† 建築学 †

ヨーロッパ近代建築のスタート地点、18世紀の新古典主義建築についてまとめてみよう


バンケティング・ハウス
イニゴー・ジョーンズ《バンケティング・ハウス

 後期バロック様式である「ロココ」も含め、18世紀建築は「近代の覚醒」として非常に重要な時期である。この時期には、キリスト教は既に脱中心化され、科学的実証主義、啓蒙主義が興隆する。また、ルネサンス様式が17世紀に遅れて到来したイギリスでは、18世紀にパラディアニズムが流行している。フランスではロココが流行りだしているが、同時に18世紀中頃「新古典主義」が始まり、「バロック」と「ロココ」を一掃し始める。
 新古典主義は「理性×考古学」(古代ギリシア建築の再評価によって、古代建築が有する簡素で合理的な形態が重要視され始める)という重要なコンセンサスを持った運動であり、19世紀初頭まで続くことになる。例えばこの時代に属するピラネージは、古代ローマを幻想的な姿で描出している。また、新古典主義はパラディアニズムのリバイバル運動としての特徴も孕んでおり(特にイギリス)、各国で様々な過去の様式のリバイバルが多元的に展開され始める興味深い時代である。
 また、第二帝政期(1852〜70)のフランスでは、ナポレオン三世に任命されたオスマン(1809〜91)がパリ改造計画に着手する。公園事業もスタートし、ブローニュの森、ヴァンセンヌの森、ビュット・ショーモン公園などが造園される。オスマンのバロック的な都市計画は、ルネサンスからバロック時代に進化してきたモニュメンタルな都市デザインの集大成として評価されている。
 この時代に入ると「建築」を「言語」と相関させる思考の萌芽が見られ始める。18世紀のイタリアの建築家フランチェスコ・ミリツィアは『世俗建築原理論』(1781)の中で、「建築における材料は文章における単語のようなものであり、互いにばらばらではほとんど効果を持たず、また軽蔑すべきやり方で配置されることもある。しかし技によって結び付けられ、活発で鋭敏な活力によって表現されるならば、限りない効果を生むこともできるのである」と述べている(*1)。

J・F・ブロンデル
J・F・ブロンデル

 新古典主義の理論を代表するJ・F・ブロンデルの『建築教程』(1752)には、「建築は詩のようなものである。たんなる飾りにすぎない装飾は、すべて過剰なものである。建築には己がプロポーションの美と巧みな配置の選択があればそれで十分である」というテクストが存在する(*2)。ブロンデルはまた、建築を「男性的なもの」と「女性的なもの」に分別し、それぞれに特徴的な形態的性格を賦与している。
 「男性的(mâle)建築」については、以下のように述べてられている。

「男性的な建築とは、立地の荘重さと建物の型(タイプ)とに適した質実さをその構成のうちに保持し、なおかつ重苦しくなることのないようなものとして、理解していただいて良い。それは全体の形においてはシンプルで、かつ過剰な装飾的ディテールのないものである。またそれは、直線による平面と、直角の角と、濃い影を作る突出を持つものである。男性的建築は、公共市場、催事場、病院、そしてとりわけ軍事施設など、せせこましい構成を避ける配慮をしなければならないところに適している。というのも、弱いことと偉大であることは相容れないからだ。しばしばい、男性的建築を創造しようとしながら、重たく、圧迫感のある、大造りなものができてしまうことがある。言葉(男性的)を、もの(男性)と取り違えてしまっているのだ」(*5)



 このテクストでは、新古典主義様式のシンプルさ、質実さが「男性性」と相関させられている点に注目することができる。ブロンデルが男性的建築の良き例として挙げているのが、《リュクサンブール宮殿》、《ヴェルサイユ宮殿》のオランジェリーなどである。
 ブロンデルは同様に「ferme(質実な)建築」についても語っている。

「質実な建築と男性的な建築の違いは、その量塊感にある。質実な建築は、より重みが少なく、それでいて、その構成と分割においては平滑な表面と直角な角によるはっきりした形態を提示する。随所で確信とメリハリが示され、知性ある人々の眼にとっては圧倒的で目覚ましいものである」(*6)


 基本的にこれも彼の規定した「男性的建築」と類似しているが、城館中心である点でやや異なっている。例としては《メゾン=ラフィット》、《ヴァンセンヌ》、《リシュリュー》などが挙げられている。

ブロンデル《サン=ドニ門》
J・F・ブロンデル《サン=ドニ門》

 逆に興味深いのは、男性的建築・質実な建築を謳歌する新古典主義にとって、「feminite(女性的)建築」はどのように解釈されていたのかという点である。これは実は前時代の宮廷文化であるバロック、ロココ様式に対する新古典主義からの応答でもあり極めて重要である。

