† 映画 †

父と子が交互に演じる「赦し」の神――エミール・クストリッツァ『パパは出張中』

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パパは、出張中! [DVD]

 ボスニア・ヘルツェゴビナ出身の世界的な映画監督エミール・クストリッツァがカンヌ国際映画祭でパルムドールに輝いた名高い『パパは出張中』(1985)を観たので、その記録を残しておく。まず、その前に本作を観る上でボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエヴォ(映画の舞台)の近現代小史をざっと振り返っておこう。
 サラエヴォは多宗教都市として非常に有名で、イスラム教、ギリシア正教会、カトリック、ユダヤ教などが長年共存してきた。1945年に、チトー率いるパルチザンの抵抗によってナチスから解放され、以後は急速に都市開発が進展していく。1953年にはユーゴスラビア大統領にチトーが就任し、チトー主義とも呼ばれる独自の自主管理社会主義を進めていく。映画の時代設定は1950年とその二年後であり、チトー政権が誕生する直前の時期に相当する。既に作中で、少年マリクの学校式典演説を通して、「チトーとユーゴ共産党」に対する讃歌のフレーズが登場している。チトーの自主管理社会主義政策については、同じ社会主義でもスターリンから対立を買い、コミンフォルム、及びコメコンからは追放されるなどの処置を受けているが、現在のチトーに対する評価が極めて高いことは知っておかねばならない。チトーの政策はソ連からは社会主義からかけ離れていると批判されたものの、西側諸国からは好意的に捉えられており、概してチトー時代の旧ユーゴはそのカリスマ的指導力によって平和の内に統一されていた。チトーが現在でも評価されるのは、まとまるはずのない「ヨーロッパの火薬庫」とも称された多民族、多宗教地域を一つの国家にまとめあげたその政治的手腕とカリスマ性にあるようだ。しかし、チトーの死後、国家は混乱に陥り、1992年から96年にかけてはボスニア・ヘルツェゴビナ紛争が勃発している。95年のデイトン合意以後、サラエヴォは再び復興の兆しを見せ始め、現在では高層ビルが建ち並んでいる。監督のクストリッツァは1954年生まれで、両親は裕福なムスリムであった。このように、クストリッツァと「祖国」の問題を考える上で、彼が生まれる一年前に大統領に就任した政治的カリスマとしてのチトーの存在は避けて通れない。
 主人公の少年マリクは1944年生まれで、パパが出張から帰って来るのを待っている。パパ、メーシャは小学校で体育教師をしている若い愛人アンキッツァを連れており、列車内では「離婚して欲しい」といった問答が起きている。この時、メーシャが列車内でたまたま見ていた新聞のカリカチュアは物語の中盤に大きな影響を与えるので見落とせない要素だ。それはマルクスの書斎にスターリンの肖像画が掲げられているというものである。これを愛人の前で批判したために、メーシャは後に大きな苦労を強いられることになるのだった。
 帰宅したメーシャには二人の息子と良き妻セナ、そしてセナの老いたる父がいる。社会情勢は「体育」を国家ぐるみで推進するなど、どこか雰囲気として戦中の日本にも似ている。一家はユダヤ教徒で、マリクは割礼を受ける。このように、初めは旧ユーゴスラビアという国の文化、社会的背景が一つの「家族」に焦点を当てて描き出されている。ちなみに、メーシャの容貌はサルバドール・ダリに少し似た、ダンディーな印象を受ける。
 ある日、メーシャはセナの兄から突然労働キャンプに向かうよう指示される。どうやら愛人が絡んでいる様子だが、「何故突然解雇されるのか」という原因については隠蔽されている。この辺りの、中流階級に属し平穏に暮らしていたメーシャが突然職を失うという設定は、どこかカフカ的な不条理を感じさせる。無論、ここには当時のチトー時代の政策が背景として横たわっているのだが、現代からすればどこか奇怪で不穏な展開に感じられる。マリクはサッカーボールを買うのを我慢して、稼いだお金を兄と一緒に母親の机に置く。母は内職で家計を支えるが、夫が急に不在になってしまった悲劇に耐えることができない。彼女の表情は暗く、冷たく接する兄にも失望の色を深めていく。
