† 表象文化論 †

近代的なスコピック・レジーム(視の制度)を理解するための表象文化論基礎文献――ワイリー・サイファー『文学とテクノロジー』、ハル・フォスター編『視覚論』、小林康夫『表象の光学』


文学とテクノロジー (高山宏セレクション〈異貌の人文学〉)文学とテクノロジー (高山宏セレクション〈異貌の人文学〉)
(2012/06/23)
ワイリー サイファー

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 文芸理論上の不朽の古典として高く評価されているワイリー・サイファーの新装版『文学とテクノロジー』を読解したのでその記録を残す。本書には「ミメーシス」、「メセクシス」、「アルス」、「テクネー」などの極めて重要な概念が精緻な論述の中で提示されている。今後、「新しい二十一世紀の文学とは何か?」について模索する我々にとってまさに一級の必読書である。

【ミメーシスの本質としてのメセクシス】

 復刊されて注目を集め始めている松浦寿輝の『平面論』で図式化されていたように、19世紀後半(松浦は1880年代と明言している)は高度に「視覚の時代」であり、オペラという視聴覚優位の総合芸術が登場したバロックの遺産を相続した、真に「平面」的な時代である。ラスキンがいみじくも述べたように、視覚とは実は観察者自身の主観的構造を看取した上でしか成立し得ない。科学的合理主義の興隆に伴って小説家たちの間で「客観的な描写」が重視され始める過程で一つの模範とされたのは、実は人体の細部を正確に描写する技術を持っていたダヴィッドら新古典主義に位置する芸術家であった。例えばスタンダールはダヴィッドの「細部における明白さと充実」(ブルクハルト)を評価していたし、ゾラは科学的な叙述を求めるに当たって「証人としての観察」を理念にした。『美のチチェローネ』(1853~54)の中でブルクハルトは、「近代芸術の主要な観念」として、ルネサンス芸術以来の美的原理としての「鏡を掲げて自然を正確に映し出す技術」(顕微鏡的な観察眼)を挙げている。彼がルネサンスの「自然主義」を高く評価していたことは知られているが、ラスキンもまた『ヴェニスの石』(1851~53)の中で、ゴシック的なリアリズムを評価している。両者の本の刊行年代が共に19世紀半ばと時期的に近いことに我々は注目せねばならない。彼らは共に「細部への集中力」を「客観性」と同義のものとして結んでいるのである。なぜ、科学的な実証主義が飛躍的に発展していく近代において芸術家たちが「細部」に異常な情熱を込めたのかを考える上で解釈の基礎となる図式は、ラスキンが述べるように、「もの」を注意深く描き出すことで「神の仕事への敬心」を表明する前近代までの宗教的情熱が再現前しているからである。
 近代を「視覚性」の概念から再構成する場合、その起源としてのルネサンスの美的原理には何が挙げられるのだろうか? それは「近代的視座」の原点とも言われる「遠近法」に他ならない。遠近法理論の導入によってルネサンス絵画がそれまでの中世絵画に較べて空間認知においてパラダイムシフトを起こしたことは、例えば一点消失透視図法を創造した早世の画家マザッチオの傑作《貢の銭》を見れば火を見るより明らかである。

マザッチオ
マザッチオ《貢の銭》(1425-1427年頃)

 マザッチオの遠近法理論はその後、ルネサンスの重要な画家たち――例えばフィリッポ・リッピ、、フラ・アンジェリコ、ドメニコ・ヴェネツィアーノ、ピエロ・デルラ・フランチェスカ(完璧な透視図法の統合)、ボッティチェルリ、マンテーニャ――などに受け継がれていく。いわばこの時代において芸術家たちは初めて、「理想的な平面」を設定する技法を開発したのである。そしてこの「遠近法」の基礎となったのが「自然の忠実な模倣」を意味する「ミメーシス」の概念である。例えば現代文学でも、眼に見えるものを忠実かつ客観的に文字で再現しようとする時、そこで活きているのは「ミメーシス」であり、フローベールはこのようなナラティブにおいて最も近代的な視座を我々に残している。科学的でありつつも没個性的な様式を導くミメーシスは、その後ゾラをして「作家の消滅」を提唱する地点まで達するだろう。このように、ルネサンス芸術を総体的に俯瞰して見えてくる決定的に重要な概念は、「遠近法」と「ミメーシス」であって、これらが共に科学的なユークリッド幾何学的空間を構成する(画家たち曰く「理想的かつ神聖な空間」)のである。この二大原理は合理主義に裏付けられた客観性重視の近代文学――フローベール、バルザック、そしてジェイムズ――に相続されていく。ルネサンスの美的原理はまさに理論型、秩序型の美的体系である。
 では、ルネサンスに続く「バロック」、あるいはルネサンス以前の「ビザンティン」の時代はどうだったのだろうか? ヴェルフリンが古典的な名著『美術史の基礎概念』で述べたように、各「様式」にはバロック的なもの(秩序破壊)、ルネサンス的なもの(秩序構築)という二つの相反する力学が作動しており、交互に繰り返すとされる。サイファーを読解していると、バロックとビザンティンには「ルネサンス」を隔てて近接した美的原理が潜在していたことに否応無く気付かされる。

