† 文学 †

John Donne 《An Anatomy of the World》The First Anniversary ジョン・ダン『この世の解剖』「一周忌の歌」


Collected Poetry (Penguin Classics)Collected Poetry (Penguin Classics)
(2013/01/29)
John Donne

商品詳細を見る


An Anatomy of the World
The First Anniversary



She, of whom th’ ancients seemed to prophesy,
When they called virtues by the name of she;
She, in whom virtue was so much refined,
That for allay unto so pure a mind
She took the weaker sex; she that could drive
The poisonous tincture, and the stain of Eve,
Out of her thoughts and deeds, and purify
All by a true religious alchemy;
She, she is dead; she’s dead; when thou know’st this
Thou know’st how poor a trifling thing man is,
And learn’st thus much by our Anatomy,
The heart being perish’d, no part can be free,
And that except thou feed, not banquet, on
The supernatural food, religion,
Thy better growth grows withered and scant;
Be more than man, or thou’rt less than an ant.
Then as mankind, so is the world’s whole frame,
Quite out of joint, almost created lame;
For before God had made up all the rest,
Corruption enter’d and depraved the best.
It seized the angels, and then first of all
The world did in her cradle take a fall,
And turn’d her brains, and took a general maim,
Wronging each joint of th’ universal frame.
The noblest part, man, felt it first; and then
Both beasts and plants, cursed in the curse of man.
So did the world from the first hour decay;
That evening was beginning of the day.
And now the springs and summers which we see,
Like sons of women after fifty be.
And new philosophy calls all in doubt;
The element of fire is quite put out;
The sun is lost, and th’ earth, and no man’s wit
Can well direct him where to look for it.
And freely men confess that this world’s spent,
When in the planets, and the firmament
They seek so many new; they see that this
Is crumbled out again to his atomies.
’Tis all in pieces, all coherence gone,
All just supply, and all relation.
Prince, subject, father, son, are things forgot,
For every man alone thinks he hath got
To be a phœnix, and that then can be
None of that kind of which he is, but he.




「一周忌の歌」
(この世の解剖)


古代の人たちが美徳を女性の名前で呼ぶことにした時に、
その到来を預言した女、それが彼女であったと言える。
彼女は、その体のなかで、美徳をさらに純化したので、
彼女の心に混ぜ物をして、合金をつくる必要があった。
そのために、弱い女性となることを選んだのであるが、
己の心からも、行為からも、エヴァが与えた有害な色素、
罪の汚れを取り除き、全てを清浄なものにできたのだ。
それはまさに真の宗教の錬金術と言うべきものである。
そのような女、彼女が死んだ、彼女が死んだ、その時、
人間がまことに軽薄なものであると、お前は悟ったはずだ。
そうして、我々の解剖術から、心臓が死んでしまえば、
空の他の部分は助かる見込みはないと、学んだはずだ。
したがって、超自然的な食べ物、宗教を頂かなければ、
(むさぼり食うのではなく、頂くのである)、お前の
成長は止まって、これ以上は大きくなれないのである。
人間以上のものにならなければ、お前は蟻以下である。
その上、人間と同様に、この世界全体の骨格の関節も
ばらばらに外れている、不具に作られたとも言えよう。
なぜならば、神が全てを完成する前に、腐敗が侵入し、
この世で最も優れたものを襲い、堕落させたのである。
腐敗が最初に襲ったのは天使である。何よりも初めに、
この世は、その揺り籠のなかで転倒して、その弾みで、
頭がでんぐり返って、そのためにすっかり不具となり、
宇宙のあらゆる関節が、残らずばらばらに外れたのだ。
影響を受けたのは、最も気高い部分である人間で、
次に、動物や、植物が、人間の罪で呪われたのである。
このように、全世界は生まれた瞬間から滅亡を始めた。
世界の夜明けは、その黄昏であったと言えるであろう。
いま、我々がまのあたりに見ることのできる春や夏は、
五十を過ぎた女から生まれた子供のようなものである。
新しい学問が、全てのものに懐疑をかけるようになり、
その結果、火という元素は、すっかり消えてしまった。
太陽が失われて、地球が行方不明となり、賢い人でも、
誰一人、何処にそれを探したらよいのか、わからない。
人々は、憚ることなく、この世はお終いだと言う。
惑星でも、恒星でも、今までは知られなかったものが、
次々と発見されるからである。人々は、この世は再び
ばらばらの原子の粒子に帰ったと感じているのである。
全てが粉々の破片となって、あらゆる統一が失われた。
全ての公正な相互援助も、全ての相関関係も喪失した。
王様も、家臣も、父親も、息子も、忘れられてしまった。
あらゆる人間が、自分だけが、フェニックスのような
存在であると考えている。すなわち、自分を除いては、
誰も同じ種の者はありえないと、誇っているのである。

