† モーリス・ブランショ †

次の百年の文学のための最重要概念――郷原佳以『文学のミニマル・イメージ モーリス・ブランショ論』読解

  真 JULIA NOBIS BY DEREK HENDERSON FOR RUSSH #34 のコピー
JULIA NOBIS BY DEREK HENDERSON FOR RUSSH

【郷原佳以のモーリス・ブランショ論について】

 ジャック・ランシエールによれば、ブランショの文学理論は「イメージの終焉」という体制が行き着いたひとつの到達点であり、ブランショはイメージとの癒着から脱却した純粋なエクリチュールを志向した思想家であるとされる。郷原氏はこれを「現在多くの読者のあいだで共有されているブランショ像を要約的に示すもの」として、そこから全く別の新しいブランショ像を提示していく。その前に、序論ではブランショが追求した最も重要な概念として「エクリチュール」が挙げられるが、これを支える諸概念として以下(従来までの解釈)が列挙される。

「ブランショのエクリチュールを支える諸概念」

・非人称性
・不在
・〈ひと〉、〈彼〉
・死ぬこと
・脱作品化
・外
・彷徨
・繰り言
・中性的なもの
・あいだにある対話
・断片的なもの


 これらにより60年代の構造主義的文脈における「作者の死」を準備したと評されるが、次の百年の文学の最重要概念を用意したとも目されており、ブランショ読解は現代文学を知る上で最早必須のイニシエーションである。郷原氏はそのブランショ論において、「イマジネール・ミニマム(最小限の想像的なもの)」という概念を核にして幾つかの諸概念を提示している。

【ミニマル・イメージ】

 ブランショの「イメージ」概念には以下の二つの特徴がある。一つは、「事物を捉え直す助け」になるもの。もう一つは、「現前としての不在へと送り返す」ものである。郷原氏は、後者の意味でのイメージを特別に「ミニマル・イメージ」と呼称する。では、「現前としての不在」とは何であろうか? 現前を考える上で重要なのは「今」の語源的解釈である。郷原氏は注p25の47で、「今」の興味深い語源について言及している。それに拠れば、maintenant(今)の語源はmain(手)でtenir(支える)であり、「現前」は常に何かによって「支えられている」ものである。ブランショはこのmain(手)に「不在」を見出しているのだろうか? 「現前としての不在」と彼が述べる時、その「支える」ものとしての手自体が、存在していないことを意味しているのだろうか? 
 ミニマル・イメージは第一のイメージの概念「事物を捉え直す助け」と切り離せないものだが、第一のイメージを支えつつそれに抵抗し、滞留するイメージである限りで、その「イリヤ」として「ある」(p107)。ミニマル・イメージは何ものかのイメージとして同定されることはないが、けして「無」ではなく、不透明な厚みをもった物質として「ある」。この場合の「ミニマル」について郷原氏は、ミニマル・アートがそうであるように、現実あるいは想像上の何ものかに送り返されることを拒む「重み」を有するものとして解釈している。それは端的に、「何もののイメージでもないけれどもイメージであるという意味で、イメージ化を拒む最小限のイメージなのである」(p107)。このように、ブランショはレヴィナスのような「イメージのイコノクラスム」とは距離を置き、「無神論的な反イコノクラスト」という立場を採用する。
 この概念は本書の結論「文学にイメージが〈ある(イリヤ)〉というこの〈驚異〉」においても改めて定義される。その記述によれば、ミニマル・イメージとは「表象的イメージを可能にすると同時にそれへの抵抗の条件ともなるような、イメージの零度のことである。このイメージの〈イリヤ〉が、文学の中心にあって文学を支えているのである」(p306)。また、ブランショのミニマル・イメージの概念は、松浦寿輝氏の『平面論』における「貌(かお)」の概念に相当すると、郷原氏は述べている。「松浦寿輝は『平明論』において、近代の空間を特徴付けるイメージを二種類に分割し、対象から等距離を保ちつつ再現してゆくイメージを〈像〉、不在を密着的に触知させつつ反復されるイメージを、ブランショの名と結び付けながら〈貌〉と名付けており、…ブランショのイメージにアプローチしようとする本章の観点は、後者の命名に通ずるものと思われる」(註p21、2)と述べている。正確に言えば、松浦氏が〈貌〉の概念を導出する際の発火源となったのはブランショではなくプルーストの『ソドムとゴモラ』における、「祖母の想起」の描写である。彼はそこにアウラを感じて、大量複製可能な像としてのイメージとは異質な一回性の聖なるイメージを見出したのだった。郷原氏は、この〈貌〉に、「ミニマル・イメージ」の概念が通底していると述べている。

