† 文芸理論 †

ミハイル・バフチンの「ダイアロジズム」とジュリア・クリステヴァの「間テクスト性」(1)

by   Philippe Berthier
by Philippe Berthier


私が書いた言葉は、果たして本当に私のものなのだろうか? それは私が考えたものなのだろうか? 私が言葉を書く上での、「私」とは何か? この問題について知るためには文芸理論の一つとして現代においても未だに重要な「間テクスト性」について学習する必要がある。
グレアム・アレンはこの理論を系統的かつ理論的に述べた『間テクスト性―文学・文化研究の新展開』(2000)の中で、以下のように「私」の言葉の不可能性について述べている。

「主体が言語に入り込む時はいつでも、その主体は、主体の個人としての主観性が失われるような状況の中に入るのである。おそらく我々が、“本当に君を愛している”とか、“本当に君の靴が好きだよ”などといいがちなのは、こういうありふれた語句でさえ、誰かが船に命名する際のあの文と同じ類いの置き換え可能性に憑きまとわれているからである。“君を愛している”は決まり文句であり、これまで何百万回も言われてきたので、我々はその言葉を口に出す時、それによって言い表す主観性そのものの喪失に神経質にならざるをえない。“僕は君を愛している”という文の中の“僕”は我々自身の個人の感情と主体性を表しているというよりはむしろ、我々がそう信じたいと思っていることを表現しているのだ」



これを「自画像」の問題として把捉すると、デリダが『盲者の記憶』でテーマ化していたように、我々の自画像は常に他者の顔として到来するということである。自画像とは、実は匿名的な「非個人代名詞」(クリステヴァ)の構造を伴って伝達されるものなのだ。我々はいつの間にか、常に「仮面」を纏っている。「仮面」は実は「素顔」それ自体であり、仮面を纏わない主体性など存在し得ないのである。
間テクスト性をイメージ的に把握すれば、おそらく以下のようになるのではないか。すなわち、我々は「書く」行為において、「匿名性のプール」にダイブしているのである。この海は書き手の顔の具体性を抹消する。いわば、スーラ的な素描空間としてのプールである。したがってアレンが「言語にあっては、我々の主体の位置は移り動く。書く際に、主体は失われるのだ」と述べていることは、実質的には「書く」ことが、主体の死を、抹消を、すなわち「亡霊化」(デリダ)を構造的に孕んだものであるということが証明される。
マグリットの絵には、紳士の頭部にちょうど鳩が二重化されて、彼の顔が隠蔽されているものがある。これが間テクスト性とテーマ的にリンクしていることは今更いうまでもない。「顔が隠される」という現象にまつわる一切の出来事は、全て間テクスト的だといえる。何故なら、それは「書く」ことが顔面=自画像=主体性の基底に、「他者の顔」が到来しているということを告知するからである。「私」の起源に「あなた」が存在する。この他者は群化しており、「複数のあなた」=「他者性」としてエクリチュールのシステムそのものの原理となっている。これが1968年にロラン・バルトの頭脳の内部で湧き起こっていたこと、すなわち「作者の死」の我々なりの表現である。
クリステヴァは、こうした「私」を「スブリット・サブジェクト(分割された主体)」と呼称している。換言すれば、テクストとは継ぎ接ぎによる自家製のシンクレティズム、モザイク的構成――単刀直入にいってしまえば、「ブリコラージュ」に他ならない。作者が意図するか否かに関わらず、一切のテクストはブリコラージュである。皮膚論的にいえば、我々の皮膚とは常に既に、他者の皮膚によって接合されている。どれ程縫い目を消そうが、我々は他者の皮膚から構成されている文化的な生産物に過ぎない。
バフチンがテクストの「ハイブリット(混成化)」という概念で意図したかったことは、プラトンが『ティマイオス』で前景化し、デリダがそれを相続し先鋭化させた「コーラ」の概念ともリンクしている。コーラとは、「名付け難い、ありそうもない、混種状態のものであり、命名に、<一なるもの>に、父に先立つものである」。それは「起源」としての父に先立つ、母子の一体的な関係性である。コーラという「容器」は、母子だけでなく感覚できる一切のものを自分の皮膚にできるような、自他未分化の状態を意味している。全てを吸収し、全てが皮膚になる。宮崎駿の『千と千尋の神隠し』で現代人の象徴として描かれている「カオナシ」のように、コーラは器に入れたもの全てを体内化し、最早「自己」と「他者」の差異に関心を持たない。ある意味で、「カオナシ」のあの「顔が無いということ」それ自体が、間テクスト性を見事に象徴化しているともいえるだろう。

「主体は、私がこれまで論じてきたように、書いている主体そのものと同一になることはけしてないような状態のうちに、テクストの中で失われてしまうのである。言語を使う主体は、自らが中で話している<意味づけ体系>によって常に分割されており、決定されている」



このアレンのテクストは、「カオナシ」の特徴を捉えたものとして認識することができるのではないか。直観的に、テクストに( )を入れて読み替えてみると、これは依然としてあの怪物のように仮面をつけ、他者を有機的に吸収することでしか「声」すら持てない主体性=作者を象徴化したものとして捉えることが可能である。
ヴィクトリア朝時代の写実主義作家エリザベス・ギャスケルは、既に「私」という作者の分裂性について言語化していた。

「……私は非常に多くの私を持っていて、それが私の悩みの種です。私が持っている多くの私のうちの一人は、正真正銘のキリスト教徒です(私を社会主義者だ、共産主義者だと呼ぶのは、人々がそうするに過ぎません)。別の私は、妻であり母親です……」



この時代には未だ文芸理論として「沢山の私」に光は当てられていなかったが、もしギャスケル夫人が間テクスト性理論に出会っていたら、おそらく彼女の憂慮の種子は緩和したのではなかったか。
だが、「私」が書く行為で喪失されるということは、裏を返せば「書く」ことでようやく自分自身から「解放」されることを意味する。書くことは、「私」を「他者」化できる最大の手段になるというわけである。こうした間テクスト性のポジティブな「没我的感覚」を、脱構造主義の批評家ロバート・ヤングが「テクスタシー」(テクスト次元のエクスタシー)と名付けている点は興味深い。テクスタシーとは、まさに書く主体の没我的境地であるわけだが、間テクスト性理論から不可避的に導出された感覚の積極的肯定とも解釈可能である。

※1 
バフチンの文芸理論は、1920-30年代の当時のソヴィエト政府に対する批判として解釈することもできる。

※2
主として間テクスト性理論を実際にテーマにして活動していたフランスの文壇誌には、ドゥルーズなどからは批判も多いが『テル・ケル』誌がある。これらも20世紀のモダニズム運動の背景の一つである。

※3
間テクスト性は、20年代のバフチンにせよ、60年代後半のクリステヴァ、バルトにせよ、常に「社会情勢に対する対抗」としての時代性を帯びているということを視野に入れておく必要がある。




文学・文化研究の新展開―「間テクスト性」文学・文化研究の新展開―「間テクスト性」
(2002/10)
グレアム アレン

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