「その表現がイオニア式のオーダーから導き出されているような建築を、我々は女性的という用語で呼ぶ。イオニア式によって表現される性格は、ドリス式のオーダーと較べて、よりナイーヴで穏やかで、強靭さを欠いており、だからこそそれは建物の装飾において適切かつ慎重に使用されなければならない。ある建物の特定の使用目的が雄々しい性格付けを要請するであろうはずのところに、どんなに完璧に正確なものであったとしても、それに較べて全く不適切なイオニア式のオーダーを採用するとすれば、それは女性的な建築の誤用となるだろう。また、様式的に堅固な建物のファサードにおいて、その突出部を直線的な要素ではなく曲線的な要素によって構成しようとするならば、それもやはり女性的な建築の誤った使用であると我々は見なすだろう。あるいはまた、女性的な建築の誤った適用は、そこで称讃を喚起しようという意図とは逆に、建物の細部のみならず全体までをも不確かにしてしまう効果をもたらすこともあるだろう。したがって、このスタイルは軍事的モニュメントや、英雄を讃える建物や、王家の男子の住まいからは全て排除されるべきである。一方で、小綺麗な田舎の別荘や小トリアノンのような建物の外部の装飾、また王妃や皇后の居室の内装、浴場や噴水、諸々の陸海の神々に捧げられる建物などには、女性的なものを相応しく適用することができるだろう」(*7)


 ここで注目すべき点は、ブロンデルが「一方で、小綺麗な田舎の別荘や小トリアノンのような建物の外部の装飾、また王妃や皇后の居室の内装、浴場や噴水、諸々の陸海の神々に捧げられる建物など」を「女性的な建築」として評価している点である。換言すれば、建築物の中でもこういった空間には女性的な装飾(宮廷貴族女性のファッションのディテールとも相関していると考えられる)が施されるべきであるという点で、彼は建築物の種類によって「性別」に固有な性格を賦与しているわけだ。そして、いうまでもなくここで彼が「女性的建築」として列挙しているタイプのものは、ロココ様式において際立った特色を持っている。あえて単純化してまとめると、ブロンデルはここで新古典主義様式を「男性的」、前時代のロココを「女性的」と、少なくとも抽象化した上では性格付けていると思われる。
 ブロンデルが「女性的建築」=「ロココ様式」と図式化している証左としては、彼がデコレーテッド・スタイル(装飾式)の典型例としての《オテル・ド・スービーズ》の「大公妃のサロン」を代表例として挙げている点からも明白である。そして、女性的建築という観念の起源に、ウィトルウィウスが図式化した「イオニア式オーダー」があるとすれば、ロココ様式の装飾性における起源もやはりここにこそ見出さねばならないだろう。つまり、建築の「装飾性」を男女という単純化された二項対立関係に還元してしまうことで、逆説的に「服飾史」との明白な相関が浮上するというわけである。

 「建築」と「言語」のアナロジーを考える上でも、ブロンデルのテクストは重要であるが、18世紀にはまだ双方の本質的な相関についての考察は見られなかった。1785年に執筆され、1803年に刊行されたカトルメール・ド・カンシーの『エジプト建築について』には、「建築はあるひとつの特定の民族によって発明されたものではない。それは人間の必要と快ーー社会状態において必要と混ぜ合わされた快ーーの普遍的な結果に違いないのである。建築の発明は、言語の発明と並列に考えられるべきもので、両者ともある特定の人間に帰されうるものではなく、ともに人類一般に帰属するものなのである」と記されている(*3)。
 建築と言語は互いに異なるが、いわば共通のシンタックス(統語論)を持っており、双方は互いに対応して発展してきたと解釈することができる。


「イギリスの新古典主義」


 島国であるイギリスには、17世紀初頭にルネサンス様式が遅れて到来した。
 まずエリザベス1世時代の建築は「エリザベアン様式」といわれる。続くジェームズ1世時代は「ジャコビアン」といわれ、代表的建築家として重要なのが、パラディオの建築から多くを学習したイニゴー・ジョーンズである。彼の建築には後の《バウハウス》を髣髴とさせる、単純でシンプルな《クィーンズ・ハウス》などがある。

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イニゴー・ジョーンズ《クィーンズ・ハウス》
この幾何学的形態は、明らかに後のグロピウスの集合住宅などに観られる近代建築に通じている。

 イニゴー・ジョーンズはミケランジェロとその後継者によって考案された放縦な装飾性を批判して、「すべての賢明な男性が公共の場所では外面の威厳を保っているのと同じことで」、建築の表面にも一種の男性的なdecorum(品格)が必要であると考えていた。女性的な建築は室内や庭園においては相応しいともされている。(*2)

