† 表象文化論 †

松浦寿輝『平面論』(2)平面の未来、空間としての「イメージ」へ

Hailey Clauson by Miguel Reveriego
Hailey Clauson by Miguel Reveriego

 【枠】

 1880年代は、「平面」それ自体を露出させようとした「近代」の開始地点として規定されている。ここでいう「平面」とは、「記号やイメージで配置された面」を指している。例えば、絵にとっての「紙・画布」、詩にとっての「白いページ」、映画にとっての「スクリーン」――これらは全て何らかの「枠」付けを持っている。「枠」とは、我々のイメージを一定の表現媒体において表象する時に必然的にそれぞれの形式に準じた「制限」を受けることを前提にしている概念である。例えば我々が何か「映画」を制作しようと企てる時、そこにはそもそも「映画」という表現領域に固有の「文法」による拘束が発生することを含意している。
「平面」とは何であるか? その謎を解くための鍵概念となるのが、「表象」である。表象はラテン語でrepraesentatio、フランス語ではreprésentationと表記される。この概念には「何かを思い描く」という心的操作と、「何かの代替物を提示する」という物質的そうさの二つの相が存在している。前者を形相的側面、後者を質料的側面と表現することもできる。どちらにしても、「表象」とは「ある実在を再-現前化させる作用」に他ならない。「表象」は「イメージ」という概念の本質としても機能している。その場合、イメージを「枠」の内部に取り込むものこそが「表象」に他ならない。
 松浦の考える「近代」の核心は、コピーされた「像」としての「イメージ」が、オリジナルよりも力を持ち、増幅されて波及していく現象を前提にしている。そこではいわば「不在としての実在感」だけが漂うことになる。しかし、この世界に存在する全てのイメージには常に何らかの「枠」が存在している。それはイメージが表象される上で、必然的に伴う限界付けであり、形式である。ベンヤミンの規定した「アウラ」は、この「枠」からはみ出していく無限の外延を持っているが、「イメージ」は常に何らかの「枠」に囲い込まれる性質を持っているわけである。
 ここで、我々には一つの疑問が浮かぶだろう。イメージが必然的に「スクリーン」や、「ページ」などの表現媒体によって「枠」付けられるという構造自体は、「アウラの喪失」が始まる近代以前にも生起していたはずではないか、と。だとすると、ロマネスク時代の古いイコンも、現代のファッション誌のトップを飾るポスターも、「イメージの枠付け」という点は同じはずである。何故、近代だけが取り沙汰されるのだろうか? あるいは、前近代と近代の本質的な差異とは何なのだろうか? この点について、松浦は以下のように答えている。

「〈枠〉が不可欠だという点では、〈前近代〉も〈近代〉も変わるところはないのだが、超越性の上空に位置するのではなく物質性の基盤として横たわる〈枠〉が、〈イメージ〉が自分自身の〈実在〉をめぐって瞬間ごと絶えず自らに提起し続ける問いを、排他的に引き受ける場となったのだ。超越的な意味や真理の水準においてでなく、〈今ここ〉の平面上で〈イメージ〉を〈イメージ〉ならざるものから区別してくれる〈枠〉のありようを、〈イメージ〉は神経過敏な指先で絶えずまさぐり、不安に満ちた眼差しでその存在と非在の境目を確かめ続けずにはいられない」(p112~3)


 このテクストの意味を余すところなく開示するためには、「枠」という概念についての松浦の厳密な思考を更に読解せねばならない。その上で、例えば以下のようなエピソードを一つ考えてみたい。ある晴れた日、一人の男性が川縁でランニングしていた。彼は汗をかき、心地よさを感じている。走り続けた疲労感から、自然に草叢に横たわると、樹木から燦爛と木漏れ日が射し込んでいた。彼はその時、なにか名状し難い感動を覚え、それまで感じたこともないような強い「生きている!」という感覚を取り戻したのだった。この平凡な体験において、彼が木漏れ日に見出したその「生」そのものは、まさに「アウラ」の様態であると規定することが可能である。しかし、彼が画家を目指していて、この時の光を画布に表現しようとしたとする。すると、本来いかなる拘束も受けていなかったはずの「光」は、「画布」という「枠」によって、たちまち限定的なものになってしまう。換言すれば、「アウラ」は「表象」されることで、「何かの代替物を提示する」という質料的側面を前景化させるのだ。この時、描かれた「光」は、画家の手による光の「像」であって、「光」それ自体ではない。すなわち、représentationの概念規定における、「再-現前」させるという側面が、ここで浮き彫りになるわけである。
 上記のエピソードは、「イメージ」とその「枠」、および「アウラ」について説明する上では格好の例になるだろうが、これだけなら「近代」という時代を策定するまでもなく、中世の画家たちにおいても見受けられたはずである。例えば、ある奇蹟を目の当たりにした敬虔な修道士が、それを「イコン」=「イメージ」にした場合、当然彼は「描く」行為によって「枠」を与えることになり、オリジナルな「奇蹟」は「再-現前」された「像」に過ぎなくなる。すなわち、この概念的な枠組みだけでは、「近代」と「前近代」を明確に差異化させることはできないのだ。では強烈に近代的なファクターとは、いったい何なのか?

