† 政治学 †

ポピュリズムは「合理的無知」を解決できるか?

○ 小泉純一郎とポピュリスト政治家の系譜
 

このページでは、私なりに2000年代の最大の長期政権であり、未だにリーダーシップの好例としてノスタルジックに想起される政治家、小泉純一郎について考える。
ポピュリズムの研究者である政治学者の吉田徹が述べるように、小泉について考えてみることは実は現代にとって極めて重要である。
まず、先に私なりに当時の率直な小泉像を述べておく。
私は86年の生まれであり、いわば多感な時代を小泉政権下で育ったわけだが、私は小泉が「なんとなく好き」だったと正直に記しておきたい。
「なんとなく好き」というのは、今思えば全てメディアによる小泉像が好きだったということである。
というのは、私は小泉純一郎について、TVの中でしか知らなかったのだから。
あれは郵政解散の時のゴールデンタイムの演説だったと思うが、はっきりいって普通のドラマよりもよほど面白かったのである。
小泉には、何か学生の私でも判るように端的な短い言葉で、それをスローガンとして宣言している「衝迫力」が宿っていた。
ドラマでは、俳優がまさに役柄を演じるのであるが、小泉は生身であれなのであり、まさに「キャラクター」であり、私にはそれが楽しかったのである。
私の周りで、小泉の悪口をいっているようなクラスメイトなどほとんど存在しなかった(コミュニズムに傾倒している若い女性で、彼が格差社会を推進しているとして批判しているひとはいた)。
おしなべて、小泉は我々の世代から人気があったといえるのではないだろうか。
小泉は、よく「独裁者」などと批判されていたが、まだ若かった我々にはまさにそれが刺激的なのであり、独裁者がいない政治などTVでわざわざ観るに値しないのである。
だから私は小泉純一郎が「天才的な政治家」などと称賛されているのを聴いていて、まことに気分が良かった。

では、今の私はどうであろうか?
このページで大切なのは、まさにここからである。
吉田徹が『ポピュリズムを考える』の中で述べているように、小泉がしたこと自体は別に新しいことではなかった。
小泉よりも、むしろ極めて重要な政治家は1981年に鈴木善幸首相の行政管理庁長官をしていた「中曽根康弘」そのひとである。
中曽根は翌年1982年に首相に就任して、それまでの戦後政治で増殖していた「既得権益」(これは、高度経済成長の中で豊かになった階層がそのまま居座って社会を停滞させている原因とされた)を破壊するための「戦後政治の総決算」を敢行して、「小さな政府」作りを開始する。
それまでは家父長主義的な自民党の保守的、かつ形骸化した政治が日本の現状だったのである。
これを中曽根は病理であると考え、いわゆるネオリベラリズムをこの時初めて日本でスタートさせた。
小泉のネオリベ手法は、この時の中曽根の手法をオマージュしているのであって、いわば中曽根の時に全ては出尽くしたのである。
この時の中曽根のネオリベ主導は、以下の三つの言葉に集約される。

①小さな政府作り
②規制緩和・民営化
③「官から民へ」!



一見してわかるように、全て小泉がスローガンとして強力に発信していたものを既に含んでいる。
政治学者の吉田が小泉よりも、むしろ中曽根を重視しているあたり、おそらく政治学的なレベルでは中曽根の方により決定的に重要な「始点」が含まれていたからだろう。
つまり、日本においてネオリベが強力に推進されるのは中曽根の80年代からである。
続く90年代の長期政権である橋本政権、00年代の小泉政権も、「小さな政府」を目指して、「スリムな行政改革」を掲げている点で中曽根と共通する。
中曽根はいわばネオリベの原点であり、「曽祖父」的な威厳をも帯びている。
そして重要なことは、我々が80年代に生まれた世代であり、この年代がちょうどネオリベが日本で推進された時代として重なるという点である。
我々はいわば、日本政治史におけるネオリベ時代の申し子であり、その「功罪」を含め、一身で背負い込んでいる主体として分析できるかもしれない。

小泉を考える上で、中曽根と並んで重要な人物が他にも何人かいる。
彼らは政治学者から「ポピュリスト政治家」などとも表現されるが、一人目は79年に就任したイギリスのマーガレット・サッチャー首相である。
サッチャリズムは、極めて「革命的」なものであった。
サッチャーの政治は、ポピュラー・キャピタリズム(大衆資本主義)とも呼ばれるが、それには以下の五つの特徴が存在する。

①小さな政府作り
②民営化
③マネタリズム(完全雇用よりも、物価安定が重要)
④起業家精神を政治に採用
⑤個人主義化(労働市場のフラット化)