【rien(無)とは、常に既にpresque rien(ほとんど無)である】

 郷原氏は、ブランショにおける「ミニマル・イメージ」の概念を抽出するために、(1)オルフェウス(2)バルザック『知られざる傑作』(ラストに描かれる神秘的な「カトリーヌ・レスコーの足」)について言及し、これらから共通して同じ概念を導き出している。それは、ブランショという作家がどれ程「イメージ」を捨象しようとしても、最小限の「ミニマル・イメージ」を浮上せざるを得ないということを証明するものである。ここで郷原氏がいう「イメージ」は、実質的にブランショの規定する意味でのrien(無)を言い換えたものとなっている。元々、rienという語はラテン語において「もの」を表すresの派生語であり、郷原氏はこれを踏まえた上で「いってみれば、rien(無)というものは、逆説的なことに、常にpresque rien(ほとんど無)であることしかできないままに、〈もの〉として残存しつつ、完成に、全体性に、無化としての絶対化に、抵抗し続けるのである」(p118)と述べている。また、ブランショ自身が「…何もないところでは無は否定されえず、それは存在としての虚無を、存在の無為を告げ、断言し、さらに断言する」(p119)と同様のことを述べている。つまり、ここで言及されていることを先に要約しておけば、人間の「イメージ」であっても、存在論的な「無」の概念であっても、完全な意味でそれらが純粋なる「無」に達することはありえず、常に何らかのミニマル・イメージを不可避的に帯びてしまうということに他ならない。ブランショだけでなく、レヴィナスですらil y a(ある)を述べるために「夜」などの様々な表現を用いている。すなわち、純粋な「無」など存在し得ず、常に人間が「無」を思考する限り、イメージ化が起きるということである。
 忘れてはならない言葉は、ブランショのrien est ce qu'il y a(あるのは無である)という表現であり、郷原氏がこれをrien(無)が、逆説的にpresque rien(ほとんど無)として「ある」と解釈していることである。これは氏の規定するミニマル・イメージの核心となる存在論的な要諦であって、ブランショのオルフェウス論、そしてフレンホーフェルを看取した「消滅」の理論も、全てこの定式を導出するための仕掛けとして機能している。

(1)【オルフェウス】

 ブランショは少年時代の「神なき啓示体験」について、以下のように述懐している。

空、この同じ空が、絶対的に黒く絶対的に空虚に、突然開きつつ、啓示する(破れた窓ガラスを通してのように)。全てがそこでははるか以前から、そして永久に失われてしまっているような不在を。あるのは無であり、そしてまず彼方には何も、という眩暈をもたらすような知が、そこにおいて確信され、かつ消え失せてしまうほどに、この光景の思いがけなさ(その際限のない性質)というのは、ただちに子供を覆い尽くす幸福の気持ち、荒々しい悦びであり、子供は涙、止めどなく流れる涙によってしかそれを表すことはできまい。人々は子供が悲しいのだと思い、慰めてやろうとする。子供は何も言わない。彼は以後、秘密を抱いて生きるだろう。最早泣くことはあるまい。(p109~110)


 ブランショはここで既に「不在」として到来すべき「啓示」に対して、「空が…絶対的に黒く…開きつつ…破れた窓ガラスを通してのように」という、はっきりした「イメージ」化を行っている。「不在」としての「無」が、実は「イメージが〈ある〉」という逆説的な図式を滑り込ませてしまうというこの事実について、実はブランショ自身が『文学空間』所収「オルフェウスの眼差し」(1953)で語っている。ロバート・グレイヴズの『ギリシア神話』(28章c)を参照したオルフェウスの「冥府下り」の該当記事があるので、以下にブランショのテクストと合わせて紹介しておこう。

オルペウスの妻エウリュディケーが毒蛇にかまれて死んだとき、オルペウスは妻を取り戻すために冥府に入った。彼の弾く竪琴の哀切な音色の前に、ステュクスの渡し守カローンも、冥界の番犬ケルベロスもおとなしくなり、冥界の人々は魅了され、みな涙を流して聴き入った。ついにオルペウスは冥界の王ハーデースとその妃ペルセポネの王座の前に立ち、竪琴を奏でてエウリュディケーの返還を求めた。オルペウスの悲しい琴の音に涙を流すペルセポネに説得され、ハーデースは、「冥界から抜け出すまでの間、決して後ろを振り返ってはならない」という条件を付け、エウリュディケーをオルペウスの後ろに従わせて送った。目の前に光が見え、冥界からあと少しで抜け出すというところで、不安に駆られたオルペウスは後ろを振り向き、妻の姿を見たが、それが最後の別れとなった。(※出典:Wikipedia「オルペウス」)


オルフェウスは、エウリュディケーの方を振り返るとき、歌うことをやめ、歌のもつ力と手を切り、儀礼を裏切り、掟を忘れ去るのだが、それと同様に、作家はある瞬間において、全てを裏切り、全てを、芸術も作品も文学も、否定しなければならない。そうしたものは彼にとって、…自分が捉えたいと思っている未知に比べれば、歌うのではなく見たいと思っているエウリュディケーに較べれば、もはや何ものでもないように思われるのである。(p112)