 【映画という近代的装置】

 「近代」と「前近代」を明確に差異化させるものを解明するヒントになるのが、松浦寿輝が本書に与えたタイトルそのもの、すなわち「平面論」である。平面という言葉における、「面」とは何なのか? これは実は、映画の最小単位であるle plan、あるいは「ショット」に相当するのだという。ショットが集まると「シークェンス」になるが、あくまでも映画における最小分節単位は「ショット」(面)であり、本来映画にはこの単位しか存在していない。ここで思い出さねばならないのは、松浦が1880年代という具体的な年代をあえて選択しているその理由である。既に前回のページでも述べたように、この時期から90年代にかけて、映画史における極めて重大な出来事が生起している。一つは、「クロノトグラフィ」を完成したエティエンヌ=ジュール・マレーが1886年に《ギャロップで疾駆中の馬》という作品を残している点、そしてもう一つは、そのおよそ十年後の1895年の記念すべき12月28日に、パリの「グラン・カフェ」の「インドの間」の中で、リュミエール兄弟の「シネマトグラフ」によって世界で最初の映画興行が実現した点である。すなわち、1880年代後半から90年代前半にかけて、ヨーロッパにおいて「映画」が成立しているという背景である。「平面」とは端的に、「映画のスクリーン」そのものである。実際、本書『平面論』の厳密な思考の醗酵過程には、デヴィッド・リンチの『マルホランド・ドライブ』に近しい、何か濃密で緊張感さえ漂うような雰囲気が感じられた。いわば、彼の『平面論』は、近代において映画産業が成立するまでの思想史的な背景を特異な文体で物語っている「小説=評論」でもあるのだ。「近代」と「前近代」を明確に分割する基軸として、「映画」ほど説得的な「表象」は存在しない。
 さて、ここで再び「枠」の概念に戻ろう。「枠」とは、そもそも「像」を均等化するための装置である。それは再現性、コピーの担保となるものでもある。この「枠」付けによって、初めて「面」が成立する。「面」は映画の「ショット」だけでなく、詩における「ページ」、絵における「画布」によって表象されたものでもある。いわば「面」とは、「イメージの戯れが演じられる物質的な〈場〉」を意味しているのである。これに対し、他者の「死」に来歴を持つ「貌」とは、絶えず外へと溢れ出して、「枠」を無効化する現実的なるものの、その「大きさの無さ」(枠付けの不可能性)を意味していた。実は、この定式は映画史において重要な先のマレーや、フロイトらによって既に準備されていた概念である。「面」は、近代的なイメージを乗せるための、「倒錯的な基底材」なのだ。
 リュミエール兄弟が映し出したイメージ――それは、ただ駅に列車が到着するという現代からすればありふれた映像に過ぎなかった。だが、初めて「映画」を目にした人間の最初の「身振り」は、「イメージ」の本質を考えさせる極めて重要な材料になるだろう。彼らは列車が飛び出してくるような錯覚を抱いて、「思わず身を捩って衝突を避けようとした」という。この素朴な最初の反応こそ、「映画」の、つまりは「イメージ」の本質を考察する上での鍵が隠されている。