† ジャック・デリダ †

震災以後、デリダは?--「喪を宿す=担う=携える」作法

生きることを学ぶ、終に生きることを学ぶ、終に
(2005/04/22)
ジャック・デリダ

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3.11以後の震災文学のひとつのあり方を本源的に問う書として、今新たに注目されるべきデリダの遺作である。
デリダは冒頭でまず告白する、「わたしは生きることを学んだことはけしてありません。実に、まったくないのです!」。『死を与える』や、レヴィナス論『アデュー』などで「死」と「生」についても想いを馳せてきたはずのデリダだが、これは非常に真摯な宣言だ。彼は別のところで以下のようにも囁いている。「誰かが、あなたかも知れず私かもしれない誰かが、進み出て、そして言う。私は生きることを学びたい、終に、と」。
デリダにとって、「生きる」とは何なのか? 書店に並ぶビジネス書棚には、一流企業の元会長が引退して著したいわゆる「人生哲学」のような一般書が出回っているが、我々はむしろこのアルジェリア生まれのユダヤ系フランス人で、西洋哲学におけるロゴス中心主義をディコンストラクトし続け、おそらく最も天才的なスタイルによりM.ハイデッガーへの反論を企てた哲学者にこそ、耳を傾けるべきである。文学だけでなく、それまでの芸術の方向性を根本的に転換したとされる「3.11」以後、我々は何を読み、何を創造していくべきなのだろうか。それを改めてここで考えてみよう。
デリダにとって、「生きる」とは、「生き残る」ことを意味する。すなわち、「猶予中の生き残りとしての私たち」という規定が、いわば彼の現存在における基礎なのだ。確かに、我々は常に死に向かって歩いている。今若い我々も、いつかは必ず老いるのであり、あるいは何らかの災厄によって死期を早めることもありうる。哲学の本来的な「機能」とは、まさに諸学問が教え切れないこの「生きること」、「死ぬこと」に密接に連関するものなのである。デリダは繰り返している。「生とは生き残りである」。

生き残りは根源的です。すなわち、生とは生き残りです」

「私の仕事を助けてくれたあらゆる概念、特に痕跡とか幽霊的なものの概念は、構造的で厳密に根源的な次元としての<生き残ること>と繋がっていました。…私が<根源的な喪>と呼ぶものも同様です。これは、いわゆる現実の死を待ちません」



十代後半に『死を与える』を読んで以来、なぜ私がこれほどデリダに惹かれ続け現在に至っているのか、その由来はおそらくこうしたテーマ系に関わる。すなわち、デリダは「生き残り」なのである。何においてか? 無論、我々は彼の出自を鑑みてそれを「ショアー」と返答することができるだろう。だが、読み手である我々にとって、これはこれまで日本列島で生起した様々な災厄としても換言できるのである。阪神大震災、オウム真理教によるテロリズム、脱線事故……そして今回の壊滅的な「世紀の災厄」である東北大震災――まさに我々はこうした不可避的な「災厄」の傍に存在しているのであり、「いつ」、「どこで」、命を奪取されるのか不確かな社会を生きているのである。つまり、デリダと同じく、我々は「生き残り」なのである。
「生き残り」であることは、今ここにいない人々の死を担っていることを意味する。この世界で年月を経るにつれて、我々は多くの喪を担うだろう。同窓会に参加できなかったかつての旧友、戦後の焦土の光景を目の当たりにした近所のお婆さん、掛け替えのない友愛を与えてくれた亡き親友……そこには、その人にしか「相続」されえないものがある。それは不可視なものであり、端的に「愛されている」ということである。我々は、他者の死を担って生きている以上、常に「生き残り」であり、「根源的な喪」を携えているのだ。

「私は、生き残りとは原初的な概念であり、私たちが生存と、こちらのほうがよろしければDasein(現存在)と呼ぶものの構造そのものを構成するということを強調してきました。私たちは構造的に生き残りなのであり、痕跡の、遺言の、この構造の刻印を受けています」