 郷原氏はこのブランショのオルフェウス論が、彼の文学論を知る上で最重要にして必須の文献であることを強調した上で、「地上を目指して上ってゆくオルフェウスが掟を犯して冥府のエウリュディケーを振り返ってしまう、その注視こそが作家のインスピレーション(霊感)だとブランショは論じていたのである」(p112)と述べている。「したがって、作品創造の根源に掟の侵犯としてのある種の視覚の経験が想定されていることは疑いを容れない」(同)。これは、ランシエールらがブランショを「イメージの終焉」を体現した作家であるとみなす見解に対する強力な反論として機能している。
 オルフェウスが「振り返る」時、そこにはエウリュディケーの姿が「見えていた」はずである。つまり、そこには「像」がある。郷原氏は、このオルフェウスの「振り返り」を、「書くこと」そのものの本質として理解している。「〈書くこと〉は既に、死の中のエウリュディケーを振り返り、目にした後で書くこと、つまり〈書くこと〉の後で〈書くこと〉である。この終わりなき循環ゆえに、純粋な芸術は存在しない。しかし、むしろ純粋ではありえないものとして、芸術のようなものは〈ある〉」(p117)。郷原氏のこのブランショ読解を、我々はどのように解釈すべきなのだろうか? 少なくとも氏は「序論」で、ブランショが「イメージの終焉」の作家ではなく、「ミニマル・イメージ」の作家であることを主張するという主旨を予告していた。しかし、彼がここで達しているのは、「イメージ」というよりも、むしろ「エクリチュール」の本質それ自体の真理への急迫ではないだろうか。オルフェウスの「振り返り」が「像」を伴い、郷原氏がこの「振り返り」そのものを「書くこと」であると同定する時、そこで展開されているのは正確に「エクリチュールとイメージの等根源性」なのであり、書く行為に不可避的に到来するイメージ――すなわち、どれ程捨象しようとしても最小限度に到来せざるをえない「ミニマル・イメージ」に他ならない。ブランショのように、極度にイメージを排斥しているかに見える文体ですら、テクストの創出に当たっては最小限度に抑制された「振り返り」をせざるをえないわけである。だとすれば、エクリチュールという行為を「イメージ喚起力」の場であると規定した大江健三郎のような作家は、むしろトートロジーに陥っていたといえるのではないか。エクリチュールがイメージを喚起させるのではなく、エクリチュール(オルフェウス)が、イメージ(エウリュディケー)を振り返らせざるを得ないのである。双方は「視の関係」において分ち難く結合しているのであり、どれ程イメージを排除した文体であっても、我々はそこにミニマル・イメージを浮上させざるを得ないだろう。
 
(2)【カトリーヌ・レスコーの足】

 郷原氏は、バルザックの『知られざる傑作』に登場する老画家フレンホーフェルが描き、そして主人公である画家プッサンも垣間見たカトリーヌ・レスコーという女性の「足」について言及しながら、ブランショにおける「作品の消滅」のテーマに繋げている。ブランショは、「消滅」と呼ばれるはずのものを「完成」と呼んだ。そこで、まずバルザックの本作のあらすじを紹介しておきたい。
 物語はアンリ四世の御用画家フランソワ・ポルビュスのアトリエに集まった若き画家(主人公)ニコラ・プッサンと、かつてヤン・マビュースに学んだ老画家フレンホーフェルの三者によって開幕する。プッサンはフレンホーフェルの芸術信条を知るうちに、この老人の魂の内部に芸術の神アポロンに値するような何かを見出す。フレンホーフェルは芸術においてどこか狂信的な側面を持っており、自分が描いた《カトリーヌ・レスコー》(美しき諍い女)という絵に未だに「恋」をしている。このようにピュグマリオン・コンプレックスに支配されているフレンホーフェルが印象的な形で描き出される。ポルビュスも恋人と仲睦まじいプッサンに対して、「恋の果実はすぐさま消え去るが、芸術の果実は永久ではないか」と発言する。物語の終わりで、フレンホーフェルは《カトリーヌ・レスコー》を自ら破壊する。しかし、その前にプッサンの前には、神秘的な彼女の足が出現する。――以上、簡略的に紹介したが、郷原氏はこの最後の、芸術が白紙状態にまで還元された後に現前する謎めいた「カトリーヌ・レスコーの足」に注目している。
 ブランショは、「消滅」と呼ばれるはずのものを「完成」と呼ぶ。この意味深長な見解について郷原氏は、「完成」とは画家が「何もない」と確信できるような状態であり、通常とは逆の意味で、つまり「ない」ことにおいて「完成」する境地を指すと解釈する。しかし、「ない」ことにおいて「完成」した作品など、果たして真に傑作であると言い得るのだろうか? それは現前してはいない。だとすると、何が生起した時、ブランショはある芸術に「傑作」を見出すのであろうか?
 郷原氏がブランショ、バルザックについて論じた論稿で到達している考えは、「ブランショにとって、傑作の創造には〈何もない〉を妨げる何ものかが必要だということ」(p117)である。それは「無限なものが有限なものと和解した後になお残る、有限なもの」であり、「不在の現前の境界に立ち現れてくる何ものか」に他ならない。バルザックがフレンホーフェルをして描き出した「カトリーヌ・レスコーの足」とは、ブランショにとってオルフェウスがエウリュディケーを振り返ってしまうその「注視」と本質的に同じ概念を導き出すための伏線であって、それは常にブランショがこのような極限下の「ミニマル・イメージ」を追求していたということを結論付けるためのものである。ブランショにおける「カトリーヌ・レスコーの足」――それは、「作品の完成を妨げることによって作品の消滅を導くイメージの現出したもの」(p117)である。