イメージは必ず何らかの形式で「投射」されなければ、「面」として現前しない。この投射された面を「幕」と呼ぶ。電車の接近に驚きを隠せなかった人々と同じような感覚に、我々も映画を見ていて一度か二度なった記憶はないだろうか? 例えば、あまりにも熱中して鑑賞しているあまり、まるで「全ては私の内部で起こっているかに見えてきさえする」という体験がまさにそれだ。「果たして、あのスクリーンは映画館の中にあるのか、あるいは私の意識をそのまま投射しているのだろうか」と。換言すれば、映画を見ていると、我々はそのイメージが「私」の「外部」から映写機を使って投射されているのか、それとも「内部」の心から映し出されているのか、その「境界性」が揺らぐというのである。ここで我々が思い出さなければならないのは、近代の先駆的存在としての建築家クロード=ニコラ・ルドゥーの名高い《ブゲンソン劇場の内側を映す眼》(1804)である。松浦は『平面論』でルドゥーについて言及しているわけではないが、表象文化論の研究者である東大大学院教授の田中純氏は、その『政治の美学』の中で、やはりルドゥーの「外部」と「内部」の奇妙な交叉配列について言及していた。ルドゥーの作品では、大きな眼の中に劇場が描かれている。一見すると、彼が今、眼の前にある劇場を眺めている眼の様子をそのまま描き出したかのようだ。しかし、眼の内部にある劇場からは光が眼の「外部」に向けて「投射」されているのである。換言すれば、「劇場」は眼球内部に存在していたことになるか、あるいは、この眼そのものが「劇場」の一部だったことになる。要するに、ルドゥーのこの作品は「外と内の境界性」の決裂、あるいは「眼による外界の包摂」という表象文化論的なテーマを濃密に孕んでいるわけである。
 外にあるものが内へと反転し、内にあるものが外へと開かれる――これは表象文化論の定式であり、松浦は「内部と外部が絶えず反転可能であるような一種のトポロジー空間」の出現に、その核心を見出している。換言すれば、「内部の外部化」、「外部の内部化」による距離の無化である。このような視座を持つ上で重要なのは、同じ物体において二重化した性格を持つものに関心を向けるという着眼点であろう。例えば、先に紹介した田中純氏は『建築のエロティシズム』の中で、アドルフ・ロースの邸宅における「外部」と「内部」の奇妙な「分裂」を見て取っていた。彼の邸宅では外面はシンプルでダンディーな趣を感じさせるが、内面は女性的で子宮的、かつ迷宮的である。このように、同一の対象でも「外面」と「内面」で見事に特徴が差異化してしまっている場は、表象文化論のテーマになり得る。この最適な好例こそが、我々の「顔」における「化粧/素顔」の分裂性であり、ファッションにおける「着衣/裸体」の関係である。ここでは言及し尽くせないが、表象文化論的なアプローチを試みた建築論として、小澤京子女史による『都市の解剖学』や、「裸」になることの不可能性について考究したイタリアの美学者ジョルジョ・アガンベンの『裸性』などは記憶に新しい。
 映画のスクリーンにおいて生起する「投射」に戻ろう。松浦は以下のようにこの概念を規定している。