 月日は流れ、メーシャは久しぶりに妻セナと息子たちに再会する。彼らが抱き締め合う描写が本当に素晴らしい。彼らの演技はあまりにも自然であり、クストリッツァはおそらく「演じさせて」いないのだろう。細やかな仕草、アドリブまでが「家族」の深い結束感と愛情を伝えさせている。久々にベッドを共にしようとする夫婦の時間を奪うために、マリクが鈴を鳴らしてイタズラするという喜劇的な場面も挿入されている――この辺りのユーモアは、クストリッツァでは御馴染みの演出だろう。セナはやがて、夫が不条理な状況に陥った理由を探り始める。どうやら「愛人」がいて、彼女が絡んでいるということを知った彼女は小学校まで出向いて行って仕返しをする。愛人アンキッツァが具体的にどうのような女性であるかは描かれていないが、列車内のわずかな台詞から、おそらく彼女も「愛」に餓えていたことは想像に難くない。男性としてのメーシャには、女性にとって魅力的な包容力、優しさが備わっているのだろう。セナと息子たちはメーシャのいる労働キャンプの存在する街へ引っ越す。分裂の危機に曝されながらも、固く結ばれ合う「家族の絆」という普遍的なテーマがここに現前する。
 とはいえ、夫の浮気を知ってしまったセナとの新しい同居生活はけして良好なものではなかった。喧嘩してはそこにマリクが、ただ母親を抱き締めるだけの行為を見せるかたちで見事な「仲裁」に入り、その弟の姿を兄が涙ながらに眺めている――そんな深い印象を残す場面が描かれている。夫婦生活の危機を救う存在、それは彼らの「子供」なのだ。マリクは無垢な存在として描き出されており、夢遊病のように夜になると一人で街を歩き回るその姿はどこか神聖な「道化」に近い力を感じさせる。
 マリクは新しい街の学校でマーシャという少女に恋をする。異性の存在に最初は緊張を隠せないマリクだが、やがて一緒にお風呂に入るほど仲良くなる。この場面では幼い彼らが互いの性的差異を早くも意識し始める様が描かれている。しかし、二人にはやがて別れが訪れる。マリクは「世界中の誰よりも愛する、僕自身よりも」という、この年齢にしては伝説的なまでの愛の言葉を彼女に贈る。サラエヴォに帰還できることになった家族一行だが、マリクには初めての恋を一途に捧げたマーシャとの別れが待っているのだった。
 それから二年後(1952年)、妻セナの弟の結婚式がアットホームな雰囲気の中で開かれている。ここには、関係が疎遠になっていたセナの兄(メーシャを労働キャンプに送致した男)も招待されている。ここでメーシャと彼との問答が素晴らしい。彼は自分の罪を悔いており、私を赦すのかと問う。メーシャはただ、「赦すのは神だ」とだけ返す。ここには、おそらくこの映画の中でも最も深い言葉の重みを感じる。裁きと熱情の神として認識されることの多い旧約の神は、「イサク献身」の挿話にもあるように、高度に深い「慈愛」と「赦し」の神に他ならない。ユダヤ教徒であるメーシャが、神の御言葉をさり気なく代言する特別な場面である。セナの兄は、妹から赦しを得ようとするが、彼女の態度に自分の罪の重さを目の当たりにして、悲劇的な様子で皿に額をぶつけて血を流す。
 一方、結婚式には愛人アンキッツァも招待されていた。そのことを知らなかったのか、メーシャは映画のラストで自分を当局に売って悲劇を強いたこの女性を誰もいない部屋に連れて行く。そして、激しい怒りと彼女の涙ながらの「赦し」の中で、二人は再び肉体的な愛に溺れていくのだった。二人のこの時の会話から、アンキッツァが彼を売ったのは自分のために離婚しれくれなかったことへの逆恨みが働いていたことが判る。そして、彼女は「愛していた」と言い、「兄妹だもの……」という言葉を残している。この秘密の情愛の場面を、サッカーに夢中になっていたマリクが察知する。彼はまるで新しい「悲劇」の誕生の萌芽を観察する神の如く、どこか寂寥感を宿した眼差しで自分の父親と母親以外の女の抱き締め合う姿を見つめている……。
 クストリッツァの『パパは出張中』は、よくある月並みな「家族愛」をテーマにした作品ではない。この映画は、父と息子が交互にユダヤ的な「神」を熱演する稀有な空間を描出している。父が妻以外の女を愛した罰に「赦し」を与えたのは、おそらく深い次元において息子のマリクだったのだろう。かと思えば、物語のラストで再び愛人を抱く父の姿を、どこか冷たい寂しげな眼差しで眺めるのもまたマリクである――父を見守る「旧約の神」としての少年。一方、セナの兄に対しては、彼が「赦し」を与える存在の役を担っている。時代はその後、指導者チトーを失い、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争へと向かっていくことになる。本作はまだこの国が平穏であった時代を描いた、父と彼を見守る息子の姿を描いた名作である。

 
 
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