† 神秘主義 †

「アダムとリリスによる祭壇画」

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エデンの園において、アダムとイヴは何をして暮らしていたのであろうか。正統的な解釈からは外れるが、アダムにはリリスという別の女が存在していたとされている。ウィキペディアに詳しい説明があるので、以下に紹介しておきたい。


リリス

リリス(Lilith)は、本来はメソポタミアにおける女の夜の妖怪で、「夜の魔女」とも言われ、男児を害すると信じられていた。 聖書の『イザヤ書』においてはリリス(לִּילִית, 標準ヘブライ語ではリリト Lilit)は夜の妖怪か動物の一種だった。 ユダヤ教の宗教文書タルムード及びミドラッシュにおいては、リリスは夜の妖怪である。しばしばアダムの最初の妻とされるが、この伝説は中世に誕生した。

アダムの最初の妻としてのリリス

『創世記』1章27節のくだり「神は御自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。男と女にかたどって創造された」(アダムの肋骨からエヴァが誕生する前の節である)は、アダムにはエヴァ以前に妻がいたということだ、と信じられることがある。
リリスがアダムの最初の妻であるとした中世の文献は『ベン・シラのアルファベット』(en:The Alphabet of Ben-Sira)で、8世紀から11世紀ごろにかけて執筆された(著者不詳)。それによれば、リリスは性行為の性交体位におけるアダムの支配的地位を拒否し、そして彼を捨てて去っていった(「彼女は『私は下に横たわりたくない』と言い、彼は『私はきみの下になりたくない、上位にしかいたくない。きみは下位にしかいてはならないが、私はきみより上位にいるべきだ』と言った」)。リリスはただちに神の名を口にして、空を飛び、エデンの園を去り、紅海沿岸に住みついた。
リリスは紅海沿岸でアスモダイやほかの多くの悪魔たちと関係を持ち、無数のリリンたちを生んだ。アダムは神に、リリスを取り戻すように願った。そこで3人の天使たちが彼女のもとへ遣わされた。セノイ(en:Senoy)、サンセノイ(en:Sansenoy)、セマンゲロフ(en:Semangelof)という3人の天使たちである。天使たちはリリスに、「逃げたままだと毎日子供たちのうち100人を殺す」と脅迫したが、リリスのほうは「永遠にアダムと(現在の妻の)エヴァの子供たちを餌食にするが、その子供たちはただ3人の天使たちを召喚することによってのみ守られるだろう」、(アダムとエヴァの子供たちを守れるのはその三人の天使だけであり、天使たちはアダムとエヴァの子供を守っていろ、こちらには構うな、という意味だろう。)と言い返した。彼女はアダムのもとへは戻らなかった。
『ベン・シラのアルファベット』の背景と目的はよくわかっていない。この書物は聖書とタルムードの英雄たちの物語集成であり、民間伝承を集めたものなのだろうが、キリスト教やカライ派などの分離主義運動に反駁するものでもあった。内容は現代のユダヤ教徒にとっても攻撃的なものなので、これは反ユダヤ主義的な諷刺であるとさえする説もある[4]。とはいえ、どちらにせよ、このテクストは中世ドイツのユダヤ教神秘主義者たちに受け入れられた。
『ベン・シラのアルファベット』はこの物語についての現存最古の資料だが、リリスがアダムの最初の妻であるという概念は17世紀ごろヨハネス・ブクストルフ(en:Johannes Buxtorf)の『タムルード語彙集』(en:Lexicon Talmudicum)によってようやく広く知られるようになったに過ぎない。
19世紀終わりごろ、スコットランドのキリスト教徒ジョージ・マクドナルドはアダムの最初の妻、エヴァの子供たちを襲うものとしてのリリスについての物語をロマン主義的な幻想小説として発表した。

近代の呪術・魔術

エルサレムのイスラエル博物館所蔵の18・19世紀のイランの新生児用護符は鎖につながれたリリスを描き、両腕の下には「鎖につながれたリリス」と書かれている。
アレイスター・クロウリーの『De Arte Magica』ではサキュバスとされている。

※参照 Wikipedia



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我々は前回、現代イタリアを代表する哲学者、美学者であるジョルジョ・アガンベンの『開かれ』を読解し、その記録をこのブログに公開した。あの本での現代的なテーマは、人間と動物が存在論的に厳格に差異化されてしまっていることを暴き出し、近代の動物学の「ホモ・サピエンス」の定義にまで戻って、改めて双方の「境界性」を問うという、非常にスリリングで刺激的なものだった。
ここに今、数枚の作者・時代不詳の絵が存在する。これらの絵の舞台は、共に「楽園」に存在している裸体の男女という点で、我々を『創世記』のあの原初的光景にまで遡行させる。しかし、正典には繰り返すがアダムとイヴが楽園で交わっていたという記述などない。だとすれば、この得体の知れない女は一体何者なのであろうか?

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実は、これらどの絵にも「動物」が描かれている。特にこの一枚は、まるで「猿」が二人の悦びを称揚しているかのようだ。「動物」がこの絵において、「肉慾」のアレゴリーとして登場していると考えるべきである。だとすると、この絵は楽園時代におけるアダムとイヴ(リリス?)の愛を、徹底的に肉体的な次元で描いたもの――すなわち「動物化したアダム/イヴ」として、注目に値する。
エデンにおいて生起した「蛇の誘惑」による「原罪」以前に、アダムとイヴは互いに羞恥心というものを知らなかった。彼らは堕罪して初めて、互いの性を知るのである。従って、原罪以前に「アダムがイヴを知る」とか、聖書で頻繁に用いられる「床に入る」行為は起きなかったと解釈するのが自然である。二人がカインとアベルを生むのは、楽園追放後なのだから。
だとすれば、楽園でこれ程までにアダムが耽溺している行為は、どのように説明すべきなのだろうか? 考えられるのは、やはり「リリス」しかないのではないか。イヴ以前にアダムと肉体的な繋がりを持っていた彼女は、彼に「快楽」を与えていたと考えられる。

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この絵でも、周囲を取り巻く猿たちが二人の肉慾を讃美している。

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だが、この最後の絵を前にして、我々は一つの疑問を抱く。彼らは果たして真にアダムとイヴ、或いはリリスなのだろうか? 17世紀に活躍したライプニッツによれば、この世界は神が選択した「最善世界」であり、実はこうなっている可能性もあったという「可能的世界」が並行的に、無限に存在しているとされる。つまり、ライプニッツの可能世界論的に思考すれば、この二人はやはり「可能的アダム/イヴ」なのだ。
では、何故二人はこれ程「肉慾」を愉悦しているのであろうか? まるで彼らは、「罪を犯す悦び」に目醒め、性の虜になったかのようである。おそらく、この二人は既に蛇に誘惑されている。そして、神から追放を命じられている。だが、神の目を盗んで、彼らはエデンに潜み、秘められた愛欲に現を抜かしているのではないか。この途方も無い「性の祭壇画」は、まるでパゾリーニの『サロ』に登場する居城の廊下に掲げられた異端的、かつ魔術的な記念碑のようではないか。



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