「〈投射〉とは、まず第一に投げることであり、投げられたものが横断してゆくべき空間の厚みを必須の前提とした操作である。そもそも、見る瞳と見られる対象との間に距離がなければ、見るという行為自体が成立しえないことは自明ではないか。しかし、にも関わらず、〈投射〉にあっては、この隔たりそのものを無化してしまいたいという密着的な欲動が、絶えず働くことになるのだ」(p159)


 松浦は、リュミエール兄弟の《列車の到着》を、複数の「ショット」(面)として把捉しつつ、「一つの〈面〉ともう一つの〈面〉との境目は存在しない」と述べている。「面」については、マラルメ論でも深く考察しているが、少なくとも「映画」においては「面」は一挙に現前し、ひとつながりの映像として提示される。

「〈投射〉は、イメージの起源の〈他処性〉を〈わたし〉に忘れさせ、あたかもそれを〈幕〉に向かって投げつけている主体が〈わたし〉であり、更には投げつけられている客体さえ〈わたし自身〉であるかの如く錯覚させてしまう。〈他処性〉を隠蔽し、偽のナルシシズムを捏造するこの錯視の仕掛けこそ、〈投射〉機制の根幹をなすものに他なるまい」(p171)


 いわば、「投射」はイメージを常にクリプト化する。そして、ここから敷衍して松浦は「わたし」の起源は常に「他処」に――より正確にいえばラカンの「大文字の他者」に――あると考える。イメージの産出者が常に既に隠蔽化され、非人称化されるというこのシステムの誕生こそが、「近代」の出発地点なのだ。
 また、松浦は「投射」はイメージの過剰によって「幕」の上に排泄されると述べている。これをプルーストにとっての「祖母の記憶」として読んだ場合、彼が祖母について「ページ」という枠付けられた物質的な媒体にそのイメージを刻印する作業も、やはり「投射」の身振り(イメージの奔流)だと言えるのではないだろうか。何故なら、松浦は投射の性格として、それは「主体が自分を守ろうとする防御機構」であるとも述べているからである。

 【プルースト、あるいはマラルメにおけるアウラ】

 既にまとめてきたように、「枠」とは観念やイメージを物質的に造型しようとした途端に出現するものである。しかし、プルーストが作り出した架空の作家ベルゴッドにとってフェルメールがそうであったように、この有限の「枠」を課すことで、「無限」が露呈されるのもまた事実である。ここからは、松浦のプルースト、およびマラルメについての読解を整理しておく。本書における概念的な分水嶺として、間違いなくベンヤミンの「アウラ」の概念が挙げられるが、松浦の彼らへの読みもその骨格においては「アウラ」についての近代文学からの位置付けとして認識することが可能である。
 プルーストは作品の中で、ベルゴッドの言葉を通してフェルメールの《デルフトの眺望》の「黄色い小さな壁の貴重なマチエール」に注目している。彼はフェルメールの精緻な描写力から「アウラ」を呼び覚まされているわけであり、この絵画には間違いなく「永遠」が見出されるのだという。松浦は、このプルーストの描写こそ、1880年代のイメージの作り手たちの「アウラからの遠ざかり」を逆説的に象徴している箇所であると規定している。ベルゴッドは自分には無い世界の見方をフェルメールの作品に見出し、絶望して亡くなった。フェルメールの室内画、風景画には独特な温もりと味わいが感じられる。そこには「自己と世界の幸福な調和」が実現されている。作中でのベルゴッドとは、実はプルースト本人の告白でもあったのだろう。彼はフェルメールを範にして、「言葉の手織り作業」というアンチ・モダンな技巧性の追求に向かったと考えられる。

「実際、イメージの限界点は、プルーストにおいて、彼自身の生の限界点そのものを指し示しており、この限界点への到着を先送りするための、ひたすら濃密化してゆく〈書くこと〉への偏執こそ、彼がひとたび失い、そして再び見出した〈時間〉の意味に他ならなかった。〈1880年代〉以後の〈近代〉が露呈するのは、このパラノイアにおいて以外にない」(p99)


 ここで重要なのは、プルーストの『失われた時を求めて』が、「近代」的心性自体の「分裂」を象徴付ける一つの参照軸として把捉されているという事実だけではない。より重要なのは、プルーストがフェルメールに、「枠」付けられているにも関わらず「永遠」性を見出しているという点なのだ。換言すれば、世俗化の時代における「〈枠〉の意識化」が彼の背景に横たわっているのである。
 続いて、松浦はマラルメの『ディヴァガシオン』を読解した渡辺守章氏のテクストから敷衍するかたちで、思考を発展させていく。この作品の中で、マラルメは以下の定式を我々に提起したと解釈される。

rien/tout

 rienとは、「無に等しい何か」であり、toutは「全体」である。そして、マラルメはrienがtoutを「表象」すると考えていた。換言すれば、空虚な記号の海の中でも、「聖なるシーニュ(記号)」を見出すことは可能なのである。虚無に覆われたテクストという荒地の中で、いかにして聖なる記号は見出されうるのだろうか? マラルメはこのように「至高の記号」を希求し、その行為そのものが不可能であるということをあえて露呈させる戦略に出た。これが逆説的に、「至高性」を開示すると考えたからである。

「何一つ生起しえないということそれ自体によって基礎付けられた精神の空間があり、しかもその〈不可能性〉の中心には、〈深淵〉すなわちある〈不在=空無〉がぽっかりと口を開けているのだというのである。そして、その〈深淵〉の中空に、輝かしい虹のように、あるいは煌めく蜘蛛の巣のようにかかっているものがあり、それこそが〈シーニュ〉なのだ、というのがここでのマラルメの命題である」(p101)


