† 建築学 †

都市の記号論的システムについて――ヴィドラー、ロッシ、フォーティー、そしてコンパニョンからの考察

シプリアン・ガイヤール《不信の時代の信仰》
シプリアン・ガイヤール《不信の時代の信仰》

「われわれの建築は身体に関わる平面図ではなく、心理的な平面図を持っている」――コープ・ヒンメルブラウは1968年にこのように述べた。このテクストとすぐに結び付くのは、アルド・ロッシが『都市の建築』の中で述べた、都市の本質としての「イメージ」の持つ作用に他ならない。ひとはそれぞれ同じ都市に対して、異なるイメージを持って生きている。これらのイメージは全て「部分」に過ぎないが、いわば集団的なイメージの“約数”に相当する共通の記憶の場を、ロッシは「都市的創成物」と呼んだのだった。都市的創成物は都市そのものを象徴する場である。そして、ロッシは我々という部分的存在の「集合記憶」を、「都市の意識」とも呼んだのであった。
 この段階でまずもって図式化できるのは、「物理的空間」の上に「個人的な空間イメージ」が貼付されているという事実である。この点について、ヴィドラーはフロイトを解釈しつつ以下のように述べている。

「フロイトは、かつて同時に二つの内容を持った一つの空間を想像することは不可能である、と述べたことがあった。その時、彼が話していたのは、ローマの丘の上に、何世紀にも叉がって、次々に建てられた一連のモニュメントのことであった。彼は、精神によってはじめて、同じ空間の中に二つの〈場所〉が保持できるのだ、と論じた。だが、ある種の建築では、その奇妙な性質によって、二重の意味が共鳴しているのである。その結果、フロイトの想像に近付くと同時に、表現主義の残像の中にあって、こうした二重露出が明らかになるのであった」(*1)


 このさり気ない、一見見落としがちな極めて重大なテクストにおいて、ヴィドラーは「同じ空間に二つの場所が保持できる」と確かに述べている。これはよくよく考えれば、まことに驚くべき見解である。しかし、先述した図式を看取すれば、以下のように合理的に解釈することが可能である。ある空間Aに、城が建設されるとせよ。この城は八百年ほどは少なくとも持ち堪えたが、千年後には既に城主の一族も去って廃墟化していた。やがて戦火に曝されたりしつつも、現代はその廃墟の跡地に美術館が建造されているとする。その場には、いわば千数百年の時間という地層性を持った堆積がある。ある者は、そこにかつての「城主」の面影を確かに読み取るだろう。現在は美術館という機能を持つ空間に、奇妙にも幻影的な「城」が重なって(=パリンプセスト化されて)可視化されるわけである。我々は、ヴィドラーの瑣末なフロイト論から敷衍して、これを概念創造しておこう。「空間のPalimpsest(重ね書き羊皮紙)」――これがその概念の名に他ならない。
 パリンプセストは一度書いた文字を消し、その上に新しく文字を書くことのできる羊皮紙である。だが、デリダが徹底的に考究してみせたように、パリンプセストは痕跡論的なテマティスムのメタファーであると同時に実際的なツールにもなっており、書き消された文字が「亡霊」的に、現前している文字に憑依するという、いわゆるハントロジー(憑在論)とも結び付くラディカルで魅力的な概念なのである。書き消された文字は、まさに「書き消された」という抑圧の原理によって、新しく上書きされたテクストを影から支配する――「失われたものは、次の形式で再現前する」(デリダ)。したがって、上書きされたテクストは起源に書かれたテクストの「代補」に過ぎないということになる。しかし、「起源」に書かれたテクストなど存在するのだろうか? パリンプセストという物質的素材以前に、我々が別の紙に書き込んでいたはずのテクストを、それは再現前させたものに過ぎないのではないか? このように「起源」は無限に逃走し続け、最早「コーラ」の如き「概念」でも「意味」でも「観念」でも「操作子」ですらない、名状し難い否定神学の彼方の場へと我々を連れ去ってしまう。パリンプセストについて考えることは、まさにエクリチュールそのものについて考えることに等しいのである。
 ヴィドラーは既にまとめてきたように、モダナイゼーションされた都市空間そのものが建築家たちの「不安」を有機的に吸収して発展してきたことを解明した。そして彼は現代人の心性の根本的特徴をハイデッガーの基礎存在論を踏襲して「不安」、あるいは「空無化」に見出しており、端的にこれが都市空間に反映されていると解釈する。ヴィドラーがフロイトから考察しているのは、物理的空間に主観的なイメージが意味賦与され、この時はじめて「空間」概念が成立するという、ボルノウが『人間と空間』でも前提にしていた図式である。実はこの関係式は、アントワーヌ・コンパニョンが『 第二の手、または引用の作業』において定式化した以下のテクスト・システムと対応させることが可能であると考えられる。
 コンパニョンによれば、全てのテクストは以下の定式を原理とする。A=作者、T=作者が書いたテクスト、S=二つの記号から構成されるひとつのシステム、である。これを彼は以下のように表記する。すなわち、

