† 文芸理論 †

なぜ今、後期ヘンリー・ジェイムズが重要か?ーーF.O.マセーシンのジェイムズ論を中心に


The Ambassadors (Penguin Classics)The Ambassadors (Penguin Classics)
(2008/06/24)
Henry James

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【ヘンリー・ジェイムズの持つ今日的可能性を探る】

 ヘンリー・ジェイムズの『大使たち』についての研究者のレクチャーをまとめていく。大西昭男氏は『見ようとする意志 ヘンリー・ジェイムズ論』の中で、作家の方法論について以下のように述べている。

「作家たるべきものの本質的に持つべき資質ーーそれはジェイムズ自身によれば他でもないvicarious imagination(身代わりの想像力)である。この資質を強烈に持ち合わせていた作家は、ジェイムズによれば、あのバルザックであった。尊崇するバルザックにその最大限を見出し得るこの資質の有無・強弱がジェイムズの他の作家を見る時の評価基準であった。バルザックは、その群百の作中人物たちの一人一人を通して、強烈に「身代わり経験」を生きた。その幅広さと強烈さとに比肩する作家はいない、とジェイムズは見ていたのである」*1


 さらに、vicarious experience(身代わりの経験)という観念でも、ジェイムズの小説観の大部分を説明できるとされる。

「ジェイムズの小説そのものも、「視点」を担った人物の意識を通して物語の世界を眺めることによって、読者にもvicarious experienceを持たせることになる。さらに、読者自身も同じような経験を経ているようなイリュージョンを持つ。現実に経験しているようなイリュージョンを持つことは、ジェイムズの小説の場合に限らず、とりわけジェイムズの「視点」手法の小説を読む時に限ったわけのものではない。しかし、ジェイムズの小説の場合に限らず、他のどの作家のどの作品の場合にも、あたかも私たち自身が、作中世界の作中人物の経験をしているかのように感じるときは、いわゆる「パノラマ的」な手法で書かれているよりは、「場面的」な手法で、現前にありありと、しかも身に迫るように描かれた場合に限られるとはいえようか。しかしながら、ここにジェイムズの場合に特異なこととして注意せねばならぬことがある。私たち読者が、「視点」を担う主人公または語り手を通してvicarious experienceをさせてもらうという、まあ言ってみれば、ジェイムズに限らずどの作家のどの作品の場合にも大なり小なりあてはまる一般通則とはまた別に、その人物自身が、作中世界の、また他の人物を通してvicarious experienceを持つ、ということがそれである。ストレザーは、チャド・ニューサムをとおして、ちびのビラムをとおして、そして遂にはマダム・ド・ヴィオネをとおして、その生を生きるのである」*2


 そもそも、ジェイムズの数ある作品の中でも特に後期三部作の一作『大使たち』が、なぜ注目されるのだろうか?

「…F.O.マセーシンも認めているように、ジェイムズ完成期の三篇の中でも、この一篇が最も完璧な作品であることについては、多くの批評家の意見も、ジェイムズ自身の評価と一致する。その主題が、見事に展開され、しかもそれが「形式」とのあいだに完璧な一致を見せている、とは、ジェイムズ後期の作品を評価するほどの人たちの、衆口一致して認めるところである」*3



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 小説家の中村真一郎氏はジェイムズを高く評価しており、『小説家ヘンリー・ジェイムズ』というエッセイ的な評論集を刊行している。その中の『大使たち』評によれば、この作品は19世紀の文学、とりわけフローベール的な「純粋客観主義」に、視点をたった一人に限定するという、いわゆる「映し手」視点を導入したものである。フローベールの『感情教育』とは異なり、主人公一人(この作品の場合はストレザー)の“感情教育”のプロセスそのものが、内面的、心理的に語られるという方法である。このスタイルは20世紀の「内面的リアリスム」(プルースト、ジョイスなど)へとその後受け継がれていった。
 興味深いのは、中村氏がジョイスとプルーストのナラティブの相関について言及している箇所である。