 周知のように、記号学的に考えれば、対象そのものの「代理物」を表示するという点に「記号」の特質がある。それはイメージの「枠」付けを前提にしている。そして、「永遠」は意味付けられることから常に逃走するのであるから、「対象」を持たない。パースの記号論における名高い三項図式を慣用すれば、対象が「永遠」である場合、その「記号表現」は常に四方八方に拡散し、意味を空転させ続ける他ない。ここには、「永遠」の本質とは「虚無」であるという存在論的な関係も基底にあると考えられる。しかし、マラルメの驚異的な点は、「至高の記号」であれば、「対象それ自体」に達すると直観し得た点にこそある。つまり、「対象」-「記号表現」-「解釈項」というあの三項関係において、「対象」が「記号表現」と完全に一致して「合一」を遂げるのだ。これはこの三位一体関係が収斂する聖なる位相においてのみ実現できるものなのだろう。
 上記の考えを、再び先のrien/toutの関係式に置き換えるとどうなるのだろうか? ここで、rien(無に等しい何か)とは、いうまでもなく「詩句」(記号)である。そして、tout(全体)とは「宇宙」である。マラルメは、無に等しい何かでも、「全体」を表象することが可能であると考えていた。だとすれば、空虚なシーニュである詩句は、「宇宙」を表象することが可能なのである。この「宇宙」を、前近代的な「アウラ」と表現し直しても良いかもしれない。松浦はこの「合一」の瞬間を、ほとんど詩的な表現で「裸のイメージ」と呼称する。
『骰子一擲』(サイコロの一振り)でも、基本的にこの関係式を用いて解釈することが可能だ。この作品においても、松浦は「記号の戯れ」から、「エクリチュールそのもの」が垣間見えると考えている。「有限の〈枠〉内においてのみ、詩句は宇宙を〈表象〉しうる」とは、本書『平面論』の中でも特に啓示的な力を持つ一文である。マラルメの偉大さを、松浦は前近代までの「霊感(アウラ)」を素朴に求めていた詩人たちとは異なり、言語システムそれ自体が物質的かつ「質料」的なものであるという前提に立って、いわば空虚な記号性を探求したことにこそ求められると考えている。『骰子一擲』の終わり近くに綴られた、RIEN N’AURA EU LIEU QUE LE LIEU(何も起こらなかったこととなろう、場を除いては)――この言葉も、「至高の記号」を求めた詩人による否定神学的な命題であると解釈されている。ここでいう「場」とは端的に詩人にとっての白い「ページ」である。換言すれば、『骰子一擲』においては「ここにページがある」という自体以上のことは何も生起しなかったのである。これはその後、ベケットの意味と無意味のイリュージョニズムや、ブランショの「不在」を巡る空虚で孤独なナラティブへと相続されていったテーマである。そして、ページを記号で埋め尽くしても「何も起こらなかったこととなろう」と自己宣告するこの心性は、「近代」のイメージを用意する上での基盤になった。
 エクリチュールは「枠」付けを行うことでしか成立しない。全てはページ、あるいは画面というこの物質性によって決定される。マラルメにおける「ページ」とは、近代的なイメージが生成する「場」の範型であった。松浦はイメージを枠付ける媒体としての「ページ」=「場」を、1880年代後半に生起する「映画」と相関させて「面」と呼称する。「面」とは、ここでは「イメージの戯れが演じられる物質的な場」として規定される。「面」は、映画においては時間的な連続性を構成する単位「ショット」である。「面の時間化」という画期的な出来事は、まさに「映画」の出現によって齎された。
 また、テーマとしてマラルメは「非人称性」を意識していた。これは二十世紀文学において最もラディカルなテーマを担っていたボルヘスが詩人としてしばしば「鏡に私の顔は映っていなかった」と繰り返していた感覚と明らかに通底している。「非人称性」というテーマでマラルメを考察した場合、時代背景として近代資本主義化によって「金本位制」が希薄化し、ぺらぺらのページである「紙」が「紙幣」として価値を賦与されたという出来事が重要な指標となってくる。資本主義の「価値」の中心的原理である「紙幣」こそ、まさに「ページ」の、あるいは「像」の「至高の形態」と松浦は考えている。ここには、経済原理としての貨幣が、アウラを失った近代人にとって新しい「マモン神(金の神)」として出現する過程が湧出しているだろう。
 マラルメはシンボリックな次元で、「詩句の黄金」を奪還しようとしていた。アウラを失ったジャーナリズムに代表されるルポルタージュ的なディスクールに、マラルメは人間存在を非人称化するプロセスを嗅ぎ取っていた。

