† 建築学 †

ルドゥーの《ショーの製塩工場》と近代建築の萌芽ーー磯崎新の『人体の影』を読む

人体の影―アントロポモルフィスム人体の影―アントロポモルフィスム
(2000/10)
磯崎 新

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磯崎新は『人体の影』の中で、近代建築の黎明期に位置する三人組み、ブレー、ルドゥー、ルクーの中の一人であるルドゥーの名高い《ショーの製塩工場》について論じている。
この三人の重要な建築家については、周知の通りエミール・カウフマンの『三人の革命的建築家』に詳密に記述されている。
彼らの時代背景としては、18世紀初頭の後期バロックの時代に続く「新古典主義」(18世紀中期~19世紀)の時代であり、これは政治的には「フランス革命」という激動期に跨っている。
磯崎は、ルドゥーの代表作であるアルケ・スナンの《ショーの製塩工場》が、現代建築との文脈において極めて重要であると認識している。
この建物は、ルイ15世の命令で建設された王立の工場であり、王は塩税確保のためにここを重視していた。
財政的にもゆとりのなかった王は工場らしく、装飾性を排した簡素なデザインの工場を、1773年に王立建築家に任命したルドゥーに依頼した。
この建物は全体的にシンメトリカルであり、形式的整合性が重視されている。
「社宅」(集合住宅)まで設置されており、いわば「工場中心の閉じた自給自足システム」がこの空間において実現されていた。
王が機能的で簡素なデザインを望んでいたのに対し、ルドゥーは工場に「神殿」建築に近い要素を取り入れている。
彼が特に取り入れたかったのは「列柱」であったが、そもそも何故ルドゥーは単なる工場をそれほど仰々しいものに設計したのだろうか?

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《ショーの製塩工場》

その謎を解く鍵概念が、名高いベンサムの「パノプティコン(一望監視施設)」である。
《ショーの製塩工場》で工場長の役柄に当たる「監督官」は、この自律的な空間の内部で、「王」を代理していると考えられている。
「監督官の建物」を中心に、工場は半円型の円周に各棟が設置され、どの棟も中心からの視線を否応無く感じさせられるように配置されている。
中心に位置する「王=監督官」は、従業員を常に監視しているという、「権力の視座」の構造が空間に反映されているわけである。
バロック時代においては、建築にとって「王の空間」が大きなテーマとなっていた。
「王」は、そのまま「神」の象徴である。
この図式を、ルドゥーは「工場」に移し替え、「神/王/監督官」という図式に置き換えた。
磯崎が分析しているルドゥーの設計理念として重要なのは、(1)パノプティコン(2)バロック的な「王権の中心性」の表現、である。
ここで面白いのは、「パノプティコン」とは、そもそもある特定の個人に権力が集中していく構造ではなく、むしろ「匿名的な権力」を召集していくシステムだという点だ。
パノプティコンによって権力を得るのは、常にある特定の「地位・職種」であって、人格的ではなく、むしろ匿名的で没個性的な制度だといえる。

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「ルドゥーは当初の設計案では、ここを理想の円形都市として構想していた」

こうした「中心からの放射」という権力構造の都市的配置は、既に16世紀頃から見出されている。
場所を変えて、例えば中国の長安のような都城にも、社会階級がそのまま空間に反映されるという図式が成立している。
長安の中心に存在しているのがやはり「天子」の居城であった。
こうした都市空間における「中心」に「権力」が与えられる構造を、磯崎は「中心の類型学」と呼んでいる。

この「中心の類型学」とは異なる概念を持っているのが、日本的空間である。
磯崎によれば、日本では「中心」が空白化し、「間」として残されている。
中国とヨーロッパの都市空間においては、「壁」が存在するからこそ「中心」が重要性を持つに至るわけだが、日本列島は元来島国であり、いわば「海」という「自然の壁」が異国民の襲来を必然的に防いでいたと考えられる。
したがって、日本的空間では、中国という外国の建築様式を引用しつつも、「和様式」を常に保存し、「輸入と温存」という方法論を取っていたとされている。
日本的空間を知る手掛かりとして磯崎が注目しているのが、「歌舞伎」である。
磯崎は渡辺保の名著『女形の運命』を引用しつつ、「神を招来するひもろぎは、日本においては常に仮設的だった」と考えている。
歌舞伎はシャーマニズムとも深く関係しており、中心は「仮設的」で、「遊牧性」を持つ。
磯崎は他に、ロラン・バルトが東京という都市空間を「中心の空虚」として認識していたテクストなどを紹介しながら、再びルドゥーの《ショーの製塩工場》に論述を戻している。
一言でいえば、西洋のパノプティコンの制度とは、日本的空間は完全に異質なのだ。

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《ショーの製塩工場/遠景》

さて、《ショーの製塩工場》は1779年に、ルイ15世による変更点の要望を踏まえたうえで完成した。
しかし、その十年後にはバスチーユ牢獄襲撃が発生し、フランス革命が勃発している。
これによって、フランスは「王政=カトリック」から、「共和制=近代的思考」へと変換されていく。
その指導者となったのがロベスピエールであり、このフランス革命というヨーロッパ史上における大事件の絵画的メディアとして活躍したのが、画家ダヴィッドである。
磯崎が《ショーの製塩工場》に注目しているのは、そこに「近代」への萌芽が宿っているからである。
キリスト教の神は、フランス革命によって「革命を導く女神」として塗り替えられ、その後は人間理性中心の近代化が起き始めるわけだ。
ちょうどこの王党派の衰退と並行して、ヨーロッパにアメリカから「ハイズビル事件」の衝撃が伝来し、以後キリスト教は「近代スピリチュアリズム」に席を譲っていくことになるのである。
ルドゥーの《ショーの製塩工場》は、こうした18世紀の激動期に建設された「プレ近代建築」として評価されている。





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