【ロマン(roman)とレシ(récit)】

 エレーヌ・シクスーはかつてブランショの作品は「詩的ではない」と評しているが、彼が本当に「小説」を書いていたのかという問題について、郷原氏が本書で一定の解決を提示している。以下のように、氏はブランショの虚構作品を「ロマン」と「レシ」によって大別する。「ロマン(roman)」とは、「登場人物やエピソードの多い長編」であり、「レシ(récit)」とは、「主要登場人物が三人前後であり、エピソードも少なく、一人称の語り手には名前が与えられず、その語りはしばしば中断されるために物語的な一貫性に欠けるといった特徴がある」(p192~193)。

「ロマン」(三作品のみ)

『謎の男トマ』第一版(1941)、『アミナダブ』(1942)、『至高者』(1948)

「レシ」

『死の宣告』(1948)以降の作品



 カテゴライズする上で重要な分岐点となる作品は、『至高者』と『死の宣告』である。前者は物語性を持った長編小説であり、ロマンからレシへの過渡期に位置しているが、後者も同時期に「同じ一つの現実の二つのヴァージョン」として計画され、スタイルは「レシ」に相当する。興味深いことに、ブランショは『死の宣告』に続いて1949年に短編小説「レシ?」(後に『白日の狂気』に改題)を発表するが、その最後には「レシ? いや、レシはない、二度と、けっして」(p193)と締め括っていたということである。氏によれば、『至高者』にも「ロマン」が今後書かれ得ないことを作家自身が自覚したかのような側面があると解釈されているが、ブランショが「ロマン」と「レシ」のはざまで揺れ動き、文学作品としてのスタイル上の懊悩を抱えていた点を感じさせるに十分である。
 ブランショ自身はスタイルをどのように自覚していたのだろうか? 「私はintrigue(筋)という語を使った。確かにこの語はある絶望的な役目を遂行するように定められているのだが、それでもこの語はそれなりの仕方で私の感情を表しているのである。それは、私がhistoire(物語)ではなく、ある事実に結ばれているという感情なのだが、その事実というのは、物語がますます私に欠けていきそうになると、その貧しさが…私の生に残っているものを、残酷なまでにもつれたある動きの方へと惹き寄せていくという事実である」(p149)――郷原氏はこのテクストの「もつれ(embrouillage)」を、intrigueの換言とみなしている。つまり、ブランショ自身は自分の小説のスタイルが明らかに「物語」ではないことを自覚しており、その上で「絶望的」に、「ロマン」と「レシ」のembrouillage(もつれ)であらざるを得なかったのではないだろうか? ブランショが「物語」を書くことができず、「もつれ」=「筋」に「絶望的な役目」を見出しているという、このスタイル上の自認は極めて重要である。というのは、それは今後ブランショの遺産を相続し、新たな文学を創造しようとする次世代の作家たちにとって、「ブランショの様式に倣う」とは、詰まるところ「レシ」(あるいはロマン的要素の介在したembrouillage)を採用することを意味するであろうからである。だが、私は少なくとも「レシ」には、郷原氏も『望みの時に』をhistoire(物語)の要件を満たしていない、と言及し、「演劇性の乏しさ」に触れている点はあくまでも重要であると考えている。というのは、これは我々が現代思想上いかにブランショの追求したテーマがラディカルであると認め得たとしても、果たして心から我々が彼に共感できるのかという問題とも繋がるからである。彼は果たして『死の宣告』以後の作品で「小説家」としても活躍し得た、といえるのか? ブランショの作品を読んでいて、惹かれながらも結局私が感じてしまうのは、彼の「暗さ」と「孤独さ」、そして「物語」からあくまで遠ざかろうとする一種の「病」である。現代文学において『至高者』を、まるで「最後の小説(ロマン)」と同定するかのような郷原氏の解釈には、どこか疑問を感じざるを得ない。実際のところ、ブランショの存在の有無に関わりなく「小説」は存続するし、彼の追求したテーマとは何の関係もないところで、「ロマン」は当たり前のように復権し続ける(ノーベル文学賞の受賞者の顔触れを見ていて感じるのはその各自の異文化性であって、彼らが自国の文化、民族性をテーマにしたものは往々にして「ロマン」である)。

