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「目が開かれている」とはいかなることか?ーークリント・イーストウッド『ヒアアフター』

ヒア アフター ブルーレイ&DVDセット(2枚組)【初回限定生産】 [Blu-ray]ヒア アフター ブルーレイ&DVDセット(2枚組)【初回限定生産】 [Blu-ray]
(2011/10/05)
マット・デイモン、セシル・ド・フランス 他

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これは3・11や、昨今のスピリチュアリズムの高まりといったテーマと深く関与している作品だった。
主人公が自分の能力が世に広まることを忌避する孤独な霊能者(マット・デイモン)だという設定も、かなり興味を湧かせる点だ。
彼はディケンズが好きで、眠る前によくその朗読テープを流している。
部屋にも作家の肖像画を飾っていた。
仕事は工場の作業員で、細々と実直に暮らしているといった印象だ。
自分の力のために、友達になる機会を持ったはずの人々が去っていくという深い孤独を経験してきた。
そういった、一人の人間の孤独な姿を、俳優が非常に自然に、見事に演技していた。
特に料理教室で仲が良くなった女性と手が触れ合った瞬間に、彼女の過去のイメージが到来してしまい、結果的にすぐに交友関係が途絶えてしまうという出来事が起きる。
その哀しい出来事の後に、静かに夜に一人でディケンズを流している霊能者の姿には、何か観ていた私の魂を揺さぶるようなリリシズムを感じることができた。
登場人物は霊能者も含め三人いて、それぞれの「生と死」をめぐるエピソードが描かれていく。
冒頭で登場する女性キャスターがバカンス先のリゾート地で体験した「津波」の映像は、3・11の傷跡がまだ癒えない今日の我々にとって、やはり衝撃的なものだ。
この冒頭の、おそらく十分にも満たない劇的な映像は非常に印象的なものだった。
水中で、陽光がヌイグルミを静かに照らしている。
私のように、少年時代に実際に水死しかけた体験を持つ人間にとって、この描写を視聴することができただけでも大きな意義があった。
津波の轟音が水中では、まるで嘘のように途絶え、「虚無」のような静寂の宇宙=海に沈んでいる女性。
彼女はいわばそこでnear deathを体験する。
臨死体験に関する、カール・ベッカーの説について我々は既にこのサイトで触れたが、本作にもルソー博士という女性科学者が登場する。
彼女はベッカーが述べていたこと――つまり、宗教の差異に関わりなく、臨死体験において人間は非常に類似したビジョンをみる――を繰り返していた。
霊能者、女性キャスターの他にも、母子家庭で暮らす双子の少年のエピソードも交錯する。
女性キャスターと少年は、共に「死」が身近で急迫した経験を持つ点で共通している。

私が最も印象的に感じたのは、実は他でもない料理教室のありふれた描写だ。
食物の名を当てるために、ペアの女性が目隠しになっているところだ。
マット・デイモンはスプーンで彼女の口に料理を運んでいく。
手が触れ合った時に、彼には女性の過去が一瞬見える。
ここを観ている時、おそらく監督はそれほど意図していないかもしれないが、私には旧約聖書に登場するエリヤやエレミヤなどの預言者たちがイメージされた。
というのは、構図としてみると、霊能者の目は「開かれている」わけであり、女性は目隠しをされて「閉ざされている」。
これはそのまま、「死」の世界とコネクトできるか否かの差異を象徴したものだと解釈できる。
同時に、これは仮に目隠しを取ったとしても、女性にはけして目にすることのできない「来世」が、彼には見えることを意味してもいる。
「目隠し」をして、食べ物を当てるという行為の中に、「来世」に視界が「開かれている」預言者的存在と、「閉ざされている」一般的な存在者たち、という二項的な関係性が見え隠れしているように思われたのだ。
これに近い象徴的な構図は、グリューネヴァルトの《イーゼンハイム祭壇画》にも存在している。
この祭壇画は開閉式になっており、「閉じられている」状態では「磔刑」が、「開かれている」状態では「復活」が、それぞれ描かれている。
「開閉」構造と、「磔刑(死)」、「復活(生)」が、見事にコード化されて照応しているわけだ。
この構図を、映画的な次元で「目隠し」という小道具に変換すれば、霊能者と料理教室の女性の、一見何気ない関係性にも、同様のことが当てはまるのではないだろうか。
いずれにしても、本作は映画として上質な作品だ。
良い映画を観ると、私は日常生活を生きることに新鮮な悦びを改めて実感することがあるのだが、これでもそれは起きた。
クリント・イーストウッドは、良い仕事をしていると思う。



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