† 神秘主義 †

千年王国とアンチキリストの到来について フィオーレのヨアキム研究

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○三位一体的歴史概念とアンチキリスト


ヨアキムにとって三位一体とは、父・子・聖霊という三つの位格が、神という一なる「球体」に収斂するという、三つの性質の「総合」を意味する。
それは同時に、歴史を三つの時代、「父の時代」、「子の時代」、「聖霊の時代」に分割できることを含意しているので、彼にとって三位一体とは実質的に歴史概念でもある。
ヨアキムにとって時間の流れの秘密は、三位一体によって解き明かされるのである。
1411年、「ホミネス・インテリゲンチアエ(知性の人々)」という一派がピエール・ダイイという人物から審問を受けた記録が残っているが、そこで問題となったのはヨアキム的な時代概念であった。

「旧い律の時代(旧約時代)は父の時代にして、新たな律の時代(新約時代)は御子の時代であり、いまや聖霊の時代である、と彼らはいう。それは聖書に記されてあるところが復興されるエリヤの時代であると」


13世紀初頭、フランスのオーセールのロベルトゥスはその書においてヨアキムの「アンチキリスト到来」の概念について以下のように記している。

「旧約聖書にはアダムよりキリストまでこの世の5つの時期に経過した出来事が記されている。そして黙示録はキリストに始まり現下に続く第6の時期をあらわしている。この第6の時期はまた6つの小時期に分けられ、その各々がこの書に記された区分に符合している、と。そしてまた、いまや第5の小時期の終わりにあたり、第6の小時期が近付いている、というのだった。その時にあたり試練は数知れず様々にあらわれることになる。第6の封印が開き、バビロンは鳴動して滅び、書物の第6の区分に記されてあるところが証される。実にその書物には、この世の終わりについて驚くべき数々の予兆が記されてあるが、あと2世代つまり60年のうちに時は満ち、アンチキリストが到来するであろう」



17世紀初頭の黙示録註解者であるバルトロメウス・ホルツハウザーによれば、自らが属する時代は第5時代として、「スタートゥス・アフリクチオーニス(苦難の時代)」と呼ばれ、続く第6時代は「スタートゥス・コンソラチオーニス(慰安の時代)」として幸せが到来するという。
しかし第7時代になると「アンチキリスト」が誕生し、「この世の終わり」まで続く「スタートゥス・デソラチオーニス(荒廃の時代)」が開かれると予言している。

1388年にパリで著書が断罪されたアプリアの聖トマスもやはりヨアキム主義の影響を受けており、『大修道院長ヨアキムの預言』の中で以下のような極めて重要なテクストを残している。

「最後の日々には自由の律が顕わとなるだろう。キリストの王国の福音が説かれ、教会は麦が毒麦から分かたれるごとくに清められるだろう。人々は学識を積んだ者よりも明晰となるだろう。肉親の王国は潰え、この世の終わりに向かってこうした事柄の全てが成就されるだろう。聖霊はいよいよその支配を広め、この最後の時にあたり説教によって、使徒たちによったよりも多くの民を改宗させるだろう……ユダヤ人たちのシナゴーグが第2の時代に破壊されたごとく、ローマ教会は第3の時代に破壊されるだろう。そしてその時以降、この世の終わりに至るまで、霊的な教会がそれを後継するであろう……」



ここで重要なことは、ローマ・カトリック教会が第3の時代には破壊されるという予言であり、それと同時に「コンスマチオ・セクリ(この世の終わり)」まで続く革新的な「エクレシア・スピリトゥアーリス(霊的教会)」が出現するという期待である。
『エレミヤ書註解』の中でヨアキムは、この典拠となる考えを残している。

「読者よ、ローマ帝国は教会を建てたごとく、この新たなる日々にあってもそれに献身することだろう。エゼキエルは言う。終わりが来る、終わりが来る、と。老いた教会の聖職者たちの終わり、新たなるカルデアの帝国のごとき傲慢の終わり。とはいえそれはこの世の終わりではない。そこには依然として神の民の安息が残されており、エクレシア・コンテムプランティウム(観想教会)は幕屋の信頼のうちに住み、豊穣を享けることとなろうから」


ヨアキムの語彙の問題であるが、彼は「観想教会」を「霊的教会」、あるいは「ポプルス・イレ・スピリトゥアーリス(霊的な民)」などと呼称している。
また、こうした新しい教会の秩序を、彼は「オルド・モナコールム(修道士の秩序)」と呼んでいる。
教会には二種類あるわけであり、一つは可視化できる地上の在俗教会、もう一つはやがて到来する不可視にして神聖なる霊的教会である。
興味深いのは、それが「男を知らず沈黙の隠棲のうちに憩う」処女教会としても認識されていた点である。
これは一種の「神の女性原理」、「神の智恵(ソフィア)」に根差した秘密の教会が、「老いた教会の聖職者たちの終わり」と共に誕生するということを暗示させるに十分である。

