† ヨーロッパ庭園学 †

西洋絵画史と「薔薇」の関係――『オールド・ローズ・ブック――バラの美術館』

オールド・ローズ・ブック―バラの美術館オールド・ローズ・ブック―バラの美術館
(2009/05)
大場 秀章、望月 典子 他

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本書は薔薇と西洋絵画史の相関において重要な書である。
「花の静物画」は16世紀後半から17世紀初頭にかけて登場し、元々は物語画の隅に飾りとして寓意的に描き込まれていた。
古代ローマ、ギリシャでも薔薇はヴィーナスに捧げられ、結婚式や葬儀にも使用されていた。紀元1世紀から2世紀頃には既に「花」だけを描いた絵画が見られ、十分に童話的で鑑賞価値に耐える作品である。
薔薇はそもそも「ヴィーナスの聖木」として神聖視され、「愛」、「美」、「豊穣」を司るこの女神のアトリビュート(持ち物)に他ならない。ヴィーナスの名は広く知られているが、その誕生秘話については意外に知らない人が多いかもしれない。ボッティチェッリも採用した女神誕生の来歴は、実は天空神ウラノスの切断されたペニスが海に投げ込まれ、そこで生じた血と泡から、かくも見目麗しい女神が誕生したというのである。この時、神話的には「薔薇」も同時に誕生したとされている。
オウィディウスの『変身物語』で名高い「アドニスとヴィーナス」のエピソードにも「薔薇」についての起源が記されている。一説によると、薔薇は美少年アドニスが猪に襲われて流した血から生まれたのだという。無論、アネモネが彼の血から生まれ、薔薇はヴィーナスの流した涙から生まれたという説もあり、一定してはいない。しかしアドニスであれヴィーナスであれ、薔薇は美しい神を象徴することだけは間違いない。
中世後期にイギリスで生起した王位継承戦争「ばら戦争」において、ヨーク家は白薔薇、ランカスター家は赤薔薇を象徴とした。この「ばら戦争」という名前はヒュームの『イングランド史』に因んでいる。例えばヘンリー・アーサー・ペインは20世紀初頭に両家の確執を表現し、戦争開始を象徴的に描いた作品を残している(1908)。この戦争はランカスター家のヘンリー・チューダが勝利し、ヨーク家のエリザベス・オブ・ヨークと結婚したことで和解した。その後、彼はヘンリー7世としてチューダ朝を開始する。エリザベス・オブ・ヨークを描いた肖像画が16世紀初頭に描かれているが、彼女のペンダントは「赤薔薇」が「白薔薇」を囲むデザインのもので、それ自体で「ばら戦争」の結末を象徴化しているといえる。
以下に私が印象的だと感じた「薔薇」のある絵画のリストを作成しておきたい。


○ ベラスケス《薔薇色の衣装のマルガリータ王女》(1653-54)

左隅に薔薇の花瓶が置かれている。マーガレットの花はマルガリータを意味し、アイリスは純潔を、ピンクローズは美、若さ、愛を象徴する。

○ バルトロメウス・ファン・デル・ヘルスト《アーブラハム・デル・クルトとマーリア・デ・ケールセヒーテルの肖像》(1654)

妻が手にする「棘のない薔薇」は、艱難のない「愛」の象徴である。

○ アントワーヌ=ジャン・グロ《クリスティン・ボワイエ》(1800以降)

水面に浮かぶ薔薇は「オフィーリア」を意味し、「死」の象徴である。

○ エドワード・ポインター《ラングトリィ夫人》(1877)

ラファエル前派風の極めて美しい肖像画であるが、黄色の薔薇は「嫉妬深い愛」、「不義」を、白い薔薇は「沈黙」を意味する。

○ ブロンズィーノ《愛のアレゴリー》(1544頃)

クピドが投げようとしている「花弁だけの薔薇」は、「儚い快楽」を象徴する。

○ ルーベンス《パウシアスとグリケラ》(1615頃)

この時期より、絵画史上において「花の静物画」が独立した一つのジャンルになっていく記念碑的な作品。

○ オシアス・ベールト《ガラス花瓶に生けた花》(17世紀)

「花の静物画」の誕生期の作品。

○ アルマ=タデマ《アントニウスとクレオパトラの会見》(1883)

Lawrence  Alma-Tadema

クレオパトラの薔薇愛好を象徴した作品の一つ。

○ アルマ=タデマ《ヘリオガバルスの薔薇》(1888)

the-roses-of -heliogabalus-1888

ヘリオガバルスには薔薇を洪水のように降り注がせたという逸話が存在する。おそらく、西洋絵画史上最も多くの薔薇を描いた作品として重要であり、そのインパクトは非常に強い。

○ ルーベンス《三美神》(1620-24頃)

三美神はヴィーナスの召使として名高いが、彼女たちは薔薇を一緒に頭上に掲げている。

○ エティエンヌ・モーリス・ファルコネ《クピド》(1757)

エティエンヌ・モーリス・ファルコネ 「Seated Cupid 1757」

薔薇と天使といえば、ファルコネであるが、このクピドは指で唇を押さえている。一説には、エジプトのイシス神の子ホルスの幼年期の姿だとも解釈されている。ホルスはハルポクラテスがギリシア、ローマに流入させ、やがて「沈黙の神」になった。