S(A.T)


 例えば、ピエール・メナールとセルバンテスはTにおいて同一性に帰属されるが、双方は異なる時代に帰属する。Aにおいて差異化する限り、システムSそのものも変化せざるをえない。ゆえに、メナールの『ドン・キホーテ』とセルバンテスの『ドン・キホーテ』はテクストが同一であれ、メナールのテクストの方が「無限に豊か」(ボルヘス)と規定されたわけである。何故なら、メナールが属する時代の方がセルバンテスの時代よりも文芸批評における解釈のツールが豊かであり、セルバンテス自体を文学史の中の出来事として位置づけられるからである。ここには位置づける者(メナール)と、位置づけられる者(セルバンテス)のあいだに働く象徴的な権力関係が働いており、この点からもメナールのテクストの方が意味の地層がより深く堆積しているとみなすことが可能である。

無題25423523

O … Object(対象)
R … representamen、あるいはsigne(記号)
I … interprétant(解釈項)



 例えば、Rを「血」とすると、Iは「殺人」、「供儀」、「鼻血」…と解釈項は無限に連鎖していく。パースにとって「意味」とは、「記号の解釈項」を指す。コンパニョンは以下のように自らの理論の基礎を述べている。「解釈項が単数であるということはけっしてなく、それは常に<系列的>である。すなわち、ある引用の<意味>は無限であり、解釈項の連続継起へと開かれているのである」(*2)。
 さて、このシステムはパースの記号論を慣用していることをコンパニョンも自負している。システムSには、セルバンテスのテクストTに対するメナールの「レクチュール(解釈項)」も含まれているわけであり、これはちょうど同じ「対象(テクスト)」に対する事なった「解釈項」の関係として還元できるわけである。
 都市空間においても、このようなパース的な図式が成立する。都市のイメージのシステムをS、住民をP、物理的都市をCとする。すると、以下のようにほぼ同一の関係式が出現する。

S(P.C)


 この都市論的図式は、アルド・ロッシの「集合記憶」の概念を説明する上でも一定の機能を発揮する。何故なら、ロッシの理論によると、我々個別具体的な住民がそれぞれ固有に持つ都市イメージは、都市そのものの「意識」の断片として解釈されている。同一の物理的都市であっても、そこで暮らす人々の「都市イメージ(解釈項)」は異なっているわけである。この事実は、同一のテクストに対する読みが、人それぞれによって異なっていることと同じである。つまり、コンパニョンの図式S(A.T)は、そのまま、都市空間を「テクスト」とみなした時に成立する図式S(P.C)と、本質的には同じ内容を持つといえるのである。都市は、物理的な空間としての都市と、その居住者が抱く都市イメージのカップリングとして「現出」するものである。物理的都市は有史以来、一度も存在したことがない。存在しているのは、常にイメージ化され、意味付けられ、各自の自伝という背景を持った都市イメージと物理的都市の結合したシステムなのである。
 これはエイドリアン・フォーティーが『言葉と建築』で基本的命題として看取していた、「建築を言語的な出来事として認識する視座」(これは60年代のイタリア建築界でのクライテリア[批評規準]でもあった)に立った上での我々独自の考察である。重要な点は、同一の都市(テクスト)=対象であっても、住民の都市の読解(イメージ)=解釈項は多様化しているという事実である。換言すれば、都市とは「テクスト」に他ならず、我々が都市に抱くイメージとはその一種の「レジュメ」、あるいは「感想文」――ジュネットのいう「パラテクスト」に相当するということである。
 ここで一つ、都市の記号論的編成の問題系として、都市空間を「テクスト」そのもの(あるいは「書物」そのもの)とみなす図式が出現した。それでは、コンパニョンが最大の関心を寄せていた「引用」とは、都市空間においては何を意味するのだろうか? 引用とは、テクストを解釈する行為である。メナールはセルバンテスのテクストを解釈するために、自身のパラテクストを一文も挿入せずに、同一性を維持した「別の作品」としてそれを提示してみせた。こういった出来事は、都市空間においてはどのように解釈できるのであろうか?