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《ハギア・ソフィア(アヤ・ソフィア)大聖堂》(紀元350〜360年頃献堂)


ハギあ のコピー
《ハギア・ソフィア(アヤ・ソフィア)大聖堂》内部

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フランチェスコ・ボッロミーニ《サン・カルロ・アッレ・クワトロ・フォンターネ聖堂》(1638〜1641年)

 例えばビザンティン建築の重要作である《ハギア・ソフィア大聖堂》はバロック時代のボッロミーニの聖堂ファサードに見出されるように「湾曲」している。これは非ユークリッド幾何学的空間の構成であって、明らかにルネサンスのミメーシス原理とは異質な「何か」によって制作されていることが判る。ルネサンスが理論、秩序を第一として芸術を制作する者の集団であったとすれば、ビザンティン、そしてバロック(及びポスト・バロックたるマニエリスム)は「インスピレーション・直観」型の芸術であった。例えば二十世紀を席巻し、現在も多様な形で遺産相続が企画されているシュルレアリスムは、まさに舞踏の振り付けとしてのコレオグラフィーやagraphia(書字不能症)とも相関する「メセクシス」型の芸術であった。
 サイファーは、アリストテレスが実はミメーシスの核心となる概念として、「メセクシス」を挙げていた点に注目する。これはミメーシスの対比概念ではなく、「視覚を過度に特殊化し、芸術家個人の内的世界に〈参加〉する」という意味で、まさにミメーシスの本質に他ならない。19世紀においては、エドワード・ブローが「メセクシス」を重視し、科学的なそれまでのルネサンス的「美的距離」ではなく、「心理的距離」の美的価値を認めている。また、同時代を生きたバーナード・ベルンソンは「視覚の優位」ではなく、五感を全て稼働する「触知的な制作」、あるいはインスピレーションを重視した。とはいえ、彼らはやはり遠近法が齎す美的側面を忘れ去ることはできず、控えめに前近代までの直観的要素(ある種の“憑依”)を採用するに留まっていたのも事実である。サイファーはルネサンスにメセクシスを実践している者が不在であったとか、バロックにはミメーシスが軽視されていたと主張しているのではない。そうではなくて、ミメーシス(模倣)という、客観性を極度に重視するこの概念が、実は常に既にメセクシス(内面世界への〈参加〉)であるという概念の階層性を再確認しているのである。サイファーによれば、文学の起源そのものはミメーシスではなく、むしろ宗教的な儀式的「場」において行為されていた儀礼にこそ見出されるのだろいう。その痕跡は、ホメロスのエクリチュールが元々「書かれるため」に物語れたものではなく、おそらく「歌われ、信仰されるため」の宗教性を保存したテクストになっていることからも明らかである。
 ここで想起されるのは、プラトンが『国家』で文学はテクネー(技術)ではないと批判した点である。しかし、サイファーの解釈ではホメロスは口承文学が「文字化」してしまう以前の人間なのであり、ホメロス自身も「文字文学」では「真理」にまで達し得ないことを前提にしていた可能性があることを示唆する。ホメロスは文字に霊を込めたのではなく、文字を使って行われる「何か」(おそらく公的な場での重要な祭儀であろう)にこそ霊を宿らせるためにエクリチュールを用いたのである。すなわち、文字文学の起源に位置するホメロスにとってエクリチュールは、既に祭儀の代理物として、そのsupplement(代補)的な機能をあらかじめ担わされていたとみなさねばならない。