「(ジェイムズのリアリスムは)やがて、プルーストが『失われた時を求めて』で、主人公マルセルを扱ったのと同じやり方なのである。ジェイムズとプルーストとの相違は、主人公を三人称で語るか、一人称で語るかにあり、方法上の徹底性からいえば、20世紀のプルーストの一人称の方が純粋であることはいうまでもない。しかしジェイムズが三人称を捨てなかったのは、この主人公の主観の劇を、19世紀小説の方法で客観的に描き出すことによって、彼の青春時代以来の「小説」というものの固定的文法に忠実に従ったからであり、そしてそれがこの小説の、プルーストとは異なった、独特の外面的視覚的な美しさの魅力を作り上げていることのなるのである。…(略)…プルーストの小説の情景なり人物なりの美が、純粋に主人公の内面だけに存在する記憶の森の奥にある幻影の美しさである、という印象とは異なって、ジェイムズのパリとその女性が、主人公の眼を借りて現実に直面し、実際に出現した、という視覚的な新鮮さを持っているゆえんである」*4


 ここは極めて興味深い考察である。確かにプルーストの一人称視点の「意識の流れ」を、「三人称」に構造的に変換させると、ジェイムズの『大使たち』における「映し手」視点の心理描写になると考えられる。20世紀モダニズム文学を捉える上で、ジェイムズ、ウルフ、ジョイス、プルーストという「心理描写」の卓越した作家たちが、こうして系列化してくる。現代における前衛とは何かを考察する上で、近代文学のナラティブに自分なりの位置づけを持つということの重要性は、ウィリアム・マルクスやアントワーヌ・コンパニョンといった現代フランス文学の理論家たちからも指摘されてきた。まさに、ジェイムズのナラティブは、今最もラディカルで前衛的な文学のための発火源になるだろう。
 ここでプルーストとジェイムズのナラティブの本質的差異についてまとめておく。前者は「想起型」の一人称であり、「そこにいない人物」も記憶の中で再現される。後者は現実の空間に人物が現前し、「そこにいない人物」は読者にも見えない。マルセル的時間がニューラルネットワーク的な構造を持つのに対して、ストレザー的時間は直線的で、ある意味判り易い。
 ここで私が考えたいのは、ジェイムズが仮に想起型の主人公を設定した場合、三人称ではなく一人称を取ったか? という問いである。確かに、一人称では過去のイメージを現在に結び付け易い。いわば我々が日記を書きながら、昔の光景を回想するような形式で書くことができるのであり、「わたし」にはこうした利便性がある。しかし、三人称の場合、ある人物を見て別の人物の面影を回想した場合、「Aはこの瞬間、Bの軽やかな身振りを目にして、かつて舞踏会で見かけたC公爵夫人の姿を髣髴とさせた」のように、感情表現の「生の感覚」の点で、必然的に構造的な「壁」が生起する。「わたしはC侯爵夫人の姿を、Bの軽やかな身振りから思わず想起してしまった」というような、「わたし」の持つ「生の感覚」が「彼、彼女」視点では弱まると考えられる。中村氏はそれが逆に「美的」であると語っている。
 ストレザーはニューヨークからパリへ赴く「移動する主体」でもあるので、プルーストの「わたし」のように療養院や自宅のベッドで過去を回想しているわけではない。プルーストの「わたし」は、かつて動的であったわたしの記憶を紐解いているのであって、いわば一切の現実空間が「想起の空間」のパリンプセストになっているのである。我々は何か小説を書く時ーーしかも主人公に、ある思い出を回想させる形式で書き始める時ーー“けして今の〈わたし〉がどこにいるのか”を明記しなくても済む。ある老人が青年時代の恋愛遍歴を回想する時に、我々は彼の若かりし日の場面を読むのであって、今の老人が「どこ」にいるのかは捨象する傾向がある。換言すれば、「想起型小説」の場合、「今」ではなく「過去の〈わたし〉」こそが真の主体であり、いわばジェイムズにおける「移動する主体」なのである。したがって、マルセルが療養院でほとんど動けない状態で書いている(回想している)という状態は、動的な主体を事後的に回想する形式である点で、やはり「エッセー」的な一人称形式に最適であると考えられる。逆にいうと、主人公が「回想」したり、「他の登場人物と会話」したり、ある都市から別の都市へ移動したりするような場合ーーつまり必ずしも「回想」が中心ではない構造においてはーーむしろジェイムズ的な三人称の「映し手」視点のナラティブが最適であると考えられる。
 ジェイムズとプルーストーーこのユニットについて考察することは現代文学において極めて有益である。プルーストは周知のように、絵画に深い造詣を持ち、自作でも「エルスチール」という架空の画家を描いているが、実はジェイムズにも絵画的な側面があることを中村氏が述べている。

