† 建築学 †

ジョゼフ・リクワート『<まち>のイデア』にみる、古代都市の創建儀礼

「まち」のイデア―ローマと古代世界と都市の形の人間学「まち」のイデア―ローマと古代世界と都市の形の人間学
(1991/03)
ジョーゼフ リクワート

商品詳細を見る


建築学の基礎文献のリストに入っているジョゼフ・リクワートの『<まち>のイデア』(1976)の記録を残しておきたい。
本書は建築学についての本というより、どちらかというと古代ローマという「土地」の神話的な起源に迫っていく、宗教学的なアプローチを取っている。
古代ローマが建設されるその起源を解明することで、人間にとって「都市」とは何であったのかを考えさせる思索的で、博覧強記な本でもある。


○ 古代ローマはどのように建てられたか?


プルタルコスの『ローマ人の諸問題』によれば、「神聖にして犯すべからざる場所」を、レムスが飛び越えたことが殺害の原因だとされている。
これはローマの建国神話に潜んでいる古い謎の一つだ。
何故、レムスはある土地を飛び越えただけで殺害されてしまったのか?
この謎を解く手掛かりについて、リクワートはローマだけでなく、エトルリアの古代世界の全体に共通してみられた「都市の創建儀礼」について詳しく述べている。
いわば、ある場所に「都市」が建てられるまでのプロセスである。

①神殿、家屋も含めた建物の創建に際しての、「世界の創造」の劇的な見世物の実演
②そのドラマの、集住地の平面における社会的・宗教的施設の具現
③その軸を「宇宙軸」と擬えることによる第二の目的の完遂
④定期的に行われる祭礼における創建的宇宙創造の繰り返しと、居住空間のモニュメントにおけるそれの記念的体現



このプロセスから判るように、古代都市の創建儀礼というのは、総じて宗教的であり、「世界の創造」の再現として演出されていることが判る。
建国記念の行事なども、「世界の創造」=「都市の創建」という偉大な出来事を忘れないための、常に神話へと遡及していく運動として規定できる。
このように、古代ローマという都市は、実は「宗教儀礼」が形成したといっても過言ではない。
では、一体どのように何もない土地に都市が形成されていったのだろうか?
リクワートが考古学的学識を駆使して論述しているところによれば、ローマは最初、「単なる正方形の犂き返された土地」であるに過ぎなかった。
つまり、ある土地に壁を設けられ、そこを自分たちの領土としたのである。
この土地の選定については、ロムルスとレムスのもう一人の母親ともいえるメス狼が、二人を拾い上げた場所の近くであったとされている。
このようにみると、ある土地が都市になっていくまでの起源には、神話的な「動物」が関与しており、非常に興味深いところである。
この「最初の聖なる囲い地」、あるいはager effatus(聖化された場所)のことを、リクワートは「テメノス」と呼んでいる。
テメノスの定義は、「境界によって区切られ、聖所という目的のための一区画の土地」のことだ。
語源学的にいえば、テメノスは「テムノー」――「私は切る、切り取る、傷付ける」に由来する。
ウァルローが述べるところによれば、テメノスは「連続する垣とただ一つの入口」がその空間の要であったというから、非常にシンプルで原理的な土地であったことが想像できる。
また、「テンプルム(神殿)」については、この語源はエトルリアの鳥占い師「アウグル」たちの描いた「図形」に由来しているとされている。
このように、ローマは元々「テメノス」という単純な形態の、シンプルでありながら「聖なる土地」であった。
このテメノスは、先述したとおり、メス狼がロムルスとレムスを拾った場所の近くであり、拾われた土地には、その後「ルペルカルの聖所」が建ったとされている。

She-wolf_suckles_ Romulus_and_Remus

「ロムルス&レムスに乳を与えるメス狼」

ローマの都市創建にまつわる登場人物たちを現段階で列挙してみると、そこにいるのはまず「ロムルス」、「レムス」、それに「メス狼」、そして脇役ながら非常に重要なのは、「鳥占い師」たちである。
このアウグルたちの活躍について、リクワートは以下のように述べている。

「(神殿の元になる)図形を描くことの目的は、その中心にアウグルがいる天空の全般的な秩序を個別的な場所に設けることであった。このことは、天空の大いなる神殿がアウグルの図形という理想的な形にまず凝縮され、ついで儀礼文に基いて彼の前の大地の広がりの上に投射されたときに、成就されたのであった」


この記述は、なかなか面白いところだ。
リクワートによれば、この占い師集団は、天空に存在するとされる大いなる神殿を、地上の土地に投射したとされている。
いわば、これが「テメノス」の呪術的な説明にもなっているのだろう。
おそらく、ロムルスの創建神話と、この占い師たちの説明が相互に組み合わされ、単なる土地を「神聖な場所」へと聖化していったと考えられる。