アンソニー・ヴァン・ダイク《イニゴー・ジョーンズの肖像》
アンソニー・ヴァン・ダイク《イニゴー・ジョーンズの肖像》

 例えば、この時代にロンドンに建設されたサー・ウィリアム・チェンバーズの《サマセット・ハウス》(1776〜1801)は、「大胆で男性的」であるとされる。しかし、マニエリスム様式のジュリオ・ロマーノが設計したマントヴァにある《コルティーレ・デッラ・カヴァレリッツァ》(1538〜9)について、ジョーンズは「女性的」であるとして批判している。双方の建築における「柱」に注目すると、前者は堅牢で男性の筋肉質でシャープな「腕」を髣髴とさせるが、後者は女性のスカートがダンスして波打っているような、独特な曲線美を持っている。新古典主義時代の建築家にとって、こうした装飾過多の女性的建築は批判の対象であった。
 ウィトルウィウスに由来を持つこうした「建築のジェンダー化」は、その後19世紀まで建築批評のキーワードになり続けた。


イニゴー・ジョーンズ
イニゴー・ジョーンズ 《ウィルトン邸》


 イギリスの新古典主義に属する建築家として重要なのは、パラディアニズムの代表格でもあるリチャード・ボイルの《チズウィック・ハウス》である。
ボイル以外に重要なイギリスの建築家は、ロバート・アダムとロイアル・クレセントである。

ロバート・アダム
ロバート・アダム《オスタリー・パーク&ハウス》

Kedleston Hall
ロバート・アダム《ケドルストン・ホール》

 19世紀初頭、シャトーブリアンは1802年刊行の『キリスト教精髄』で、「ゴシック建築」を真のキリスト教的様式であると規定する。また、18世紀後半に初版が出た、ジョン・カーターの『イギリスの古建造物』では、「公共建築=ギリシア様式」、「宗教建築=ゴシック様式」というこの時代の定式が展開されている。

ジョン・ラスキン
ジョン・ラスキン

 ヴィクトリア朝時代の代表的な批評家であるジョン・ラスキンは『ヴェネツィアの石』(1851-53)の「ゴシックの本質」において、「建築批評」を「テクスト批評」と一致したものとして解釈している。ラスキンは「建築=言語」とみなしたユゴーから大きな影響を受けている。彼もまた、「ヴィクトリアン・ゴシック」様式を謳歌した。このように、19世紀初頭においてイギリスでは「ゴシック・リヴァイバル」が流行している。ゴシック建築そのものについて、ウィリアム・バージェスは「大胆さ、雄大さ、力強さ、厳格さ、そして雄々しさ」という表現を用い、「男性的な建築」と相関させている。
 新古典主義の特徴とは、レディ・メイドの各様式の良い面を折衷し、現在に蘇生させるという方式であり、「ネオ・バロック」、「ネオ・ルネサンス」、「ゴシック・リヴァイバル」、「グリーク・リヴァイバル(ギリシア様式の復興)」などの、リヴァイバル運動として認識することができる。
 アメリカでも、ギリシア様式のリヴァイバルを受けてウィリアム・ストリックランドによる《フィラデルフィア商業取引所》が建てられる。
 イギリスではジョン・ソーンによる《イングランド銀行》が代表例。


「フランスの新古典主義」


 理論としては、マルク=アントワーヌ・ロージエが1753年に刊行した『建築試論』が重要であり、この書では「装飾性の排除」と、模範としての「ギリシア建築讃美」が強調されている点で、後のアドルフ・ロースの『装飾と犯罪』にも通じている。また、デュランの建築論には、後のグロピウスによる《バウハウス》宣言に近接した建築理念を見出すことができる点で、新古典主義の内部には既に「近代建築の萌芽」が潜在している。
 この時代は、ロココ批判のために「男性的な建築」という表現が建築批評において多用される。
 1770年代には、「幻想建築」、「革命建築」が生まれている。
 建築家として重要なのが、実作は少ないがエティエンヌ=ルイ・ブレ《ニュートン記念堂 設計案》。

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エティエンヌ=ルイ・ブレ《ニュートン記念堂 設計案》断面図:アストロラーベを吊るす案

798989009.gif《ニュートン記念堂 設計案》天井に穴を開け人工の星空を作る案


 ジャン=ジャック・ルクー《カプチン会女子修道院 設計案》、《ゴシック住宅の地下 設計案》などの設計案も重要である。
 以下は奇想ともいうべき彼の設計案の中の数枚。

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ジャン=ジャック・ルクー
 彼とこの時代を代表する建築家についてはエミール・カウフマン『三人の革命的建築家』に詳しいが、田中純、小澤京子史による『都市の解剖学』にも、ルドゥーとルクーについての特筆すべき興味深い論稿が存在する。

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他に、ルドゥー《ショーの製塩工場》。
リシャール・ミークによる、ヴェルサイユ宮殿内のアモー(木造建築で、自然回帰が反映されている)。