「ここで私は、ジェイムズが『フィクションの芸術』という評論の中で、「私の見る限り、画家の芸術(技法)と小説の芸術(技法)との類似は完全である」と言い、また、「心理学的な推理は、見事に絵画的な対象である」と述べていることを意味深く思い出す。小説を絵画と等質のものに置くという、このアナロジカルな考え方はむしろ小説家の中では例外なのである。この視覚的絵画的美は、『大使たち』の中の物語の転回点であり、ストレザーの魂の変貌の状態を描くことにあるがゆえに、ストレザー自身の心の革命的激動を経験するはずの場面にいたって、奇妙な効果を発揮する。
 それはストレザーがセーヌ河の上流の田舎で、川遊びしている男女の一組を目撃して、彼らのあいだにそれまで彼が内心では否定していた情事の関係を認めざるをえない、深刻な場面である。しかし、そこでは読者はストレザーの内心に吹き荒れる嵐よりは、印象派の絵のように美しい、ボートの上の男女と、陽に照らされたパラソルとの情景に、視覚的感動を味わわされるのである。読者の眼前には、その時、その情景を眺めている主人公の凝固した表情は掻き消え、光の粒子が細かく飛び跳ねている中に、女の衣服と水の色とが浮び出てくる絵画的な眺めに、一瞬、その場の心理的状況を忘れるのである」*5



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 ジェイムズ研究の権威であるF.O.マセーシンは『ヘンリー・ジェイムズ』の中で、同作について考察している。ジェイムズ自身、全作品の中で『大使たち』こそを「最も優れた、完璧なもの」と自負していたという。作家自身の自己評価によれば、こに続く最良の作品が『ある貴婦人の肖像』である。本論の中でマセーシンは、ジェイムズのスタイルについて以下のように非常に詳しく解説している。

「…ジェイムズが最大の関心を払ったのは、ストレザーを意識の中心とする方法で、この方法はまた、小説の技法に対する彼の最大の貢献となった。この作品の全内容をストレザーが見たものに限ることによって、ジェイムズは経験の輪郭を定めたその意味を解釈する方法を完成したのだった。すべての芸術は、その主題の周囲に一つの枠組みを設定する効果がなければならない。換言すれば、芸術は意味のある一つの意匠を選んでそれに集中し、私たちが無関係な細部に注意を奪われることなく本質を分かち合うことを可能にしなければならない。ジェイムズの手法は、このような集中を強化するのに極めて効果的である。なぜなら、細部にわたる全てがストレザーによって観察され分析される結果、読者の視野には高度の一貫性が保たれるからである。『大使たち』の読者は、ジェイムズが小説を評価する最高の基準と信じた「大きな統一」と「集中の優美」とを鑑賞することができる。この意味におけるジェイムズの小説技法への貢献は、批評家によって十分に高く評価され、その後、程度こそ異なれ多くの小説家の学ぶところとなった。実際、『大使たち』こそは今まで書かれたあらゆる小説の中で最高の技術水準に達した作品である、とさえ主張する人たちがある。現在、私たちが主として注意しなければならないのは、ジェイムズの方法と「意識の流れ」の小説の間には大きな差異がある、という事実である。「意識の流れ」というこの言葉は、『心理学の諸原理』の中でウィリアム・ジェイムズが用いた言葉であるが、弟ヘンリーの小説には、フロイト以後の小説に特徴的な暗い意識下の衝動の噴出がまったく見られない。ジェイムズの小説は意識の全域を扱う小説というよりは、むしろ厳格に知性の小説である。ストレザーを通じて意識の焦点を作り上げたことを述べた文章の中で、ジェイムズは「自己開示の怖るべき流動性」を避けなければ、と警告している」*6