【アンリ・ソルジュ、あるいは人間の姿をとったsorge(不安、憂慮)の神】

 ブランショの「レシ」の特徴としてまず挙げられるのが登場人物の「名前」の無さである。郷原氏はこれをブランショの「名への不安」として解釈する。ブランショにとって「名前」は「不気味な、不安を与える驚異」であり、中でも「神の名前はその不安を最大限に高めた名前」(p197)であった。印象的なのは、ブランショにとって「最後のロマン」となった『至高者』の主人公には「名前」がしっかり与えられており、その名がHenri Sorge(アンリ・ソルジュ)である点である。クロソウスキー、及びフーコーの解釈によれば、これはドイツ語読みすればHeinrich Sorge(ハインリッヒ・ゾルゲ)であり、ドイツ語でSorge(ゾルゲ)は「不安、憂慮」を意味し、ハイデッガーがその基礎存在論で現存在の「情動性」における要諦として認めた存在様態であった。ヨーゼフ・Kという名が文学史の中で神秘化されてきたように、この名を今後現代文学における「最後のロマン」を記念する主人公の名として神秘的に受け取ることもできるのだろうが、ブランショ自身は「名前」をそれ程重視していないように感じられる。
 郷原氏はアンリ・ソルジュを「人間の姿をとった〈不安〉の神」として解釈しつつ、ムージルの描き出したウルリヒが着想源の一つになっていると示唆している。ムージルによれば、「特性なき男とは…大都会に住むありふれた人間であり、誰と取り替えても構わない、何者でもなく何者とも見えない人間である。あの日常的な〈ひと〉であり、最早何らかの特殊な存在ではなく非人称的な存在の冷ややかな真理と溶け合った個人である」(p202)。
 ブランショが「神の名」を特に恐れていたという点について、郷原氏はフランス語版聖書の一つにある「在るだろう     在るだろうところの者(わたし)が」という神の自己規定の表現に注目している。この訳文によれば、「一人称の単純未来形動詞が主語の〈わたし〉を背後に隠している」(p198)。ブランショはそこに神の「謙虚さ」を見出しており、「神は無媒介的に〈わたし〉として現れるのではない」と考えていた。この解釈は神学へのアプローチとして見ても非常に奥深い。神はその後、「これは永久にわたしの名である」と述べるが、ブランショはヘブライ語でこの箇所の母音を一つ置き換えれば「わたしの名は隠れたままでなければならない」という意味になると考えたラビの言葉を引用している。
 
【遺骸的類似】

 ブランショは自作の映画化の話題が持ち上がった時に、それが「朗読」されることすら忌避したと伝えられている。「…私は、書かれたものが見られるものに移行することに懸念を覚えるのです。朗読でさえ、私には苦痛です」(p15)。彼が視覚中心の文学(イメージ喚起の力学)から乖離することを前提にしていたことは疑い得ない。
 郷原氏は、元々ローマではimagoという語が「死者の表象」を意味していたことに注目する。死者、換言すれば遺骸。ブランショにとって「遺骸」とは、世界内に存在しながら、どこにもいないという印象を与えるものであり、「ここ」と「どこでもない」を関係づける概念である。興味深いことに、彼は生命の死体のみを「遺骸」だとみなしているわけではない。「遺骸」には、「脱いだ服」、「獣の皮」、「抜け殻」、「破損した道具」などのアナロジーが含まれており、ブランショはこれらの語を実際に用いている(p93)。では、なぜ「破損した道具」までもが「遺骸」の概念になり得るのだろうか? これについて、ブランショは「その時、道具は使用のうちに消え失せることなく、現れる」と述べている。この特異な「現れ」は、それまで瑞々しく生きていた生命が、突然死に襲われて物体的な遺骸となって「現れ」る現象と通底する。ブランショにとって「遺骸としてのイメージ」は、「~として」という意味の貼付を容認しない、ただ単に「現れる」物体、それゆえに「現れ」それ自体を指している。そして彼はこのようなイメージについて、「ときに美的対象ともなる」という注目すべき言葉を残している。
 さて、ブランショの「遺骸的類似」の概念は以下のように解釈されている。

では、遺族の前に横たわった生気のない身体は、いったい何に似ているのか。それは、何にも似ていない。それは、生きた身体であることをやめたときから、徐々に、それ自身に似始める。更に言えば、なんら外的なものに似ているのでもない、「類似」それ自体である。したがってブランショにとって遺骸とは、脅威的な力を帯びたイメージの限界的な形象であるといえよう。というのもそれは、もはや主体に類似していると言い難くなるまでに、主体を逸脱した分身なのだから、それゆえ「遺骸的類似」とは、イメージの不気味な性格をいわば最も純粋なかたちで抽出した概念なのである。(p34)


 ブランショは以下のようにこの概念を予告している。

ひとつの存在がそれ自身との類似というあの最大の美、反映された自己自身というあの真理を帯びるには、死によるイデア化、終わりによる永遠化である遺骸のような現れを待たねばならない。(p49)


 また、「遺骸」の概念は次に紹介するレヴィナスの「イリヤ」の概念と深く相関している。レヴィナスによれば、「遺骸」とは恐怖を誘うものでありつつ、「すでに身内に自身の亡霊を宿しており、自らの回帰を告げている」(p84)ものである。遺骸、それは「亡霊としての回帰」の概念を既に含み込んでいるのであり、無としての「死の不可能性」を体現する究極的形象である。遺骸の概念は、レヴィナスにとっては「イリヤ」を体現する形象であり、ブランショはこれに深い影響を受けている。
 このような概念がなぜ生まれたのかについて、ラクー=ラバルトがベンヤミンから敷衍しつつ「純粋なアウラ的作品はけっして存在しない」と明言している点は重要である。ブランショは彼の立場に近く、あらゆる創造は既に反復可能な「商品」としての性質と関係を結んでしまっていると考えていた。郷原氏はここから、こうした大量に複製可能な商品にまで失墜した芸術には、「何か恐ろしく不気味な、さらには聖なる性質が残されている」と述べている。機械的反復が増えれば増えるほど、「不気味で聖なるもの」も増していくという、この奇妙な現象……。