○ ティツィアーノ《ウルビーノのヴィーナス》(1538)

彼女がヴィーナスであるという保証はどこにもなく、ただ「薔薇」を持たせているという理由からこのタイトルが付けられた。

○ フォンテーヌブロー派《化粧する貴婦人》(1580年代)

Woman_at_her_Toilette,_by_the_School_of _Fontainebleau,_1550-1570_-_IMG_7423

この絵はミステリアスであまり詳しいことは判っていない。一説によれば、「双子のヴィーナス」を描いたものだという。因みに、本書では《ウルビーノのヴィーナス》と隣り合って画像が掲載されているが、背景に衣装箱らしきものを覗き込んでいる下女らしき娘が描かれている点で、双方は一致している。
この《化粧する貴婦人》はシースルーのヴェールを纏っており、指輪を宝石箱から繊細な指先で摘み出している。この箱の手前に薄っすらと輝いているのが「赤薔薇」である。その傍には小さな化粧用の鏡が置かれており、そこに彼女自身の顔が映っている――「双子のヴィーナス」というのは、この「鏡」と関係しているのだろうか。

○ ボッティチェッリ《春》(1482頃)

フローラは花の女神で、ヴィーナスと同じく「薔薇」が彼女のアトリビュートである。薔薇に関する神として本書で明記されているのは、ヴィーナス、アドニス、そしてフローラである。

○ カルロ・チニャーニ《フローラ》(17世紀後半-18世紀初頭)

同じくフローラを描いており、本書の表紙にも掲載されている印象深くチャーミングな作品。画家のモデルへの愛情まで感じさせる。

○ スルバラン《茨の冠を見つめるキリスト》(1630頃)

解釈によれば、赤薔薇はキリスト教的には「傷付いたキリスト」を意味し、その棘はいうまでもなく「茨の冠」を象徴する。「棘のない薔薇」は無原罪受胎のマリアを象徴する。また、エデン追放前には薔薇に棘は存在しなかったという話も実に興味深い。
本作は、キリストの受難を彼が少年時代の頃の風景として予兆した暗示的な絵画。

○ スルバラン《銀の皿に乗る水のコップと薔薇の花》(1630頃)

コップの水は「命の水」を、薔薇は「エリコの薔薇」を象徴した静物画であり、これらは端的にマリアのメタファーとなっている。

○ ディルク・デ・ブライ《聖母の象徴のある静物》(1672)

本作は、カトリック信徒にとって極めて重要な静物画である。何故なら、このオランダの画家が描いた作品には、「薔薇」、「ロザリオ」、「ローズマリー(聖母の名の象徴)」、「ミサ用の香炉」、「王冠」が描かれ、全てがカトリックの信仰と聖母マリアのアトリビュートとなっているからだ。

○ シュテファン・ロッホナー《薔薇の園亭の聖母子》(1448)

Stefan  Lochner

ルネサンス以前のゴシック期において、これ程美しい聖母子像は存在しないと感じさせるほど、麗しく優しい作品。冠を被ったマリアの背景には薔薇の囲いがあり、周囲には果物を聖母子に渡そうとしている可愛らしい天使たちが描かれている。興味深いことに、トランプカードの「キング」のような姿をした「神」が鳩と共に聖母子を薔薇園の頭上から見下ろしている。一つの装飾品としても美しいし、ピサネッロの《鶉の聖母》に匹敵する優れた描写力であると考える。

因みに、聖母以外にも聖エリザベトや聖ドロテアは「薔薇」にまつわる聖女として、他の画家たちによって16世紀以降、様々に表象されている。

○ ダニール・セーヘルスとシーモン・デ・フォス《薔薇の花環の中の聖家族》(17世紀)

薔薇の花のアーチの中に、聖母子像が描かれた美しい装飾性の強い作品である。ヤン・ブリューゲルにも同様の《花環の聖母子》が幾つか存在する。

○ ヤン・ブリューゲルとヘンドリック・ファン・バーレン《大地女神ケレスと四大元素》(1604)
田園的な風景の奥に、マリアでもウェヌスでもフローラでもない女神ケレスが描かれている珍しい作品である。

○ バルトロメオ・マンフレディ《四季の寓意》(1610頃)

この作品も極めて印象的で興味深い絵画である。四人の人物がそれぞれの季節を象徴しており、薔薇の冠を被っているのが「春」、彼女にキスをしている葡萄の葉の冠をつけた女性が「秋」、小麦の穂を髪に飾っているこちらを見つめる女性が「夏」、そして彼女たちを眺めている厚手の服装の老人が「冬」である。

○ ヘルマン・ファン・アルデウェーレルト《五感》(1651)

「五感」は絵画の画題の一つとして描かれてきたもので、薔薇はここでは「視覚」以前にまず「嗅覚」を象徴する存在である。

○ アードリアン・ファン・ニーウラント《ヴァニタス》(1637)

同時代のヤーコプ・マレルにも同じ主題の絵がある。薔薇やその他の美しい花が飾られた花瓶の傍に「髑髏」が置かれるというスタイルである。美の瞬間性とも結び付く儚い花は、髑髏と結び付いてvanitas(空しさ)のアレゴリーにもなった。






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