† 表象文化論 †

クァンタン・メイヤスーの時代へ――鈴村智久の小説売上げランキング/2015年7月現在

【鈴村智久の小説売上げランキング/2015年7月現在】


At The Grave Of Our Existence: 私たちの存在の墓で/S/K Studio出版

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発売して間もない『私たちの存在の墓で』(著:鈴村智久、装訂:門倉ユカ、S/K Studio出版)は、「ポスト・ドゥルーズ」として世界的関心が高まるフランスの哲学者クァンタン・メイヤスーの注目の神論への応答という内容であり、ランキングを瞬く間に上昇中です。
メイヤスーについて御存知ではない読者様のために、ここで『私たちの存在の墓で』の前奏として彼の経歴、思想について若干説明しておきましょう。

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Quentin Meillassoux Photograph: © Hannah Assouline/Opale

⑴クァンタン・メイヤスーとは?

クァンタン・メイヤスー(Quentin Meillassoux、1967年 -)は人類学者クロード・メイヤスーと、プロティノスを中心にした古典研究をしつつ小説家として活動するグエナエル・オブリを妻に持つ。高等師範学校で学び、1997年に博士論文『神の不在』を提出後、同校で教えた。現在はパリ第一大学の准教授を務めている。

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グエナエル・オブリ(Gwenaëlle Aubry、1971年 -)
© Gwenaelle AUBRY écrivain - writer. Paris - 2011/06/21


⑵メイヤスーのテクスト(S/K Studio公式Twitterより一部紹介)

【ハイパーカオスとは?】

この世界は今後も同じ法則に従うというuniformity of nature(自然の斉一性)に対して、メイヤスーはヒュームを摂取しつつ、たとえ自然法則であっても秩序体系は常に変化する可能性、つまりanything is possibleな状況としての〈ハイパーカオス〉を提唱する。
「弱い相関主義」は物自体(言語、身体、論理などの外部)を認識不可能なものとして思考可能だとするが、現代哲学の主流である「強い相関主義」は思考できないとする。一方メイヤスーは「とても強い相関主義」(G・ハーマン)に立ち、上位の法は不在であり、世界は「絶対の偶然性」に基づくと考える。



「全てが実際、崩壊し得るのだ。木々から星々まで、星々から諸法まで、物理法則から論理法則まで。そしてこれは全て滅びるべしとする何らかの上位の法のためではなく、いかなるものであれ、それを滅びから守ることのできる上位の法の不在の故に、なのである」クァンタン・メイヤスー『アフターフィニチュード』

「あらゆる世界は理由なく存在し、またしたがって、あらゆる世界は実際に理由なく他のものに生成する能力を秘めている」クァンタン・メイヤスー『アフターフィニチュード』

「数学化可能なものは、思考の相関には還元しえない」クァンタン・メイヤスー『アフターフィニチュード』

「私にとって、唯物論はカギとなる次のような二つの言明を保持しています。
⑴〈存在〉は(主観性の広い意味で理解される)思考とは分離され、また思考から独立している。
⑵思考は〈存在〉を思考することができる」
クァンタン・メイヤスー「思弁的唯物論のラフスケッチ」

「私の意図は――『アフターフィニチュード』ではまだなされていないということに留意して頂きたいのですが――数学化可能なものは絶対化可能であるということを論証することにあります」クァンタン・メイヤスー「思弁的唯物論のラフスケッチ」

「私は〈コギト〉にその出発点を持つ相関主義が、しまいには最も頑な反デカルト主義者をも含めた近現代思想全体をいかにして支配することになるかを考察しています。それは、〈Correlate(相関)〉における哲学者達の大監禁なのです」クァンタン・メイヤスー「思弁的唯物論のラフスケッチ」

「ハイデガーに関して、私は、彼が実のところ後期であろうと前期であろうと決して相関主義から逃れていなかったことを注意深く示しています」クァンタン・メイヤスー「思弁的唯物論のラフスケッチ」

