† 貴族文化 †

「空虚」を「満たす(emplir)」存在としての「襞(pli)」――吉田典子「ゾラ『獲物の分け前』におけるモード・身体・テクスト」読解

Leading Photographer Irving Penn2
Leading Photographer Irving Penn

 『身体のフランス文学』所収の吉田典子氏(神戸大学国際文化学部教授/19世紀フランス文学・社会文化史・視覚文化論)による論稿「ゾラ『獲物の分け前』におけるモード・身体・テクスト」(八章「空虚と襞」)を読解したので、その記録を残す。
 ゾラが1872年に刊行した『獲物の分け前』は、「ルーゴン=マッカール叢書」の一冊として、第二帝政期のパリ改造計画を舞台にしている。この叢書シリーズは、近代的消費社会をテーマにして刊行されたものだ。本作に登場する人物のうち、まずサカールは資本主義的な金銭原理の象徴として描かれている。もう一人、ファッション・モードの「消費」のシンボルとして描出されているのが、氏の注目するルネという女性である。
 ルネとは何者か? 彼女はエンマ・ボヴァリーと似ていて、流行への強烈な関心と上流階級への憧憬を抱く女性である。この当時の女性のモードはファッション史でも馴染み深い「クリノリン」スタイルであり、ルネも「過剰なまでの〈襞〉への志向」として、この優雅なスタイルを競っている。他方、ルネのモードにはもう一つの極があり、それが「半裸体に近いスタイル」、肉感的で露出度の高い男性向けのセクシーさを狙ったスタイルである。このルネの二極的なモードは、当時の第二帝政期の女性のファッションへの欲望を知る上で貴重な資料となる。ヴェブレンの『有閑階級の理論』によれば、優雅を競い合う彼女たちの消費は「誇示的消費」と呼ばれ、とりわけ婦人服において集中している。彼女たちが表示しているのは、自身の美的洗練さだけではなく、夫である男性の「社会的ステータス」である。この限りで、いかに妻のファッションが洗練され豪華であるかということは、男性社会での社会関係資本、経済資本、文化資本などの各資本種を表示する記号表現であるといえるだろう。氏も、ルネの身体は当時の社会・文化の消費傾向を表示する「記号」であると述べている。身体ほど、最も記号的な場は他にないのかもしれない。
 ルネにはモデルが存在する。「ハートの女王」の写真でも印象的なカスティリオーネ伯爵夫人(1835-99)である。彼女が華々しく活躍した時代は第二帝政期は「ナポレオン三世様式(エクレクティスム)」であり、ファッションだけでなく建築においても過去の様々な様式を折衷する多層的でインターテクスチュアリティックな時代であった。換言すれば、様々な様式を混在させた、ポップでキッチュなスタイルである。こうした時代背景の象徴として、ルネの身体は時代のモードを試す実験の場となっていく。
 ルネは「ナルキッソスとエコー」の物語において、エコーの役割を持っている。そして、氏はルネにファッションそのものの本質を見出しているのであるから、ファッションとは神話的に言えば「エコー」と何らかの接点を持っている。この相関について、氏は以下のように述べている。

「妖精エコーとは、他者の声を反復することしかできず、自ら言葉を発することはできない存在である。それは虚ろな、響きだけでの存在であるといってもよい。ルネの生身の身体は、その表層において他者の声を反響し続けているうちに、あたかも実体を失ってしまったかのようである。ヴァルター・ベンヤミンは『パサージュ論』の中で、「〔モードは〕有機的な存在と抗争しながら、生気に満ちた肉体を無機の世界に媒介し、生けるものに死体の掟を認めるのである」と書いて、モード自身のもつこのような宿命を看破している」(p210)


 時代の流行を「反射」し、ただ鏡像的に模倣することしかできないルネ――彼女は大文字化されたファッション、あるいはファッションの擬人化に他ならない。そして、このファッション業界の、表層だけはめまぐるしく交替するにも関わらず、本質までもが表層へと反転する構造そのものに、氏は「エコー」(むしろそれはナルキッソスと合一したエコーといえるのかもしれないが)を見出しているのである。
 この時代のモードにおけるシンクレティズムがよく判るエピソードとして、ゾラは舞踏会の一幕にtableaux vivants(活人画)を設定として取り込んでいる。これは過去の絵画を写真によって再現した上流階級の仮装趣味色の強い娯楽であり、女性たちは様々な衣裳に身を包みながらポーズを取る。今で言えば、漫画やアニメのキャラクターの衣裳を纏って、それらになりきろうとする文化とも通底しているだろう。
 ファッションの本質とは何であろうか? 氏は、それをゾラの描き出したルネというモードの牽引者から導き出す。ゾラは、明らかにルネをle vide de son être(存在の空虚)として描いている。しかし、ルネはファッションという救いによって、それをemplir(満たす)。この動詞の中に、実は既にpli(襞)が入っている。換言すれば、ファッションとは常に表層を満たさなければならないものであり、幾重にも襞を張り巡らすことで、「空虚」に覆いをかけるものとしての性格が浮かび上がるのである。ファッション、それは全て「表層」であり、ルネの場合、空虚にまで辿り着く「悲劇」であった。彼女は最終的に財産をファッションに吸い取られ、借金苦に苛まれた果てに自殺を遂げるのである。この過剰な記号消費の劇的な結末は、近代資本主義における経済原理のアナロジーになっている。ゾラは消費社会を描く上で、「ファッション」という最も流動性が高い界に着目した。そして、その界に内在する「襞」によって空虚を「満たす」という原理を小説化することで、カフカとはまた異なる様態で近代資本主義社会の病理を描いてみせたのである。