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ジャック=ジュルメン・スフロ《聖ジュヌヴィエーヴ教会》。

 フランスの建築史家フィリップ・デュボイは論稿「18世紀の首都パリ」の中で、フランス革命直前の建築家としてスフロに言及している。スフロの代表作である《聖ジュヌヴィエーヴ教会》(1755)と同時代の建築家ピエール・コンスタン・イヴリ(1698-1777)による《マドレーヌ教会》には、「美しさと軽やかさと気品さ」という点で後期ロココ的な様相が際立っていると解釈されている。
 ロココ時代は、フランスのリヨンのような資本主義における贅沢産業の中心地が興隆した。W・ゾンバルトの言葉にあるように、ロココは「恋、贅沢、資本主義」という三つの要素によって特徴付けられる時代である。リヨンの市立病院の設計者でもあるスフロの《聖ジュヌヴィエーヴ教会》は、デュボイから「完璧な建築の最初のモデル」とまで高く評価されている。
 このように、建築史の文脈では一般的に「革命期の建築家」として位置づけられることの多いスフロとその同時代の建築家には、ロココ文化の影響を濃厚に受けた教会建築が存在することも覚えておかねばならない。

 19世紀フランスの作家ヴィクトル・ユゴーは『パリのノートルダム』の第二版(1832)において、「ゴシック建築」こそが人類の創造する最高の建築様式であると規定した。また、中世においては異教の観念は建築を通しても表現されていたという、驚くべき見解を表明する。ユゴーは「言語」と「建築」のテマティスムにおいて、初めて双方を等式で結んだ最初の人物として評価される。

「ドイツの新古典主義」


 ドイツ最大の建築家の一人であるカール・フリードリヒ・シンケルによる《王立劇場》、《アルテス・ムセウム》などが重要。
 ハインリヒ・ヒュプシュは、過去の様式の過剰な装飾性を排除した上で、それらの折衷様式を推進し、この方法論を「ルントボーゲンシュティール」と呼称した。いわばイギリスでのリヴァイバル運動と理念的には同一である。また、ヨハン・ヨアヒム・ヴィンケルマンは、「ギリシア建築における高貴なる単純性」を重視した。ゴットフリート・ゼンパーは《ドレスデンのオペラ劇場》において、「ネオ・ルネサンス」様式を取っている。

ゼンパー 《ドレスデンのオペラ劇場》
ゴットフリート・ゼンパー《ドレスデンのオペラ劇場》

 ゼンパーはヴィルヘルム・フォン・フンボルトの『言語と精神』(1836)の影響を受けて、『様式について』(1860〜3)という書を刊行した。そこには以下のように、言語学が他の諸芸術に共通する図式を提供するという考えが表明されている。

「芸術はその固有の言語を持つ。この言語は形式的な型と象徴に存している。これらの型と象徴は最大限多様な仕方で、歴史を通じて文化の動向とともにそれ自身を変化させてきた。そして芸術は自らを知的に理解可能なものとするような仕方で、言語の場合と同じように限りない多様性を生むのである。言語学の最新の研究における狙いは、異なる言語形式に共通の要素を明らかにして、何世紀も経た語の変化を追いながら、それらがある共通の原型において出会うような、ひとつあるいは複数の開始点にまで遡らせることであった…それと似たような試みが芸術上の探究の領野においても正当化されるのである」(*4)


 新古典主義の盛期は、まさに「様式戦争」と形容された時期であり、「ネオ・ロマネスク」、「ネオ・ゴシック」、「ネオ・バロック」、「ネオ・ルネサンス」、「ローマ/ギリシアの復興」など、各国で様式の著しい多元化が生起する。特にウィーン市では都市計画そのものが、こうした新古典主義的理念に基いている。
フランスでは第二帝政期の、ルイ・ナポレオン時代は「スゴンタンピール様式」などと呼ばれる。
こうした様式の多元化が可能になった技術的背景としては、19世紀になってようやく「鉄・ガラス」が素材として大量生産され始めたことも重要な要因である。

Crystal_Palace   パクストン
ジョセフ・パクストン《水晶宮》


ガラスを多用した建造物としてこの時代では、ジョセフ・パクストンの《水晶宮》が代表例。




「参考文献」


言葉と建築言葉と建築
(2005/12/23)
エイドリアン・フォーティー

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増補新装 カラー版西洋建築様式史増補新装 カラー版西洋建築様式史
(2010/03/26)
熊倉洋介、末永航 他

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都市計画の世界史 (講談社現代新書)都市計画の世界史 (講談社現代新書)
(2008/03/19)
日端 康雄

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「註」

*1)エイドリアン・フォーティー『言葉と建築』p98
*2)同書p100
*3)同書p102
*4)同書p103
*5)同書p65-6
*6)同書p66
*7)同書p67−8


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