【客観的叙述という名の神話】

 遠近法理論に由来した「視点」を駆使した作家として位置付けられるのが、バルザックの真の後継者たるヘンリー・ジェイムズに他ならない。彼の研究者の間で最高度に評価の高い作品は『ある貴婦人の肖像』ではなく、むしろ技術的な洗練度の点でやはり『大使たち』が挙げられている。数ページこの作品を読めば判るように、本作はストレザーという中年男性の主人公たった一人に「視点」をあらかじめ絞っている――いわゆる「映し手」視点のスタイルである。このようなジェイムズのpoint of viewには小説を常に技術的に構成しようとするルネサンス的な美的原理が息衝いている。換言すれば、「近代文学」と「現代文学」の橋渡しとしてのジェイムズには、ルネサンス的な「細部への観察」に基づく「ミメーシス」と、視点人物を活かした場面・心理描写における「遠近法」が徹底的に活用されているのである。日本で刊行されている大半の文芸理論書でもほぼ定式化されてはいるが、ジェムズにはフローベールが追求した「客観的叙述」と、ゾラが採用した「科学的かつ没個性的」なナラティブが受け継がれている。一言でいえば、ジェイムズ的視覚とは、人物をたった一人に限定することで生み出される「擬眼」の発明の賜物に拠っている。それは人工的な視覚であり、いわば物語を誰を通して眺めるのかが作者によってしっかり統一されているのである。ジェイムズの文体が難解であるとされながら驚く程「美的」と称されるのは、まさにこの視点人物の隙を許さぬ統一感の賜物なのである。
 だが、ここで改めて我々は以下のような問いを提示すべきであろう。フローベールが追い求めたような「客観的叙述」は果たして厳密な意味で可能であるのか、と。フローベールにおいては特にミメーシスの概念が極端に遂行されており、作者の心理的描写を捨象した「鏡」の機械の如きナラティブが志向されている。これは近代合理主義のいわば寓意でもあり、ジョルジュ・ルカーチはフローベールの文体には「学識も芸術もなく」、彼の目指している「客観」などは「擬似客観主義」的なものに過ぎないと喝破した。何故なら、どれ程一人の作者が「客観」を志向しても、それは所詮一個人の脳内で上演された芝居の再現に過ぎないからである。いわば、この「作り物」としての性格が客観主義に纏わり付くことになる。このように考えれば、「歴史」もまた「視点」を何に定めるかによって見え方が差異化することが判然とするだろう。重要なことは、ルネサンスの美的原理としての「ミメーシス」(模倣)の対極的概念として「メセクシス」(心理的参加)が存在しているのではない、ということである。ミメーシスを追求する全ての者はメセクシスの構造を通過せざるを得ないのであり、いわば「客観」も実はある仮設された「視点」によってのみ成立するものに過ぎないということである。例えば、どれ程人間にとって合理的かつ主観性を排除した描写を志向しても、それがあくまで「人間中心主義」的であることは否めない。「鳩の視点」や「植物の視点」というパレルゴナリティー(余白性)が捨象されている以上、いかなる「客観的叙述」も常に既に「主観性」の産物に過ぎないのである。サイファーがメセクシスという概念で我々に告知しているのは、まさにこのエクリチュールの客観主義の不可能性に他ならない。「全ての観察の背後には〈一つの眼〉が存在する」(サイファー)。ミメーシスは、あくまでも文化的な権力によって構成された視覚の産物に過ぎない。興味深いことに、フローベール自身が客観的叙述の崩壊を既に予兆していた。『ブヴァールとペキュシュ』(1880)を制作する過程で彼は、これまで膨大な資料に頼り正確な描写を心がけてきた己に対して、「資料は何の助けにもならない」と戒めるに至る。フローベールはこうして、自身の客観主義の礎となっていたブルジョワ中心の科学を「幻想」として追放する。当初は厳密な客観主義を志向しながら、遂には確立した様式さえをも覆す点でフローベールこそは真に偉大な作家であった、とサイファーは高く評価する。己の声を消し続けた作家フローベールは、『ブヴァールとペキュシュ』において口承=聴覚的文学へと回帰していくことになり、自身の声を復権させるに至る。作家自身の声は『感情教育』で聞き取ることができる。
 サイファーの近代論における要諦となる考え方を簡潔にまとめると以下になる。すなわち、芸術も科学も共に空間・舞台構成において一つの「視点」を仮設するが、これこそまさにルネサンス的遠近法に端を発する「視覚の専制」に他ならない。ヴェルフリンが規定した「ルネサンス的な原理」に、サイファーは遠近法に基づく「擬似客観主義」の成立を付け加え、近代合理主義の客観性神話の欺瞞を解体するのである。このような秩序・理論に基づくルネサンス的原理に対して、バロック的原理(あるいはビザンティン)においてはインスピレーション、直観が重視され、秩序は屈曲し、視点は入れ子化して迷宮に至る。ここから前景化するのは「近代的視覚」が内在させる分裂した二つの質であり、それはルネサンス的な「ミメーシス」と、バロック的な「メセクシス」の折り畳み合いによって生起する複数の襞を前提にしている。

