† 文学 †

トーマス・マン 『ブッデンブローク家の人びと』 (1)

Fantin-Latours     La famille Dubourg
Henri Jean Théodore Fantin- Latour《La famille Dubourg》

トーマス・マンの『ブッデンブローク家の人びと』(原著1901/日本語訳は岩波文庫版の望月市恵訳を参照)の上巻を読んだので、記憶がまだ新しいうちに読書記録を残しておきたい。
本書はマンが若干二十六歳の時に自身の一族の問題をテーマにして刊行した長編小説で、この二十八年後に彼がノーベル文学賞を受賞する際の受賞理由となった古典である。
第一部の主たる場面は「晩餐会」での会話である。長老ヨハンを中心に、市議会議員などの街の有力者が集っている。場所はヨハン・ブッデンブローク邸で、玄関はロココ式の美しく気品ある上流階級の屋敷である。彼らの会話からは、露骨なナポレオン批判(フランス嫌い)が読み取れる。それは上巻の後半で描かれる「暴動」を、おそらくマンが「フランス革命」に対する批判的な見地から捉えている点とも通じているだろう。ヨハンは商会を立ち上げた実力者であり、誰もが彼の商才を認めている筋金入りのブルジョワ階級の資本家であり、経営者である。妻のヨゼフィーネは長男のゴットホルトを出産する時に死去している。この長男は既に成人して敬虔なキリスト教徒となっているのだが、父ヨハンとは頗る相性が悪い。資本家と信仰家の父子対立という、ヨーロッパ社会においては平均的な「葛藤」の構図がここでも踏襲されている。とりわけ、長男は母の胎を突き破って生まれてきたとヨハンから憎悪されており、親子関係は最悪である。ヨゼフィーネは既に物語序盤からいない存在だが、クレーガー家という由緒ある貴族的な名家の出自である。
第二部以降は、アントーニエ・ブッデンブロークという娘がヒロインとなる(愛称はトーニ)。トーニの父親はヨハンの次男コンズル・ブッデンブロークと母エリーザベトの娘で、彼女は日本でいえばちょうど高校生くらいの年齢に相当する。当然色々と自分の家系や社会に対しては不満も持っており、性格はわりと我侭でまだ一人前のレディーにはなっていない。トーニは読書も好きで、よくホフマンの「ゼラーピオンクラブ」に熱中している。嫌いな男性には露骨に不機嫌な態度を取り、気取って地位の高さを誇る男には特に敵対する性格の持ち主である。反対に、自分よりも控え目で貧しく、穏やかな好青年には素直に好意を抱く少女でもある。マンが若い頃のトーニとして描き出した上流階級の少女像というのは、実にこのようなものとしてまとめることができるだろう。トーニは夏休みになると母方の祖父母クレーガー家のヴィラで過ごすことを楽しみにしていた。
第二部は、この純真無垢なトーニが「自分の生まれは普通とは違っており、上流階級なのだ」ということを自覚する印象的な場面が見逃すことのできないポイントであるように思われる。学校帰りの女友達に対しての一言。

「お金持ちで、貴族的なおうちがあることがなによりもの条件だわ。わたし、家族と商会とにその義務があるの」とトーニは、思いつめた顔で言い足した。(p124)


ここで若干、マンの文体について付記しておきたい。彼は本書を客観的な三人称の視点で書いており、基本的にどの人物の「内面」にも顕微鏡的なレベルでは入り込んでいない。私がここで比較しているのは、ムージルの初期短編に見出されるような複雑な心理描写や、プルースト的な幾つもの襞が襞を形成していくバロック的な内面描写(意識の流れ)である。マンはむしろ、全体の中の人物からトーニを選択し、彼女に光を当てているだけで、内面まで彼女に完全にシンクロしてはいない。これはまさに「映画」的な手法に近い気がする。
例えば、トーニが「眉を顰める」描写があるが、その理由をマンは心理描写としては書かずに、あえて映画的に「見えた彼女の表情」のみを書いている。純粋な「三人称多視点/映画形式のスタイル」だといえるだろう(とはいえ、後半でマンは明らかにトーニの心に寄り添って三人称が限りなく一人称に接近するほどの劇的な描写も存在するが)。
第三部では、ベンディクス・グリューンリッヒという若いビジネスマンの男がトーニへの求婚者として登場する。彼は計算高く、言葉巧みなセールスマンで、「真面目なキリスト教徒」を気取っているが明らかにそれは仮面である。自分が取り入れられるためには多少の嘘を平然とつくし、低姿勢で常に相手を褒めちぎるが、それは過度な自己愛の反転であろう。いずれにしてもグリューンリッヒは自信家で、トーニを我が妻にしようと必死になる。世渡りが上手いタイプなのでトーニの父コンズルからは好感を持たれるが、そこには「落ち目にあるブッデンブローク商会」を彼の若い商才でいくらか立て直すという魂胆も見え隠れしている。彼は若いがビジネスは成功させており、そこが父ヨハンよりは経営センスのないコンズルの興味を引いたのだ。
当然ながら、トーニの性格からして彼の求婚に応えるわけがない。しかし、父は彼の商才を認め、「夫として適任」であり、「商会の更なる繁栄に寄与する逸材」と評価している。この新しい「父と娘の対立」こそが、第二部で幽霊的に再現前する、かつての「ヨハン(父)とゴットホルト(息子)の対立」の構図の移し替えであろう。ゴットホルトが具体的にヨハンとどれ程複雑なやり取りをしていたのかは明らかにされていないが、この関係性は「不在」のまま「トーニとコンズル」に相続され、代理的に描き出されているとも解釈可能である。
ここで面白いのは、コンズルがヨハンほど感情的な男性ではなく、むしろかなり大人しく温和であるということだ。おてんばなのはむしろトーニであり、したがってこれは彼女自身の「結婚するかしないかの懊悩」としても読めるわけである。
グリューンリッヒは求婚している。彼はトーニの両親に気に入られるために、コンズル夫人にウォルター・スコットの『ウェーヴァリー』を朗読してあげたりと、なかなか必死だ。ここで我々が印象付けておきたいのは、彼の自信に溢れたナルシスティックな性格である。実は、後半で彼はビジネスに失敗して人生の華から瞬く間に失墜する。この激越な「対比」を描き出すために、マンはおそらく意図的に彼を過剰なほど自信に溢れたビジネスマンのキャラクターとして描いている。
懊悩しているトーニの内面描写について、マンは以下のように書いている。

