† 政治学 †

M.フリードマンと、P.クルーグマンの「景気後退」論の差異

Arthur  Sales by Milan Vukmirovic

Arthur Sales by Milan Vukmirovic


このページでは、ミルトン・フリードマンとポール・クルーグマンの景気後退についての考え方の差異について記録を残しておく。
フリードマンは、景気後退時にケインズが重宝される理由について、『資本主義と自由』第五章「財政政策」の中で、以下のように語っている。

「景気後退が起きるたびに、それがどんなに小幅な後退でも小心な政治家や役人は震え上がる。大恐慌再来の前兆ではないかという恐怖が頭を過ぎるからだ。そこで大急ぎで、何かしら公共事業を計画し、法案を成立させる。ところが実施される頃には、後退期は終わっていることが多い」

 

或いは、景気後退になると人はなぜ政府依存症になってしまうのかについて、以下のように語る。

「大きな要因は、政府は経済活動にも個人の生活水準向上にももっと大きな役割を果たすべきだという考えが知識人に広く支持されるようになったことだ。つまり、福祉国家論が主流になってきたのである。福祉国家を目指す立場からすると、政府支出でもって総支出を安定させるという理屈は都合が良い。その助けを借りて、政府の介入はハイペースで拡大してきた」



ここで「福祉国家論」とあるが、当時経済理論で人気があったのはケインズの「投資乗数理論」である。
これは、簡略化していえば「政府の支出が増えると、国民の所得も増えていく」というものだ。
よって、政府の税収が減ると、景気は収縮すると考えられる。
そのために、政府は公共事業を増やして雇用を活性化させ、国民の所得を増やさねばならない、というのが当時のケインズ派の考えだった。
これにフリードマンは以下の二つの点で反対する。

① 元々民間がやろうとしていた事業を政府が奪うことで、結果的に経済悪化になりかねない。
② 増税以外の方法論として、事業費を捻出するために国債を発行したとしても、金利が上がった状態では、民間もお金を借り難くなる。


フリードマンがいうには、ケインズが景気後退時の処方箋として提案した投資乗数理論は、ケインズ学派の中でも問題点が共有されている。
学生と大規模な統計的調査を実施した結果、フリードマンのデータでは「政府支出を増やすと、民間支出は減少する」という、ケインズとは真逆の結果が実証されている。

「私の知る限り、ケインズ理論を裏付ける系統的なデータや一貫性のある証拠は存在しない」


このように、競争的資本主義に立つフリードマンにとって、ケインズの処方箋は効果が確実に期待できるような代物ではない、ということが提示されている。
これはフリードマンが、『資本主義と自由』の中で、唯一ケインズを真っ向から批判している箇所であり、世界不況に陥っている現在、一つの理論的視座を与えるのではないか。

他方、現代を「恐慌型経済の新しい時代」として把握するポール・クルーグマンによれば、フリードマンの先述の考え方は覆される。
彼は『世界大不況からの脱出』の極めて重要な第三章「日本がはまった罠」の中で、景気後退時に取るべき処方箋を、ケインズに立脚して少なくとも四つ提示している。

① 金利の引き下げ、マネーサプライを増やす
② 民間部門を公共部門へ(公共事業を拡大することで雇用を増やす)
③ 銀行への資本注入(銀行の倒産を防ぐために政府が援助)
④ 期待インフレの必要性(緩やかなインフレを生起させることで、貯蓄から消費・投資へ向かわせる)