 【平面の未来】

 さて、ここまで小説家であり、詩人でもある松浦寿輝の「イメージ」論について私なりに読解を進めてきた。その上で、やはりイメージを近代化する上で重要な概念となったものとして、ベンヤミンのいう「アウラ」を挙げなければならない。エッフェル塔に象徴される像の大量生産と流布、そしてリュミエール兄弟やマレーにおける「映画」における「ショット」の出現――これらは共に松浦が前近代と近代を差異化する「原理」として考えていた二大ポイントである。他方で、こうした均質化された「像」の増殖に抵抗する芸術家たちも登場した。その代表例が、プルーストの『ソドムとゴモラ』、マラルメの『ディヴァガシオン』などに見出される。松浦は彼らの作品を読解する過程で、共に「アウラ」が志向され、複製化可能な「像」とは全く異質な「貌」としてのイメージが追求されていたことを提示していく。プルーストはそのつど微分的差異を持って「反復」されるイメージの再現として物語を織り成した。彼は掛け替えの無い過去の体験を、ほんの些細な何かによって「想起」するという「奇蹟」に、一種の「アウラ」を見出した。他方、マラルメは圧倒的な物質性を追求し、ページを空虚な記号で埋め尽くすことによって逆説的に「エクリチュール」そのものの星座を描出した。彼は記号の海のどこかにはおそらく「至高の記号」が存在していると考え、これを信仰した。
 では、現代社会において枠付けられたイメージの典型として浮上するのは何なのだろうか? それはマラルメが「枠」として認めた紙のページではなく、画面の「ページ」であろう。松浦が丁寧に辿った「平面」の発展を今後も継続して考える場合、我々は不可避的に最新のテクノジャーナルと思考を並走させる必要があるだろう。また、ベンヤミンの「アウラ」の概念においても、『「場所」論―ウェブのリアリズム、地域のロマンチシズム』で丸田一氏が述べていたように、Web上に存在するギブスン的な「疑似アウラ」の宿った聖域という「イメージ」は、今後ひとつの参照点にはなるだろう。私は今、このテクストをMacBook Airで執筆しているが、指を少し動かしただけで別の画面を同じ平面上に立体的に表示することができる。映画も紙も「平面」であるが、平面上に立体を仮設することは常に可能である。また、近い未来、それこそ空中の至るところに画面を開き、指でタップして閉じるようなシステムが成立すれば、これは最早「平面」ではなく、「空間」としての「Web」であって、本を読む時も我々は「平面」を開くようにして読むのではなく、空間を、どのような姿勢からでも、あるいは食事中でもバスタブでも、どこでも、どのようなサイズでも開くことができるようになるだろう。この時、初めて松浦の『平面論』におけりシネマ的単位たる「ショット」は互いに折り畳まれてキューブ化し、「空間」論へと姿を変えるだろう。換言すれば、おそらく本書は二十二世紀後半あたりの読者にとっては、イメージの「空間」論の「序章」として位置付けられるのではないだろうか。私には、そんなわくわくさせられるような熱い期待が膨らんでいく……。

【本書で掲載された図版】

「絵画関連」

・エッフェル塔の当時の絵
・ダリ《風景の中の謎めいた諸要素》
・アンソール《悪巧み》…「群衆」概念のイメージ
・ウォーホル《マリリン・ディプティック》…「像」の増殖性のシンボル

「映画関連」

・エティエンヌ=ジュール・マレー《ギャロップで疾駆中の馬》…「ショット」
・ヒッチコック『サイコ』、『めまい』
・小津安二郎『春秋』
・メリエス『月世界旅行』
・デレク・ジャーマン『ブルー』
 







平面論――1880年代西欧 (岩波人文書セレクション)平面論――1880年代西欧 (岩波人文書セレクション)
(2012/10/24)
松浦 寿輝

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