† 映画 †

「ピエタ」の新しい形式――A.タルコフスキーの原点『アンドレイ・ルブリョフ』について (2)

アンドレイ・ルブリョフ [DVD]アンドレイ・ルブリョフ [DVD]
(2005/12/22)
アナトリー・ソロニーツィン、イワン・ラピコフ 他

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人間との会話を絶ったルブリョフがボリースカの「教会の鐘」制作のプロセスを見つめることで、自分自身の「存在」に気付く――『アンドレイ・ルブリョフ』の「1423/鐘」の章の有する稀有な感動には筆舌に尽くし難いものがある。
ボリースカ(ニコライ・ブルリャーエフ)は17歳くらいの若い少年で、家族を疫病と貧困で亡くしている孤児である。「タタール民族の侵攻」により壊滅的打撃を受けた人々の中の一人として登場する彼の父親は、教会の鐘造りの職人であったが既に死去している。
ボリースカは「父から鐘造りの秘密を教わった」といって、生き延びるために自分を大人たちに売り込む。これは彼の輝かしく躍動的な生命が成せる、一つの「強靭な処世術」であり、実際ボリースカは異様なまでの熱意によって人々を指揮する若き「監督」という役柄を持つに至る。ブルリャーエフの迫真の演技は、本作での最大の見所といっても過言ではない――正直に告白すれば、私はこの物語の真の主役はむしろボリースカではないかとすら感じたほど、彼は重要な登場人物である。
「鋳型」に流し込む灼熱を背景にした工房での描写で、ボリースカは「祈る」かのような態度を見せている。鐘の素材として最適な土をようやく発見した雨の中の描写でも、悲惨な時代の中で「生きる」とは何かを感じさせる極めて強い生命の躍動を感じることができる。私はここに、「鐘」造りにとりつかれた一人の芸術家の偉大な魂を感じた。それは絵画だけでなく、建築や彫刻の分野においても才能を発揮したミケランジェロの、より素朴で原理化された姿を髣髴とさせた程である。注意深く工房での描写を観ると、実はルブリョフも作業を密かに手伝っている(何らかの力を与えているような動作)のが判る。この場面は背景の灼熱と相俟って、どこか霊的で神聖な雰囲気を持っている。
ボリースカという監督者の指示によって多くの人々が教会の鐘を造る。その作業工程は実に丁寧に描かれており、「鐘」であれ「神殿」であれ「塔」であれ、それは大規模な人力を必要とする芸術制作という点では本質的に同じなのだ。
結果的に鐘は完成し、立派な音を鳴らす。人々は満足し、事業は成功した。しかし、ボリースカは涙を流している。彼の元に、「声を絶っていた」ルブリョフが近付く。「父さんは本当は鐘造りの秘密を教えてくれなかったんだ」と、ボリースカは泣きながら、達成感による落涙とも力尽き燃え尽きた後の喪失感とも名状し難い、稀有な言葉をルブリョフに告白している。その時、ルブリョフはようやく「声」を蘇生させる――「私もまた絵を描こう。お前は鐘を造れ。一緒に行こう」。
「一緒に行く」とは、「何処」へ行くのか? それは二人が見出したそれぞれの道、すなわち作品制作を意味している。たとえ分野が違っても、鐘もイコンは共にキリスト教信仰に奉仕するための芸術であり、それは「同じ聖域」へと道なのだ。けして一人ではなく、ルブリョフはこの瞬間、真の友を見出したのである。
ある一つの作品を制作するために全てを捧げ、ほとんど憑依されたかのように「鐘」に執心したボリースカ。彼は明らかに、アポロンに皮を剥がれたマルシュアスであり、ミケランジェロのシスティナ礼拝堂における聖バルトロマイの「皮=自画像」的なテーマを孕んでいる。彼はそれに全てを捧げ、燃え尽きた。そこには真の「美」があり、ルブリョフはボリースカの魂に心打たれたのである。つまり、ルブリョフはボリースカの事業プロセスを観察することで、自分とは何者であったのかを初めて真に知り得たのだ。私が『アンドレイ・ルブリョフ』の登場人物の中で、フェオファン・グレクやキリール以上に決定的に重要だと思う人物がこの若きボリースカであるのは、このような理由による。
ボルヘスであれば、おそらくボリースカとルブリョフは天国においては「同じ一人の人物」であったと語ることもできたであろう。私は今まで、これ程印象深く感動的な「ピエタ」の場面を観たことがない。
この鐘造りの章には、ルブリョフが「雨の木」の下で物思いに耽る描写も存在する。「雨の木」といえば、大江健三郎の『「雨の木」を聴く女たち』を想起する方もおられるだろう。実際、大江は映画監督の中ではタルコフスキーを特に高く評価しており、それはこういった救済の象徴を、孤独な廃墟や静謐な雨の中の樹木に見出す「信仰心」に真理を見出したからではなかったろうか。
ルブリョフが涙に暮れるボリースカを抱きかかえている場面は、私には何故か受難(=芸術制作)を経て魂を召されたイエスを抱きかかえる「聖母」の姿に重なった。すなわちミケランジェロの《ピエタ》である。ここには、「父を喪失したボリースカ」に対する、父性的な神秘として登場するルブリョフの姿が読み取れる。彼らは共に苦難の時代を生き延びている点で一致する受難者であり、そこから「芸術制作」に真の救済を見出そうとする点で兄弟である。
もしかすると、私はタルコフスキー作品の中で本作に一番高いテーマ性を感じたのかもしれない。「芸術と信仰」、そして時代の「闇」を克服する「光」――雨の木や雪の降る美しい幻想的廃墟のイメージ群、どれも傑出して素晴らしい映画史に残る古典的名作である。
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