ヨアキム主義者のギヨーム・ポステルはヴェネチアで、彼が「マーテル・ムンディ(世界母)」、もしくは「新しいエヴァ」と呼ぶ霊的な女性的存在の啓示を受けた。
以後、彼は「パーパ・アンゲリクス(天使的教皇)」の観念を発展させ、自ら「レノヴァチオ・ムンディ(この世の革新)」を成し遂げることを第一目的とする預言者として活動し始める。
彼は腐敗した教皇庁をアンチキリストと同一視した。
彼にとって重要な概念は、終末と共にキリストが「レスティトゥチオ・オムニウム(すべての復興)」を成し遂げるであろうという終末論に特徴がある。

同じくヨアキム主義者でイングランド人神学者ウィリアム・パーキンズは『偶像崇拝』の中で、ヨアキムのテクストを以下のように解釈している。

「黙示録に関する大修道院長ヨアキムの註解には次のような記述がある。神の座つまりカトリック教会は獣の座からなっており、それは教会のはじめからずっとアンチキリストの四肢をなすものによって統治される王国であるという者がある、と。また、我々の師父からの伝承によれば、ローマはその霊においてバビロンである、と。また、現世の商人たちとは説教とミサとを金銭で売り、説教の家を商売の場所とする司祭たちそのものである、と。まら、司教や司祭ばかりが自らを富裕となすべくバビロンの業に拘泥している訳ではなく、修道院長や修道士たちのある者、信心深く見える人々もまた実はそうではないのである、と」



これは明らかに教皇庁の腐敗、教会の堕落に対する厳しい批判文である。
ヨアキムには、このように正統的権力を批判的に分析することで、自身の教えを強化していく原理が働いていたものと考えられる。
ヨアキムの『エクスポジシオ(註解)』には、以下のように記されている。

「ある意味で神の座というものはどこか獣の座でもあり、それは教会のはじめからずっとアンチキリストの四肢をなすものによって支配されてきたところであり……」



やはりこれは衝撃的な言葉であるに違いない。
カトリック教会の本質は、獣であり、それはアンチキリストの四肢によって支配されてきたというのである。

「師父たちより現下の我々に伝えられるところによれば、ローマはその霊においてバビロンであり……」


ここで、ヨアキムのローマに対する批判的視座が幾つかコンセプトとして浮上する。

・ アンチキリスト
・ バビロン
・ 獣の司祭たち




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○ 千年王国説



リーヴスは本書第三部「アンチキリストと最終世界皇帝」第一章「歴史の終わり」の中で、以下のようにキリスト者に約束された「至福の未来の時代」について語っている。

「キリスト教の初期の思惟において、至福の未来の時代という理念を支えることになる三つの観念が発展した。その第一は千年王国説。これは黙示録20章1~3の、サタンは千年にわたり繋がれた、という神秘的な言葉を基にしたものである。第二は安息の時代という観念。それは神が業を休める創造の七日目に象徴される。第三は、少なくとも初期の思索家モンタノスの信じたところ、聖霊による未聞の照明の待望。
黙示録に記されたように、千年王国には以下のような特徴がある。それは歴史への神の直接介入によって始まるだろう。それはある一定の時間的間隔を持つであろう。つまりそれは歴史のうちにあるのであって、永遠性からは区別される。その間、サタンは縛られてあるだろうが、それも完璧にではない。それは選ばれた者たちの集団に与えられた特権としてあり、人類全般の享受するところではない。それにも終わりがあり、悪との最終的な闘争、神の介入を経て、歴史は終わるであろう。
 この後、ついに聖なるエルサレムは降ることになろう。新たなる天と地は歴史を超えたものであって、歴史の実現ではない」



千年王国説はラクタンティウスによっても以下のように記される。

「神は6日のうちに数々の事物を造りたもうた。それは信仰と真実のうちに6000年のはたらきを要したところ、そこに邪悪が支配することとなる。それは再び完徳の業が七日目に要請された如く、ここ6000年の終わりに邪悪が全て堕落させるゆえに、地を1000年にわたって正義が統治するため、祝別を要するところである。かくしてこの世は既にして平安と安息にもたらされて存在するのである」