【イリヤ】

 本書の「註p19」の注釈23には、「イリヤ」と吠える「奇妙な犬たち」についての謎めいた記述が存在するので、先に紹介しておこう。この不気味な犬たちはブランショの短編『究極の言葉』に実際に登場する。本作では、この吠え声「イリヤ」が「究極の言葉」であるとみなされている。

私が通り過ぎてだいぶ経ってから、犬たちはまた吠え始めた――その押し殺したような震えた吠え声は、一日のこの時刻ではil y a(イリヤ/ある)という言葉の木霊のように鳴り響いた。「これがおそらく究極の言葉だろう」と、私はそれを聞きながら考えた。(註p19)


 ブランショによれば、rien(リエン/無)の本質とは、il y a(イリヤ/ある)に他ならない。彼はレヴィナス読解を通じて、この概念を文学的形象として表現していると考えられる。それが「犬たちの鳴き声」として描出されるところに、何か奇怪なものを読み取ることができるだろう。
 レヴィナスによれば、「イリヤ」はベルクソンが『創造的進化』の最終章で論じた、否定された存在の概念と等しいような「無」(ベルクソンはそれを「絵画」の内に見出した)の概念と類似している。あるいは、「イリヤ」は社会学者リュシアン・レヴィ=ブリュールの「融即」概念においても見出されている。「融即」とは、「主客両項の自己同一性が完全に消滅し、ある項が他の項と共通の属性を持つのではなく端的に他の項であるという神秘的な状態を指して」(p87)おり、未開社会分析において提起された概念である。郷原氏は、レヴィ=ブリュールのこの「融即」概念にレヴィナスが「イリヤ」を見出したと解釈している。デュルケームの「聖なるもの」の概念が、いずれはそこから啓示宗教の神が生まれでてくる「非人称性」であるとすれば、レヴィ=ブリュールの非人称性は、「神の出現を準備するものなど何一つない世界を描出して」おり、「未開人たちは絶対的に啓示以前、光の到来以前にいる」(p88)とされる。この点はレヴィナスのイリヤ概念たる、「神の不在へ、あらゆる存在者の不在へと導く」点と共通する。ブランショは、レヴィナスが提起したこの「イリヤ」概念を「言語」それ自体の「現実」として受容した。「イリヤ」――それはあらゆる存在者の否定の果てに逆説的に残存する非人称的で非実体的な出来事である。郷原氏はレヴィナスの以下の説明を引用している。

何もない、けれどもなにがしかの存在が力の場のようにしてある。暗さはたとえ何もないとしても働いているような実存の戯れそのものである。…密度を賦与された、あるいは実存の息遣いによって捉えれた、あるいは力の場に置かれた、対象とは同一化されないこの存在―密度、気配、場…。空虚そのものの、あらゆる存在の空虚の、あるいは空虚の空虚の――こうして否定の乗数をいくら高めても残存する、空虚の実体的密度。(p83)


 このテクストはどこか、旧約聖書において唯一「空の空」の概念を提示し得た名高い「コヘレトの書」を想起させる。レヴィナス自身はイリヤに様々なイメージを連ねて迫ろうとしており、それは例えば「不眠」、「白日の夜」、「夜の空間」、「闇」、「沈黙の呟き」…であるが、重要なのはイリヤが「恐怖」とう情動と不可分の関係にあるということである。郷原氏の説明によれば、イリヤの恐怖とは、ハイデガーの「不安」お対蹠点にあり、無としての死への恐怖ではなく、否定の果てにもなお「ある」という出来事が「ある」ことの恐怖である。レヴィナスはそれを「死の不可能性、実存の消滅の最中にまで行き渡る実存の普遍性」と表現した。そして彼はこの恐怖の形象として「遺骸」を登場させる。

遺骸は恐怖を誘うものだ。遺骸はすでに身内に自身の亡霊を宿しており、自らの回帰を告げている。戻り来るもの、亡霊は、恐怖の要素そのものなのだ。(p84)


 既に「遺骸的類似」の項でも述べたが、イリヤ概念は遺骸をその究極的イメージとして持っている。レヴィナスにとって「遺骸」とは、死によってなおも消滅しない物体であると同時に、「亡霊としての回帰」の可能性を孕んでいる。それは亡霊を前提にする限りで、「死の不可能性」、すなわちイリヤを体現する形象である。
 イリヤの恐怖のイメージ、それは「遺骸」の形象にこそある。郷原氏はこの点を極めて重視しており、以下のように繰り返し強調する。

…現存在は己の終わりに際して己が元来そうであったところの「イリヤ」というまったき受動性に回帰し、誰でもない者、何でもない物となることになる。この見立てからは、ブランショが現象学的思考にのみ則っているわけではないことが見て取れる。というのも、ブランショは「イリヤ」を、そこから主体が生成してくる主体以前の不定形なエレメントとしてのみ捉えるのではなく、同時に主体の死後の痕跡としても捉えていることが窺える。主体はしたがって、逆にいえば、己の死を条件として成立するのであり、そして死後の痕跡とはイメージに他ならない以上、主体は己のイメージから生まれてくることになる。(p94)


