† 美学 †

美術史の学習なくして個々の芸術家を愛することなど不可能である――ハインリヒ・ヴェルフリン『美術史の基礎概念』

ハインリヒ・ヴェルフリン(1864-1945)は『美術史の基礎概念』の中で、以下のような二項を五つ提示している。

(1) 線的なもの/絵画的なもの

線的なものは明瞭で、くっきりしている。
絵画的なものは、背景と事物との境界線が曖昧で、線的なものより不鮮明である。

(2) 平面/深奥

ルネサンス絵画は基本的に平面的空間として描かれており、遠近法はシンプルである。
他方、バロック絵画では奥行きの中心点がずれており、ルネサンス絵画のように絵画の対角線の交わりが中心には来ない。風景画でも奥にある森までの道が蛇行するなどして、遠近法では斜線中心となる。

(3) 閉じられた形式/開かれた形式

主に建築物に対して使うキーワードである。
閉じられた形式というのは、壁が平らで窓も小さく、ちょうどグロピウスの集合住宅シリーズのような建造物のことである。
開かれた形式は、円柱、建物自体の局面、外観の複雑な構成、技巧的で広い窓など、建物自体がもっとオープンで、装飾的である。

(4) 多数性/統一性

ミケランジェロの《ダヴィデ》は、各部位が独立して作品として成立するものである。これは《ダヴィデ》が多数的であるからだ。
他方、レオナルドの《最後の晩餐》は、弟子一人一人の反応がキリストという中心無くしては成立しないような全体的統一性で支配されている。よってこの絵では多数性が成立するとはいえない。要は、作品の個々の有機的連関が強い場合は「統一性」であり、分離可能な場合は「多数性」になるということだ。

(5) 絶対的明瞭性/相対的明瞭性

絶対的明瞭性は、主として線的なものと同じで衣服などの細部まで細かくはっきり描写されている。
他方、相対的明瞭性とは、スフマートやスーラの点描のように、輪郭が曖昧でぼやけている。


ヴェルフリンの上記のカテゴリーには様々な問題点が指摘されているものの、彼は美的鑑賞を学問化しようとした最初期の人物として重要である。「盛期ルネサンス」と「バロック」の差異に着目したのは彼であったし、美術にはそれぞれ「様式」や「流派」が存在し、そうした歴史の流れの中でZeitgeist(時代精神)が表出されると考えた。
ヴェルフリンの理論のコンセプトとして記憶しておくべきことは、彼が「様式の各理念」を重視し、個々の芸術家の「個性」を捨象し得た点である。つまり、彼は美術を学問的に認識するということを、「様式の各理念を学習すること」と一致させ、それなくして個々の作品を読解することなど不可能だと規定したのだ。これは単なる美術好きのアマチュアか、本格的に美術を愛している研究者かの差異の問題でもあるだろう。というのは、本物を目指すのであれば必然的に「様式史」の学習に向かうはずだからである。
ヴェルフリンは「人名なき美術史」すら企画していたというくらいだから、彼がどれほどZeitgeistを重視していたのかが強く感じられる。いわば、ヴェルフリンは芸術の背後にはそれぞれの時代背景があり、この社会学的知見抜きに個々の作品を論じることは愚昧であると考えたのである。芸術というのはヴェルフリンにとって、様式として体系的に構築されたものである以上、全てはそこに還元できるものである。ここには19世紀のドイツの心理学的興隆の影響もあるが、今日においてもヴェルフリンが本当にいいたかったことは美学者や美術史家の間で高く評価され続けている。

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