「私にとって、ドゥルーズは主観性の特性の集合を絶対化し、生(あるいはa Life)を実体化し、またそれらを私たちの人間的で個的な世界との関係から徹底的に独立したものとして提示している形而上学的主観主義者です」クァンタン・メイヤスー「思弁的唯物論のラフスケッチ」

「神は、いかなる法則にも従わないカオスの、偶然的で永遠に可能的なeffet(効果)として思考されなければならないことになるだろう。…いま新たに求め、愛することができ、模倣に値するであろう、そのような神とは何か」クァンタン・メイヤスー「亡霊のジレンマ」

「最も特異的で、最も興味深く(逆説的ではあるが)ニーチェの要請に近い意味で、最も〈高貴な〉、そうしたle possible divin(神の可能性)とはどのようなものだろうか」クァンタン・メイヤスー「亡霊のジレンマ」

「法則が今にも勝手に変わってしまうのではなく、今と同じままで在り続けねばならない理由を、我々は見出すことができない」クァンタン・メイヤスー「亡霊のジレンマ」

「諸法則は他の条件が全て同じである場合には、未来においても今と同じものである、ということは保証され得るのか。ヒュームが突き当たったアポリアは、論理も経験もそのような正当化を齎すことはできない、というものである」クァンタン・メイヤスー「亡霊のジレンマ」

「我々は、求められる神が、存在せず可能的なものとして措定されなければならないだけでなく、偶然的で制御不能なものとしてのみ思考され得るのだ、とまで言う必要がある」クァンタン・メイヤスー「亡霊のジレンマ」

「課題は、神と必然性(神は存在せねばならないか、神は存在してはならない)の間にある、無神論と宗教の連帯を暴き、神を潜在的なもの(神は存在し得る)へと結び付けることである」クァンタン・メイヤスー「亡霊のジレンマ」

「神の不在は、不在についての神的な性質、言い換えれば、いま現実に潜在的状態に留まっているものは、来るべき神のpossibilité(可能性)を秘めていることを意味する」クァンタン・メイヤスー「亡霊のジレンマ」

「Dieu n'existe pas encore(神はまだ存在しない)」クァンタン・メイヤスー「亡霊のジレンマ」

「(科学外フィクションの例)A日からB日にかけて、〈実験室内〉の自然は相対性理論的ではなくなり、ニュートン力学へと回帰した。C日からD日にかけては、量子力学の真の刷新があったが、南半球の実験室においてのみであった」Q・メイヤスー「形而上学とエクストロ=サイエンス・フィクション」






◆1位『聖アントニウスの誘惑』◆


聖アントニウスの誘惑/S/K Studio出版

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「内容紹介」

Web2.0以後の高度に先鋭化したネット社会の「黄昏」を舞台にした鈴村智久の初期作品集。
Page Not Found(ページは見つかりませんでした)という画面から召喚される悪夢を描いた表題作の他、ありとあらゆる事物が記号表現化した仮想世界で〈創造主〉を探し求める旅を続ける少年と少女の巡礼譚「MOTHER Ω」、無人化したプログラム世界の夕暮れの廃墟に存在する謎の知性との接触を描いた「デイノン」など――Web社会の「盲点」から現代人の名状し難い孤独を炙り出し、存在論とメディア論の新たな地平を描出した来るべき時代の黙示録。【装訂/門倉ユカ】

【目次】

1―――『MOTHER Ω』
2―――『デイノン』
3―――『聖アントニウスの誘惑』
4―――『4 0 4』
5―――『ヨースター島の迷宮』





◆2位『私たちの存在の墓で』◆


At The Grave Of Our Existence: 私たちの存在の墓で/S/K Studio出版

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「内容紹介」

Dieu n'existe pas encore(神はまだ存在しない)――現代思想において世界的注目を集める現代フランスの哲学者クァンタン・メイヤスーによる神についての重要論稿「来るべき喪、来るべき神」(2006)に対して真正面から文学的応答を試みた表題作の他、
夜のプールで泳ぎながら生と死のイマージュを重ね合わせる《Sacred precinct of water》、敬愛するシスターとの死別を描いた《Memory with a sister》など、聖性を主題化した六篇の中短編を収録。
キリスト教の枠組みを越えて、人間の生と聖なるものとの関わりを描出したポスト・ボルへス時代の新しい文学。【装訂/門倉ユカ】