 このテクストは、文学理論を意識しつつ小説家を目指そうとしている全ての書き手にとって極めて有益な内容で満ちている。まず、マセーシンはジェイムズの方法論から敷衍して、「芸術は意味のある一つの意匠を選んでそれに集中し、私たちが無関係な細部に注意を奪われることなく本質を分かち合うことを可能にしなければならない」という小説作法上の重大な定理を述べている。実際、ジェイムズは「大きな統一」と「集中の優美」、換言すれば「作品の全体的な統一性」と、「ディテールへの深い集中」にこそ小説という芸術の「美」を見出している。これはまさに彫刻家、特に新古典主義を代表するアントニオ・カノーヴァの《勝利の女神としてのパオリーナ・ボルゲーゼ》に対するアプローチとも通底している。カノーヴァは、彫刻を仕上げる最終行程に入ると、制作現場の照明を落として、蝋燭一本にした上で、人間の皮膚のなめらかさに極限まで接近させるために薄明かりの中で鑢をかけたと伝えられている。ここには、バロック時代のベルニーニにも見られる、細部への深い集中力が窺える。ベルニーニの彫刻では、ある一方向からの視点を誘発し、他の視点からの鑑賞価値は下がるという「一視点性」ともいうべき限定が見られると時に批判されるが、カノーヴァの作品はこれに当たらない。いうなれば、ジェイムズとは一人の彫刻家であり、『大使たち』とは、全体的な「像」が統一され、ディテールも細部まで錬磨された《パオリーナ・ボルゲーゼ》なのである。
 もう一点、重要なのは「意識の流れ」とジェイムズ的な心理描写の差異である。マセーシンによれば、モダニズム文学の特徴の一つである「意識の流れ」には、フロイト的なリビドーの解放が見られる。例えばヴァージニア・ウルフの『ダロウェイ夫人』は、「意識の流れ」の方法論を看取した代表的名作の一つであるが、ジェイムズ的な心理描写とは確かに異質である。ウルフの描くダロウェイ夫人は、日常にふっと沸き起こったごく些細な苛立ちから喜び、嫉妬まで素直に発露する。これは「読み易さ」に近付くが、倫理的側面からするとジェイムズの「知性化された意識」よりも教訓的な効果は弱まるのである。ウルフ的な「意識の流れ」と、ジェイムズ的な「知性的意識の流れ」には本質的な差異があり、実は私の場合、ウルフにはあまり「感情移入」することができない。そこには何か作者の境遇とも重なる「不安定」性が気配として感じられてくるので、本能的に私はダロウェイ夫人の意識と「共感」することを避けるのである。他方、ジェイムズが自分の分身として描いたストレザーには、彼の美徳や考え方の穏やかさなどが滲み出ていて、前者よりもいっそう共感し易くなる。これは作家の資質の差異というよりも、意識を「生のまま」にするか、そこに「知性化(理性化)」を施すかといった、方法論上の差異であると考える。
 1895年のジェイムズの『創作ノート』によると、ストレザーは「ほとんど文学者タイプの、立派で聡明な男でなければならない」と構想されている。つまり、たとえ「意識の流れ」を重視するとはいえ、その「意識」があまりにも通俗的で日常茶番に没していては美的ではないのである。ジェイムズがたとえどれ程、「生の感覚」に従わせたくなったとしても、彼はそれを知性的に異化するだろう。これによって彼は、おそらく書きながら自分の意識が主人公の「生の意識」に支配されてしまう、という執筆上のネガティブな効果を紳士的に回避することに成功していたと考えられる。また、ストレザーをこのような「文学者タイプ」にすることで、アイロニーを利かし、「悲劇感」を深めることができるとも考えていた。
 ジェイムズの1895年の『創作ノート』には以下のように記されている。