スーラ
ジョルジュ・スーラ《グランド・ジャット島の日曜日の午後》(1884-86)
 
 絵画史においては印象主義の出現に、サイファーはアルベルティ的な遠近法の革新の萌芽を見出している。スーラは印象主義の中にルネサンス的な遠近法への回帰が見出される例として特に注目される。とはいえ、ルネサンス的な視点の設定とは完全に異なる空間表現を最初に実現した画家として高く評価されるのは、無論ドガである。ドガのアングルショットはマニエリスムのソッティンス(仰視遠近法)と同じく劇場的であり、「写真」による断片化された視点から多くを絵画に採用している。ドガは視覚的断片を複合化する技術において間違いなくミメーシスよりは「メセクシス」側に立った画家であり、印象派以上に「近代」的な存在であった。メセクシス――それは祭儀性、インスピレーション、原始的なアウラであり、サイファーの言葉を借りればまさに「共感魔術」である。ミメーシスは、常にこの魔術に汚染されている。因みに、ドガの断片化された写真的視点よりも前にメセクシス的視点を先取っていたのは、岡田温司氏が『アルスとビオス』で展開したように、テオドール・ジェリコーの寸断された身体断片への視座である。不整合、即物性、局所的歪曲――こうしたドガとジェリコーに相関する要素は、共に来るべき大量複製技術の時代の予兆になっている。


視覚論 (平凡社ライブラリー)視覚論 (平凡社ライブラリー)
(2007/04)
ハル フォスター、 他

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【マーティン・ジェイ「近代性における複数の〈視の制度〉」】

 ジェイによれば、近代的なスコピック・レジーム(視の制度)の構成因子は(1)デカルト的遠近法主義、(2)ベーコン的経験主義、(3)バロック的多元主義から成立している。ルネサンスに確立された遠近法が近代的な視を準備したとする従来の解釈に対して、より多くの異なる視座が多元的に収斂された場こそが、近代であったと規定する。以下に、それぞれの視の制度について説明しておく。
 デカルト的遠近法主義は世界の外部に「俯瞰的」かつ「客観的」とされる視点を導入する。そもそも、絵画における線遠近法は、数学的規則性と神の意思との調和を象徴するスコピック・レジーム(視の制度)であり、これはアルベルティが理論化したものである。ルネサンスにおいては絵画制作における世界の切り取り方が制度化されており、これは非肉体的であり、かつ「絶対的な眼」として普遍化されていたのである。
 従来までの解釈では、ルネサンスの芸術規則の基礎として「遠近法」が挙げられることが多かった。しかし、ジェイによれば、同時期のオランダ美術のコンテクスト(例えばコンスタンティン・ホイヘンスなどの画家)においては、明らかにデカルト的遠近法主義とは異なる原理が見出せるのだという。それがベーコン的経験主義であり、この視座に基づけば、世界は客観的・数学的に把捉されるのではなく、むしろ断片的に(何らかの普遍的な大きい窓を用意して描くというよりは、むしろ自分で小窓を作る)切り取られ、個別化されたものとして把捉される。これは後の「写真」の断片性に通底するものである。
 マニエリスム、バロック期に入るとライプニッツの「モナド」の概念とも相関する多元的な複数の視点が、陶酔的に描き出される。この視座になるとルネサンスの遠近法主義に見られるような秩序付けられた型ではなく、画面上に沸き立ち、天使たちが乱舞するような官能的かつ劇場的な空間が形成される。美的原理においては「優美」から「崇高」へと移行する。
 このように、モダニズムの視座は(1)~(3)の三つの理念型に分解することで、整理して解釈し直すことができる。グスタフ・ルネ・ホッケのマニエリスム論『迷宮としての世界』に依拠すれば、ルネサンスの遠近法の秩序はマニエリスムに入って、身体の「蛇状曲線」などに見られるような主観によって捩じ曲げられた屈曲を示すようになり、建築ではこれは初期バロックのボッロミーニの建築におけるファサードの屈曲などへと連続している。ジェイが分類した三つのスコピック・レジームは、いわばルネサンス、マニエリスム、バロックという前近代までの時代様式にそれぞれ特徴的であった美的原理の抽出したものとして解釈することが可能だろう。
 最後に、ジェイは晩期ドゥルーズがライプニッツ論を展開したことなども受けてか、現代思想においては明らかに(3)が優位にあるが、より多元的にこれまでの視座を振り返る必要があると結んでいる。