「今まで遠い世界のこととして読み過ごしていた言葉、怖ろしい重大さを持っている言葉が、どれも今度は、トーニ・ブッデングロークに関係した言葉になってきたのだ、“イエス”という自分の承諾の言葉、自分への“求婚”……“一生”という言葉が。……ああ! 不意に、まったく新しい局面が開かれたのだ!」(p148)


マンが本作でトーニの悩みをかなりシンクロして描いているのは、私が読んだ限りこのあたりである。ここでも「わたし」に唐突に人称変化してはいない。映画的な視座に立てば、この時の彼女はナレーションのように心の中で「叫んでいる」状態である。それをマンはあくまでも彼女の問題として書いている。
グリューンリッヒはトーニに夢中で一途になっており、けして一歩も引き下がらない。膝を折って涙を流しながら「私と結婚して下さらないと死にます」という彼には、もしかすると純情な側面もあるのかもしれない。これにはさすがのトーニも同情に近い悲壮な共感を抱いて、一種の深い「感動」を覚えるのである。
トーニに感情移入して読んでいた私にとって、彼女の「迷い」の大きさは測り知れないほど巨大だ。両親が反対しているが私は彼を愛している、というようなロミオとジュリエット的な恋愛関係ではない。両親は賛同し、相手は結婚を異常なほど懇願しているが、自分は「一歩距離を置いている」のである。静かに何処かで静養しながら考え事をしたくなるのも無理はない。こうして、トーニはトラーヴェミュンデという海沿いの休養地へと旅立つのである。

さて、ここまでの段階で既に多くの男女が登場したことになるのだが、基本的に男性陣営は「資本主義機械」(ドゥルーズ&ガタリ)の領土性の上層部で生きている紳士が大半で、それは上巻全体でも変わらない。彼らは礼節、地位、名誉、そして何より「資本」を最重視する。一方、女性陣営はトーニ、トーニの母、そして信仰家ゴットホルト(彼は男性であるが資本主義機械ではない)も含め、「気品・芸術・信仰」を重視している。無論、結婚の際には資金力が判定基準になるものの、彼女たちの生活は基本的に「資本主義機械の内部の文化貴族機械」を構成しているといえるだろう。ゴットホルトは資本主義に対立した「修道士機械」(ガタリ)であり、実はグリューンリッヒも「資本主義機械化された修道士機械」的な側面(彼の父親はプロテスタント宣教師で雄弁家)を併せ持っている。
マンは資本主義を呪っているわけではない。ここが極めて重要なところだと私は思う。彼は確かにそれを「雄牛にまで子牛を生ませる」システムとして批判しているが、彼らの有するプライド、駆け引き、策略、密約、成功、没落に心から寄り添っている。領土性の観点から再構成すれば、本書上巻でのブッデンブローク家のある本拠と、休養地であり海のある安らぎに満ちた別荘は、先述した対立する二つの構図を領土性に置換したものである。ビジネスの話をする空間は都会の邸宅にあり、トーニがそれに疲れて癒しを求め、海辺で魅力的な青年と対話する土地はそこから離れている。二つの土地に、二つの機械――これらが溶け合って回転しているのが『ブッデンブローク家の人びと』上巻の重要な概念である。




ブッデンブローク家の人びと 上 (岩波文庫 赤 433-1)ブッデンブローク家の人びと 上 (岩波文庫 赤 433-1)
(1969/09/16)
トーマス・マン

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