 このテクストは、本書においてある意味で最も「亡霊」概念の素描に接近している箇所である。それによれば、我々は死ぬと、「イリヤ」に回帰することになり、これによって「幽霊」=「誰でもない者、何でもない物」になる。では、「イリヤ」とは一体何であるのか? それは、我々がそこから生成してくるような「主体以前の不定形なエレメント」であり、同時に我々の死後の「痕跡」でもある。それはまさに、rien(リエン/無)の本質とは、il y a(イリヤ/ある)に他ならないというブランショの卓見を保証する概念である。ここで郷原氏が述べている「主体の死後の痕跡」を、単に「遺骸」としてのみ形象化してしまって良いのだろうか? 遺骸は最早動くことはないが、印象的なことにブランショは「亡霊」は「回帰」してくるものであるとも語っているのである。レヴィナスにおいては、遺骸は「すでに身内に自身の亡霊を宿しており、自らの回帰を告げている」(p84)ものとして規定されている。それは換言すれば、我々の本質が「遺骸」になることを前提にしているというだけでなく、「遺骸」が既に内包している「亡霊」を存在論的な核にしているということではないだろうか。すなわち、我々の本質とは「亡霊」であって、だからこそ、我々はイリヤ(ある)であるにも関わらず、リエン(無)とも直通するのである。亡霊――それはイリヤとリエンの交叉路、その「交通」する特異な不可視の「抜け殻」であるだろう。重要なことは、ブランショが「絵画」、「文学」――総じて芸術一般を存在の「抜け殻」であるとみなしている点であり、イリヤとは存在論だけでなく、彼の芸術論を支える核心的概念でもあるということだ。
 
【盲目的視覚】

 郷原氏は、ブランショを読解しながら「視覚のイリヤ」、あるいは「盲目の視覚」と表現される概念を提示している。彼はブランショの以下のテクストを引用している。

魅惑は孤独の眼差し、絶え間なく際限なきものの眼差しである。そこでは盲目がなおも視覚であるのだが、それは最早見ることの不可能性ではなく、見ないことの不可能性、見られるものとなった不可能性である。終わりなき視覚の中で続く――いつまでも、いつまでも――死んだ眼差し、永遠の視覚を持つ亡霊となった眼差し。(p101)


魅惑とは、眼差しが、眼差しも輪郭もない深さ、盲目にするがゆえに見られる不在との間に保つ、それ自体、中性的で非人称的な関係である。(p101)


 視知覚優位のこのWeb社会にあって、「盲目の視覚」とか「死んだ眼差し」、そして「視覚のイリヤ」とは何であろうか? 語彙の問題で言えば、これらの概念は未だにその表現に「視覚」、「眼差し」といった「像」の呪縛を孕んでいる。他方、レヴィナスはイメージのイコノクラストとして知られていた。彼によれば、「イメージの禁止」とは一神教の至高の戒律に他ならない。最終的にレヴィナスは芸術を社会からの離脱として批判するが、その根拠となるのは芸術が「イメージ」を横溢させるからである。しかし、ブランショは芸術、特に文学に「魅惑」を感じていた。彼は「書く」ことについて、以下のように語っている。

書くとは時間の不在の魅惑に身を委ねることである。…時間の不在とは純粋に否定的な様態ではない。それは何も始まらない時間、主導権がどこにもなく、肯定の前に既に肯定の回帰があるような時間である。…それは否定作用なき、決定なき時間、ここが同時にどこでもなく、あらゆるものがそのイメージのうちに引き下がり、我々であるところの「私」が顔なき「彼」の中性性に沈み込んだ己を見出すような時間である。時間の不在の時間には現在も現前もない。(p104)


 また、郷原氏は註の中でブランショの「文学的な行為」について以下のように述べている。

ブランショによれば、文学的な行為とは、読者に自らが示すテクストを知らないままでいるようにと勧める行為であり、その無知は読者をテクストから遠ざけるのではなく、読者をテクストから分離する大きな隔たりを思い起こさせることでテクストに近付ける。その意味で、翻訳こそは優れて文学的な行為となる。(註p31、94)


 このテクストで郷原氏が「翻訳」に、逆説的なことながらブランショの文学的行為の本質を見出している点は重要である。

【イサク=雄羊】

 ブランショはアブラハムのイサク献身の挿話の中でも、息子イサクが犠牲になる直前の「恐怖感」にシンパシーを抱いていた。カトリックである私にとってもこの挿話は非常に感情移入しにくい箇所であるが、ブランショが前景化していたテーマはイサクを通して得たdevenir bélier(雄羊になること)である。彼の小説『望みのときに』は、イサク献身の挿話のラディカルな読み替えとして制作されたと解釈される。その上で作家はアブラハムを女性であるジュディットとして再現前させている。ブランショにとってイサクとは、雄羊と交換可能なイメージである。雄羊はイサクの「身代わり」として犠牲になる。これはポール・ド・マンが『盲目と洞察』で展開した「表象」概念と通底するものである。イメージは、常に何らかの「代理」として再現前することになる以上、このエピソードから宗教的側面を捨象して読み解くことは常に可能であろう。「イサク献身」のテーマはユダヤ的特質を有する作家を等しく揺さぶるような伝統があり、カフカもまたキェルケゴールの『おそれとおののき』、『あれかこれか』、そして『士師記』などの読解を通して新解釈を提示していた。
 郷原氏は本書の中でカフカの「大罪」観が伝わるテクストを引用している。