【ジョナサン・クレーリー「近代化する視覚」】

 先の論文でマーティン・ジェイはデカルト哲学をルネサンスの遠近法と相関させているが、クレーリーはむしろデカルトにこそ内面世界に沈滞するための個別化原理が内包されていた点を強調している。その上で、クレーリーは「カメラ・オブスクーラ」を鍵語として論を展開している。これは元々、「自由な至高の個人としての観察者」を表すための比喩である。ルネサンスでは世界を一点(単眼性)から表象するための「窓」であり、いわば「見る」ための制度である。十七、十八世紀においても、客観的真理に接近するための光学装置として捉えられてきた。デカルトにとってカメラ・オブスクーラとは、観察者が「専ら精神の知覚によって」世界を切り取る視座であり、ロックもこれを受けて「知覚」を以下のようにフッサール現象学を準備する形で規定していた。すなわち、「知覚的感覚それ自体が擬似観察の対象であるような内部空間」として、人間精神は把捉されると。フッサールもまた、全ての知覚は常に虚構的直観に基づいていると考えていた。
 クレーリーは、デカルトの『屈折光学』(1637)の図像を掲載したページで、カメラ・オブスクーラの本質を「内部性の形而上学」と分ち難く結合していた点を強調している。カメラ・オブスクーラはルネサンスの遠近法主義と結託して画家の眼を占有していたが、そこで起きていたのは客観的なカメラの視点を与えられて満足する人間ではなく、むしろ「外部との生き生きした関係から全て切り離された、私的な単独的意識」という孤独な、閉塞した画家たちの姿であったことをクレーリーは浮き彫りにする。ゲーテの『色彩論』(1810)は、視覚の中心が何らかの制度ではなく、我々の個別化された「身体」になったことのメルクマールとして位置付けられる。
 松浦寿輝氏は『平面論』で、「近代」が開始する時点を1880年代と規定していたが、クレーリーは1820年代と明言している。その理由は、以下の二つである。(1)ジョゼフ・プラトーによる「網膜残像」(主観的な眼の錯覚)研究の活発化、(2)ヨハネス・ミュラーの視覚理論の支配。特にミュラーは、客観的な実在などは存在せず、知覚とは「経験」であるという現象学の萌芽とも言える理論を展開した。これは絵画史においては、後期ターナーにおける極めて主観的に捉えられた「太陽」の輝きとして反映されている。
 本論を読んでいて、私はフッサール現象学がいわば近代におけるスコピック・レジームの収斂する理論的場として機能していると考えた。その点で、彼はいわば理論的な「近代的〈視座〉」の完成者であると位置付けることが可能である。また、本論でクレーリーがカメラ・オブスクーラの本質を「内部性の形而上学」と結び付けている点は、ワイリー・サイファーの『文学とテクノロジー』における「視覚を過度に特殊化し、芸術家個人の内的世界に〈参加〉する」原理としての「メセクシス」とも相関しているだろう。メセクシスとは、アリストテレスが「ミメーシス(模倣)」の概念の本質として規定した中核的概念であり、マニエリスム的な不安やバロック的な幻想(いずれも数的秩序たるルネサンス的遠近法からの逸脱を容認する)に接続する考え方である。そもそも、サイファーの解釈によれば遠近法理論の基礎にある概念は「自然の忠実な模倣」を意味するミメーシスであった。マーティン・ジェイの論稿との関連から捉えると、ミメーシスの原理に相当するのが「神の眼」を仮設する「遠近法主義」(それがデカルト的であるかという点は留保せねばならない。何故なら、ジェイ自身、モダニズムの視点の起源にルネサンスの遠近法を認めており、デカルトの哲学にはクラウスも述べるように「内面性」を基礎にした主観性の原理が根ざしているのだから)であり、メセクシス型のスコピック・レジームはベーコン的経験主義と、バロック的多元主義であると言えるだろう。前者が「ルネサンス型(理論に忠実)」、後者が「バロック型(理論の破壊)」と、ヴェルフリンの『美術史の基礎概念』の分類に従って抽象化して捉えておくこともできるだろう。