「創建者(ロムルス)の犂によって掘り起こされた土塊の線の走るとおりに作られた壁は神聖なものであり、一方、門は市民の管轄に属していた。新しいまちは今や、完全に創設されたのである。新しい住人たちは敷地を占有し、友好的でない先住の霊たちを追い払った。彼らはまちに名前を与え、守護神に祈願し、その炉に火をともし、境界を定めた」



この記述を読むと、ロムルスの引いた土地の線がどれ程重要であったかが判る。
レムスはそれを軽々しく飛び越えたため、戒めとして殺害されたのだろう。
実の兄弟を殺すほど、この都市の領土線は重要であり、後世の市民たちはそれを重んじたと考えられる。
都市の原型的な形として普及したのは、ローマもそうであるが「方形」であり、「円形」ではなかった。
「円形都市」は、実はヨーロッパ古代の諸都市においては普及しなかった。
ローマも共和制が終わるまで、ずっと「方形(クァドラーター)」だった。
しかし、面白いことに女神ウェスタのための神殿は、「円形」であったことが資料から窺える。
都市の名前が「ローマ」になったのは、名付け親であるロムルスによる。
しかし、プリニウスの伝えるところによれば、ローマには実は秘密の名を含め、「三つの名前」が存在したとされている。
公的な名前は、「Roma」である。
祭司たちが使っていた名前が、「Flor」である。
そして、これを一言でも口にすると政府関係者から厳重に処罰された秘密の都市名が、「Amor」であったとされている。
ここには何か当時の支配者の影の生活を暗示させる官能的な暗喩が働いていたのかもしれない。

このように、ローマ創建を巡る立役者たちの中で、鳥占い師の存在は重要だった。
他に、当時は神聖な職種とされた「測量士(アグリメンソル)」も、都市創建に勿論関与している。
簡略化すれば、「王/占い師/測量士」という三項が、古代都市の創建の主体として極めて重要であったということが浮き彫りになる。


○ 古代ローマのウェスタ神殿の「聖なる火」について


ロムルスとレムスの兄弟は、伝承によればメス狼に育てられたとされている。
けれど、二人は狼の胎から生まれたのではなく、母親はウェスタ神殿の巫女(ウェスターリア)であったレーア・シルウィアの息子たちだった。
父親はマルスであるという記述も他の本にはあるようだが、リクワートは本書で彼らの父親は根本的に「正体不明の神」であったと考えている。
この「正体不明の神」を奉った祭壇が、ローマのパラティウムに存在するそうで、写真も掲載されているのだが、この神がギリシア神話の中の神々の一人であった可能性は高いだろう。
元々、ローマという都市の「最初の祭壇」であるとされるウェスタ神殿は、ギリシャの「炉の女神ヘスティア」と共通点が多いと考えられている。
ヘスティアという女神は、神話によればゼウスの年下の妹で、ポセイドンとアポロンの二人からそれぞれ求婚されていた。
リクワートによれば、ヘスティアはギリシャ人にとって都市の中心的存在であり、彼らはどうやら都市そのものを「女神」として考えていたという。

「都市宗教という脈絡においては、とりわけヘスティアこそ、ギリシャ人が女性とみなしていた都市の内部空間の中心であった。ヘスティアは“あなたたちがそこから出発する家”であり、一方ヘルメスは旅人たちを護る者であり、道を保護する者であり、したがって主に外部の男性的空間に関わりがあった」


ここでヘルメスが登場しているのは、この神が彼女の友人だったからである。
何故ここでヘスティアについて言及しているのかといえば、このギリシャ由来の女神が、ローマのウェスタ神殿に大きな影響を与えていると考えられているからだ。
ローマ人たちは、ギリシャの女神の特徴を自分たちなりに翻案し、ウェスタにしたのだろう。
ウェスタ女神は、ローマの「家庭の火」と、「市民の炉」を司っていた。
この特徴はギリシャのヘスティアと同じである。
そして、ウェスタ神殿の巫女であるウェスターリスたちは、神殿の中で「聖なる炎」を守護していたとされている。

temple-vesta- portunus-tritons-rome

「現在にも残るウェスタ神殿跡(左上)」

「この神殿は、ローマ人たちによって、カピトーリウム丘上の至高至善のユピテルの聖所と、サリイーの盾と共に、この都市の同一性と存続との三つの保証の一つとみなされていたのである。いかなる都市の炉も、その都市の最初の祭壇、その都市の同一性の誕生場所、その都市の宗教生活の源とみなされて然るべきであった」


「聖なる炎」だけでなく、神殿の深奥には「ファスキヌス・ポプリー・ローマーニー(ローマ人民の男根)」と呼ばれる聖なる器具が存在し、これは主として戦争時に、戦車の車軸に設置されていた。
伝えられるところによれば、ガリア人がローマに襲来した時、巫女たちは「聖なる炎」を守るために、それを容器の中に入れて持ち運んだとされている。
実は、この「聖なる炎」を最初に点火したとされているのが、創建者ロムルスであった。
ゆえにこの火は、ローマという都市の起源と深い繋がりを持っていると考えられる。
先述して、ガリア人襲来時に巫女たちが「聖なる炎」を救出したと述べたが、リーウィウスの伝えるところによれば、L.カエキリウス・メテルスという男が、炎上する神殿からパラス女神像(パルラデイオン)も救い出していたとされている。
こうした経緯から、ウェスタ神殿の聖なる火は古代ローマについて考える上で大切である。
因みに、ヴェスパシアヌス帝のデナリウス銀貨の裏側には、ウェスタ神殿が描かれている。


○ ある土地が都市に選ばれるためには?


