† 映画 †

公共広告機構のインパクトのあるCMを集めてみよう

本来、コマーシャルは番組と番組の間を挟む小休止、いわば「余白」的な位置付けを持っている方も多いのではないだろうか。だが、それが見事に作品化している例が、ACジャパンのCMである。
ウィキにあるデータによれば、公共広告機構の流すCMには以下のような特徴がある。

広告キャンペーンは毎年7月に更新され、7月から翌6月までの1年間にわたって実施される。広告を展開するメディアはテレビ・ラジオ・新聞・雑誌のほか、映画館(映画の上映前)やスタジオアルタ等のオーロラビジョン(街頭ビジョン)、インターネット広告なども利用している。取り扱うテーマはその年度ごとに日本社会が必要としている事柄であり、環境問題・公共マナー・薬物・いじめ・家庭問題・一般常識など多岐にわたる。テレビおよびラジオCMについては、各局の7月1日の放送開始以降または起点の午前5時から、新しいCMが放送される。

新聞広告、ポスターなどの枠は会員社によって無償で提供されており、広告代理店などの加盟企業がコンペティション形式で制作している。その広告実績は正規の広告料金に換算すると797億円(2009年(平成21年)度)にものぼり、これは日本で展開される一広告主の広告としては最大規模のものとなっている。2010年度の実績は2800億円と大きく伸びており、ACジャパンはこれを東日本大震災後における自身のCMの大量放送(後述)によるものとしている。



ACの流すCMには、それ自体で濃密で切実なテーマ性を孕んだものが多く、視聴者に強い影響を残すことを意図している。このページでは、You Tubeでも評価の高い幾つかの代表的な作品を紹介する。




「命」の大切さをテーマにしている。
私もリアルタイムでこれは何度か目にした記憶があるが、栗山千明が真正面から囁きかける姿が印象的だった。



生きることに倦怠を覚えている時に、はっとさせられるようなCMだ。
これもやはり「命」の大切さを読書の重要性と相俟って教えているように思う。



ACの中でも、おそらく最もドラマ性の高い有名なCM。
このCM一本で、「芸術」の持つ真の衝迫力を呼び覚ますような名作だ。



動物化した都会人の姿が、明らかに不穏さを表現している。
非常に恐怖感を与えるが、それだけに与えるテーマ性は高い。



このCMはいうまでもなく「エイズ」の危険性を伝えるためのものだが、夥しい「顔」の群れが、それ自体でどこか「匿名的な現代都市」の空間性そのものを反映しているかのようだ。



このCMにも、もう一つの解釈が可能ではないか。つまり、我々現代人が持つ様々な「顔」が、「他者」として到来しているという出来事である。ここに登場している三人の女性たちは、実は同じ一人の人物であり、誰もが「あの人」に翌日には変容する可能性を孕んでいるのである。



同じく、「マナー」のCMの変奏。こちらも、同じ人物が、彼が最も嫌悪する「他者」として現前している。ボルヘスは自分の「顔」が鏡に映らない孤独を担った作家であったが、このCMの主体性には、全ての他者に主体が「分裂」しているかのような、一種のパラノイア的な解釈も成立するのではないか。



リアルタイムで観て、怖ろしさを感じたCM。
今後も、このCMのメッセージは次世代の「現代思想」のテーマであり続けるだろう。



同じく、CO2排出量についての警句。
外国産のCMだが、非常にシュールな演出が見事である。


にほんブログ村 哲学・思想ブログへ
にほんブログ村

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

関連記事
スポンサーサイト
*Edit TB(0) | CO(0)



~ Comment ~















管理者にだけ表示を許可する

~ Trackback ~


Back      Next