ローラン・グラッソ《過去の習作》
ローラン・グラッソ《過去の習作》

 例えば、先の震災の慰霊碑がある街に建てられるとする。この慰霊碑について、ある人間が解釈して、それを言語化したとする。このテクスト、あるいは発話に感化されて、今度は別の人間がその慰霊碑に参拝したとする。この時生起しているのは、同じ「対象」に対する「解釈項」を、おそらくは意識の中で「引用」しつつ「再−解釈」しているという出来事である。換言すれば、ある建物がロッシのいうモニュメンタルな「都市的創成物」に生成するプロセスにおいて、その空間(建物、あるいはオブジェでも)に対する「解釈項」の「引用」が生起しないと、そもそもその場所が「集団記憶」にとって意味をなすことなど不可能だということである。要するに、「都市的創成物」とは、都市空間を「テクスト」とみなした時に、その「解釈項」それ自体が同一であるか、類似している場合を指すと考えるべきである。
 では、都市において何者にも「引用」されていない「テクスト」はどこに存在しているのだろうか? これこそがおそらく最も今日的で、ノスタルジックなテーマとも接続する問いであろう。まだ引用されていない空間とは、いわばまだ誰もそれを「解釈」していない場所を指す。例えば、幼年時代に親友と二人で作った廃墟の片隅に存在する「秘密基地」などがこの典型的な例になる。「秘密基地」は、まだ誰からも引用されたり読解されたりしていないからこそ秘密なのである。そこはいわば少年少女の聖なる空間であり、学校、家、塾などのどこにも属さない第三の「居場所」である。「都市的創成物」が集団的な場であったのに対し、「秘密基地」は個人的な「テクスト」であり、いわば「手記」的である。自分だけが覚えていて、親友はもう昔に忘れ去ってしまったりしていた場合、あるいは今は全く別の建物が建てられたりしていた場合、その空間が持つ私秘性は最高度に高まる。そこは、まだ誰も読んでいない「聖書」であり、これから無限に解釈し、「再読」可能なオリジナルなテクストである。このように、今はもうどこにも存在しない記憶の中だけの「秘密基地」とは、その人にだけ与えられている無限に豊かな「書物」としての重層性を帯びるに至るのである。
 一つの都市の中には、無限個の都市イメージが圧縮されて存在している。それだけでなく、我々の意識それ自体が刻一刻と変化する以上、都市イメージもやはり不定形であり続ける。都市とはいわば揺籃、霧、繭、柔らかい繊維質の場である。そして都市を一冊の書物とみなした時、我々一人一人はその「読者」である。その「感想文」には、同じ都市に対する異なる都市イメージが結晶化している。そして、ある読者にしか感知できない、その都市の中の「固有の聖域」というものが必ず存在している。Web社会の加速化にあって、真に重要な「テクスト=空間」とは、このような記憶の郷土性に結び付いたイメージの場であるのかもしれない。




「参考文献」


歪んだ建築空間―現代文化と不安の表象歪んだ建築空間―現代文化と不安の表象
(2006/09)
アンソニー ヴィドラー

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都市の建築都市の建築
(1991/12)
アルド・ロッシ、ダニエーレ・ヴィターレ 他

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言葉と建築言葉と建築
(2005/12/23)
エイドリアン・フォーティー

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第二の手、または引用の作業 (言語の政治)第二の手、または引用の作業 (言語の政治)
(2010/03)
アントワーヌ コンパニョン

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「註」

*1)――アンソニー・ヴィドラー『歪んだ建築空間』p312
*2)――アントワーヌ・コンパニョン『第二の手、または引用の作業』p82





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