【ロザリンド・クラウス「見るインパルス(衝動)/見させるパルス」】

Rêve dune petite fille qui voulut entrer au Carmel
マックス・エルンスト『カルメル修道会に入ろうとしたある少女の夢(Rêve d'une petite fille qui voulut entrer au Carmel)』(1930)

 モダニズムにおける視覚について考える上で重要なのは、言うまでもなく「映画」である。クラウスは本論で「映画」とは何かを考察するために、マックス・エルンストが大衆科学雑誌『Nature』から引用した名高いコラージュ小説『カルメル会修道会に入ろうとしたある少女の夢』(1930)の印象深い図版について解説している。クラウスによれば、これは人間の「夢の知覚野」を再現したものである。白い鳥が円筒に描かれており、その中心にまるで修道院の閉鎖的な壁に幽閉されたような一人の少女が閉じこめられている。円筒を回転させれば外側からは鳥が飛んでいる「映像」が映し出されるが、内側からはチカチカした明滅を残すだけで映像は解体されてしまう。これはまさに、クレーリーの論稿で言及されていた「カメラ・オブスクーラ」の原理の見事なメタファーとして機能している。すなわち、内側にいる個別化された意識から捉えた世界のあり方と、外側にいる第三者が捉えた世界のあり方は全く異なる「映像」を映し出すという点である。これは同時、に夢見ている期間と、それを後から想起する際の再現イメージの差異というテーマも呼び起こす作品である。同じ円筒でも、内側にいる時と外側にいる時では異なる映像を構成するというこの事実は、人間の知覚様式そのものを「映画」のイリュージョニズムとして解釈したスティグレールの『技術と時間』第三巻と密接に関わっている。
 また、クラウスは後期ピカソのスケッチブックにおけるアニメーション性(先行する画家の絵を下敷きにして、少しずつヴァリエーションを持たせたデッサンを数多く描いている)にも注目している。同じ構図で、人物たちが少しずつ動くということ――これはまさにピカソと来るべきアニメーションを結ぶ重要なテーマであろう。実際、画家は絵画の動き、イメージからイメージへの躍動感に注目していた。


表象の光学表象の光学
(2003/07)
小林 康夫

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 小林康夫氏の『表象の光学』も、近代的なスコピック・レジームを理解する上での基礎文献の一つである。ここでは、本書に収録されている三つの論稿――「デカルト的透視法」、「オルフェウス的投影」、「無の眼差しと光り輝く身体」――についての読解記録を残しておこう。

