† 政治学 †

3・11以後、改めて再考する「ネオリベ」の功罪

資本主義はなぜ自壊したのか 「日本」再生への提言 (集英社文庫)資本主義はなぜ自壊したのか 「日本」再生への提言 (集英社文庫)
(2011/01/20)
中谷 巌

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本書のハードカバー版が刊行されたのはリーマンショックの後であり、その分だけネオリベに対する批判熱が大きなものとなっている――というのは、一般的なAmazonのレビューであり、本書は実は私にとって非常に勉強になった。
まず、グローバル資本主義の一体どの部分が槍玉になっているのかを示すことで、今後の日本の社会構想の一端を提示している点である。
ニュースの街頭インタビューで先日、「管首相の次のリーダーは?」という問いに、若者が多く「小泉」と答えたというアンケート結果が出ていたらしいが、本書を読んだ後で同じアンケート結果になるのか、同じ「若者」として興味深い点である。
著者が批判しているのは、グローバル資本主義の「ネオリベ的側面」、すなわち市場原理主義的側面である。
グローバル資本主義の全てが悪だというのではない。
実際、このシステムは世界を確かに豊かにしているという側面もある。
ただ、何事も「行き過ぎ」れば負の側面が現れる。
著者がこれを書いていた2008年時点での世界経済は、まさにモンスターになって自ら自壊したと捉えられている。

別に、それくらいのことならば他の著書にも書いている。
本書の意義はネオリベの起源にまで遡行した「宗教研究」の点にこそある。
ざっとAmazonのレビューを見たが、ここを評価しているレビュアーはあまりいないようだ。
ネオリベの起源がどこにあるのか、それは本当に興味深いテーマである。
実はマックス・ヴェーバーは資本主義の起源をカルヴァン派の予定説に認めているのだが、本書でもそれを踏襲している。
私は正直ここらへんの「経済/政治」の領土と「宗教」が起源的にリンクしているあたりの「構造的癒着」にメスを入れる類の研究者の立ち位置が非常に、堪らなく刺激的で好きなのだ。
カトリックとして、資本主義の起源が同じキリスト教にあるということを論理的に実証している様を眺めることほどスリリングな知的冒険はないのではないか。
双方は、ガタリ的表現を用いれば、同じ抽象機械を形成している。
すなわち、資本主義機械とキリスト教機械はけして分離した別の機械ではなく、「同じ抽象機械」の異なる側面=顔貌性に過ぎないのである。
その点でネオリベの起源が1630年のジョン・ウィンスロップらピューリタンの新大陸到着に見出されている点は実に興味深い。

「アメリカ大陸に真の宗教に基く<新しい国家>をつくり、それによって本国イギリスの堕落した教会と国家を改造し、ひいては全世界をつくりかえること」 by ジョン・ウィンスロップ



これ、どこかで聞いたことがないだろうか。
そう、Googleの企業理念「全世界の情報を全てわれわれがオーガナイズして発信する」だ。
たんに、開拓のプログラムを情報のグーグル式カスタマイズに移植しただけであり、共通して著者がいうところの「アメリカ式のパイオニア精神」が見えるのだ。
開拓史も、実は旧約聖書の「カナン人の虐殺」を、先住民族の淘汰に重ねた、いわば「ミュトポイエーシス/神話創出」(ラクーラバルト)である。
資本主義化によって「宗教」を脱魔術化したはずのアメリカは、資本主義システムの内部で、「ネオリベ」という名の新しい布教スタイルを見出したというわけだ。
そういう点では、もしかすると本書よりも引用されている中谷輝政の『アメリカ外交の魂』の方が面白いのかもしれない。
なにせ、彼はそこで「アメリカというのは、その始まりからして徹頭徹尾、宗教国家であった」とまで断言しているのだから。
アメリカ人のナショナリズムと、おそらくアメリカの先導していた(現、している)グローバル資本主義は、不可分離的である。
アメリカ人のナショナリズム形成において一つの「美学」を形成しているのは、
①ピルグリム・ファーザーズによる新天地発見
②独立宣言
③南北戦争
であり、これらは全て「神」から与えられた「我ら選ばれた民=アメリカ人」のための「大いなる試練」であった。
我らは試練を乗り越えた、何故なら、我らが正しいから、我らに「正義」があるから、「正義」は布教されて良い――という国民心理的な醸成プロセスで、グローバル資本主義を世界中に植えつけて行くわけである。
以上のコンテキストから、アメリカの「ネオリベ」を支えている精神的背景には、カルヴィニズムに支えられた選ばれた「イスラエルの民」の再来としてのアメリカ人の姿があり、こうして彼らのインディアン虐殺の開拓史は「正義」の名のもとに正当化されていった。

