† 宗教学 †

宇宙の「航海士」としての太陽神ラアの魅力――ヴェロニカ・イオンズ『エジプト神話』

 このページでは、ヴェロニカ・イオンズは『エジプト神話』の中で展開されている幾つかの興味深い伝承について記録しておく。イオンズが述べるように、エジプト神話はギリシア神話やローマ神話とは異なり、物語としての定型は存在しない。例えば宇宙創造説においてすら、「ヘリオポリス神話」、「メンフィス神話」、「ヘルモポリス神話」、「テーベの神話」、その他の伝承……と幾つもの互いに類似してはいるが微妙に異なる神話が存在する。

【エジプト神話における宇宙創造説】


nun.jpg
船の下の海で神々を支えるヌン

 ヌンとは、「原初の海」を意味する。ヘルモポリス神話では「神々の父」、「無限」、「無-場所」、「闇」を意味する。古代エジプト人はナイルの氾濫から発想して宇宙の起源にはヌンと呼ばれる原初の海が満ちていたと考えていた。ヌンは宇宙を完全に満たしており、「宇宙の卵」に近いものと考えられた。エジプトに存在するあらゆる宇宙創造説において共通するのは、ヌンから立ち上がった「原初の丘」という観念である。ヘリオポリスの祭司たちは、自分たちの神殿が原初の丘の地に建立されたと考えていたが、これはテーベの祭司たちでも同様であった。テーベの宇宙創造説によれば、「起源の都市」はテーベであり、そこにはかつて原初の丘が存在したという。この都市は「ラアの眼」として他の全ての都市を監視していた。
 メンフィス神話によれば、ヌンは最高神プタハと同一視され、プタハは父であると同時に母ナウネト(ヌンの女性形)でもあった。プタハから生まれたのがアトゥムである。メンフィス神話では「原初の丘」を創造したのはプタハであり、彼自身が国土へと生成した。プタハは常に智恵の神トトを随伴していたと伝えられる。
 ヘリオポリス神話では、混沌としたヌンから「自ら創造したもの」を意味する神アトゥムが出現する。アトゥムは自己の意志によって自らを創造したヌンの息子である。アトゥムは誕生したものの、自らが立つべき場所が存在しないことを知って「原初の丘」を創出した。別の古い解釈では、アトゥム自身が「原初の丘」へと生成したと伝えられる。この丘におけるアトゥム出現は、ヌン時代の闇、混沌に燦爛と照らす「光」として解釈された。アトゥムは原初の神に相応しく両性具有の神であったが、後に太陽神ラアと一体化し、「アトゥム・ラア」と称された。この神の身体においては穢れそのものも神聖化されており、その唾から息子シュウが、嘔吐からは娘テヌフトが誕生したという。因みに、ヘシオドスによればギリシア神話の神アフロディテは切断されたウラノスのペニスが海に飛来した時にできた血と泡から誕生したのだという。このように神話の偉大な神においては、美学的次元での「醜」さえもが「崇高」化される。ヘリオポリス神話の中の一つの伝承によれば、「宇宙の卵」を産み落としたのはアトゥムではなく、実は「月と智恵」の神トト(朱鷺)であった。トトもやはり自己創造によって誕生した神聖な神であると考えられた。やはり同じ神話体系の別の伝承によれば、ヌンの水面の上には「睡蓮」の花が浮かんでおり、その花からラアが誕生したとされる。

【ラアの謎】


ホルス・ラー

 ラアは「神々の父」と呼ばれ、その王あるいは長として特別に崇拝された。ラアは毎朝子牛として生まれ、真昼までに牡牛に成長し、カメフィス(母の牡牛の意)としておのが母に受精させ、夕方死ぬが、翌朝再び自分自身の息子として生まれるという。キリスト教の「復活」の教えにも、毎日その都度古い自己が死に、新しい人として目覚めるという観念が根底に存在するが、ラアにもこの周期性が窺える。似た伝承によれば、ラアは朝、子供として生まれ、真昼には成人に成長し、夕方にはよろめく老人となり、その夜に死に、再び子供として朝に目覚めるという循環性を有する。
 伝承によれば、ラアの流した汗と涙から人類が育ったという。ラアの「眼」は彼の本体と分離可能であると考えられており、眼それ自身が意志を持っていたという。ある日、ラアの眼は本体に帰還できなくなり、連れ戻させるためにラアはシュウとテフヌトを派遣するが、眼は奇妙にも抵抗し、この争いの最中で「涙」を流したのだという。人間は、この時に流れされた「涙」から育ったとされるが、これはエジプト語で「涙」と「人間」が似た発音であることにかけた言語遊戯的な側面を持つ伝承でもあるとされている。

sun-god-ra-egypt のコピー

 ラアはユダヤ・キリスト教の神と異なり、人格神として「老いる」神である。ラアは絶大な力で民及び諸神たちを支配したが、彼らが紛争を起こすと疲れを感じ、やがて老いた頃には世界から引退することを欲したという。そこで彼は牝牛であるヌトの背中に乗り、ヌトは天空までラアを上昇させた。他の神々は彼女の腹部にしがみつき、星になったという。このように神の住まう天と人間の住まう地が明確に差異化され、今日のような世界になったのだという。この伝承で重要なのはヌトが明らかに「天空に上がるための乗り物」としての役割を果たしていることであり、他の神々もヌトにしがみついて天空に帰還したということである。これは明らかにラアが宇宙=天空の「航海士」として民衆の前に現前していた事実を暗々裏に示唆していると言えるのではないだろうか。ラアの退位後、月神トトが即位した。

【ネコ科の神】


【セクメトについて】

Sekhmet.jpg

 セクメトとは、メンフィス神話の最高神プタハの妻であり、ラアの娘でもある、獅子の頭部を有する「闘争の女神」である。セクメトはプタハに匹敵するほどの神格を有する女神として崇拝され、その特徴はラアの敵を破壊することにある。セクメトを記念する祭りも行われたが、これはディオニュソス祭に類似したものであったとされる。

【バステトについて】

180px-Bastet_dame_katzenkopf.jpg

バステト

 エジプトでは様々な動物が崇拝されたが、中でも猫は神聖視された。バステトは猫の頭部を有する「歓喜」の女神であり、太陽の豊穣さと温かさを司る。猫はバステト神の化身として鄭重に扱われ、ミイラとして厳粛に弔われた。バステトは「蛇を食う者」でもあり、これはエジプト・マングースが実際に蛇を捕食する習性から意味付けされたものである。エジプト神話にはバステト以外にも「命の城の貴婦人」として崇敬された猫の女神マフデトも存在する。





「参考文献」


エジプト神話エジプト神話
(1988/10)
ヴェロニカ イオンズ

商品詳細を見る



関連記事
スポンサーサイト
*Edit TB(0) | CO(0)



~ Comment ~















管理者にだけ表示を許可する

~ Trackback ~


Back      Next