人間には二つの大罪があり、他の罪は全てこれに由来する。すなわち、焦燥と投げやりである。人間は、焦燥のために楽園から追われ、投げやりのためにそこへ戻れない。しかし本当は、ただ一つの罪、焦燥があるだけかもしれない。焦燥のために楽園から追われ、焦燥のために戻れないのである。(p293)


 興味深いことに、ブランショはこの「焦燥の罪」を、「芸術創造のために不可欠の罪」であると解釈していた。文学が言語の芸術である限り、それはfiguration(形象化)を回避し得ないのであり、人が「無際限なもの」の領域に踏み込もうとするや否や、結局のところ「イメージ」たちの方へ向かわざるを得ない。この論点は本書を貫く要諦であり、彼女のオルフェウス、カトリーヌ・レスコーの足についての論稿でも展開されている。文学はどれ程形象化を避けようとして、独自の「レシ」を生成させたとしても、不可避的に「ミニマル・イメージ」を到来させるのである。「焦燥」とは、意志に反して形象化へと向かってしまうという意味なのであり、あるいは形象化と「無」への志向の間で板挟みになってしまうという葛藤、受苦としてのパッションそのものを指している。これをカフカが「大罪」と認める時、彼自身が作家として犯した罪についての告白調を帯びるのである。

【要諦「オルフェウスのエクリチュール」】

 本書で郷原氏が展開しているブランショの「ミニマル・イメージ」論を読解していて私が感じたのは、彼が註でも言及している松浦寿輝氏の復刊されて新たに注目を浴びる『平面論』で展開されている「近代」の概念である。松浦氏は「近代」を端的に映画の最小分節単位としての「ショット」に映し出される「像」の出現にこそ見出している。彼が当時のエッフェル塔の大量複製された「像」の流通過程に言及したのも、予告された「映画」産業の到来のためであった。そして、プルースト、及びマラルメがそれぞれの作品によってイメージの「像」ではなく、イメージの「貌」を追い求めたのは、それ自体でまさに彼らが「近代」的主体であったことを暴き出すためである。重要なことは、松浦氏が「貌」の概念を浮き彫りにする上で不可避的にベンヤミンの「アウラ」に言及していた点であり、これは「貌」が「像」の如く大量にコピーされる産物ではなく、主体の意識に到来する一回性の神秘として特権的な機能を持っていることを意味している。つまり、松浦氏はいわば冷たい「像」の支配する現代において、同じイメージ概念を構成するもう一つの質としての「貌」に、ある種の光を見出していた。これは、近代を乗り越えるための一つの戦略に他ならない。
 郷原氏の視座も「イメージ」である点では松浦氏と同じである。その上で彼が序論でランシエールの考え――ブランショを「イメージの終焉」として位置付ける解釈――に反論するかたちで本書で「ミニマル・イメージ」の概念を提示していることは重要である。ミニマル・イメージとは、郷原氏も註で認めているように、松浦氏のいう「貌」と概念的に近接したものであり、共に「イメージの近代」=「像」を超克するための、「最小限の想像的なもの」によって「視覚のil y a」を仮設するものである。視覚の「イリヤ」――それは、rien(無)とは、常に既にpresque rien(ほとんど無)であることを前提にした新しいイメージ=存在論の定式に他ならない。視覚の「イリヤ」に限りなく急迫した文学的挿話としてブランショが考えていたのは、まず「オルフェウス」の神話である。オルフェウスが「けして振り返るな」とハデスに戒められたにも関わらず、愛するエウリュディケーを「振り返る」というその「注視」には、どれ程愛するもののイメージをその瞬間において払拭しようとしてもし難い、強烈な「イメージ」の襲撃が伴っている。ここで郷原氏の思考が輝かしい閃光を放つのは、この「振り返り」を「エクリチュール」そのものの本質的開示として把捉している点であり、ここは本書における最高の白眉であると言わねばならないだろう。すなわち、どれ程我々が書く行為において「イメージ」を払拭しても、常に既に「ミニマル・イメージ」としてのエウリュディケーを「注視」せざるを得ないのである。もしも、ミニマル・イメージまでをも本当に封殺し、レヴィナスの如く「イメージのイコノクラスム」を志向するのであれば、我々に残された「文体」は、おそらく感情表現を跡形も無く抹殺した「数式」である。イマジネール・ミニマムの最果てには、おそらくライプニッツ的な普遍学構想の地平が広がっている。

※ブランショは「アルス・ノヴァ」(1963)の中でシェーンベルクとヴェーベルンについて語っている。これは数少ない音楽論として注目される。ちなみに、アルス・ノヴァとは、「新たな形のエクリチュールの探求」の意味である。





「参考文献」


文学のミニマル・イメージ モーリス・ブランショ論 (流動する人文学)文学のミニマル・イメージ モーリス・ブランショ論 (流動する人文学)
(2011/03/03)
郷原 佳以

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平面論――1880年代西欧 (岩波人文書セレクション)平面論――1880年代西欧 (岩波人文書セレクション)
(2012/10/24)
松浦 寿輝

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