千年王国説の基礎にあるのはアウグスティヌスが、歴史を創造過程と類比的に把捉した観念に由来する。
彼は神が七日目に休まれたことを、世界における第七の時代に訪れる「平安」として解釈した。
こうして、キリスト教的終末論は、千年王国という名のをユートピアと結び付く。
では、千年王国は誰によって告知され、また到来するのか?
7世紀後半に執筆され、その後の「最終世界皇帝」の概念に決定的な基礎を与えた名高い『擬メトディウス』には、以下のように記される。

「ここに地に平安がもたらされ、地上の全ては彼のもとに統一されることだろう。……そして人は地に満ち、荒廃した土地にも蝗の如くに増えるであろう。……地を平和が領し、地を満たす大いなる平安と静穏は未だかつて成し遂げられたことのないものというばかりか、この世の終わりに至るまでけして凌駕されることのないものとなろう。……こうした平安のうちにあって、地上の人々は悦びと楽しみに耽り、婚姻者たちそして花嫁を授ける者たち……彼らのこころには怖れも平安もなくなるだろう」




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○ アンチキリスト到来の時について


少なくとも1260年以前に記されたとされる『デ・オネリブス(災厄について)』には、未だ到来していない邪悪についての記述がある。
本書も政治的な悪を悪魔と同一視する視座が働いているが、邪悪の中心は「マレウス・エクレシア(教会にとっての鉄槌)」という名で呼称されている。
ヨハネの黙示録においても、政治的腐敗はアンチキリストの概念と結合している。
1268年以降にホルダー=エッガーによって記された文書にも、アンチキリスト到来が近いことが明かされている。

「新たな王が現れ、この世の全てを壊滅させるだろう……
シチリアの邪悪な血統にフレデリクス現れ
時を空費するが、ついに彼の名も虚しくなるだろう。
総ては改革され、残虐なフレデリクスと彼に
続く末裔も滅ぼされるだろう。
ここにローマ教皇庁は窮地に立ち
武力にローマは災厄を嘗めることとなろう」



ここで極めて重要な点が一つある。
それは、アンチキリストの到来がヨアキムの『形象の書』における七匹目の龍の頭として把握されている点である。
アウグスティヌス、ラクタンティウスは歴史の「第七の時代」には千年王国が到来すると述べている。
だとすると、ここで一つ興味深い点が浮上する。
「第七の時代」に復活するのは、祝福を与える「最終世界皇帝」だけではないのだ。
キリストだけでなく、アンチキリストが「邪悪な王」として復活するのである。
ヨアキムは、「第六の時代」を、印象深いことに「この世の黄昏」と表現しているが、これは神話的なコードから類縁項を探れば、即座に北欧神話における「神々の黄昏(ラグナレク)」を彷彿とさせるものである。
ここから、我々は「第七の時代」を、「天使的教皇」と「邪悪な王」との闘い、大いなる火柱として認識することが可能となる。
1297年に記されたヴィルヌーヴのアルノーは、我々にとって最も重要な意味を持つ一冊『アンチキリスト到来の時について』の中で、以下のように記している。

「アンチキリストの時の後には、予言されたところに認められるように、この世が100年続くというわけではない……また浄福なる者たちは1335年に到来することを期待して……これについて真に浄福なる者たちはいう。その時は長く続き……この世の静穏と教会の平和の時が来たり、ここに世の果てまで真実は知れわたり、キリストを讃え、唯一の司牧と唯一の群となるだろう。こうして第七の封印は開かれ……ここに第七の開示とともに天に静謐が満ちる」



ここでは、キリストがアンチキリストに勝利することが前提として記されている。
注目すべきはその年代であり、アルノーは1335年だという点に異論を唱えていない。
この時代の千年王国説は、どれもヨアキムの予言を受けて、この予言に一定の影響力を認めている。
この年代は我々からすると明らかに誤謬である。
だが、仮にヨアキム=アルノー的な終末論に依拠して思考すれば、これがもし「第五の時代」の終わりに過ぎなかったとすれば、「第六の時代」が終わるのは、1000年というブロック単位で時代が交替することを踏まえると、西暦2335年(1335+1000)が、真の「アンチキリスト到来」の時期だということになる。
この西暦は、「アンチキリスト到来」の観念について歴史的な資料から導出されたものである点で、我々にとって決定的に重要であることはいうまでもない。
因みに、ヨアキムの『イザヤ書註解』によれば、1290年に到来すると信じてられており、これを「第五の時代」の区切りとみなせば、「到来」は2290年となり、我々の子孫が間違いなく「最終世界皇帝」と「邪悪な王」の闘いによって生起する大いなる火柱の数々を目撃することになるであろう。
共通しているのは23世紀後半、及び24世紀前半が、キリスト教的終末論の教えからして、非常に不穏な期間として想定され得ることである。