【「デカルト的透視法」】

 小林氏によれば、デカルトのcogitoは、実は「自我」についての哲学ではなく、「表象の装置」である(エゴはあくまでもcogitoの一部)。表象とはまず何よりも、光学的な光によって物質化されたものを意味している。デカルトは「神の存在証明」の過程で、「表象」(観念、想像されたイメージ、映像も含める)の不完全性に到達した。その際、「神」はcogitoの装置の外部に設置される。「わたし」という存在は「神」の作品であり、表象であるが、デカルトはこの「神」を「光」と同一視した。光とは、聖書の象徴的意味ではなく光学・幾何学的な表象としての意味を与えられている。いわばデカルトは世界、ないし神を光学・幾何学的に考究した最初の哲学者である。
 デカルトの哲学は、絵画における「透視図法」との相関を容易に見出すことができる。透視図法とは、「ブルネレスキの実験」によって発見されたスコピック・レジーム(視の制度)の一つであり、いわば「見る」ために「基準点」を設定する制度である。デカルトにとっては、この基準点こそが「主体」を意味する。換言すれば、この点に主体の視座を同一化させることで、初めて我々は「見る」ことが可能になるというのだ。小林氏はこうした、デカルトによる「透視図法」における形式化された「視」の制度をが「主体性」概念の確立として位置付けている点にこそ、「モデルニテ」を位置付けている。例えばデューラーの版画も、デカルト座標上で点の位置を取っていくものであった。
 本論の要点は、まさに以下の図式にこそ存する。つまり、物を見るためには「物の見方(理論)」が必要だったのであり、この「理論」に相当するものこそが「透視図法」であった。そして、「主体」とは、こうした既に確立されている形式化された「理論」をintegumentum(包皮:この表現はデカルトの『精神指導の規則』に登場する)として被らせることによって初めて成立するものなのである。かくして、「見る」とは、実は「視覚の仮設」を前提にしていることになる。représentation(表象=代理)とは、まさにこの「見る」ことが「物の見方(理論)」によって代補されることを意味しているのである。より図式的に言い直せば、我々が「物を見る」ことを「視点」、「物体」という二項で表現する場合、その中間に「媒介項(メディウム)」として位置する概念こそが、représentationだということになる。「表象」が現代思想を学ぶ上での最重要概念であることは今更言うまでもないが、それはこの概念を分析することで西洋近代の問題系を解体していくことが可能となるからである。

【「オルフェウス的投影」】

 オルフェウスの冥界下りの挿話を「表象」の概念から読解した場合、重要となるのは妻エウリュディケにけして「振り向いてはならない」という掟を与えられつつも、riveder(再び見ること)、つまり「見てはならないものを見ようとする」欲望が生起する点である。いわばオルフェウスの「眼」とは、掟・境界を「侵犯」する眼なのだ。振り返って捉えたエウリュディケの像は、dolcissimi lumi(限りなく優しい瞳)であった。つまり、オルフェウスが表象したのは影のような妻の「眼」だったのである。この問題系は、17世紀初頭に登場したモンテヴェルディの代表的オペラ『オルフェオ』(1607)において重要なモティーフとなっている。小林氏はビュシ=グリュックスマンのバロック論『見ることの狂気』を参照しつつ、このオペラは「見る」ことそのもののドラーマであると解釈している。オペラでは、オルフェウスが振り返るとそこには自分自身のような妻の「影」が存在していた。この奇妙なオルフェウス/エウリュディケの一体性は、彼が振り返り様に「鏡」を見たとも解釈できるだろう。つまり、オルフェウスにおける視の命題は、実はナルキッソスが水面に映った自己の表象に恋をしたという命題と深く相関しているのだ。オルフェウスの見た妻の像も、ナルキッソスが見た水面に映る自己の像も、共にreprésentation(表象=代理)されたものであり、それは既に実像とは明確に差異化されているのである。
 ビュシ=グリュックスマンによれば、17世紀の視覚優越の文化を象徴する装置としてのオペラの公理とは、「存在すること、それは見ること」である。「眼」は彼女によればmiembro divino(聖なる器官)の最たるものである。『オルフェオ』は、以上のような表象空間を本質的に取り込んだオペラであった。「振り返るな」という掟を破ったオルフェウスの神話は、我々に一つのテーマを示唆している。すなわち、「イメージの光源を求めると、イメージそのものを失う」というのがそれである。このように、小林氏は『オルフェオ』がマントヴァで初演された1607というバロック初期に、既に「近代の萌芽」を見出している。

【「無の眼差しと光り輝く身体」】

 本論は、小林氏がフーコー思想の原点とも目される「ラス・メニーナス」論を読解して更に発展的に考察したものである。小林氏によれば、この絵画空間の中心に位置しているのはマルガリータ姫というin-fans(インファンス)の身体である。インファンスとは、「言葉無きもの」を意味しており、原註によれば「人間の根源的なナルシシズムの形象」である。まず最初に、フーコーがこの絵について解釈した重要なポイントを整理すると、以下のようになる。