「私は彼(ストレザー)を小説家にするわけにはいかないーーハウェルズに似すぎてしまうし、全体としてあまりにも真実味が欠けてしまう。しかし、彼は『知的』な人物でなければならない。立派で聡明で、ほとんど文学者タイプの人間でなければならない。そうすれば、アイロニーを利かし、悲劇感を深めることができる。牧師ではあまりに平凡、使い古されているし、その他の点でもお話にならない。新聞記者とか、弁護士とか、こういう人たちはある意味で『生きた』に違いない。人生に接し、人間生活の複雑さや愚劣さや全体の活力に接したことがあるに違いない。医者や芸術家の場合も同様である。たんなる実業家ーーこれは考えられて良い。しかし、私の求める知的な性質を欠くのではないか。雑誌の編集者ーーこれが私の希望に一番近い。新聞の編集者では絶対にだめだ。大学教授であれば、青年の生活を多少は知っているだろうーーただし、若い人たちの生活の内容を露ほども理解せず、すでに手遅れという時になってそのことを悟る、というのはどうか。悲劇的な効果を生み出せるかもしれない。若者たちは彼を通り過ぎ去って行ってしまったのだーー彼もまた、若者たちとすれ違ったに過ぎなかったのだ。…(略)…あまりにも遅かったのだ。もはや彼が生きるには、あまりにも遅かったのだ。しかし、まだ私には何者とも知れぬ女性に対し、密かな情熱を激しく燃え上がらせる何かが彼の心中にある。それは他の青年に自分の身代わりとして自由を愉しませることにより、彼自身も、しばしの間、高度に官能的な生活を経験できるかもしれない、という期待である」*7


 ストレザーは、「今までに生きたことのない初老の男、感覚、情熱、衝動、快楽などの点で一度も生きたことのない男」という基本的特徴のもとで造型されている。だからこそ、本作でのテーマは「新しい人生感覚に対するストレザーの開眼」が重要になるのだ。いわば、「生きる」とはどういうことなのか? といった普遍的なテーマである。ヴィオネ伯爵夫人は、こうした主人公の設定から生み出された存在であると、マセーシンは解釈している。
 ストレザーの性格は、ジェイムズという作家自身の性格の反映としても読むことができるという。その上で印象的なのは、彼が「自由意志」などは幻想に過ぎず、一切はブルデュー社会学でいうところの「ハビトゥス」のメカニズムに従って決定されているという考えである。マセーシンはこの点を以下のように考察している。

「すでに『ある貴婦人の肖像』の中で、ジェイムズは同じ哲学的主題に関心を示していた。イザベル・アーチャーは超絶主義者の啓蒙運動に育まれた娘であって、全世界が彼女の前に広がっており、想いのままに理想的な人生を選択することができる、と信じていた。彼女のこのような信念がどれ程誤っているかとジェイムズは知っていた。彼女の全ての行動は、19世紀のアメリカ的教育に由来する無知と、片意地な熱意と、悪に対する高潔ではあるがロマンティックな盲目とによって決定されている」*8


