† 文学 †

『チロヌップのきつね』に描かれた聖なる愛


チロヌップのきつね (きんのほしストーリー絵本)チロヌップのきつね (きんのほしストーリー絵本)
(1972/08)
たかはし ひろゆき

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 久しぶりに素晴らしい絵本を読みました。まず、この絵本を紹介して下さった私の大切な女性に心から感謝を捧げます。
 『チロヌップのきつね』は、「チロヌップ島」という小さな島で暮らしているキツネ親子の物語です。チロヌップという言葉が何を意味しているのかというと、これはアイヌ語で「キツネ」を表すそうです。この島には、「きつねざくら」という花が豊かに育っていて、この物語の中の重要な場面でも登場します。きつねざくらは、やはり北海道の呼び名で、「さくらそうに化けそこねた花」という意味があるようですが、とても美しく神秘的な植物として登場しております。
 お父さんぎつね、お母さんぎつね、そして二匹の可愛らしい子供ぎつねたちについては、以下のように描写されています。

ふりつづいた ゆきが やんで、しまのまわりに
いちめん こおりのかたまりが ながれついた。
しらかば林のおくの あなの中で、きつねの子が
2ひき うまれた。

ぼうやぎつねは げんきもの。よちよち あるいて
そとへ でる。
めすの ちびこぎつねは あまえんぼ。いつまでも、
かあさんぎつねの おっぱいから はなれない。(p4)



 このように、男の子のぼうやぎつねは活発ではしゃぎ回り、元気いっぱいです。おそらく妹のちぎこぎつね(ちびこ)は大人しい少女のような性格で、お母さんのことが大好きでけして離れません。のどかで、平穏な家族愛の姿がきつねの慈しみ深い親子の姿を通して丁寧に描かれています。
 ある日、一人の人間の心優しい御婆さんが、家族のもとから離れてしまったちびこを発見します。そして、しばらくの間面倒を見てあげることになります。御婆さんはちびこに赤いリボンをつけてあげて、結び目に「きつねざくら」を飾ります。御婆さんはこの島に存在する可愛らしい「むすめじぞう」を拝みます。この花がちびこに飾られるということが、後半でとても大切な、それでいて神秘的でもある出来事へと繋がります。無事に家族のもとに戻ることのできたちびこは、再び幸せな生活を送ります。
 けれども、人間たちはその時、戦争をしておりました。戦火は平穏なここ、チロヌップ島までやって来ます。ある日、兵隊たちがキツネ親子の姿を見かけて、ぼうやがぎつねが撃たれてしまいます。お母さんぎつねも重傷を負います。ちびこは後ろ足を人間の作った罠に捉えられてしまい、身動きがとれません。そこで、お父さんぎつねはわざと「身代わり」になるために、人間たちの前に躍り出て注意を逸らします。ちびことお母さんぎつねの二匹だけは、お父さんぎつねの命懸けの行動で見つからずに済みましたが、お父さんぎつねは命を落としてしまうのです。
 それから、足を捉えられたままのちびこに、深手を負ったお母さんぎつねが懸命に食べ物を運びます。足さえ自由になれば、ちびこは元気に動くことができるのですが、お母さんぎつねの力だけではどうにもならなかったのです。この時のお母さんぎつねの様子は、お父さんぎつねと同じく我が子のために「命を賭ける」という普遍的な愛を感じさせるもので、とても劇的に描かれております。

ゆきが ふりはじめた。
かあさんぎつねは、あるくことさえ
くるしくなってきた。
木のみや 小さな むしなどを みつけるのが
やっとだった。
あたりは、いちめん ゆきで まっしろになった。
ちびこは、うっすらと 目をあけてみた。
そこから、ちらちら まいおちてくる ゆきが、
きつねざくらの はなのように みえた。(p36)



 印象的なことに、ここでも雪は「きつねざくらのはなのように」と形容されております。それから歳月が流れ、やがて人間社会の忌まわしい戦争が終わりを告げます。あの時の心優しい御婆さんが、御爺さんを連れて再び島にやって来ます。すると、平原にはきつねざくらの花が咲き乱されていました。親子ぎつねのいた場所には、特に豊かに、まるで二匹が「花」へと転生したかのように陽光に照らされて燦爛と輝いております。御婆さんには、きっとこの時、何が起こったのかが判ったのでしょう。先に述べたように、御婆さんはちびこに赤いリボンを巻いてあげ、その結び目に「きつねざくら」の花を飾ってあげたのでした。
 これは私が読み終わって感じ入ったことなのですが、きっとちびこの家族に起きたことを察したむすめじぞうが、不思議な「奇蹟」を起こしたと考えることはできないでしょうか。それはつまり、親子ぎつねがその深い家族の絆を通して、「きつねざくら」としてかたちを変えて生きているということです。チロヌップ島の自然の逞しさと、生命が続いていく神秘を感じずにはいられません。こうした「花への転生」という美しくて神秘的なテーマの他に、この絵本には「愛による身代わり」というとても普遍的なテーマが描かれています。絵本として、実に素晴らしい作品で、久々に少年時代によく親しんでいた絵本という存在に触れることのできた私に大きな印象を残しました。動物を通してこれほど深いテーマに迫ることのできる家族愛の力に、改めて大きな魅力を感じました。
 もっと多くの方に、この絵本が読んでもらえれば素晴らしいと思います。そして、このような素敵な物語を教えて下さった彼女が、私の中でますます大きくなりました*



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