† 美術/アート †

Lam Qua(林官)の肖像画にみる肉の病症と、フランシス・ベーコン、ジェニー・サヴィルにおける肉のイリュージョニズムーーサンダー・L. ギルマン『病気と表象ーー狂気からエイズに至る病のイメージ 』読解

19世紀前半における、西洋と東洋の権力関係の図式を浮かび上がらせる画家として注目されるのが、中国の画家Lam Qua(林官/1801-1860)である。
彼は元々、マカオにあるフィアロン家の使用人であった。1820年代に、そこでイギリス人画家ジョージ・チナリーを知り、描写に著しい興味を示した彼は、自身も彼から西洋的絵画の技法を教わっていく。林官にとって、洋画は好ましいものであり、敬愛すべきものであった。
1830年代になると、彼の絵筆の技量は相当なものになっていた。イェール大学で医学を修得した医学宣教師(アメリカ人プロテスタント)のピーター・パーカーという人物が、林官の絵画に注目する。彼は当時、「患者の症例」を描いた医学図版の作成を計画していた。パーカーは林官に仕事を依頼し、彼はこれを引き受けた。こうして林は、近代における「病気の表象」の系譜に属する絵画に、決定的な痕跡を残すことになったのである。

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Lam  Qua

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二十年が経過した頃、彼は既に広東随一の「洋画家」として君臨していた。当時の無垢な少年は、完全に西洋化された様式で名声を築き上げたのである。サンダー・L・ギルマンの『病気と表象』の九章でスポットライトを浴びているのは、林官の前述したような「病を患った肖像画」である。これは「医学図版」でありながらも、肖像画の形式を取っている点で、どこか画家の開かれた明るい感覚を感じさせるものである。しかしギルマンが浮上させているのは、「観察者」=「西洋」に対する、「観察されるもの」=「東洋」という支配関係の構図である。これはいうまでもなく「宣教するもの/宣教されるもの」という関係性とも重なっているだろう。
私は林官のこの特殊な肖像画を観た時に、最初は衝撃を覚えた。医学図版でありつつも肖像画的なスタイルという点で、これらの絵は境界線がどこか曖昧である。もしも純粋に医学的資料として描くのであれば、おそらく「顔」は隠し、患部を仔細に観察した結果を描くはずではないか。にも関わらず、画家はほとんど楽観的に「肖像画」としてこれを描いているようでもあり、現代なら往々にして観られる「顔のモザイク」に類するヴェールは何も存在していない。
極端な「肉のデフォルメ」を遂行した画家として、我々は即座にフランシス・ベーコンや現代イギリスの女流画家ジェニー・サヴィリーらを想起することができるだろう。彼らも確かにありえないほどグロテスクな肉の歪曲、肉のイリュージョニズムというスタイルを取っているが、林官とは完全に異質である。ベーコンやサヴィリーは、身体変形を何らかの象徴に基いて遂行している。肉が歪曲するのは、ゴヤが巨人を描いたのと同様に、日常を「異化」するための空想的要素である。我々はベーコンの、酷い暴力を受けて唇が歪んでしまったような肖像画を見て、ソレルスの註釈にあったように「20世紀という暴力の時代の刻印」を読解することも可能であろう。或いは、サヴィリーが女性の裸体を透明の箱に圧縮する時、それは「世界に対する生き辛さ、抵抗不可能性」の極北の形式として急迫する。これらはどれも、何らかの概念によって、空想的に異化された肉のイリュージョンである。

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Francis Bacon

Three Studies for Self PortraitFrancis Bacon

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Jenny Saville

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Jenny Saville

しかし、林官は違う。彼の描いた肉の変形は、実際に生起した「病」の表象である。ベーコンの肉と林官の肉には、倫理的次元において別種のものがある。私にとって林官が問題的であるのは、やはり彼がおそらく実在していた人物のプライバシーの証左である「顔」を、西洋の医学生たちに披露することに甘んじた点にあるかもしれない――私はそれを先述して「開かれた」、とか、「楽観的」などと表現してみたわけである。いずれにしても、ここには最早肉のイリュージョニズムはない。これは現実に生起した肉の変容、「病気」なのである。そういう点で、林官のこれらのシリーズは、ベーコン、サヴィリーの属すコンセプトとは異なる次元に立っているといえるだろう。それはむしろ、16世紀のヴェサリウスやシャルル・エティエンヌの医学図版や、18世紀のジャック・フェビアン・ゴーティエ・ダゴディのアナトミーアートと同じ系列に属するといえるだろう。




病気と表象―狂気からエイズに至る病のイメージ病気と表象―狂気からエイズに至る病のイメージ
(1996/10)
サンダー・L. ギルマン

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