この五つは、よく見ると中曽根政権のスタイルとほとんど一致している。
当時のイギリスも、「英国病」と呼ばれるほど「既得権益」が増殖しており、サッチャーはまさにこれを破壊しようと企てた。
サッチャーはいわば、ネオリベの諸概念をスローガンとして政治方針に「転化」していったと考えられている。

小泉のポピュリズム的な側面を考える上で、重要な示唆を与える人物として筆頭にあがるのが中曽根で、次にサッチャーである。
実は、彼らとよく似た政治家は他にもいる。
彼らは皆、「ポピュリスト政治家」というカテゴリーに含まれている。
小泉を考えるということは、突き詰めていえば「ポピュリズム」を考えるということで、吉田徹は本書の中でそれは結局、「民主主義の本質」について考えることに繋がるという点を力説している。
ただし、1990年代以降で、ポピュリズムも二つに区別されるようだ。
それ以前の、中曽根やサッチャーは「ネオリベ型ポピュリズム」であるのに対し、それ以降の小泉や、フランスのニコラ・サルコジ、イタリアのシルヴィオ・ベルルスコーニらは、「現代ポピュリズム」の中に含まれる。
というのは、彼らは一概にネオリベを称揚しているとは言い切れない点を持つからだ。
では、次にサルコジとベルルスコーニについて見ていく。
この二人は性格は正反対だが、政治的方針は共通点が多い(ベルルスコジという造語すら存在するほど)。
サルコジも、自らの模範としてベルルスコーニのスタイルを実際に口にしたという。
先述したサッチャリズムの特徴に、「起業家精神」というのがあったが、実はこれをベルルスコジも極めて重視している。
そもそもベルルスコーニの方は、経営者から立候補した人物で、マーケティングやビジネスモデルを政治に応用する方法論に秀でていることが知られている。
他方、サルコジは若くして政治家を目指した叩き上げである。
二人はdemocrazia competitiva(競争力のある民主主義)を主導しているが、一方で共同体を重視している。
サルコジなら「フランス固有の価値」による結束や、ベルルスコーニなら「家族」などといった言葉で国民に道徳的なメッセージを与えている。
これは小泉時代の「靖国参拝」と接点を持つだろう。
グローバリゼーションの中で、国民国家的な(領土的な)概念が失効し、脱領土的な国際的フィールドが競争の場となるプロセスで、一方でやはり反動的に国民国家の美意識を煽るような思想が登場してくる。
サスキア・サッセンはこれを「脱ナショナル化」と、「再ナショナル化」と表現している。
つまり、グローバル資本主義という脱ナショナルなベクトルとは別に、愛国的な感情を呼び覚ます「道徳的意識」に訴える戦略をとる再ナショナル化を、同時に進行させることで巧みに政治を操作する手法である。
小泉にせよ、サルコジにせよ、ベルルスコーニにせよ、メディアを巧みに駆使する手法は共通している。
ベルルスコーニにいたっては、TV界の実力者とのコネクションを重視して自身でもメディア関連会社を管理している。

吉田は本書で「現代ポピュリズム」の特徴を、以下の三つに分類しているが、ネオリベ型に較べていっそう「物語」的な、つまり「劇場型政治」を演出することに重心が移行しているように思われる。

①企業的発想に基く政治
②物語政治
③敵をあえて作る(求心力を高める)



小泉政権は「ワンフレーズ・ポリティクス」とか、「メディア・ポリティクス」といった表現をされることがあったが、重要なのは小泉という強烈な個性を熟知していたメディア担当の中心人物である飯島勲である。
飯島は小泉の秘書官であり、メディアに対してあまり意識していなかった首相に較べて、戦略的にそれを捉えていた。
ポピュリズムを語る上で、現代のメディア(ウェブはまだ政治学の分野では影響度が未知数であるとされ、依然としてTVの力が強調されている)を駆使する方法はこうした「現代ポピュリズム」の代表的なスタイルといえるだろう。


○ ポピュリズムは何故出現したか?


