† 神秘主義 †

タロットの「恋人」、「吊られた男」の神秘主義的解釈

Visconti Sforza  Tarocchi

Visconti Sforza Tarocchi

○ 「恋人」


伝統的に、このカードの愛し合う二人の男女は15世紀のミラノの支配者であったフランチェスコ・スフォルザとマリア・ビアンカ・ヴィスコンティであったとされている。二人は1441年10月にサンシギスモンド教会で挙式し、その様子を描いた絵がこの教会に残されているが、これがヴィスコンティ・スフォルザ版(最古のタロットの一つ)の「恋人」に極めてよく似ている。
このカードは「婚約」、「結婚」、「愛の成就」といった人生における重要な局面を象徴している。したがって、ある意味でこのカードはタロットの中で最も我々の関心を注ぐものである。だが、興味深いことにこのカードの真の意味は「選択」であり、いつ結婚すべきか、どんな相手を選ぶべきか、想いを告げるとすればどのような形でか、などといった局面での「判断」を必要とすることを暗示させている。
「愚者」のカードとの相性でいえば、それは好きなものは好きなのだから考えていても仕方がない、といったような情熱的な無垢へと繋がるだろう。「隠者」のカードで「判断」を占うのなら、じっくり内省し、よく吟味した上でもう一度時間をかけて選択すべきであることを物語っている。

アーサー・ウエイトによれば、このカードはエデンの園の時代における「無垢な愛」を象徴している。神学的に解釈すれば、「恋人」のカードは神との「聖愛」的な関係性の純化を物語るだろう。また、錬金術を心理学的に解釈したユング派によれば、男性性と女性性という「対立項」において、どちらか一方だけで存在し続けることはできないことを暗示させる。アリストファネスの「魂のシュンボロン(割符)」説にあるように、我々は創造される以前に、既に魂において男性性と女性性を兼ね揃えていた。地上において、これが分極的に展開されるため、我々の課題は天上において一体化していた「異性」を探し求めることになる。つまり、「わたし」が好きになった異性とは、実は「わたし」自身のもう一つの姿なのである。このように解釈すれば、「恋人」のカードが出ることは、そうしたもう一つの「わたし」が自分に限りなく接近しつつあることを意味するだろう。それは「恋愛」のシグナルであり、新しい「わたし」を知るための最大の機会である。
いずれにしても、「恋人」のカードは「選択」と深く関わっている。既に結婚している人間の場合、新しい魅力的な異性の出現によって、今の伴侶との間で揺れ動き、どちらかの「判断」を迫られるといった状況を暗示させるだろう。我々にとって、このカードはタロットの中で、全てが始まる核であり、出発点であり、そしておそらく最後の「審判」のカードに、神学的な次元で後続している。換言すれば、「恋人」は世界の霊的な起源であり、「審判」まで至るプロセスを経て、再び「恋人」へと戻るのである。「恋人」と「審判」はアルファであり、オメガであり、ウロボロスの蛇の如く円環を描き続けているのである。

Visconti Sforza Tarocchi    9

Visconti Sforza Tarocchi

○ 「吊られた男」

ヨーロッパの伝統的な「枢要徳」(正義・節制・賢明・力)のうち、「賢明」以外はタロットカードで図像化されている。エリファス・レヴィや世界最初のタロット占い師と目されるエッティラなどは、この「吊られた男」こそが「賢明」であるという非常に興味深い説を提唱していた。
キリスト教的な解釈に基けば、このカードは端的に「裏切り者=イスカリオテのユダ」を意味するとされる。ガートルード・モークレイ女史によれば、吊られた男が手にしている革袋の中には、イエスを裏切る見返りに得たデナリオン銀貨30枚が入っていると考えられる。当時のイタリアの画題において、「裏切り者」や「反逆者」を逆さ吊りにして描いた画家として洗礼者聖ヨハネの絵でも名高いアンドレア・デル・サルトがいるが、彼のデッサンはタロットの「吊られた男」と非常によく似ている。これは一般的にも知名度の高い説だ。
一方、逆さ吊りにされた人物は「殉教者」だという説も存在する。「吊るされる」という行為が自発的に行われているとすれば、これは精神的次元での「苦行」を意味し、存在の高い次元へと向かうためのイニシエーションの役割を果たすことになるだろう。こういったコンテキストから、シャーマン的な存在による霊的世界への飛翔のために必要なカード、あるいは、磔刑に処された救い主「イエス・キリスト」自体を象徴するという見解も存在する。
北欧神話に登場するオーディンも、世界樹に九日間と九夜吊るされた苦痛と引き換えに、秘儀の文字である「ルーン」を獲得している。神自らの代償によって何か高度に霊的なものを得るというモチーフは、他の諸神話にも見出すことが可能だろう。
いずれにしても、「吊られた男」はその外見上の不吉さに反して、高度に精神的、瞑想的なカードであり、おそらく「信仰」の核心をついた霊的なものである。

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