この四つは、私がクルーグマンの本書からまとめたものだが、実は97年7月2日に起こったタイの「バーツ切り下げ」を端緒とするアジアの経済危機のさ中でIMF(国際通貨基金)が対処法として取った政策は、全てこれらに背反していた。
例えば、IMFはアジアの財政赤字を削減するために、「増税」、「財政支出カット」、「金利引き上げ」を提案し、融資の条件には「構造改革」をあげている。
これは、クルーグマンが提案している上記の四つの処方箋と、まるで異なっている。
同じ90年代に、中南米でも経済危機が起きた。
この時、景気後退に苦しんでいたブラジル政府が取った政策は、IMFと同じ失敗を踏んでいるとクルーグマンから批判される。
すなわち、その失敗とは「増税」、「財政支出カット」、「超高金利政策」の三つを特徴としている。
このように、アジアと中南米が景気後退時に取った失敗案から学んで、クルーグマンは先の四つの処方箋を提案しているわけである。
実際、クルーグマンの提案の中にある「金利引下げ」を実施したオーストラリア政府は、当時の景気後退から脱出したと評価されている。
しかし、日本だけは「治りにくい病」を患っているとされ、このように本書でも特別に一章が設けられている。
日本は実に、これら四つの処方箋を90年代に実施していた。
98年には60兆円に及ぶ銀行救済計画がまとめ上げられ、90年代からは公共事業を増やして道路や橋なども造られた。
にも関わらず日本が不況から脱出できない最大の理由は、よくいわれるように日本がliquidity trap(流動性の罠)にかかっているからだと考えられる。
流動性の罠というのは、いくら通貨供給量を増やしても、既に金融緩和により利子率が一定水準以下に低下しているため、それ以上金利が引き下がらない状態である。
つまり、流動性の罠にかかると、その国ではいくらマネーサプライを増やす処方箋を展開しても、消費・投資は増加しない。
これが90年代以降の日本経済の特徴であるが、リーマンショック以降のアメリカ経済が、日本と同じくこの罠にかかったとクルーグマンは考えている。
したがって、バブル経済が弾けた90年代以降の日本は、現在の景気後退に陥っているアメリカ経済を「予兆」していたと考えられる。
クルーグマンが、アジアの中でも特に日本の景気後退に注目する最大の理由がここにある。
因みに、53年~73年にかけての実に20年に及ぶ日本の高度経済成長は経済学史上、未曾有な出来事としてアメリカでも「ジャパン・アズ・ナンバーワン」という標語を生んだ程であったが、歴史上「流動性の罠」に最初にかかってしまったのもまた同じ日本であった。

では、流動性の罠から抜け出す良い案は存在するのだろうか?
これについて、2011年8月8日付けの「ウォールストリート・ジャーナル」に極めて有益な記事が掲載されていた。
要約すれば、その処方箋とは以下の三つである。

①「伝統的なケインズ式処方箋」
インフラプロジェクト(公共事業)の実施。雇用喚起のために民間企業ともパートナーシップを活用する。オバマ大統領はこれを実施したが、失敗したと考えられている。
②「通貨切り下げ」
スウェーデン国立銀行のラース・スベンソンが主張。デフレからの脱却のためにも必要。アメリカ政府、FRBも密かにドル安を当てにしている。
③「軽度のインフレを持続させる」
ハーバード大のケネス・ロゴフが提案。伝統的なケインズ式処方箋にない新たな処方箋。インフレによって収入は増加するが、債務は増加しないため総体的に経済負担は減少する。しかし、バーナンキはこれに消極的。


この三つ、少し読めば全て本書でクルーグマンが展開していた処方箋であることが判る。
ここで我々は改めてフリードマンの「財政政策」についての考え方に対する疑問を感じざるを得ない。
「世界不況」である現在、過去の失敗から学んだクルーグマンの四つの処方箋と、単にケインズの「投資乗数理論」の実証性に疑問符を打っただけに過ぎないフリードマンとでは、どちらがより「現在」に相応しく、かつ説得的であろうか?
答えは、火を見るよりも明らかではないか。
クルーグマンは、『世界大不況からの脱出』十章「恐慌型経済の復活」の中で、以下のように一つの確固たる道筋を提示している。

「私は恐慌型経済の新しい時代に生きていると信じているだけではなく、J.M.ケインズがこれまで以上にその妥当性を増していると信じている」

「我々がしなければならないことは、明らかに大恐慌から我々の祖父が学んだ教訓を再度学ぶことである」



「参考リスト」

資本主義と自由 (日経BPクラシックス)資本主義と自由 (日経BPクラシックス)
(2008/04/10)
ミルトン・フリードマン

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世界大不況からの脱出-なぜ恐慌型経済は広がったのか世界大不況からの脱出-なぜ恐慌型経済は広がったのか
(2009/03/19)
ポール・クルーグマン

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