ポッター』で「この方」役で登場しているアラン・リックマン主演の映画『Rasputin: Dark Servant of Destiny』を観た。
この作品は、スピリチュアルなものをどう自分の生活に生かすかがテーマになっている現代日本において、おそらく極めて重要な映画である。
ラスプーチンについては、これまでの邦訳文献だけでもけっこうな数の評伝や研究書が刊行されているので仔細に知りたい方はそちらの方を参考にしていただきたい。
当時、私はまだ洗礼を受ける前であり、心のどこかで何らかの「カリスマ性」を宿した人物を欲していた。
ナザレのイエスも無論、突出して高いカリスマ性を持った人物としてみなすことはできるが、ラスプーチンが生きていた時代は現代から近いのでよりスリリングに感じられるのである。

ラスプーチン――異様な人物である。
ただ、映画の方ではイノセンスな少年のこころを持つ皇太子の視点を通して描かれる。
ラスプーチンは彼にとっては自分の病を治癒してくれる「神に選ばれた神父様」であり、「こころの真の支え」である。
無論、映画の中のラスプーチンと、実像では誤差があることを認めた上で、私はアラン・リックマンの演じたラスプーチン像に迫ってみたい。
彼は激情的で、酒と女好きで、どちらかといえば無教養である。
では、冒頭のシーンで何故、ロシア正教の司祭が彼に頭を下げたのだろうか?
それは、彼の透徹した「カリスマ性」に由来している。
ここで私が使っている「カリスマ性」という言葉は、「自己に対して決定的な自負心を有する存在」であると同時に、自分のことを「神である」と「確信できる」=「それに裏付けられた啓示を有する」宗教的存在として規定される。
では、彼の得た啓示とは何であるか?
それは、シベリアの雪原を流浪中に見た「聖母マリア」の幻視である。
ただし、ここで注意しておきたいのは、映画の中では彼がそれを「目」ではなく、「心の目」で見たと理解している点である。
ここまでは、他の諸聖人の幻視となんら変わらない。
いわば彼は厳しい修行によって、潜在意識において希求していた女性像=マリアを見たのだ。
この啓示を得て、横暴な振る舞いをせずに振舞っていれば後世の評価は変わっていたのかもしれない。
ラスプーチンには、宗教的熱情と不可分であるような女性への強い欲望が働いていた。
彼が目をつけたのは皇后であり、皇后と関係を持つことで多くの女性を霊的に支配しようと企てる。
古今東西、女性ほど「見えないもの」に惹かれる存在はおらず、これはまたバッハオーフェンが『母権論』で宗教の根源を女性性に帰していることからも明確であるが、おそらく彼は「女友達」を作ることに夢中になっていた。
男性に対する態度と、女性に対する態度にあまりにも差異がある。

Alan   _Rickman_-_Rasputin__1996

「Rasputin: Alan Rickman」


ここで最も重要なのは、彼がさながら「エロスの司祭」の仮面をまとう点である。
彼は「私は神であり、神であるわたしと交わることで貴女は真の幸福者になるであろう」といった文脈の甘い誘惑的な口調で皇后や、その他多くの女性たちに迫っていく。
彼は「私が神であること」を曲げることがない。
彼は酒場で女と踊る時はバッコスになり、皇帝の前では善き神父を演じ、皇后や女性たちの前では快楽を聖祭に吸収した、グノーシスのフィビオン派のような(あるいはもっと端的にいえば、ヘルファイヤー・クラブの擬似宗教的な教義のような)存在と化す。
さながら、複数の神を演じるかのようだ。
そして、血友病の皇太子の前では、「実の父のように心優しい善良なイエスそのもの」である。
この仮面の眩暈を伴う交替、内面における複数の神のメタモルフォーゼには、注目すべきところのものがある。
明らかに、カトリックである私から見て、ラスプーチンのいう「快楽に救いがある」という類のエロティックな信念は異端である。
だが、近代化によってキリスト教がヘゲモニーを握っていた時代は解体され、世俗化していく過程で再び、「再魔術化」として現代の新霊性運動が位置付けられている。(島園進『スピリチュアリティの興隆』)
そうした現代においては、ラスプーチンは最早「怪僧」ではない。
彼は己のカリスマ性に基いて、発言し、行動し、一貫して自分を「神である」と規定することができた点で、現代の「居場所を失った」、「何を本当に信じるべきか見失っている」現代人に、一つの「生き方」を教えているのである。
しかしその教え方は、彼の悲劇的な生やほとんど「堕落」したといってもいい放蕩的な生活も相俟って、常にアンビバレントな評価になるだろう。


Григорий  Ефимович Распутин

「ригорий Ефимович Распутин」


ラスプーチンが活躍したロマノフ王朝末期の「終末論的な社会情勢」という点も極めて重要である。
イエスも、やはりユダヤ教の律法学者たちの教えには民が信用を寄せられず、政治家も堕落した「世の終わり」の時代において出現したことを想起しよう。
ラスプーチンもまた、こうした国民だけでなく、統治者までもが「迷い」の森に覆われたような時代において登場しているのだ。
彼は時代の空気を敏感に「読んだ」のであろう。
だからこそ、彼は他の人間が心のどこかで求めている「神の到来」を、自分で再演することができたのだ。
それはラスプーチンの視座が卓越的であることの証左に他ならない。
彼は己の信じるべき道を猛進した。
また、彼の気質のゆえか、正統的信仰から逸脱したバッコス的な側面をも宿していた。
不安定で、極めて危うい、そんな男が「私は神である。私は愛であり、愛とは快楽である」と優しい声色で女性に迫る時、彼女たちはその「甘さ」のさ中へと失墜するのである。
演じたアラン・リックマンの「怪演」も相俟って、映画のラスプーチンは「魔術師シモン」の再来を思わせる強大な謎とカリスマ性を秘めた存在として描出されているといえるだろう。




「参考リスト」

Rasputin [VHS] [Import]Rasputin [VHS] [Import]
(1998/01/13)
Alan Rickman、Greta Scacchi 他

商品詳細を見る



Rasputin: Dark Servant of Destiny [DVD] [Import]Rasputin: Dark Servant of Destiny [DVD] [Import]
(2000/07/24)
Alan Rickman、Greta Scacchi 他

商品詳細を見る



真説 ラスプーチン 上真説 ラスプーチン 上
(2004/03/27)
沼野 充義、望月 哲男 他

商品詳細を見る


真説 ラスプーチン 下真説 ラスプーチン 下
(2004/03/27)
沼野 充義、望月 哲男 他

商品詳細を見る


怪僧ラスプーチン (中公文庫 BIBLIO 人物)怪僧ラスプーチン (中公文庫 BIBLIO 人物)
(2003/05/23)
マッシモ・グリッランディ

商品詳細を見る
関連記事
スポンサーサイト
*Edit TB(0) | CO(0)



~ Comment ~















管理者にだけ表示を許可する

~ Trackback ~


Back      Next