アメリカの政治学者であるアーロン・ウィルダフスキーによれば、ポピュリズムを先導する政治的主導者であるCharisma(カリスマ)の起源は、旧約聖書におけるモーセである。
モーセは『出エジプト記』において、ヘブライ人を連れてエジプトから脱出し、「約束の地」を求めて荒野を40年間も流浪したとされている。
モーセの「約束の地」は、ユートピアというよりは、かつては存在したが今は喪失されてしまったものである「ハートランド」としての意味を帯びており、これがポピュリスト政治家たちの演説にも往々にして見受けられる特徴である。
つまり、かつては存在していた自由な住み良い社会を、我々の手で取り戻そうというスローガンである。

では、何故このようなカリスマが必要とされるのだろうか?
民主主義が健全に機能している状態では、誰も「政治をぶっ壊す」などとはいわないのである。
ポピュリズムの意義はまさにここにあり、これはいわば民主主義が機能不全に陥った時に、旧体制を革新させる運動として生起すると考えられている。
これについて、吉田は冷戦終結によって民主主義の勝利が確定されたものの、今度はその内部で不安や不信が蔓延し始め、保守化した体制を一新させねばならない時に、民主主義自体がまとうもう一つの顔として、ポピュリズムが出現すると考えている。
これは芸術における前衛運動と類比的に考えると理解し易いのではないか。
つまり、我々はある作品の斬新さに驚嘆され、その作品がこれまでの作品群の既成概念を破壊する前衛的作品であるとみなすことができる。
だが、やがてそれに似た作品が現れ始め、一つの潮流と化すと、マンネリ化してくる。
そうすると、今度はその体制を破壊する新しい革新的な前衛が生まれてくる。
この前衛運動を、形骸化した代表制民主主義に対するカウンターデモクラシーとしてのポピュリズムに見て取ることは可能である。

文化人類学では、「政治」という「大きな物語」に参入する行為は、一つの「儀式」であると考える学説があるようだ。
これについて、吉田は「ドストエフスキー・ブーム」の火付け役であった亀山郁夫の言葉を印象深く紹介している。
亀山は現代日本でドストエフスキーが「なぜ流行るのか」について、「共同体を再構築するための物語を求めている」ことを理由の一つにあげている。
戦後日本では、「企業への所属」が、「大きな物語」に自分を帰属させるための大きな安心材料を与えていた。
しかし、現代ではその安心を与える「大きな物語」自体の基盤が揺らいでおり、各自がそれぞれ自分に適した物語を見出さねばならない。
このリオタール的なコンテキストは、実は宗教学者の島園進が「伝統的宗教の失効」による、「新霊性運動」の始まりとして現代を規定したことと重なっている。
新霊性運動も、まさに「大きな物語」を喪失した現代人がそれを再現前させようとする運動(抑圧されたものの回帰というフロイトの概念ともリンクする)に他ならず、これはどこか、ポピュリズムの運動と共鳴しているように思われる。

吉田徹の『ポピュリズムを考える』を読んでいて、ポピュリスト政治家やポピュリズムが発生する要因についての理解は深まった。
だが一方で、どこか「TV越しに」しか民主主義にアプローチできていないような物足りなさを感じた。
これはあくまでも現段階での私の見解だが、東の「一般意志2・0」のような風潮が若い世代で注目され始めている中にあって、私はどちらかというと「熟議民主主義」の方に可能性を感じている。
吉田も興味深いことに、「ポピュリズム」についての入門書であるはずの本書で、概略程度だがラストで「熟議=参加」型民主主義の可能性について暗示している。
この論客として、私は目下フィシュキンの『人々の声が響きあう時 熟議空間と民主主義』(2011)は極めて合理的で冷静な「視座」を提供しているように思う。
ポピュリズムは、大衆の世論を巧みに掬い上げて反映させることを重視するが、それはつまりルソーの「一般意志」の概念に立脚しているということである。
「一般意志を媒介にしてポピュリズムは民主主義と接合される」という要点で吉田もまとめている。
けれど、我々が「合理的無知」(所詮一票なのだから、政治について意見を持っても仕方ないという意図的な無関心)に陥らないためには、やはり十分に情報を与えられることと、我々自身でそれぞれ学ぶこと、そして「熟議する」ことが必須になると思われる。
ポピュリズムのようなカウンターデモクラシーが必要になるのは、熟議空間が保守形骸化してどうにもならなくなった時であって、やはり基本的には「熟議空間」を基調として、「冷静に」政治を考えるべきではないだろうか。
一時的な人気や、メディアによる人気、あるいは政治家のキャラだけで未来の政治家を選択することに対しては、我々は慎重になるべきだ。




「参考リスト」

ポピュリズムを考える―民主主義への再入門 (NHKブックス No.1176)ポピュリズムを考える―民主主義への再入門 (NHKブックス No.1176)
(2011/03/26)
吉田 徹

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人々の声が響き合うとき : 熟議空間と民主主義人々の声が響き合うとき : 熟議空間と民主主義
(2011/04/21)
ジェイムズ・S. フィシュキン

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