† 美学 †

「近代」の萌芽としてのヴェサリウスの解剖学教室ーー小池寿子『内臓の発見』読解

内臓の発見 (筑摩選書)内臓の発見 (筑摩選書)
(2011/05/18)
小池 寿子

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○ 2章「剥皮人体」要約


マルシュアスの皮剥ぎを髣髴とさせる、神話的なほどグロテスクな実話として狂王カンビュセスによる「シサムネスの皮剥ぎ」が紹介される。ヘラルト・ダフィットのこの絵は、エーコの『醜の歴史』でも掲載されていた名高い拷問画である。ダフィットはこの時、《最後の審判》も依頼されており、「皮剥ぎ」と「審判」が象徴的な即応性を持って解釈されている。

Sisamnes gevild in opdr  v koning Cambyses 1487
Sisamnes gevild in opdr v koning Cambyses 1487

Sisamnes gevild in opdr v koning Cambyses   1487

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絵画における解剖学的次元について考える上でアンドレアス・ヴェサリウスは避けて通れない。16歳でルーヴェン大学に入学し、その二年後に教授職を得て、パリ大医学部で学んだ彼は1543年(若干29歳)の時に、後の近代医学の古典となる『人体の構造について(ファブリカ)』を出版する。それまで人体機能は「肝臓」中心に考えられ、ガレノスの血液学説が支配していたが、ヴェサリウスは後のウィリアム・ハーヴェイの血液循環説に繋がる提言を本書においてなす。この書には「エコルシェ(剥皮人形/解剖人体)」が挿絵として描かれる。
言葉遊びに近い一説によれば、アンドレアス・ヴェサリウスのイニシャルである「A」は「アダムとイヴのエデン追放」を、「V」は「マルシュアスの皮剥ぎ」を象徴していたと解釈されている。

「肉眼での観察による解剖学から生み出された遊戯化されたエコルシェは、近代への道程で神話と宗教から脱皮し、人体の小宇宙という神秘のヴェールを剥いでゆくのである」p53


本章最後のこの末文は、「近代の黎明」をヴェサリウスに見出している点で重要である。ユベルマンの『ヴィーナスを開く』でも、神話的なヴィーナス像がやがてクレメンテ・スジーニの手によってその内部を与えられ、解体されるという変遷を辿っていた。この「中を開く」思考、これまでヴェールに覆われて神秘化されてきた内部を解体する思考こそ、近代的思考の発火源である。

※17世紀に興隆していたオランダ医学と時期を並行して、デカルトの「人間機械論」、ハーヴェイの「血液循環説」が提唱されているので、18世紀以前の医学を包含した16~17世紀の思想潮流に既に“近代の萌芽”が見出せる。

※ヴェサリウスの解剖学教室の信条は、次の三つ。
①敏捷に
②正確に
③愉快に
私はこのうちの三つ目に本書自体の通奏低音を感じた。


○ 4章「子宮の夢想」要約


妊娠した女性が胎児をどのように内部に構造化しているのかという問題は、医学が未発達の時代において多くの人間に強烈なイマジネーションを呼び覚ましてきた。とりわけ、聖母マリアの子宮においては。
ビザンティン美術の聖母の子宮は、「プラテュテラ型の聖母」とも呼ばれ、子宮内部が「透視」されるスタイルを取っている(マリアの腹部にそのままイエスが箱詰めされたように描かれる)。
こうした図像に影響を与えたと考えられるが、ローマの医学者ソラヌス(98-138頃)の『産婦人科論』(中世キリスト教社会において権威化される)であり、著者はそのムスティオ写本の図版を紹介している。ここには子宮内部における「胎児の位置」の様々な位相が描かれている。

「女性の中には子宮とその胎児のゆえに、偉大な神秘が潜んでいる」レオナルド・ダ・ヴィンチ p90


この言葉にも表れているように、解剖学はルネサンス芸術において重要な役割を果たした。やがてソラヌスの子宮図版は、錬金術的図像における「フラスコ内のホムンクルス(太陽と月の結合による)」へと変容していく。錬金術における「フラスコ」とは医学における「子宮」と等価である。やがてフラスコ内に裸の「王と王妃」が描かれた図像も現れる。


○ 5章「目という神話」要約


初期ネーデルランド画派のヤン・プロヴォーストによる《キリスト教のアレゴリー》(1510-15頃)が紹介される。本作にはミステリアスな幾つもの隠喩が隠されているが、著者は「画面下の目は誰の眼球か?」という問いを発している。P107に掲載されている挿絵(1000年頃)の画面下には「パトモスのヨハネ」が、アーモンドを横に寝かせたような目の中で上方を見上げており、これがプロヴォーストによって完全な「眼球」の形態を取るに至ったと考えられる。

※シモン・マルミオンの『世界の七つの時代』挿絵における「眼球としての宇宙」は、ボスの絵における「天上界への上昇」にも影響を与えたとして紹介されている。


○ 6章「内臓 人体のモノ化」要約


ヨーロッパ中世最初の解剖学書はモンディーノ・ルッツィの『アナトミア』とされる。日本ではやや遅れるが、1754年の山脇東洋による解剖録『蔵志』が重要(17世紀のオランダ医学が日本にも伝来する過程で、レイデン大学での公開解剖学教室は多くの注目を集めていた)。
本章でも、フランドルの画家ディリク・バウツの《聖エラスムスの殉教》(1453)という拷問画が紹介されている。聖エラスムスはローマ末期のディオクレティアヌス帝治世の、シリア、アンティオキアの司教であり、内臓を「巻き轆轤」で少しずつ巻き上げられて殉教したと伝えられる。
また、18世紀に活躍した解剖学者フレデリック・ルイシュの名高い『解剖学宝函』(1701-17)は、「カプリッチョ」として王侯貴族たちから好奇の目で注目され、賞賛された。これは近代的道徳観からも倫理的にエラーを持つとして忘却されたが、それ故に異様な魅力を持った作品集といえる。






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