※掲載した訳文は湯浅信之氏による(『ジョン・ダン詩集』岩波文庫)。




「評」


 『An Anatomy of the World(この世の解剖)』(*1)は、ダンと親交のあったドルアリー家の14歳の娘エリザベスの死を追悼して書かれた詩集であり、実際はこれより更に長い。
 私は十代後半の頃に、ダンのこの詩集に出会った。その時、最も心を揺さぶられたのが、『この世の解剖』という奇妙なタイトルを持つ神秘主義的な詩集である。この詩集について、イギリスの幻想作家チャールズ・ウィリアムズが『万霊節の夜』という物語の中で、トマス・ブラウンの『埋葬論』と同じほど「古い忘れられた書巻」として挙げているのを私は最近見つけた。「一周忌の歌」は1621年、「二周忌の歌」は1625年なので、やはりもう350年以上前の古い詩ということになる。
 私がダンに惹かれたのは、彼が「宗教」、「神秘主義」をテーマにしているからであった。カトリックで洗礼を受けた21歳の頃、我々の教区では聖書の勉強会が開かれていて、そこで私は集まった御婦人がたにダンの詩集を紹介したことがあった。厳格な方々はダンについて判断を保留していたが、一部の方は少なくとも興味を持っておられたように思う。ダンを語る上で、「信仰」の問題は欠かせない。
 

For before God had made up all the rest,

Corruption enter’d and depraved the best. 

It seized the angels,

なぜならば、神が全てを完成する前に、腐敗が侵入し、

この世で最も優れたものを襲い、堕落させたのである。

腐敗が最初に襲ったのは天使である。



 Corruptionには「堕落、腐敗」といった意味がある。ダンの創世論によれば、Corruptionが最初に襲ったのは天使であり、続いて人間で、人間の汚染された罪によって動物、植物までもが穢れてしまったと解釈されている。創世記の正統的な解釈からすると、「原罪」はアダムとエヴァを通じて生起したのであり、天使の罪悪に ついては特別な言及がない。
 また、ダンは世界は誕生すると同時に不具となり、関節までもがばらばらに外れたと述べている。

The world did in her cradle take a fall,

And turn’d her brains, and took a general maim, 

Wronging each joint of th’ universal frame.

「この世は、その揺り籠のなかで転倒して、その弾みで、
頭がでんぐり返って、そのためにすっかり不具となり、
宇宙のあらゆる関節が、残らずばらばらに外れたのだ」



 宇宙はいわば不完全なものとして創世されたとする視座はグノーシス主義に特有のネガティヴな創世論だが、我々には救済への道も用意されているとダンは述べている。それは「超自然的な食べ物、宗教」である。この「宗教」という食べ物には、ダンが考えるには「食べ方」の作法がある。曰く、「むさぼり食うのではなく、頂く」ものでなければならない。
 And that except thou feed, not banquet, on 
The supernatural food, religion, ――ここは、「超自然的な食べ物である〈宗教〉は、feedされるものであり、banquetではない」という意味である。注意深く読解してみると、feedには「赤子に食べ物を与えてやる」という意味を持ち、食べ物を自発的に食するよりもむしろ「与えてもらう」ニュアンスを帯びている。banquetは「宴会」であり、ダンはnot banquetでこれを打ち消している。つまり、〈宗教〉という食べ物は、鄭重に与えられて食するものであり、宴会のように貪り食うものではない、と主張していると考えられる。
 これは、震災以後新しいスピリチュアリズムの動きがSMSを介して起きている昨今の状況を鑑みる上でも貴重な示唆を与える箇所ではないだろうか。ダンは霊性を「宴会」のように扱うのではなく、真摯にそれと向き合い、恩寵に与るものとして表現している。宗教に食べ方があるというダンの考えはなかなか興味深い。
仮に、宗教をbanquetのようなものとして扱う場合、我々の世界の関節は外れてしまうと考えられる。エリザベスの死から、ダンはこうした宗教に対する真摯なアプローチを我々に促していると思われる。

 
*1)タイトルにあるAnatomy(解剖術)について、ウィクショナリーによる語源は以下のとおり。
ἀνά (ana, “完全に”) + τέμνω (temnō, “切る”) > 古典ギリシア語 ἀνατομία > ἀνατομή (anatome, “切開する”) > ラテン語 anatomia > フランス語 anatomie

関連記事
スポンサーサイト
*Edit TB(0) | CO(0)



~ Comment ~















管理者にだけ表示を許可する

~ Trackback ~


Back      Next