† 文学 †

少年のようにイノセンスな優しい彼氏 望月あんね『グルメな女と優しい男』

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群像新人賞を受賞した望月あんねさんの『グルメな女と優しい男』(2005)を読みました。奈良美智さんの絵に出てくるような不思議な人物たちが描かれていました。主人公の「りん子」も、グルメの極北ともいうべき「どうにかして人間を一度食べてみたい」という謎めいた願望を持っているOLです。この彼女が好きになってしまうのが、川沿いの小屋で隠者のように生活している心優しく純粋な青年、「一郎」です。
一郎は特に不思議な存在で、現代の都会人の生活スタイルからは隔絶したような生活観念を持っています。食べるものも、動物や植物が可哀想という理由で普通の人のようには食べません。生きとし生ける生命の気持ちが判ってしまう、非常にイノセンスで、都会人が忘れてしまっている「聖なるもの」を宿しているような存在です。そういう点でも、本作品のキャラクターの持つイメージは、奈良美智さんの幻想的で、メルヘンチックな人物像に通じているような気がします。
一郎がピンクのコアラをロゴにした不思議なTシャツを着ているという最初の服装も、どこか不思議な世界観を反映しています。「ひーひー」とひきつったような独特な笑い方にしても、「りん子」曰く「気持ち悪い」にも関わらず、何故か憎めない、ほっとけない、そんな「少年」のような存在です。会社での同僚同士の恋愛話も、キャラクターの性格の差異化が上手く行われていたので、楽しんで読むことができました。
一郎の言葉で特に印象的だったものが以下です。

「おばあちゃんが死んでしまったのは、熱帯魚をくれた翌年だった。元気だったのに、突然。泣いて泣いて、泣きまくった。もちろん熱帯魚も泣いてた。そしたら熱帯魚も後を追うようにすぐに死んでしまったんだ。一匹死んだら、もう一匹もすぐに死んだ。それはなんとなく分かってた、一人ぼっちじゃ生きていけないって言ってたから」


こういった無垢な台詞は、私にはどこか宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』のあの二人に通じているような印象を与えました。とてもナイーブな少年性を宿した男性だと思います。一郎には、過去にやはり言葉にはしにくい「傷」がある。でも、主人公の自覚では、自分自身にはそういった「傷」がない。だから、一郎との距離感を感じてしまい、悩んだりする印象的な箇所もありました。
この二人は、結局クリスマス・イヴの夜を過ごすことになります。それは必ずしも恋の成就を意味しない展開に向かいますが、りん子はこの不思議な男性に出会って、様々なことを学び、また思い出したのでした。不思議なことに、会社の課長との関係も、一郎との付き合いを通じて良好になっていきます。一郎という、都会にはなかなかいない「聖なるもの」に出会うことで、りん子もどこかで落としてしまっていた「無垢」を取り戻したのかもしれません。
「やさしい隠者」としての一郎は、最後にりん子の望みまで叶えてあげようとします。つまり、彼女のグルメな夢の果てにある、「人間を一度食べてみたい」(どんな味がするのだろう?)という願望です。しかし一郎はとても弱ってしまっていて、命の火を失う直前でした。りん子が口に入れてみたのは一郎の指です。食べたいという欲望と、失われていく一郎への悲哀が混在している、なかなか私たちが普段体験しないような特別な経験をイヴに体験したわけです。
このイヴ、食べられる、りん子に身体を捧げる、といったコードは、宗教的な次元でいえばキリストの「贖罪」を象徴しているようにも感じました。実際、キリストを現代日本で生まれさせると、「一郎」のような存在になるのかもしれませんね。一郎はナザレのイエスよりは、「動物のココロ」を理解する点で、あの心優しい聖フランチェスコに類似しているような気もしました。
私たち読者には、様々な捉え方があると思いますが、私にとって「一郎」は、都会で生きていく上で忘れてしまっている「聖なるもの」を思い出させてくれる、タロット的にいえば優しい「隠者」のような存在でした。ページに随所に挿入されている絵も、独特な癒しを出していると思います。




グルメな女と優しい男グルメな女と優しい男
(2005/07)
望月 あんね

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