【CONTENTS】

At The Grave Of Our Existence
私たちの存在の墓で

Memory with a sister
シスターとの想い出

Blind boy
盲目の少年

deep in meditation
瞑想に耽って

Night of a bonfire
夜の焚き火

Sacred precinct of water
水の聖域




◆3位『ヴィスコンティの美学』◆


ヴィスコンティの美学/S/K Studio出版

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「内容紹介」

「あらゆる芸術家の中で、およそ彼ほど“貴族的な頽廃”を見事に描出した人間はいない」――すべての芸術愛好者に捧げられたヴィスコンティ研究の集大成が、お求め易いKindle版で初登場。

20世紀ヨーロッパ映画界のみならずオペラ、演劇界に決定的な影響を及ぼし、後世の文化人に未だ深い感銘と陶酔を与え続けるイタリアの名門貴族の血を引くルキノ・ヴィスコンティ。その美的原理は、実はヴィスコンティが重視していた「ギリシア悲劇」にこそあった。
最重要作品八作を、近年世界的な注目が高まる現代ドイツを代表する美学者ヴィンフリート・メニングハウスや、「芸術の皮膚論」で名高い谷川渥、更にワーグナーのオペラなどとの相関を探りながら分析し、ギリシア悲劇の構造を示したアリストテレスの『詩学』へと結び付ける刺激的なヴィスコンティ論。
Niedlich(優美)、Tragisch(悲愴)、metabasis(メタバシス)など、本書によって初めてヴィスコンティの美学がダイナミックに暴き出される。
ヴィスコンティ愛好者のみならず、ヨーロッパ貴族階級の「美意識」、「恋愛観」の本質について学びたい読者に必携の書。

【目次】
 
・前書き――アリストテレスの『詩学』から始める
・一章――ヴィスコンティ家の歴史、あるいはルキノ・ヴィスコンティ評伝 
・二章――『ベニスに死す』に関する美学的考察
・三章――『ルートヴィヒ』から、初期ワーグナーの『さまよえるオランダ人』へ
・四章――『白夜』にみる愛のアモルフ
・五章――愛の甘美と不毛の極地を描いた『夏の嵐』
・六章――『家族の肖像』における「家族神話の崩壊」
・七章――『イノセント』における「永遠」と地上的な愛憎の計り知れぬ距離
・八章――「我を守りし星よ、その永遠なる領域へいつの日に、我を迎えるか」/『山猫』
・九章――現代のオレステスとエレクトラの「禁断の愛」/『熊座の淡き星影』
・最終章――ヴィスコンティ美学における二つの定式



◆4位『黒アゲハ』◆



黒アゲハ: BLACK SWALLOWTAIL/S/K Studio出版

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「内容紹介」

飽くことなき女色に耽った十八世紀英国の放蕩貴族ロチェスターに我が身を仮託しつつ、果てしなくセックスを繰り返す青年の日常がポップに描かれた《BUTTERFLY SEX》。
名門カトリック女子高を素行不良から退学し、初めてポルノに出演することになった少女の卑俗な言語を媒介にして描出される性の宴《BLACK SWALLOWTAIL》。
性愛にのみ聖性の回復を企てる青年が出会った女との忘れられない一夜《LINGERIE HEART》の三篇を収録。
卑俗かつ挑発的な言語を大胆に駆使した「露出症」的エクリチュールの極北。
【装訂/門倉ユカ】

【目次】

1《BLACK SWALLOWTAIL》
2《BUTTERFLY SEX》
3《LINGERIE HEART》

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