【『大使たち』における「内面の解剖学」】


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Henry James and his father

 18世紀までの「視の体制」は、オーギュスト・コントらの科学的実証主義に基づく近代的な視座によって特徴付けられる。例えばフランスの絵画アカデミーでも、人間の顔の表情がパターン化されてカリキュラムに取り入れられたり、解剖学的な客観的視座が諸科学の前提になっている。19世紀のエマソンも、「我々の時代は視覚的である」と述べている。
 しかし、ジェイムズは「視覚的なリアリスム」に向かったわけではなかった。彼は確かにフローベールの客観主義的な文体から学び、この伝統を受け継いだが、彼が実質的に「解剖学」を慣用したといえるのは、実は「外面」ではなく、人間の「内面心理」だったのである。すなわち、彼は「視覚的な時代」にあって、眼には見えない「内面的な〈視〉の行為=心の観察者」へと向かったのである。これと同じことはエマソンにも起きており、彼もまた精神的な〈視〉に深く傾いていた。エマソンは「意識」の描写を主として倫理道徳の再確認のために使ったが、ジェイムズの場合は「意識」の丁寧な描写と合わせて、「審美的経験」が重視されている。具体的にいうと、ジェイムズは「絵画」(特に印象派)のイメージを重視していた。「本質的な意味では絵画は相変わらず私の目標である」と、ジェイムズは述べている。印象派の中でも、ジェイムズが「場面描写」における妙を学んだのは「ルノワールの色彩効果」であるとマセーシンは解釈している。「観照の芸術」として『大使たち』が魅力を発揮する特筆すべき場面は、第四部三章以下の、ストレザーが田舎で過ごす描写だ。ここは19世紀フランスの風景画家ランビネーとの接点が仄めかされている。
 ジェイムズの父親はスウェーデンボルグ(1688-1722)の学説を支持しており、「悪の本質」への深い関心は明るいウィリアムよりも、暗い弟ヘンリーに受け継がれたという。二人の父親は一つの理論に基づいて教育を与えた。この父親には、アメリカ社会の過度な競争志向に対する深い嫌悪感が働いていたという。彼は「息子たちが狭い枠の中に閉じ込められるのを怖れるあまり、職業と名付けられるものは一切選択させたくないとさえ考えるようになった。その代わり、“ただ何か一廉の人物、特定の職業とは無関係な一廉の人物、自由で捉われない一廉の人物であって欲しい……”と願い続けたのである」(*9)。
 ヘンリー・ジェイムズが何故これほど人物の「心理描写」において卓越していたのか、その来歴を考察する上でマセーシンが作家の父親の教育論を挙げている点は見逃せない。父親の教育が与えたヘンリーへの影響、そして彼の「内面的緊張」には「極めて深刻なものがあった」とされているのである。こうした点で、ストレザーはまさにヘンリー・ジェイムズの心の代弁でもあるという。また、作家は青年時代に背中に傷を受け、南北戦争に参加することが不可能になった結果、「長期間にわたる巨大な外面的活動」であるべき時代に、「内面的に生きなければならない特殊な運命を背負うに至った」という、知られるざる苦悩のエピソードも紹介されている。その後も長年にわたって不安定な健康に作家は苦しみ、豊かな生命への開花を願いながらも遂に希望を実現できないのではないか、と怖れていたという。ジェイムズにとって「不安」は、このように非常に大きなものがあったのである。
 ジェイムズが健康への「不安」を取り除くために選択した道、それは「小説を書く」行為であった。彼には書くことしかなった。ジェイムズの以下の「信条」は、我々にとって計り知れないほど深い海のような言葉である。