○ 数秘的解釈


ヨアキムは文字の研鑽を重視した。
霊的知性は「文字の胎の中に」、あるいは、「文字のこころのうちに」埋められていると考えていた。
彼の表現に従えば、キリストの霊的知性は「文字の下に隠された」とされている。
プラトン的なエクリチュールへの軽視(文字は殺し、霊は生かす)よりも、彼は「文字と霊の不可分離性」を強調した。

また、かつてのピュタゴラスのようにヨアキムは数字をも神聖視していた。
『聖ベネディクトゥス伝』の中で彼は以下のように「12」という数の持つ聖なる力について我々に告知している。

「12という数はそれ自体完璧である、とはそれが5と7から成っているからである。その一方はからだの機能にあり、他方は魂の力能にある。からだの感覚は5つあり、聖霊の賜物は7つであるのだから……それゆえ、12族は5と7に分かれたのであり、教会もまた同じである……最後に7族が土地に居を定め、最後に使徒によって7つの教会がアジアに設けられた。それゆえ、5が先立ち、それに7が続かねばならない。神々しき三位一体の名に天の、地の、地獄の全てが膝を屈めるように」




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○ ヨアキムの思想のまとめ



ヨアキム主義者たちの意見が断片的で錯綜しているので、全体像を掴むのはなかなか難しいが、ここで一度整理しておきたい。
ヨアキムにとって、ローマ・カトリック教会の権威は失墜していた。
この情勢自体は、19世紀のヨーロッパ近代スピリチュアリズムを生み出した伝統的宗教の権威失墜と重なっている。
ブーランやヴァントラスといった司祭たちが、ヨアキム的な千年王国説から影響を受けていたことも、ローマ批判という共通の根を持っているからである。
その上で、ヨアキムは教会刷新運動を思想的に企て、世界の終わりが間近に迫っていると説く。
終末論の基礎として、彼は聖三位一体の概念を、三つの歴史区分に応用させる。
これはアウグスティヌス的な、創造日数を「世界の七つの時代」として把握する時代概念を、おそらく「聖三位一体」を基軸にして大きく三つに再構成したものとして解釈できる。
また、「天使的教皇」、あるいは「最終世界皇帝」という表現によって最後の審判による「キリスト再臨」を差し迫った現実として教えた。
「天使的教皇」として現れるのは、「レノヴァトール・ムンディ(この世の革新者)」であり、彼が封印を解かれた「邪悪な王」であるアンチキリストを滅ぼすというわけである。
これらの善悪二元論的な価値観の踏襲は、根本的には「再臨するキリスト」へのメシアニズムと、彼が滅ぼす「アンチキリスト」の到来という古くから存在するアポカリプス解釈に収斂する。
現代のヨアキム研究の権威であるマージョリ・リーヴスは『中世の預言とその影響 ヨアキム主義の研究』の中で、以下のようにヨアキム思想の中核に位置する「天使的教皇」の中世における影響をまとめている。

「天使的教皇という中世に生まれた象徴が、これほど長いあいだ<革新>への期待の中軸にあり続けたことは驚きであるとともに啓明的でもある。勿論それには色々な解釈が可能であろう。<天使的>という言葉は本質的に転覆革命を含蓄していた。しかしこれも、神の天使が隠された<天使的教皇>を指し示す時すべては正しくなるだろう、という期待として、正統信仰において解釈され得るものである。それはより転覆革命的なかとりっくの徒たちを導出することにもなった。彼らは、現行の権威が完璧に破棄され、まったく新たな体制が確立される序奏として、教皇庁への激烈な審きを期待することになる」



時々私は思うのだが、何かが「異端」とされる時、実はそれは正統信仰内のある概念を、徹底的に先鋭化させただけに過ぎないということがしばしばあることに気付き始めている。
19世紀末にローマから破門されたブーラン神父にせよ、聖母マリア崇拝を先鋭化させ、そこにアレンジメントとして古代の女神崇拝における秘儀的側面をカップリングさせたものである。
正統的教義を強力に保守しようとするローマの試みは、聖職者たちの保身のためであるに過ぎない。
価値多元論的に現代世界を捉えると、最早稚拙な「正統―異端」の二項対立式図式は通用しないのだ。
全ては我々の個人的自由に基いた「選択」にかかっている。
おそらく、このグローバルかつリベラルな価値多元的世界においては、宗教発生のメカニズムそれ自体も、以前よりも自由な「キュレーション」に根差したものになっていくだろう。





「参考リスト」

中世の預言とその影響―ヨアキム主義の研究中世の預言とその影響―ヨアキム主義の研究
(2006/10)
マージョリ リーヴス

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