† 映画 †

『マグノリア』におけるトム・クルーズの狂度の体制

マグノリア<DTS EDITION> [DVD]マグノリア [DVD]
(2004/01/21)
ジェレミー・ブラックマン、トム・クルーズ 他

商品詳細を見る


これはトム・クルーズがセックスに憑かれた過激な教祖を怪演した問題作だ。ポール・トーマス・アンダーソン監督のこの作品は非常に評価が高く、一部カルト化されて現在でも根強い人気を誇っているようだが、実際に観て映画としての質の高さに愕いた。展開は多視点で、複数の登場人物が同時並列的にそれぞれのストーリーを展開させ、微妙に相互に絡んでいく。いわばネットワークのハイパーリンクのような作品だ。
役柄でいうと、トム・クルーズが問題のカリスマを、ジュリアン・ムーアが老いたる富豪の若く狂的な美貌の妻を、フィリップ・シーモア・ホフマンがその富豪の付き添い介護人をそれぞれ演じ、どの演技も非常に魅せられる。ほぼ全員が人生における“窮地”や岐路に立つ瞬間までを見事に描き切っている。
様々な解釈が可能だろうが、やはり最も衝撃的なのは他でもないトム・クルーズである。彼は男性たちに向かって、女性をいかに誘惑し落とすかを熱弁し、集会を開いている話題のカリスマだ。その彼の前に一人のインタビュアーが現れて、彼の「経歴詐称」を追及していく。非常にハイテンションで躁状態な彼だが、自身の過去にまつわる“真相”について鋭い質問を受けて、態度が激変していく……。その変容振りは、迫真であり、彼女を見つめながら一言、「君に審判を下している」と真正面から囁く場面には、思わず鳥肌が立った。

mag nolia

これほど完全に役柄に嵌り切っているトム・クルーズを観るのも久しぶりだ。他の人物たちのドラマとして浮上する「過去を棄て去っても、過去は必ず追いかけてくる」というメッセージが、この映画を読み解く上での最大のキーワードだろう。実際、彼も思い出したくない過去に触れられ、突然言葉を失ってしまう。拭い去ろうとしても、拭いきれない悲哀があり、その悲哀は我々に深い共感を抱かせるものだ。
ジュリアン・ムーアも、金のために富豪に接近したことに悔いを抱きつつ、感情の捌け口を見出せない女性を熱演している。フィリップ・シーモア・ホフマンが、唯一作品の中で穏やかな人物を演じており、いわば緩衝材の役割を担っていた。人間ドラマとして、目が離せない展開を持つ非常に重要な作品だが、「偶然性」をテーマにもしている本作では、ラストでありえない展開が待っている。それはまさに予想外のものだが、私はこれを観終わって、映画館で観ていれば良かったと強く思った。構成や登場人物の喜怒哀楽の表現、起承転結の結に至るまでの予想を裏切る展開――こうした点で、非常に卓越した作品だと思う。
作中で最も印象的だった台詞は、インタビュアーに対する「この世で一番無意味なのは過去だ。過去を振り返ってどんなプラスが?」というものだ。だが、生起した過去には“結末”が待っている。おそらく、あらゆるテーマ的な意味で本作の数多い人物の中でも中心となるのはトム・クルーズだろう。この俳優に関していえば、私は『コラテラル』で演じたような悪役に惹かれる側面がある。問題的な人物を演じる、ということに対してどうやら私は大きな魅力を感じるようだ。そういう点でも、本作は非常にお勧めできる名作である。



関連記事
スポンサーサイト
*Edit TB(0) | CO(0)



~ Comment ~















管理者にだけ表示を許可する

~ Trackback ~


Back      Next