(A) 描かれた画家(ベラスケス)は我々観者を見つめている。見つめながら、おそらく我々のうちの「誰か」を描いている。しかし画廊を想起すれば判るように、我々は必ずしも一枚の絵画のみに立ち止まらない。したがって我々は絶えず「交替」していくことになり、ベラスケスにおける客体は常に流動的である。「観る」という行為の主客関係においては、我々が観ている存在でありつつ、同時に観られている存在でもある。主客の交替、目まぐるしい流動。

(A-2) 我々観者は、ベラスケスの眼差しをメディウムとして、自分自身を見つめている。

(B)《ラス・メニーナス》を規定する視座、ポジションの三角形というものがある。一つ目の頂点は「描かれたベラスケスの目」であり、二つ目は「不可視である我々のいる領域」、三つ目は「ベラスケスの描いている見えない絵の内部形象」である。これら三つの視点が互いに重合する絵画空間が《ラス・メニーナス》に他ならないが、実は三角形の中心には「国王フェリペ四世と王妃」のいる真に重大なポジションが存在する。

(C) 画面の前景にいる王女と侍女たちは、我々の方を見つめている。しかし後方の鏡面には、ちょうど我々観者のポジションに重合するかのようにして、「国王フェリペ四世と王妃」が存在している。彼女たちが見ているのは国王と王妃である。にも関わらず、二人のいるポジションは絵画空間の外部としての観者のポジションとも重なる――このように、ベラスケスにとっての「客体」は二重化している。

(C-2)ベラスケスの師パチェコは、「イメージは枠から<外>へ出なければならない」と述べていた。

(C-3)前景の少女たちのそれぞれは、マルガリータ王女とその侍女、及び小人である。王女は空間の「軸」に存在する。本章二節でフーコーは「画家のモデルである二人の人物」として、スペイン国王妃をはっきり明示している。

(D) 奥の「階段から覗いている男」は誰か? それは明らかではないが、フーコーは「空間への訪問/退却」という運動において「宙吊り」にされた存在者として位置付ける。

(E) 最も重要な核心であるが、我々観者のポジションに重なって存在しているはずの「王と王妃」(「コンポジションのまことの中心」)は、この絵画空間に位置する総ての人物のポジションを秩序付けしているにも関わらず、姿は「鏡面」の中に退隠している。フーコーは「表象と基礎付ける者の消滅」とか、「本質的な空白」などと表現している。

(E-2)王はマニエリスム的なillusionismを感じさせる。彼らは支配すると同時に、姿を見せない。何らかのカフカ的空間と表現することも可能であろう。また、これは「王の不在」でもあり、近代の黎明を象徴する「神の後退」を象徴化しているとも解釈できる。主客が宙吊りにされ、脱中心化されたポジションによって中心者が逸れているという視座は、「近代的な視の体制」として規定することができる。



 次に、小林氏がこの絵におけるスコピック・レジームを新たに解釈した要点は以下である。

(A)絵画空間内の画家ベラスケスも、王女マルガリータも、共に低いところを見つめている。そして何より、侍女はあたかも鏡の前で取るようなポーズをしている。

(B)フーコーが王・王女の映った「鏡」と解釈しているのは実は単なる壁に掛けられた「図像」である。




 この新しい解釈は、「観者の位置」を不在の王の立つ位置との二重性/分裂に見出すフーコーの解釈とは異なっている。小林氏は、「観者の位置」にあるものは実は王の身体ではなく、「鏡」であるという。そう解釈することで、画家と王女がなぜ低い所に視線を向けているのか、そして侍女がなぜ奇妙なポーズを取っているのかが理路整然になるというわけだ。そして、小林氏によれば鏡に映し出されている人物全員がいわばインファンスの身体(姫)を見つめているという。
 本論のタイトルにもある「光り輝く身体」とは、インファンスの身体であるマルガリータ姫である。「無の眼差し」とは、観者の立つ地点(すなわち絵画空間の「外部性」)に位置する鏡である。実はこの二つの問題系は、70年代以降のフーコーのエクリチュールの特質の高度なメタファーになっているという。彼は『性の歴史』で意図的に性的な身体について語ってはいない。このように、小林氏はフーコー思想のひとつの断片である「ラス・メニーナス」論を、彼の思想全体を読み解く上での羅針盤として高く評価しつつ、そこから新たな読みを提示することで、この哲学者への敬意を表明していると考えられる。

















 
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