† 映画 †

『七人の侍』が問いかけるもの、「現代にとって武士とは何であるか」

七人の侍 [DVD]七人の侍 [DVD]
(2002/10/25)
三船敏郎、志村喬 他

商品詳細を見る


『生きる』に引き続き、黒澤明の『七人の侍』を観た。これは村を襲う悪党を討つために、村人四人が武士の有志を集い、村が救われるまでを描いたシンプルなストーリーなのだが、どこまでも飽きさせない、古いのに新しく感じる映画だった。七人いる侍の中で、残ったのはわずかに三人という激戦だった。七人も人間が集まれば、様々な個性を感じさせるもので、特に無口だが剣術の腕前にかけては七人の中でも随一の久蔵と、一番若い半人前の勝四郎とのやり取りが良かった。勝四郎が彼の武士としての威厳、心優しさに心底惚れていたがゆえに、彼を失った時の深い哀しみには涙を誘うものがあった。
『生きる』で主演した志村喬演じる七人の侍のリーダー格、勘兵衛も非常に魅力的な武士だった。見返りは得られなくても、「弱き者を救う」が武士の信条であると確信している。兵法にも長けており、彼なくして悪党掃討は果たされなかっただろう。だが、結局一番強烈な個性を発揮していたのが、黒澤作品では『生きる』以外全てに出演している三船敏郎演じる「菊千代」である。彼は百姓あがりの武士で、いわば武士的なものに憧憬を抱いている。村人から怖がられる一方で、そのユーモアとふざけた性格で人気者になり、他の六人の武士たちの足を引っ張る他方で、彼らを精神的に支えて活気付ける。一種の道化であり、彼なくしてはこの作品はあまりにもシリアス過ぎる作品だったのかもしれない。

バガボンド(14)(モーニングKC)バガボンド(14)(モーニングKC)
(2002/06/17)
井上 雄彦

商品詳細を見る


漫画作品で、宮本武蔵を描いた『バガボンド』での「小次郎」篇に明らかに影響を与えていると思しき箇所が幾つかあった。村の長の描写や、悪党が女を攫っていくというのも、どこかインスパイアの源を感じる。ドゥルーズは、この映画のテーマを、「現代において武士とは何であるか」を問うものであると述べている。この作品で私が注目したのは、彼らが「殺人」を犯すことに対して躊躇っていないという点である。武士にとって、武士同士の「義」をかけた闘いは、生死をかけたものである以上そういう論理が働くのだろう。

八つ墓村 [DVD]八つ墓村 [DVD]
(2004/07/14)
豊川悦司、浅野ゆう子 他

商品詳細を見る


舞台が一つの村であり、「悪党を討つ」という一種の落ち武者狩りに近い展開だったためか、奇妙にも観ている最中に私が好きな『八つ墓村』とイメージ的に重なった。横溝正史のあの作品は何度も映画化されているが、やはり村の百姓と武士との「関係性」を描いている回想描写が存在する。そこでは、落ち武者に賞金をかけたことで村人たちが金銭に目が眩み、八人の武士全員を討ち取ったというものだが、最後の八人目の落ち武者が「末代まで呪ってやる」という呪いの言葉を吐いてから最期を迎えたために、以後その村では百年ごとに村の長の家系から狂人が生まれることになった……。
かつて存在した「武士」は、今は剣道などの武術で理念的にイメージされる中世的な存在になっているように想われる。だが、今の若い男性たちの中にもかつての「武士」的なるものは必ず眠っていて、それは別の形式で「代理」されていると私は考えている。

関連記事
スポンサーサイト
*Edit TB(0) | CO(0)



~ Comment ~















管理者にだけ表示を許可する

~ Trackback ~


Back      Next