† 映画 †

フランシス・コッポラ『秘密の花園』――子供たちだけの秘密基地

秘密の花園 [DVD]秘密の花園 [DVD]
(2010/04/21)
ケイト・メイバリー、ヘイドン・プラウス 他

商品詳細を見る


フランシス・コッポラの少年少女向けの映画『秘密の花園』(1993/原作者はF.バーネット)を観た。
ディケンズの『オリバー・ツイスト』に近い少女の「試練」の物語として観ることもできる。両親が地震で死去したために、血族の大屋敷に居候することになった一人の上流階級の少女メアリーが主人公だ。この作品は「物語」の純粋な楽しさを感じさせるさまざまな仕掛けを持っている。
一つ目は、メアリーが死んだ叔母の化粧道具箱で発見した「秘密の謎めいた鍵」である。この鍵がどこに通じているのか――大屋敷の中には必ずこの鍵で開くことのできる「扉」があるはずで、これは「自分の部屋」を喪失した少女が新しく居場所を見出す受難として読解することもできるだろう。鍵は大屋敷内部ではなく、庭園の中の見過ごしかねない古い扉に通じていて、ここは茂みに隠れているため大人たちには見えない。いわば「子供だけの秘密基地」であり、もっと神秘的な表現をあえて用いれば、「聖なる空間」(エリアーデ)である。
面白いのは、この秘密基地までのルートを「コマドリ」が教えてくれた点だ。教える存在は人間ではないのである。
二つ目は、メアリーの「仲間」たちだ。一人目は野生児ディコンで、彼は動物と対話することができる。もう一人は、未だにファンも多いだろうが、この大屋敷の主人の小さな病弱の息子コリンである。映画では生意気ながら美しい瞳の少年が起用されており、彼が寝室で臆病にメアリーを眺めている様はそれだけで観賞価値を持っている。このように、メアリーには程よくキャラクターの「住み分け」ができた少年友達がいる。コリンのことは意識しているので意地悪を言い合ったりもするが、彼とは対照的に野生児ディコンはメアリーを純粋に好いている。この「少年(野生児)―少女―少年(病弱な王子様)」という関係性もなかなか面白い。少女は「鍵」を持っているので彼らから「特別扱い」されているのであるから、少女の感情移入しやすい「システム」が上手く用意されているといえるだろう。重要なのは二人の少女友達ではなく、「二人の少年」なのである。
映画はハッピーエンドで終わる。こういう作風なら、それもまた良いことだろう。「わたしたちの世界は愛の花園なのだ」という言葉は無垢で妙に印象的だ。おぞましいシリアスな結末ばかりに疲れてしまった方には、ありし日の子供時代の神話に帰還してみても良いのではないだろうか……?

関連記事
スポンサーサイト
*Edit TB(0) | CO(0)



~ Comment ~















管理者にだけ表示を許可する

~ Trackback ~


Back      Next