† 文学 †

「別れ」のワルツ――“もし愛人が夫と離婚したら、それでも関係を続けるべきか?”

密会 (新潮クレスト・ブックス)密会 (新潮クレスト・ブックス)
(2008/03)
ウィリアム トレヴァー

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今、夫がいたり、恋人がいたりする方にこそ読んで欲しい短編小説がある。
ウィリアム・トレヴァーの不倫小説「密会」だ。
主人公の男性は会計士で、四十代後半で所帯持ち。
彼と不倫しているのが同じ会社で秘書をしている三十代後半の女性で、やはり彼女にも夫がいる。
いわば、互いに家族がいることを承知の上での逢瀬を重ねている。
この作品が示唆的であるのは、途中で女性の方が離婚してしまうからだ。
それまでは互いに家庭持ちで、その上での「秘密」を共有し合っていたわけだが、彼女の離婚以後、関係が少しずつ瓦解していく。
依然として男性は家族を養わなければならないわけだし、彼女の方は彼とこのまま「愛人」同士の関係を保つか、新しい生活のパートナーを探すか、決めなければならない。
でも、女性は別れたくないのだ。
その時の彼女の気持ちが本作には喉かな公園のベンチを舞台に描かれていて、とても印象的である。
“この時間が永遠になれば……”。
眩しい公園の短い一時の中、そう願う。
けれど、男性は彼女にこう思っている。

「彼女はもっと報われてもいい。私は君の人生を磨り減らしている」



彼女のことを大切に思うがゆえに、彼は不倫関係を終わらせようと考えるのだ。
この態度は、不倫関係で互いのバランスが崩れた時に(どちらかが離婚するなどしてフリーになってしまった場合など)男性が取るべき紳士的な態度として、価値があると思う。
本当に一人の女性として彼女のことを愛している場合、やはりその場限りの繋がりよりも、彼女の人生のことを願うのではないだろうか。
この葛藤の中で、結局二人は潔く別れる道を選ぶ。
トレヴァーが素晴らしいのは、それでも“愛が崩れることはなかった”と記しているところだ。
蛇足になるが、タロットカードに有名な「恋人」というカードが存在する。
これは一般的に「新しい異性の急接近」を意味しているとされるが、タロット学者たちの解釈によれば、むしろ「恋愛の重大な局面での決断」を意味しているとされている。
トレヴァーの「密会」の男性にも、まさに「恋人」のタロットが出ていたのだろう。

恋愛小説を読んでいると、主人公や登場人物に、知らず知らずに自分や恋人を照らし合わせたりしていないだろうか。
私はこれを読んでいる時に、彼女のことを考えていた。
定期的に恋愛小説を読んでいて感じるのは、これらは私たちの恋愛のための、何らかの「処方箋」の役割を果たしているということだ。
高校時代、私は恋愛小説に対して強いアレルギー反応を起こしていた読者だったのだが、今になってむしろ難解な哲学小説の類よりも、もっともっと根源的で真理に急迫したものを、「恋愛小説」というジャンルが教えている気がしてならない。


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