既に述べたとおり、ローマはメス狼がロムルスとレムスを拾い上げた土地の周辺に創建されている。
最初は単純な囲い地であったが、ウェスタ神殿の聖なる火が置かれ、神聖な場所となっていった。
けれど、元々狼が二人を拾い上げた場所の選定は、偶然に委ねられている。
占い師たちは、この「偶然」に神話的な理由を与えることが多い。
例えば、トロイアの英雄アエネイアスは、妊娠しているメス豚が子を産み落とす場所までわざわざついていき、出産したその土地の上に「アルバ・ロンガ」を創建したと伝えられている。
人間が、明らかに「動物の決定」を神聖視していることが判る。
こうした呪術的な側面は、ロムルスの次の王であったとされるヌマ・ポンピリウスの就任式にも見受けられた。
実はこの就任式を司っていたのは、都市創建にも深く関与していたあのアグリル(鳥占い師)たちであった。
狼と鳥は、古代ローマの創建物語において決定的な役割を果たす聖獣なのである。
エトルリアの占い師の中には、「内蔵占い師」と呼ばれる集団も存在したとされている。
この系譜は、古くシュメールに始まり、ヒッタイトへ流れ、そこから更に広範囲へ波及していった。
彼らは、「肝臓」を「世界の鏡」であると認識していた。
生命・存在の中心が肝臓であり、そこには天空の分割までもが反映されている。
彼らは動物から取り出した肝臓をみて、そこに疾患による「斑点」を読み取ると、それらを「どこに建物を建てるべきかを示した地図」として解読した。
古代ローマ一帯からは、肝臓型の模型に、住居の場所を示した地図らしきものまで出土している。
一方、「腸」は占いにおいては「宮殿・神殿」を象徴していた。
それはメソポタミアでは、地下の冥界へと通じていたという。

土地の選定の基準には、他にも色々な考え方がある。
アリストテレスとウィトルウィウスによれば、立地条件として「健康で温暖な土地」だけでなく、「神的息吹が漂う場」(プラトン)であるという点がより重要だった。
都市は、常に神々の決定に委ねられていなければならないからである。

紀元前7000年頃の後期旧石器時代の集落を見てみると、既にそこに「公共空間」が存在していたことが判る。
この頃から人類は既に、①人体を基準にした基準寸法②建物の組み立て方における直交的接合③円の概念――これら三つを原理的に備えていたとされている。
基本的に古代都市空間の形としては、円形よりも「方形」が圧倒的に多い。
アステカ王国の首都テノチティトランの起源となった土地の絵には、正方形の中心に神聖なる鷲が描かれており、この鷲が土地を決定したとされている。
また、アッシュールバニパルの軍営地も、やはり「方形」であったことから、都市が元は外敵の侵入に備えた集団的な「防塞拠点」から発展していったとも考えられる。


○ 都市の破壊儀礼について


古代ローマを例に、都市がどれほど神話的なコンテキストに基いて創建されるのかを読んできた。
では、都市の破壊にもまた、神話が伴うのだろうか?
リクワートはこれについて、以下のように述べている。

「まちが占領されて破壊されたのち、その敷地は犂かれねばならなかった。というよりむしろ、“犂き戻され”ねばならなかった。創建者の犂が都市の敷地の周囲を反時計廻りに引かれたのに対し、おそらくこの犂はその廃墟を反時計廻りに引かれたのであろう」



アビメレクは、シケムを占領した時、都市を破壊した後に、「塩をまいた」と伝えられている。
都市創建が神々の恩恵に与るものならば、それが終幕する時には、やはり元の神々への敬意を表明しなければ、「穢れ」を持つと考えたのかもしれない。
創建の犂に対して、破壊の犂が存在するということは、どこか物悲しいが、都市という壮大な物語を繋ぐ鍵であるような気がする。



リクワートの『<まち>のイデア』は、古代ローマを先例に、古代都市の創建儀礼から形状、神話的背景、そして破壊儀礼まで、幅広く扱っている。
この本を読むと、現代を飛び越えて古い異国の都市を、神話的な人々が創建しているイメージに襲われる。
本書が建築学書の名著に入っているということに、私は現代を生きる人間の一人として感動を覚えたのだった。


関連記事
スポンサーサイト
*Edit TB(0) | CO(0)



~ Comment ~















管理者にだけ表示を許可する

~ Trackback ~


Back      Next