「こんなふうに反省を重ねた結果、結局、ようは全力を傾倒することだ、という結論に達する。私は一生、この同じ結論を自分自身に言い聞かせてきたのだーー今は昔、発酵状態にあった情熱的な青年時代にも。しかし、私は一度も完全にこの結論を実行したことがない。全力傾倒の充実感を味わいたいという渇望が、時々圧倒的な激しさで私の心を襲う。“私の救いは、そこにあるのではないか”。私の将来は、そこに残されているのではないか。必要な手段は蓄積されてすべて私の手中にある。今までの仕事を越えた何かをーー今までよりはるかに多くーー成し遂げるのに、私はただそれを利用し、ねばり通し耐え抜きさえすれば良いのだ。そのためにはーー最後に私自身の存在価値を確認するためにはーーでき得るかぎり多様な調べを、深く、豊かに、速やかに奏でることだ。人生のすべてはーー芸術家の魂そのものが全人生の記録となっている私の年齢ではーーいわば私の嚢中にある。君よ、行きたまえ、そして高らかに奏でたまえ。豊かで長い小春日和を楽しみたまえ。すべてを試み、すべてを行い、すべてを描きたまえーー最後まで傑出した芸術家でありたまえ」*10


 このテクストには、作家の傑出した「自負」が感じられて特に印象的である。自分にはどのような文学的方法論が相応しいかと、時代意識を鑑みつつ吟味したジェイムズは、マセーシンが述べる以下のような境地に達したと考えられる。

「ジェイムズは、自分のような性格の持ち主に許される「唯一の奔放と快楽」は、「傍観者」のそれであろう、と考えるにいたる。自己の外側にある「他者の世界」を我がものにしたいという渇望を癒すためには、想像力の客観化によるより他に道はないーー彼が心に視たものを芸術の額縁の中におさめ、永遠に定着するより他に道はないーーと信じるにいたる」*11


 ジェイムズはウィリアム・ブレイク型の、直接的に芸術的な「生命」を体験していくタイプの芸術家ではなかった。彼はむしろキーツ型の作家であり、「自分が作品として描く世界」と、作家自身が本質的に切断されているという意識を濃密に持っていた。実際、作品の中の劇的展開に較べて、ジェイムズの人生は内的には様々な葛藤を抱いていたとはいえ、平穏ではあったのである。だからこそ、彼にとって「快楽」は作家自らが体験して表出していくべきものではなかったのだ。彼にとって、「快楽」は「傍観者」からの観察的視座からのみ描出されるのである。そして、この「傍観者」という立場は、客体を第三者が捉える限りで必然的に想像力による客観化のプロセスを経ることになる。
 ジェイムズは「想像力」の重要性を以下のように強調する。

「…物語や劇や過去のありとあらゆる生活ーーほとんど語り尽くせないほど多くを、私は想像した。語り尽くし得ないとは、ここでは、という意味である。私が心に描いたものを語り得るのは、芸術以外にはない。こう考えると、芸術は私にとってますます貴重なものに感じられる」*12

 
 文学には、いつの時代にも再先鋭の前衛理論というものがある。しかし、現代の文芸理論が近代文学からの深い次元での「遺産相続」を重要視し、新しいナラティブによって再生産することに期待を寄せている(このテーマについては、前回の記事に仔細に書いている)ことを考えると、英米文学の最高峰とも称されるヘンリー・ジェイムズの方法論を学習することは、21世紀初頭である現在にとっていよいよ大切である。私は今後も、今回優れた研究者が展開した論点を意識しつつ、ジェイムズへの読みを深めていくつもりだ。
 





『大使たち』は1899年に執筆が開始され、1903年に単行本化された。この作品は月刊誌に毎月一章ずつ発表するという形式だったので、良い意味で自然にペンを抑制させ、ストーリーラインから大きく脱線することを防ぐことができたという。

*1)大西昭男『見ようとする意志 ヘンリー・ジェイムズ論』p137
*2)同書p138
*3)同書p128
*4)中村真一郎『小説家ヘンリー・ジェイムズ』p233~4
*5)同書p235
*6)F.O.マセーシン『ヘンリー・ジェイムズ』p26
*7)同書p27~29
*8)同書p31
*9)同書p33
*10)同書p35
*11)同書p37
*12)同書p46


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