デリダの展開するディスクールは、時に「死」をテーマ化し過ぎているといわれることがある。しかし、「死」の先鋭化とは、反転して「生」の意味を問う作業でもある。彼は以下のように弁明している、「死よりも生きることの、すなわち生き残ることの方を好む生者の肯定なのです。というのも、生き残りとは、単に残るもののことではなく、可能な限り強烈な生のことなのですから」。
よって、対談相手のジャン・ビルンバウムが「子供としてのデリダ」で概念化しているように、デリダ的に「生きる」とは、「子供を宿すように<喪を宿す=担う=携える(porter le deuil comme on porte un enfant)>」ことに他ならない。妊婦が胎児を「孕む」ように、「生き残り」=現存在である我々は、「喪」を「孕む」のである。大切な人間との、計り知れぬ苦悩を伴う「死別」とは、まさに我々にこの「喪」を「子供のように携える」、「与える」出来事として解釈できる。我々は彼女、彼を喪ったのではなく、「孕む」のである。彼を、彼女を、宿す=担う=携えるのである。それが逆説的なことだが、「生きる」ことなのである。
既に死んだ作家の本を読むという行為は、彼女、彼の「喪」を担うことを意味する。本とは、まさに作家の「霊」の「生きている場」であり、そこに我々は「読む」行為によって参入し、その「霊」をパルタージュ(分有)するのである。読むとは、J.ランシエールが好んだ概念を駆使すれば、まさに書いた者との「霊」のパルタージュに他ならない。「本を残す」という出来事について、或いはこれは無論「絵を残す」、「歌を残す」でも同じだが、デリダは以下のように述べている。

「私が<私の>本を残す(公になるに任せる>とき(誰にも強制されるわけではありません)、私は、出現しつつ消滅してゆく、けっして生きることを学ばないであろう、教育不能のあの幽霊のようなものになるのです。私が残す痕跡は、私に、来るべき、あるいは既に到来した私の死と、そしてその痕跡が、私より生き延びるという希望とを、同時に意味します。それは不滅を求める野心ではなく、構造的なものです。私がここに紙切れを残し、立ち去り、死ぬ。この構造の外に出ることは不可能であり、この構造が私の生の恒常的な形式です」



Jacques  Derrida

Jacques Derrida

このテクストは、何度読み返してもそれが過ぎるということはないであろう。「本を残す」、「本を世界に贈与する」ことだけが、仮に社会に彼が残した唯一の存在証明であった時、この「痕跡」の持つ意味はより深遠である。デリダが死んでも、まさに我々が彼の書いたものを「遺書の連なり」として読解し続ける機会を得ている以上、本とはまさに「生き延びる希望」なのだ。そこには、実体として生き、老いて死んでいく我々の存在の時間軸を超越した、何か「不滅」に近いテーマ系が眠っている。例えば、H.ジェイムズの『ある貴婦人の肖像』は、ジェイムズという書き手が死んでも、尚全世界に翻訳されて現在に至っている。その作品の持つ普遍的な「霊(息吹=プネウマ)」は、「映画化」という表象芸術にまでなって、我々の前に多様な変奏を奏で続けている。つまり、我々はこういうべきではないか。彼は生きている、と。デリダもまた、我々がページを静かに捲るごとに、呼吸をしながら語っているのである。
デリダは書くたびごとに、自分が死んでもそれが保存され得るという「霊的な永遠性」、「肉体の死」を感じていたと想われる。彼のエクリチュールには、本源的に「幽霊」が顔を覗かせている。だが、いうまでもなく、我々が見落とすべきではないのは、「書かれたもの」が、光を浴びずに忘却されているような、そんな「余白」的なエクリではないのか。デリダという固有名ではなく、無名の、匿名の、墓碑に名もなき創造者たちの「表現」を回収し、そこに新たに「光」を与える行為は、浮かばれない書記素の「霊」を、「蘇生」させることに繋がるのではないか? デリダの言葉には、「言霊」に近い霊的な重みがある。私が彼に惹かれるのは、喪に服してレクイエムを奏でている「生き残り」としての姿にこそある。


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