しかし、本書で著者がまさに一番強調しているのは「ネオリベ」だ(筆者はグローバル資本主義という語を用いているが、実質的にこれはその中の新自由主義的側面のことである)。
繰り返すが、グローバリズムは世界経済の発展に必要不可欠であり、資本主義それ自体が否定されたのではない。
そもそも、学者の中にはアメリカの新自由主義的な資本主義が、「資本主義」という完璧なシステムの「一様態」に過ぎないという見解も存在するわけだ。
ネオリベが槍玉に上がっているのは、日本でも小泉政権がこれを再演したことで(79年にサッチャリズム、80年にレーガノミックス、日本では中曽根という先例がいたわけで)改めて「勝ち組/負け組」とか、「ヒルズ族/ネットカフェ難民」などという近未来の人類が見れば「青いね」と一笑されてしまいそうな二文法式の価値観を流布させた点である。
3・11を経験して福祉国家モデルや自然エネルギー転換などが提案されている中で、生真面目に「私はネオリベ主義者です!」などと大声で宣言できるノンキな若者がいたら、是非お目にかかりたいものである。
タイトルの「資本主義はなぜ自壊したのか」というのは、実質的には「グローバル資本主義の市場原理主義はなぜリーマンショックにおいて自滅に追い込まれたかを検討する」程度が正しい。
今更「資本主義とはまるで異なる国家モデル」を提示することなどできないわけだが、そこに例えばデンマークやスウェーデンに見られるような「高福祉」、「低格差」の「北欧型社会福祉システム」を植え込み、ネオリベ化しつつある経済の「暴走」を是正、監査していくということなら可能ではないか。
筆者もいっているように、「大きな政府」への見直しであり、ここにも本書のメッセージはある。

それともう一つ、本書には奥深い意義がある。
実はこれはスタジオジブリの傑作『風の谷のナウシカ』とも接点を持つのだけれど、「自然との共生」の見直しだ。
3・11以後の「脱原発」論とも明らかに接点を持つテーマである。
筆者はそれを古来日本人が備えていたアニミズム、及び仏教と神道をうまく融合させた本地垂迹説に見出している。
「路傍に生えた一本の雑草にも神性(仏性)が宿る」という思想で、これが「エコロジー」として今後の日本の資本主義とうまく「共生」させていかねばならないものとして提示される。
環境汚染という点で、ネオリベは改めて批判されているわけだ。
とにかく、本書は3・11以後、まだ半年も経過していない「今」だからこそ熱い本になるのではないか。
少なくとも私はこれを読んで、これまでのスピ系、宗教学的領土を脱領土化させる舞台を見出せたし、安易に小泉政権にノスタルジーを感じている程度の人なら、むしろこれを読んでちゃんとネオリベの「悪いところ」も把握しておいた方が、「カッコイイ」気がするのだが?


ネオリベラリズムとは何かネオリベラリズムとは何か
(2007/03)
デヴィッド ハーヴェイ

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で、ネオリベについて改めて調査するためにこちらも。
まあ、ウィキペディアにも「新自由主義」と検索すれば概略程度は出てくるのだが、それだけでは何も理解したことにはならないのはいうまでもない。
本書でも、前書と同じくネオリベが一部のエスタブリッシュメントが発明した、特権階級の豊かさを維持するためだけの装置であったということが糾弾される。
実際、市場原理主義によって富は一極に集中したことが示される。
ネオリベを主導したのは、74年のフォン・ハイエク、76年のミルトン・フリードマン(年号はいずれもノーベル経済学賞受賞年度である)という「権威」で、彼らのいわば「功罪」の「罪」の部分を本書でハーヴェイが摘発している、という構図だ。
ネオリベの特徴としては、「小さな政府」の推進であり、その象徴が「民営化」である。
公共事業、医療などといったセーフティネットを蔑ろにして、ビジネス重視で強い企業をとことん優遇する「ダーウィニズム」がネオリベの特徴であるという点は既に確認したとおりだ。
ハーヴェイのいうネオリベの定義も、後半部分が大切だ。

「あらゆるものが金融化され、資本蓄積の権力の中心が所有者と金融機関に移り、
資本のその他の部門が衰退すること」by デヴィッド・ハーヴェイ



ただし、自由放任主義的経済が香港のように経済に著しい躍進をもたらすという「功」の点も無視できない。
物事には二面性があるが、ネオリベの場合はそれが極端なのである。
途上国で、ネオリベの波に乗れなかった国は「歴史の待合室」に取り残されてしまう。
このままでは被災した日本もその待合室に向かってしまうのではないか、という懸念が国益重視の産業界から出ているようだが、「脱原発」は必要な政策だと私は考えている。
「ヒロシマ・フクシマ」という原子力の恐怖を二度も体験したのは世界で日本だけだし、その日本がここで自然エネルギーへの転換を宣言「しない」方が、むしろ非合理的である。
長期的視野に立てば、これは常に正しかったと評価されるはずだ。
他にもネオリベについて書いていた本で、読み易くてなおかつ学習にも役立つ本はある。
これは最初の章は参考になるが、後半はネグリ=ハートの『マルチチュード』の方がためになる。


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