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~ Comment ~

☆親愛なる智さま☆

先日は とっても素敵なメールをありがとうございました。

智さまに お願いがあるのですが・・・

私のイメージの名前を考えてもらいたくて・・・

サロンをしているのでMadam Saccoなのですが
私のイメージは若いらしく魔女や姫と呼ばれるのです。

何かしら 良いお名前が浮かびましたら 教えてください(*^_^*)


聡子
[2013/05/17 16:04]  聡子  URL  [ 編集 ]

追伸です

アレキサンダーマックイーンのような
感じをイメージしているのですが

キーワードはマリア 薔薇 破壊 再生 建築
アテネ 神 女帝 唯美 といったところです
[2013/05/17 18:32]  聡子  URL  [ 編集 ]

*親愛なる聡子様へ*

★親愛なる聡子様へ★

こんばんは、聡子様!*
貴女らしい素敵なコメントを寄せて下さりありがとうございます。
名前ですが、少し御時間をいただけるのであれば是非考えてみたいです。
マックイーンは、 McQUEENと綴ると確かにどこか洗練されたオシャレな印象を与えますよね。
女性名で考えてもよろしいのでしょうか?
私が聡子様に感じているキーワードの中で、エレガントで神秘的な「女王」としての力はとても強いものがあります。
だから考えるに当たって、高貴な意味、来歴を含む名前であるべきですよね。
蛇足かもしれませんが、敬愛するプルーストはGuermantes(ゲルマント)という名前そのものに高貴さを感じていたようで、それを主人公が敬愛し続ける貴婦人の名前に与えておりました。
他にもメゼグリーズや、オデット・ド・クレシーなど、語感の良い美しい名前が多いです。
ちょっと真剣に考えてみますね!

では、またの夜に。。。*


貴女の良き友、智より
[2013/05/18 23:18]  satoshi  URL  [ 編集 ]

☆親愛なる智さま☆

McQUEEN 少し記入方を変えますと素敵ですね♪

私は智様の文章や感性がとても好きですので
名前を考えてもらえて嬉しいです(*^_^*)

名前は女性名でお願いします♪

イニシャル的にSとMが入りますと馴染みがあります。

いつまでも お待ちしております♪

ここ数日 勉強や空想に時間を費やしておりますので
また 詩を執筆しようと想っております。


聡子
[2013/05/20 08:41]  聡子  URL  [ 編集 ]

*親愛なる聡子様へ*


*聡子様へ*

御返事が大幅に遅延してしまい大変申し訳ございません。
実はこの三週間程、色々と機会を得ては御名前を考えておりました。
SとMを入れるという御要望でしたので、Sではソフィー、シャルロット、ジュヌヴィエーヴ、ソフィアなどをイメージしました。
Mでは、マリアンヌ、マリー、マリーアなどの聖母的な名前がイメージされます。
ただ、私は直観的に、ヴィヴィアーヌ、イザベラ、ダイアナなどが聡子様から浮かんできました。
聞き慣れないヴィヴィアーヌという名前は、中世の妖精物語に登場する「湖畔の貴婦人」を意味しています。
アレキサンダー・マックイーン的な名前は、女性名ではなかなか思い付くことができませんでした。
ただ、リルケの『マルテの手記』に登場するエレオノーラ・ドゥーゼという美しい名前や、コンスタンティン・ブランクーシの愛人だったアイリーン・レイン、あるいはアリスとか、キャロル、森茉莉風にルゥルゥ、などといった少女の名前も、聡子様のエレガントなイメージに乙女チックな雰囲気を添えるので良いと思います。
色々と書きましたが、最終的には聡子様が御決めになられるべきだとも感じます。
プルーストの作品に登場するスワンという人気の高い登場人物の紳士がおりますが、彼が愛好した音楽家の名前に、ヴァントゥイユ(男性名)があります。
あるいは、私の理想かもしれませんが、ゲルマント公爵夫人の愛称であったオリヤーヌも、聡子様に合いますし、貴女様の御写真を想像すると、「オリヤーヌ」という言葉はかなりぴったり合うような気がします。
いずれにしても、とても難しい問題でもあるので、最後は聡子様のインスピレーションで決めた方がよろしいでしょう*

今回は頼まれたのに遅れてしまって申し訳ありません。
私は聡子様の存在に魅力を感じていて、きっとそこには貴女の美しさという要素もあるのでしょうが、それ以上にどこかミステリアスな雰囲気に惹かれるのです。
特に、私が詩で永劫回帰をテーマにしたものを書いたのは、間違いなく貴女の影響によります。
こういう特別な女性は、なかなか探しても見つかりません***

貴女の友 智より
[2013/06/06 11:42]  satoshi  URL  [ 編集 ]















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